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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第五章 偶像救助編
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第五章 第11話 合同作戦 その三

この物語は残酷な表現が含まれております。ご注意ください。

ヴィクトリアの町並みは不変と流転を繰り返す。

アスガルド最大の経済都市は人とモノ、そしてドローンの動きを飲み込みながら変化を続ける。そこでは多くの人生と仕事、そして多くの孤独と出会いがあった。

三人組の男がビルの屋上で話し合いをしていた。

「明日の仕事だが、どういう手順なんだ?」

「ああ。レオハルト中将の艦隊が宇宙港に入港する。そのときに標的がSIAの手を離れるチャンスがあるから、そこを狙う」

「具体的には?」

「レオハルト中将の部隊は厄介だ。メタアクターだけでなくメタビーングもうじゃうじゃいやがる。正面から襲いかかるのは自殺行為だ」

「だから、どうすんだよ」

「ここにくるマリンだけを『殺って』後は逃げる。それが定石だ」

「狙撃か」

「だが、向こうも対策を考えるのでは?」

「狙撃手の一人は配備するだろう。だが俺の狙撃とお前らの『能力』と合わせれば勝算はある。こういうわけさ」

三十路の男がそう言うと他の二人も納得した様子で頷いた。

「兄貴。やるんですかい?」

「当然だ。徹底的にやるんだよ。この世じゃあ飛行機事故に自動車事故。人が死ぬ出来事には事欠かないからなぁ。それと比べれば安いもんだ」

「あいよ。バート兄い」

「なら俺は風と距離を『観測』するよ」

「おう、ボブ。任せたぞ。ロブは能力の準備だ。一日もすれば来るぞ!」

「あいよ。バート兄ィッ」

三十路の男ことバートの指示に双子の弟たちが意気揚々と攻撃準備に入った。

ボブが能力で罠を仕掛けようとする。彼は右腕でコンクリートの地面に手を伸ばそうとしていた。

ボブの腕が地面につく前、そのわずかな刹那の出来事であった。

大穴。

ボブの片腕に大穴が開いていた。

「ぎぃやああああああッ!?」

「お、おい!腕が!」

「隠れてろ馬鹿が」

「しかし、兄貴!」

「隠れてろ!スナイパーだ!隠れながら探すんだ」

三人は姿を隠しながらそれぞれの能力を発動した。

「え、え……風速と……」

「クソが!位置は分かるか?」

「…………いたぞ。え!?」

「どこだ?」

「…………一キロ先の高層ビル。あそこだ」

「バカな!?強風だって吹いてるんだぞ!?敵は!?」

「…………」

「敵は!?」

「一人だ……一人で偏差射撃を……してやがる」

「……スポッター無しで!?まさか……あの……」

「兄貴!?」

「尊敬してたんだぜ……アルベルト・イェーガーのことは……、アイツを殺すチャンスをずっと伺ってたんだぜッ!あの伝説のイェーガーをッ!」

バートは粒子狙撃銃を組み立て、いつでも撃てる準備を整えた。舌舐めずりをしながら入念に準備を重ねる。

「アアアアアアッ!腕ェ!俺の腕をぉぉッ!」

「うるせえこれで塞いでろ!」

物陰で止血をしているボブに向かってバートのガーゼが投げつけられる。ガーゼはボブの顔に張り付いた。

「ちきしょう。アルベルトがなんだ。消してやる!殺してやる!」

ボブは腕の傷を塞ぎながら、能力を発動させた。

地面をなにか波動のようなものが伝う。それらは蛇のように蛇行しアルベルトの方角へと向かっていった。

「おい。ロブ!敵の位置は!?」

「既に移動している。え?」

「どうした?」

「……狙ってやがる……」

それがロブの最期の言葉となった。

ロブの頭部はいとも簡単に砕かれる。地面に叩き付けられたカボチャのように見るも無惨な肉片となって辺りにそれは飛び散った。

