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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第五章 偶像救助編
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第五章 第10話 合同作戦 その二

この物語は残酷な表現がふくまれております。ご注意ください。

仄暗い独房の個室。

その一室に危険な女が確かにいた。

ムギタニのいる特殊独房に向かう際、レオハルトは思案していた。

「……マリンはアスガルドからもAGUの機関からも逃げようとしていたはず……。なぜ、マリンはAGUの宙域へ?」

その手がかりを探るためにも、レオハルトには情報が必要であった。

隠された闇の中。その暗黒から来た使者から言葉をきく事をレオハルトは考えた。独房の壁と扉が二人の隔たてる。独房の個室内はサイトウの武装と同等の効果があった。中にいる人間の細胞に作用し、メタアクト能力を無効化させる。仮に無効化装置に異変が起きても、個室は熱に耐える素材で出来た壁が粒子の直撃にある程度耐える事が出来る。シェルターのような完璧な隔絶空間であった。

「ちょっといいかい。ムギタニ・シズカ君?」

特殊独房の個室に音声が響く。尋問ができるようにスピーカーが内部に設置してあった。室内のカメラがムギタニを捉える。ムギタニはそれに目を向けていた。

「…………」

獰猛なオオカミのような視線をレオハルトは受けていた。レオハルトはひるむ事なく言葉を紡ぐ。普段の会話を行なうように。

「手荒な真似をしてすまなかったね。人の命がかかっている以上、こっちにも余裕がなかったものでね」

「…………」

「僕はレオハルト。この艦隊の指揮官兼特務機関SIAの長だ。よろしく頼む」

「話す事はない」

ぴしゃりとムギタニから拒絶の言葉が飛ぶ。

「そうか。……いや、いいんだ。ちょっとした好奇心があってね」

「そういって元いた組織で死んだヤツがいてね?」

「否定はしないよ。だけど、リスクを負わなければ得られない事もある」

「……ふん、そうかい。そういえばあんた何処かで会ったかい?」

「いえ?僕は初対面だ」

「……そうか。昔、お前と面影が似た男に出会った事があってね。そいつはあたしの仕事を邪魔したヤツでね。今思えば、そいつアスガルドの軍人だったからあんた知ってなかったか?」

「……確証がない。どうにも……な」

「まあ、そいつはあんたみたいな甘チャンでも茶髪でもなかったしね。銀髪だったよ。雰囲気も氷みたいだったな。あいつ」

「…………」

レオハルトは何となく思い当たる人物がいた。

死んだ父親であった。

冷血カールと称された銀髪の英雄だ。

有能だったが、人を褒める事が壊滅的に下手だったために死んだ。その場にはレオハルト自身が立ち会っていたことを彼は思い出す。

レオハルトは顔を曇らせつつも、話を続ける。

「君の依頼主。だれから仕事を受けたんだい?」

「……さあな。なんのことだい?」

「アレは君だけの仕事じゃないだろう?」

「カラスの男を殺したかっただけだけど?問題でも?」

「……モテモテだね。シャドウは」

「からかうとぶち殺すぞ」

「失礼。君が得するのは、シャドウを殺すチャンスがあったからかい?」

「間違ってない。ついでに金もつくしな」

「……ほう、誰かが君に依頼をしていた訳だ」

「……」

「おっと黙っていてもいいけど、君は重大な罪がある事を忘れていないかい?これから君は、法の裁きにかけられるが、君が重要な証言を話してくれないなら我々は最大の刑罰を課す事になるだろうね」

「……死刑か」

「そうだ。君は自分の部下や民間人を何人も殺してしまっている。……君は生きて償う道と死んで償う道がある。……どっちにするつもりかな。もっとも普通なら生きて償う道を選ぶだろうけどね。死は生き物にとって恐ろしいマイナスだ。違うか?」

