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少女漫画に恋をして ~元ヤン達の恋愛模様~  作者: 宇都宮かずし
第六章 ババシャツと不揃いの下着
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Chitose Viewer 01

 人差し指と中指の剥離骨折。そして、薬指の亀裂骨折……


 それが病院での診断結果である。


 私はシーネで固定された指を見つめながら、駅前の大通りを自宅に向かって歩いていた。

 足を引きずりながらの、ゆっくりとした足取り。そんな私のペースに合わせて、三歩後ろを歩くトモくん。


 多分、気を使ってくれているのだろう。何も喋らずに、黙って付いて来てくれている。


 まったく、この(いか)つい大和撫子は……

 何でそんな気遣いが出来るのに、私の気持ちには気付いてくれないのだろうか……?


「あ~あ。一ヶ月、右手は絶対安静かぁ~。明日から何しようかなぁ~」


 二人の間に流れる重苦しい空気に耐えかね、私は身体を伸ばしながら、努めて明るく振る舞った。


「でも、連載始めてから約四年。一度も休載した事ないんだし、たまには休んでもいいわよね」

「…………」

「まあ、アンタは災難だったわね。初めて担当した作家が、いきなり原稿落すんだから。でも、アンタにも責任ある訳だし、自業自得よね」

「…………」

「けど、こうゆうのって、給料とかボーナスの査定に響くのかな? まぁ、私はケッコー蓄えがあるからいいけど、アンタは新卒だし大変そうねぇ」

「千歳……」

「もし食べるのに困ったらウチに来なさいよ。カルパスと銀麦くらいなら、恵んであげるからさ。アハハハ――」

「千歳ーっ!!」


 深夜と言ってもいい時間帯。人も車も疎らになった大通りで、私の笑いを遮る様にトモくんの声が響く。


「な、何よ……?」


 振り返った先……まるで私を睨みつける様に立つトモくん。

 基本、私に対して無関心だったトモくんが、感情を前面に出した目を向けて来るなんて始めてだ。


 二人の間に流れる僅かな沈黙……

 そして、トモくんは目を伏せながら、ゆっくり口を開いた。


「オマエ……ナニ強がってんだよ?」

「なっ……?」


 トモくんの言葉に、心臓がズキっんと跳ねた。


 強がってる? 私が……?


「な、なに言ってんのよ……別に強がってなんか……」

「だったら――」


 トモくんは伏せていた顔を上げ、さっきよりも鋭い視線を向けて来る。


 全てを見透かす様な目……そんな目に見据えられ、私の鼓動は痛いくらい早く脈打っていた。


「だったら、自分の頬を触ってみろよ」

「えっ……?」


 動揺を隠し、必死に平静を装う私に無慈悲な言葉を浴びせるトモくん。


 ダメだ……分かっている。こんなに視界が滲んでいるんだ、自分の頬をがどうなっているかなんて分かり切っている。

 今、それに触れたら、自分で自分を誤魔化していた事を自覚してしまうだろう……


 だからダメ……ダメだよ……


 それに触れたらダメだと分かっているのに、トモくんに見据えられた私は自分の意思に反し、左手を頬へと向けてしまう。


 そして、その手のひらが頬に伝わる温かく濡れた感触へ触れた途端、まるで堤防が決壊したかの様に涙が溢れ出した――



  ※※  ※※  ※※



「落ち着いたか?」

「う、うん……ありがと……」


 雑居ビルの前にある花壇へ腰を下ろしている私は、顔を上げる事なくトモくんの差し出した缶コーヒーを受け取った。

 六月とはいえ昼間の雨の影響もあって、夜になると少し肌寒い。手のひらに缶コーヒーの温かさを感じながら顔を俯せる私。


 ううっ……は、恥ずかしい。あんな取り乱した所を、トモくんに見られるなんて……


 そう、自分の涙に触れてしまった瞬間、私は自分を抑え切れずにトモくんに縋り付いて大泣きしてしまった。


 いくら夜も更けて人気(ひとけ)が少なくなったとはいえ、公衆の面前で声を上げて泣いてしまうとは……

 ま、まあ……どさくさに、トモくんへ抱き着けたは収穫だったけど。


 とはいえ、まだ恥ずかしくて、とても顔を上げてトモくんの顔を見る事は出来ない。

 そんな私の隣に腰を下ろし、コーヒーに口を着けるトモくん。並んで座る私達の目の前を、車のテールランプが通り過ぎて行く。


「なあ、千歳……?」


 それから何台のテールランプを見送っただろうか? 二人の間に流れる沈黙を破るように、トモくんが口を開いた。


「な、なに……?」

「一応聞いておくけど――連載、止めたくはないよな?」

「そ、それは……当たり前じゃない」

「そっか――」


 私の返事を聞いて、立ち上がるトモくん。


 そんなの聞かれるまでもない。私の漫画を待っている人がいる。描けるものなら左手でも描きたいくらいだ。


 私は忌々しげに包帯の巻かれた右手を睨みつける。

 そしてトモくんは、その視線の間に割って入るように右手を差し出した。


「帰るぞ、千歳」

「う、うん……」


 私がおずおずと手を取ると、その手をゆっくりと引き、そして私の手を握ったまま歩き出した。


 ヤ、ヤバイ……鼻血が出そう……


 てゆうか緊張して、手汗がスゴイような気もするんですけど。

 突然の事で頭がパニックになりかけた時、トモくんから更なる爆弾発言が飛び出した。


「今日、オマエん家に泊まるぞ」


 へっ? と、とまる……? 止まる、停まる、留まる……?

 泊まるぅぅぅぅぅぅぅーーっ!?


 泊まるって、そうゆう事だよね? そうゆう事をしちゃうって事だよねっ!?

 いやいや、別にイヤってワケじゃなくて、むしろトモくんとなら受け入れ準備はいつでもOKとゆうか、コチラからお願いしますとゆうか。


 アレッ? でもちょっと待ってっ!?

 私ってば今日……どんな下着を着けてたっけ?


 確かデートの約束をしていたから、夜のウチに勝負下着を用意しておいたけど……

 でも、朝に雨が降っていてデートが流れたから、穿き替えていないような……てゆうか上下が揃ってない気がする……


 って、それだけじゃないっ!


 わ、わわわ、私、もしかして…………今ババシャツ着てる?

 し、しかも、朝は寒かったから、横着してババシャツの上からブラ着けてたような……


 どうしよ、どうしようーっ、どうすればいいのぉぉぉぉーー!?


 い、いえ、お、落ち着け、落ち着くのよ千歳。

 そう、私は少女漫画家――自分の作品だけじゃなくて、他の作家さんの作品もたくさん読んでいる。しかも、こんな時の為に十八禁の同人誌まで網羅しているのだ。


 そうだっ! こんな時、少女漫画のヒロインならどうする……?


 ……

 …………

 ………………


 って! そんなヒロインなんて、存在しねぇぇぇぇぇーーっ!!

 兄より優れた妹は存在しても、ババシャツの上から上下不揃いの下着着けてるヒロインなんて聞いた事ないわっ!!


 し、仕方ない……


 部屋に着いたらソッコーでシャワーに逃げ込もう。あとは部屋を暗くして誤魔化すしかない。


 そんな脳内シュミレーションが完了すると同時に、マンションの前へと辿り着いた私達。


 私はゴクリと喉を鳴らして、見慣れたオートロックの扉を潜ったのだった。


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