第五章 第8話 細胞抑制弾
この物語は残酷な表現が含まれております。ご注意ください。
警告灯が点滅し、三人の者を残して重厚な隔壁が閉鎖される。
ムギタニ、ルイーザとサイトウ。
仕掛けたのは、ルイーザであった。
拳銃から火薬の破裂音が響く。通常ではあり得ない軌道を描いて、ムギタニに鉛玉が飛来する。それをムギタニは笑顔で迎撃する。彼女を囲む光の束が鉛玉を蒸発させる。
「そんなオモチャで殺せると思った?バカでしょ!?あんたぁッ!?」
ムギタニが光の粒子を集める。槍状の光体が幾重も飛来する。
壁に光の槍が突き刺さる。身軽な動きでルイーザはヒットアンドアウェイを繰り返す。だが、弾丸を当てる事は出来ずにいた。散乱している物体を片っ端から投げつけ牽制を図るが、ムギタニはじりじりと詰め寄ってくる。
「バカはそっちじゃありません?こんな破壊と殺戮がいったい何の得に……」
「アイドルを殺せば報奨金が出るんでなぁ。それにシャドウを殺せるんだ!アイツがチビだったころから恨みがあるんでなぁあ!?」
「因縁は深いようだけど、それとここを破壊する事は別よ!あなたを止める!絶対に!」
弾丸を瞬時に込め、ルイーザが何発も弾丸を撃ち込む。
今度はフェイントをいくつか用意した。
三発の弾丸をめちゃくちゃに動かす。一つの弾丸に『アロー』たちを集中させる。めちゃくちゃな軌道をいくつか混ぜ込み。相手の刺客に到達する。
後頭部狙い。
粒子の壁がないぎりぎりを狙い弾丸が飛来する。
微笑。
アローが一つの弾丸に『五体』乗っているのを見て、ムギタニの顔がにやりと歪む。女ヤクザらしい邪悪な笑みであった。それがなにを意味するのかをルイーザは計り兼ねた。
刹那。ルイーザに悪寒が走る。
戦闘経験が、本能が、あるいは直感が、身を凍らせるような恐怖を告げる。
「……まさか」
ルイーザは即座にアローを退避させた。
何体かが巻き込まれる。
二番と四番だ。
めまい。吐き気。そして体の細胞がぶちぶちと断線する。
ルイーザの体が出血と共に裂傷がはしる。
「残念だったなぁッ!?」
「……どうかしら?」
「!!」
ムギタニが引きつった顔をする。身を翻すが、避ける事が出来たのは一つだけだった。
ナンバーワン。
左腕が欠けたリーダー格の『妖精』であった。
「計画ドオリ!」
ナンバーワンがムギタニの腹部に弾丸を貫かせた。抱えた弾丸がムギタニの内蔵を残忍に抉ってゆく。肉を抉った鉛の塊が真っ赤な状態でムギタニから突き抜けた。
「致命傷ね。ここまでは予定通り」
「……あが……が……は……」
口から血を流しながらムギタニは腹部を抑える。
「…………くくく」
「!?」
ムギタニは笑った。否、嘲笑った。
この世の健気な努力を全て冷笑するが如く。
ムギタニの笑顔は悪意すら内包している。それほどの冷たさと眼光がルイーザの精神を削り取ってゆく。
「……お前。なかなか歯ごたえあるな……殺しがいがあるッ!!」
殺意と悪意が一対一で混ぜたかのようなプレッシャーを与えながら無差別に粒子の矢をまき散らしてゆく。それらは全て目の前のものを破壊してやろうという狂乱が含まれていた。壁の一部が焼け、熱っぽい色を帯びて柔らかく溶けていった。
「…………さて、十分か」
サイトウは冷静な面持ちで小銃を構える。通常の弾が入ったマガジンを別の色をした弾倉へと装填し直す。
それはアスガルドの言葉でこう書かれていた。
特殊弾・対メタアクター。
準備を済ませ瓦礫の高所から、サイトウは射撃を敢行する。
連射。数十発の粒子弾丸を放ち、サイトウの『本命』を撃ちだす。小銃についた擲弾発射器であった。
牽制用の弾丸もメタアクター能力者に最適な弾丸であった。
