第五章 第9話 合同作戦 その一
この物語は残酷な表現が含まれております。ご注意ください。
駆逐艦クラインの周辺はいくつもの駆逐艦が並走していた。
暗黒の海にSIAのものである艦船が存在している。旧式のものが多かったがそれ以上に目を引くのは旗艦であるマリー・オルガ級の姿であった。
白銀の船。この艦には第二次銀河大戦の英雄の名前が由来となっていた。
空母の機能を持ち、亜空間潜航の仕組みまで兼ね備えた要塞潜宙艦であった。要塞艦と称されるこの戦艦の一種は、多数の敵艦との戦闘を想定しながらも、僚艦や友軍の戦闘効率を可能な限り引き上げることを目的とした大型艦船の分類の一つだ。
全長が同じ艦種と比べると、1100メートル。同じ分類の艦船の中ではかなり小型だった。しかし、その事によって、この船には他の要塞艦にはない機動性と柔軟性、戦術の幅があった。
アスガルドの大英雄の名を冠した船はその名にふさわしい力を持っていた。
その船にレオハルトが指揮をとっていた。
大英雄の孫が。蒼穹の意思を継いだ者が。
その要塞艦に駆逐艦クラインは接続する。
その後、シンたちとレオハルトは顔を合わせていた。
「ライドンとデューク、それにムギタニ……状況はおおよそ理解出来た」
報告を聞いたレオハルトは敵が本気で殺意を持ってマリンを抹殺しようとしている事を理解した。
「わからないのは、『黒幕』だ。なぜアイドル一人を殺すためにプロの殺し屋と傭兵を雇ったのだろう?落ち目のムギタニはともかく……」
「それは彼女に聞いてみるべきだな。少しは敵の思惑が分かるかもしれない」
「ああ……芸能界の黒幕については調べが進んだ。芸能プロデューサーの一人が彼女を意図的に嵌めようとしている」
「なぜ?」
シンが怪訝な顔をする。
「…………彼女は売れっ子ではあったがために、何人かの同業者に妬まれていた。華やかな人気グループへの移籍。マリンを中心としたグループの躍進。だが、それを快く思わなかった者がいた……マリンと同じグループのアイドルと今回の黒幕だ。正直調べるのが大変だった。密偵が攻撃を受ける事もあった」
「くだらない。妬みなんて、言い訳で自分の力のなさを棚に上げているのだろうに……」
「みんながみんな、シンみたいに潔ければな……だが現実はそうならない。現に……これがある」
レオハルトはあるぬいぐるみをシンたちの目の前に見せた。
それを見た、マリンの顔に影が差す。
シャチだ。可愛らしくデフォルメされた水生哺乳類のぬいぐるみがレオハルトのそばのデスクの上に置かれる。
そのぬいぐるみはつぎはぎだらけであった。それはまるで意図的に切り刻まれたような痛ましい姿をしていた。
「このぬいぐるみは、俺が回収した。今回の案件の重要な証拠として。もう少しで隠蔽されるところだったよ」
「それを……どこで……」
「…………黒幕のデスク。そのそばの金庫に隠されていた。機を見て処分される可能性があった」
「…………」
「このぬいぐるみは……」
「……彼女がAGUの『若き英雄』からもらったプレミアム品だ……といってもこのぬいぐるみ自体はアズマ国の水族館で売られているお土産に過ぎないが……持ち主にとっては大事なものだろう。……違うかなマリン?」
「…………ええ」
「このぬいぐるみの状況から、彼女がどういう扱いをされているかを示す明確な証拠だ。このぬいぐるみはさっき言ったアイドルたちによってバラバラに切り裂かれていた」
「ひどい……」
ユキが目元を両手で覆う。周囲の人間も顔をしかめる。普段へらへらとしているサイトウですら、殺気立った表情をしている。
そして、シンも明らかに目つきが変わっていた。
憎悪。猛禽の目。シンの『シャドウ』としての目であった。
「……お前は当然怒るよな……シン」
サイトウは苛立った表情のままシンに問いかける。
「当然だ……何か問題でも?」
場の雰囲気を一変させるほど冷徹な口調でシンはそう言った。
「お前が外人部隊にいた時もそうだったな。……新米だった俺の部下をいびっていた先輩隊員を半殺しにしたのは……」
「……そうだな。実行犯には、同じ結末を与えてやろう」
「ほどほどにな。相手は女だぞ」
「…………あ?」
「……どうすりゃいいんだ。これ」
サイトウはシンの殺気に完全に気圧されていた。周囲の人間もシンの殺気に動揺を露にしていた。
「この話は後だ。怒りはこの件の黒幕にとっておくといい。……気持ちは分かるがな」
レオハルトが冷静にシンをなだめる。
シンはようやく周りに配慮して、怒気を収める。
「さて、マリンを護衛するだけでこれほどの大艦隊で動く事になった。ここまで厳重に警備するなら、相手も手は出せない。だが、問題はその後だ。マリンは芸能人だ。彼女は多くのオフィシャルな場に露出する必要がある。……そこで、彼女の組織――ヒーローチームご一行と協力して今回の案件を処理する事が決定した」
「……『鉄鬼』か」
シンの目は鋭いままだ。さっきよりも眼光の鋭さが増してすらいた。
「……今回の協力相手に対して君が不服なのは理解している」
「そうじゃない。レオハルト中将の判断はこれ以上にないくらい正確だと思う。……鉄鬼自身は正義漢であるのは確かだが、これはヤツと俺との問題だ。ユキの件に関しては不満だが、それと今回の事とは無関係だと思っている。……ただし、ヤツらが『また』卑劣な事をするなら話は……別だ。二度目はない」
「……ならいい。そうならないように配慮するよ」