「な、ロブ!!」

「ロ、ロブがぁぁぁあああ!」

「うるせえぞ!罠をもう出せ!最悪、肉の盾にはなる!」

「だけどよ!」

「死んだらそれまでだろうが、罠のネタの人間はまた見つければいいだろうが!」

「くそおおお、罠も発動だ!出し惜しみは死につながるじゃねえかぁ!」

ボブはロブの観測した情報をもとに攻撃を始める。

ロブの能力は『観測』。見なくても見え、聞かなくても聞こえる。『新しい感覚』と呼ばれる観測能力であった。それは空間を丸ごと分析し、敵意のある存在や、ある程度の戦闘能力を持つ人間を観測するために用いられる。

既に、アルベルトの距離と狙撃に必要な情報をそろえていた。

その次はボブの仕事だ。

ボブは足止めが役割だ。

ハースト兄弟の狙撃は、ロブが観測し、ボブが敵を縛り、あるいは『囮』に近づいた敵を食い破る。弱った敵を仕留めるのはバードことバーソロミュー・ハーストの仕事だ。チャンスの狙撃手たるバートが狡猾に、そして確実に敵の息の根を止める。

「くそが、ロブを殺った礼は金と命で払わせてやる。絶対にだ。クソが」

冷静さを失ったバートは物陰から狙撃体制に移行する。

ロブの攻撃は確実だとされていた。地に足をつけた存在である限り、だれもボブの攻撃を避ける事は出来なかった。

地に強烈なエネルギーの並を作り出し人に向かって追尾する。地に足をつけている限り逃れる術はない。高速移動能力でもない限りは逃げる術はほぼない。

無能力者の兵士を沈めるには十分な効果があった。

地に足をつけていたなら。

「……あ?」

バートはスコープ越しの光景を見て驚く。

イェーガーの身体は空中に浮いていた。

既に攻撃を回避していた。正確にはイェーガーはドローンの真下にいた。

兵員輸送用の特殊部隊仕様。人一人を持ち上げる事に特化した代物だ。工業用の飛行ドローンを改造したもので、それに何本かのワイヤーをつけ宙ぶらりんの状態で狙撃を敢行していた。

「あんな……あんな……ありえねえ……」

バードが唖然とする。イェーガーは地面から離れた状態で敵に狙いをつけていた。

イェーガーは敵の情報を頭に入れていた。レオハルトの参加した戦争の経験とカールから叩き込まれた要注意人物や犯罪者のリスト。これらの情報から敵の分析を短期間で終わらせ、さらに注意深く準備を進めていたイェーガーは十分な勝算を見いだしていたのだ。

イェーガーは飛行する事でビルから距離をとっていた。

もちろんそれらは有り合わせの装備に過ぎない。

元々イェーガーは不審な狙撃手がいないか。あるいは殺し屋らしき人物が地理情報の下見をしてはいないかを考慮してドローンを飛ばしていた。それだけに過ぎなかった。

だが、イェーガーは見つけた。狙撃手として一流の彼は、絶好の狙撃ポイントをあらかじめ絞り込んでいた。何カ所かを確認し、敵を発見する。あとは、撃たれないように慎重に時に奇抜な方法で敵の目を欺いた。

それがこのドローンを使った空中への退避であった。

バートたちは金のために汚い仕事も厭わない事が災い警察にデータが残ってしまっていた。顔のデータも当然割れている。イェーガーが情報を手に入れる事に困難は存在しなかった。

「…………バート・ハースト。ハースト兄弟。……相変わらずか。あのギャング崩れは……」

イェーガーはドローンの振動を物ともせず狙いを定める。

だが不意に狙いが逸れた。

ドローンの回避機動のためであった。

「…………ち、ボブ・ハーストか」

ボブは半狂乱の状態で能力を発動した。当たるはずのない悪あがきのようにイェーガーは思えたが、実際には違っていたが。

「…………ち」

イェーガーはすぐに相手の意図を看破する。落下防止用の柵を攻撃する事で、ドローンごと相手を地面に落下させる事を狙っていた。地面にあるもの。あるいは地面に接した物体越しでしか能力を行使出来ないが、逆に言えば地面にあるものは敵の支配下であった。柵にエネルギーが伝い、火花が飛び散る。