「……」

「君は部下であった女の子がいただろう?彼女を粒子能力で両断して殺害した。これは事実か?」

「……」

「彼女だったら、お前が死んで償う事を本当に望むだろうか?僕はそうは思わない。彼女が君を最期まで慕っていた事は知っている」

「……どこで知った。テメエ」

「匿名の情報筋だ。僕の人脈を舐めないでいただきたい」

「く、くそ……」

「彼女は生前、敵対組織に情報を流してしまった事を最期まで後悔していた。その組織に出来る限り打撃を与えて、罪滅ぼしをしたいと……」

「デタラメ言ってんじゃねぇぞ!?殺されたいかテメエ!?」

「証拠がある」

怒り狂うムギタニの眼前に日記が突きつけられた。レオハルトは厳しい目で厳格な言葉を紡ぐ。開いた日記のページには確かに脅されて情報を流した事を後悔している言葉があった。ムギタニに殺されるかもしれないという言葉も。

「……君は敵に脅されて、逃げるだけしか出来なかった女の子を殺したんだ。その罪を死んだくらいで償うのが当然だと思っているのか?彼女は生きたかった。生きてお前の役に立とうとしたんだ。……なのに君はよりにもよってそのチャンスを奪ったんだ」

「だ、黙れ」

「生きて罪を償え。お前はもうそれしかない。人を……特に君を慕った部下を殺した罪を一生償うんだよ。君は死刑になって当然の人間だ。だが、きみには幸運にも生きて償う道が残されている。……君はフレヤや多くの人を殺したんだ。君はもう償うしかないんだ。死んで償うしかないのはどうしようもないクズだ。君はそうなのか?自分の胸に聞いてみろ!僕は君にはまだひとかけらの良心が残っている事を信じたいんだ!」

「……甘ちゃんだね。やっぱり」

「……話してくれ。これは司法取引だ。話してくれさえすれば、君の死刑を無期懲役ぐらいにはしてやれる」

「は、どうでもいいさ。判決がどうなろうと」

「……だめか」

「逆だ。話してやるよ。あたしが誰に依頼されたかを」

「誰なんだ?」

「ツァーリン連邦のマフィアさ。名前はバタリオンリ」

「大隊という意味か」

レオハルトがあいづちを打った。

「ああ、向こうの言葉でな。ヤツら筋金入りの実力主義者でな。あたしのような新入りでもいい役職に登用してくれたよ。……まあ、ツァーリンのコネがあったこともあったがな」

「ヤツらの中で顔を知っている者がいるか?出来れば名前とかが分かればいい」

「……大隊長と慕われていたボスだ。女だったな、たしか。私と似た部分があったんで気が合ったよ」

「彼女の依頼で?」

「いや。彼女はあまり乗り気ではなかった。アスガルドの地にいい思い出がなかったらしくてな」

「では誰が?」

「デミトリとかいうヤツがいたな。仲の良いアズマ人がいたから印象に残っている。アイツの相棒のアズマ人がやたら乗り気だったな?ご熱心な事だ」

「デミトリ……もしかして、デミトリ・ボルコフスキーか?」

「ほう。知り合いか」

「我々が追っている人物だ。もしかしてその相棒のアズマ人は……サワダって名前じゃなかったか?」

「……そうだよ。何だ?やつに恨みでもあるのか?」

「重要な証言だ。本当にそうか?」

「くどい。たしかにサワダとデミトリだったよ」

「……良かった。協力に感謝する」

「いいのかい……?」

「ああ、法廷でも頼むぞ。そうすればいくらか減刑をしてやれる」

「……」

「ありがとう。ムギタニ」

「行けよ。はやく」

「ああ、そうさせてもらう」

レオハルトが独房の側から去った後、ムギタニは苦々しい顔をしていた。それは、カラスの男とサイトウに自分のプライドをへし折られた事だけではなかった。




レオハルトは航路図を広げて納得の声をあげた。

「なるほど。そういうことか」

マリンはAGUやアスガルド共和国から逃げたはずなのに、AGUの辺境にいた理由は、AGUという星間連合国家の特異性にあった。マリンはツァーリンを目指していた事にあった。