「……前にも言ったが、前にユキを見捨てかけたヤツらとは口をきかないようにする。特に『寺育ち』。ヤツと出会えば確実に殴り合いになる」
「……わかった。気をつける」
シン、ユキ、マリン、アディは艦内にいるジャックとカズマと合流するため、艦橋から出た。準備も兼ねていた。
ルイーザは依頼主のアリーナに定期報告を入れていた。
そしてアオイとサイトウもレオハルト中将に報告の続きを行なった。
「……さて、サイトウ。よくやってくれた。艦が破壊されることも考え予備の部隊も用意してあったが、問題はなかったようだな」
「もちろん。俺はプロだからな。大将」
「中将だ」
「ああ、旦那の方が正確だったか?」
「オフィシャルな場では中将で頼む。くれぐれもな」
「わかった。普段は旦那の方で呼ぶよ」
「ふ、相変わらずだな」
「ああ」
「これで君の変態趣味が大人しめなら完璧だったんだが」
「……サブロウタには内緒で……」
「なんか言ったか?サイトウ?」
渋い男の声にサイトウがぎょっとする。
「げぇッ、サブロウタァッ!」
サイトウが気まずそうにスーツ姿で茶髪の美男の方に向き直る。
サブロウタと言う名前の通り、彼はアズマ人だ。ただし、背丈はアズマ人の中でも長身で、立っているだけでもすらりと格好がとても良かった。印象は大きく違うが、レオハルトと比べても甲乙つけがたい美男と言えた。髪型のセンスがなかなか良い。
「ただいま!あなた!」
サブロウタとアオイが抱き合う。ラブラブなオーラに周りの視線は釘付けだ。
「畜生ぉぉッ!これだからリア充のバカップルはぁッ!妬けるッ!妬けるッ!今すぐ末永く爆発しろッ!」
「……あー、うん。中尉が血涙出す前に離れようか……続きは後で……」
嫉妬の殺気を放つサイトウ・コウジを抑えるためにレオハルトは二人のラブラブモードを停止させた。
「……レオハルト中将を困らせるな。中尉」
ぴしゃりと厳格な男の声が響く。若い男の声だ。だが、雰囲気はシンと似たものがあった。老兵のような洗練された身のこなしだ。シンと違うのは、人の温もりに無頓着な雰囲気があった事にある。シンが戦士なら、イェーガーは職人であった。ある種その表現は正しかった。だが、もっと細密な表現があった。
狙撃手。彼を一言で表現するならその言葉に集約される。
鋼のような冷徹さと精密機械の信念をイェーガーは備えていた。
アルベルト・イェーガーが、いつの間にかレオハルトのそばに居た。
「……イェーガー少尉。相変わらず気配が薄いな……」
サイトウは寒気のような恐怖感すら覚えていた。
「お褒めに預かり光栄です。中尉殿。これが私の取り柄ですので……」
「あ、ああ……」
生真面目で沈着な人間性に寸分のブレがなかった。
それがアルベルト・イェーガー少尉である。
「レオハルト様。中尉がご迷惑を?」
「いや、そんなことはない。すまないな。イェーガー」
「ええ。貴方がストレスを感じれば、マリア夫人がご心配なさいますので」
「ありがとう。だが、大丈夫だ」
「ええ……」
イェーガーは慇懃な口調でそう言った。彼はレオハルトに最大限の気遣いを行なっていた。普段から率直で豪放磊落な振る舞いをしていたサイトウもこれには緊張の面持ちしていた。
主と従者。
二人の印象はまさしくそれであった。
中将と少尉。階級に雲泥の差があるのにも関わらず、二人の信頼の繋がりは確かに強かった。
「イェーガー、すまないが君独自に動いてもらいたい事がある」
「なんでしょう?」
「マリンの兄だ。名前はウィリアム・スノー」
「高層ビルで番組プロデューサーを人質にとっていた人物ですね」
「彼と接触してほしい。足の速い航宙機を与える。一足早くヴィクトリアで調査してほしい事がある」
「……どうして彼を?彼はこれまでも……」
「そうだ。だからこそ、接触してほしい事がある。彼女の自警活動について知っている事はないかを。……彼にはやや気になっている事がある」
「それは?」
「マリンはなぜAGUから逃げる際に、ウィリアムに会わなかったのか?そこが気になってな」
「……マリンは当時パニックになっていました。混乱のあまり、そこまで考えが回らなかったのでは?」
「……それにしては、孤独を恐れている節がある。ウィリアムは家族なのだろう。そんな彼女がなぜ?」
「……さあ。私めにはよその女の考えは存じません」
「それに、ウィリアムはマリンの活動を知っていた節がある。取調べの時もそんな事を言っていたのを思い出してな」
「なるほど、それとプロデューサーの足取りも調査すればいいのですね?」
「察しが早くて助かるよ」
「どう致しまして。レオハルト様」
イェーガーは艦橋を出た。
レオハルトは腰掛けた後、良質なコーヒーを楽しみながら、艦の外の星を見ていた。そして思案していた。人間の謎。悪意の謎。そして、信念と悪意の衝突。複雑な事件の闇を暴き、命を救うためにレオハルトはあらゆる状況を思案していた。
信念と闇。
その狭間で、レオハルトは思考した。
そして、レオハルトはムギタニのいる牢獄の方へと足を向けた。
今回はレオハルト側の描写を交えた状況の整理が中心となりました。マリンの置かれた状況はなかなか複雑怪奇で残酷である事を改めて分かっていただければ幸いでございます。物語はイェーガーとシンが中心となって動きますが、レオハルトも大きく動く事になると考えております。
次回もよろしくお願いします。