たとえ命中しなくても、相手は時間を稼ぐ事が出来る。イェーガーは徐々に追いつめられ始めていた。

「…………なるほど」

イェーガーは銃の装填を済ませ、狙いを定める。

イェーガーが狙うべきはボブであった。

地面に落下したら完全に勝ち目はない。

だが、かといって無策でバートと撃ち合えばタイムロスにより明らかにイェーガー側が不利であった。イェーガーはスコープ越しからボブの姿を狙う。

風。

距離。

コリオリ。

そして、引き金。

閃光と共に弾丸は放たれる。

粒子の弾丸は質量がある。速度は旧時代的な鉛玉よりは遥かに優れているが、狙撃となると気象や地理の束縛から自由になるには至らなかった。粒子の弾丸は貫通力に優れるタイプと殺傷性や破壊力を向上したタイプが存在する。

イェーガーは後者だった。対象を完全に破壊することに特化した粒子弾。物体への接触と共に引火し、破裂する。

掠っただけでも致命傷になりうる威力があった。

ボブの頭部を貫き、破裂させる。

その横で宙ぶらりんのイェーガーをバートが狙っていた。中型ドローンは柵の残骸に引っかかり、イェーガーを宙ぶらりんの状態にした。

「……ぐ」

突然の衝撃にイェーガーの表情が歪む。

「…………これで俺が『伝説』だ」

イェーガーの頭部を狙いバートは引き金を引き絞る。

閃光。銃口から放たれた銃火の直線がイェーガーに向けて飛来する。

バートは勝ち誇っていた。笑みを口元に浮かべていた。

そして、勝ち誇った顔のまま、額を光で貫かれていた。

バートは死んだ。何が起こったかを理解せずに死んだ。

ニット帽の中の脳みそがぶくぶくに沸騰し破裂する。

イェーガーは一枚上手であった。イェーガーは撃たれる事を想定し体を揺らしていた。ワイヤーがターザンの要領でイェーガーをブラブラと左右に揺らす。バートは外していた。相手がそのまま静止していると思い込み土壇場で外してしまっていた。一方のイェーガーは体が振り子の如く揺れている状態でありながら静止しているバートの額を見事撃ち抜いていた。

まさに神業。まさに名射手。

その技は弱冠二十にして既に神の領域にあった。

だが、イェーガーは勝ち誇る様な事はしなかった。

宙ぶらりんの状態から脱出する事を既に考えていた。

一度ワイヤーを切断し、そこからワイヤーと引っかかった金網を伝って屋上に戻る事を考えていた。イェーガーは淡々と準備し、脱出する。

そして屋上でイェーガーは連絡を入れた。

「…………サイトウ中尉か」

「おう。レオハルトは立て込み中だ」

「ムギタニの件か。あんなヤクザ崩れのクズなどレオハルト様が関わるべきではないが……」

「そういうな。レオハルトはお前さんみたいに冷徹じゃないことを知っているだろう?イェーガー」

「……それもそうか。俺がこうしてレオハルト様に仕えているのは、レオハルト様が優しいお人だからな……」

「だろう。ところで……お前どこにいる?船にはいないようだけどさ」

「レオハルト様に伝えてほしい事がある」

「……薮から棒に何だ?」

「掃除完了だ。片付いた」

「……へ?」

「俺は一足先にヴィクトリアにいる」

「ええっと、意味がわからないが?」

「すぐに分かるさ」

そう言ってイェーガーは通信のスイッチを切った。

読者の皆様、お久しぶりでございます。お待たせして大変申し訳ございませんでした。


今回の話はイェーガーが中心です。そして彼とレオハルトの繋がりを改めて描こうと思った次第でございます。また、イェーガーの戦闘は淡々としながらも確実に標的さ仕留める精密さをうまく描ければと考えておりました。

次回もよろしくお願いします。

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