AGUという国は本国以外に独立自治州といえる領域が存在している。AGUはアテナ連邦と称される中央国家が存在し、辺境の宙域に位置する小国を経済援助と軍事的な庇護下におかれていた。これは、事実上のAGUへの隷属であった。この結果、AGUは銀河の三分の一を管理下においている。そのすべてを中央政府が管理する負担が大きいため、その管理はある程度の自治が認められていた。

この特異な状況により、マリンはアスガルドとAGU双方の意表をつく形でツァーリンに向かっていた。

だが、今回の件は国の枠組みに囚われず動けるシン・アラカワの『業務』によってマリンは救われる事になった。

救われる事になったのだ。そう、もしそのまま、マリンがツァーリンに向かっていたら、マリンはそのままツァーリンのどこかで処分されていただろう。

現にその現場にはサワダが『誰かを殺すために』その場に待機していた。

武器の携行。程度の差はあれ、警備の厳しい宇宙港ではリスクの大きい行動であった。もちろん海運業者と偽れば携行はある程度許可が下りるがそれでも制限がなされるはずであった。そのリスクを追ってまで携行したのは、始めからサワダはマリンを殺す事を想定していたことが考えられた。

「……なぜ、殺そうと?」

それだけはレオハルトは推論の域を出ることができなかった。

「……中将?」

「うん?」

サイトウ中尉がレオハルトに声をかける。

「ああ、すまない中尉。どうした?」

「イェーガーから連絡が来ている。あいつ、いつの間にヴィクトリアに帰っていたのか……」

「ああ、僕が許可した。危険の排除と調査のためにな」

「なるほど。あいつは有能だからな。アイツの狙撃と暗殺の知識なら遠くから暗殺者を返り討ちにすることは簡単だしな…………これさ、どっちが暗殺者なんだ?」

「否定はしない。元はカール・シュタウフェンベルグ大佐直属の私兵だったからな」

「……あの『冷血カール』のな。シンといいアイツといい……冷静に考えれば、とんでもない人材がそろっているよな。SIAは……シンはもうSIAの人間じゃないけど」

「ああ、手札は大いに越した事はない。有能な人材は替えが利かんからな」

「……うへえ」

「お前だって『有能な人材』の一人だ。中尉はいつもよくやってくれている」

「中将の『褒め上手』なところ好きだぜ」

「……ありがとう。これでも、元は『教師』を目指していたからな。『褒めて伸ばす教師』を目指していたんだ」

「ああ、そんな事言ってたっけ」

「そう言えば、君は将来の夢なんだったか?」

「あー、スポーツ選手。有名になって女の子と仲良くなる事が夢だった」

「その時の年齢は」

「うーん。ガキの頃は自警団にいて戦争戦争だったからなぁ……。その夢にたどり着くのが16歳の頃だったな。もうさっぱり諦めたけど」

「そうか。今の目標は?」

「そうだな。……命と人生の恩人たるレオハルト中将殿に恩返しをすることかな?」

「ありがとう。中尉」

「へへ、気にすんなよ。これが俺の仕事だから」

若者らしいさっぱりとしたサイトウの笑顔が周りをほっこりとさせる。

「これで、変態なところがなければ完璧だがな」

「うへぇ、……そ、そこはご愛嬌ってことで……」

「わかっている。度が過ぎないようにしてくれてすまないね」

「……知ってたんすか?」

「お前は意外と空気読むからな」

「すません」

「そこは謝らなくていいぞ?中尉。……ところで報告はどんな内容だ?」

「……なんというか。漠然とした内容で」

「ほう」

レオハルトが厳かな表情を浮かべる。

サイトウは怪訝な表情のまま、報告を続けた。

「……『掃除完了』とだけ………………あ、まさか……」

「うむ。危険はひとまず去った様だな」

レオハルトはリラックスした状態で艦橋内の艦長席に戻った。

次回は、イェーガーがどのように危険を『掃除』したのか。そこを描こうと思います。イェーガーの場面をしばし描いたら、ユキ&シン側の場面を予定しております。

次回もよろしくお願いいたします。

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