メタアクターの細胞は常人の細胞と比べて特殊な反応を細胞内で引き起こす。それを抑制する事で相手を弱体化する事を望める。そこをサイトウは狙っていた。
ムギタニはやり手だった。だがそれが仇となった。
弾丸を器用に迎撃したが、『本命』はそれ故にもろに食らってしまった。
粒子での迎撃は確かに行なったが、サイトウもルイーザと同様、いくつかのフェイントを仕組んでいたのだ。ムギタニの足下に擲弾が転がる。
放った擲弾は炸裂した周辺のエネルギーを奪った。
「が…………」
ムギタニはめまいと共に全身の力を奪われる感覚に見舞われる。両手の力を込め粒子の生成を始まるが、火花が散るだけでうまくいかない。ムギタニは能力なしでの戦いを一気に強いられる事になった。
数の優位性もあり、サイトウはムギタニに摑み掛かった。
だが、ムギタニの握力は桁違いであった。掴もうとすると逆に引き千切ろうとしてくる。そこでルイーザは右手をサイトウは左半身を押さえ込んだ。
「んおおおおおぉぉぉぉらぁぁぁぁああああッ!!」
ムギタニは絶叫と共に体をばたつかせる。子供が駄々をこねるような不器用な動きなのに関わらず強靭な力が二人の拘束を振りほどこうとする。ムギタニの両手の火花が大きくなる。状況は刻一刻と悪化していた。気絶さえ出来ればこの戦いを制する事が出来るが、スタンガンのような気の利いたものを二人は所持していなかった。
「ぬぉおおおお!このままじゃあッ!」
サイトウが無理矢理押さえつけるが猛牛のような力に振りほどかれそうになっていた。
「サイトウ!そのままッ!」
「あぁッ?」
ルイーザは抑えていた手をムギタニの首元に押さえつけた。
「ああぁぁぎぇがああッ!?」
ムギタニは絶叫と共に白目を剥いた。手のひらで弾けるエネルギーの火花をスタンガンの代わりにする。ルイーザのとっさの判断力がムギタニの意識を刈り取る。
ムギタニの体の力が徐々に弱まる。そして、両手がだらりと動かなくなる。
「……ふう、鎮圧出来たみたいね」
「……すまねえ。俺一人じゃ無理だった」
「お互い様よ。私一人じゃ殺されていただけだったし。あなたがいたから生け捕りに出来たわ」
「……生け捕り自体が奇跡みたいなもんだ。俺だけじゃ倒すだけで精一杯だった」
「そうね。最悪あの銃で……」
「ああ、無力化出来てよかったぜ。聞きたい事があるしな……」
「それに、こいつ何人も殺しているしね……」
「民間人や自分の部下ですら気分で殺しているからな。こいつは刑務所に送るべきだ……生きて償わせないと浮かばれない連中だっている」
「……」
「どうした?ルイーザ?」
「敵は本気みたいね」
「そうだな」
ぐったりとした危険人物を厳重に拘束しながら、二人の強者はげんなりとした様子で言葉を交わした。
クライン艦内で報告を聞いたシャドウはげんなりとした表情を浮かべながら、頭を抱えていた。
「……あのビームババアを良く相手に出来たな……」
「我ながらそう思う……」
サイトウの顔が心なしかげっそりしている。周囲の人間が明らかにそれを感じていた。
「二人とも大丈夫だった……?」
マリンがルイーザとサイトウを心配する。
「大丈夫ですとも!」
サイトウが途端に元気になった。アイドルを目の前に明らかに歓喜の表情を浮かべていた。
「単純ね……」
ルイーザは呆れながらも、戦友のコミカルな一面に思わず笑みを浮かべた。
「……まあ、ビーム放たなきゃ年上のお姉さんな感じはあるけどな……」
「……あなた熟女好きの面もあるの?」
「はぁ!?サイトウお前正気か?あのサイコ女に何考えてやがる!」
シンは半分怒った様子でサイトウに食って掛かる。
「ボインな女は好きだ。ヤクザでビーム放つところを除けばな!」
サイトウはぶれなかった。小学校の問題を答えるように堂々と自分の意見を述べていた。
「……ぶれねえな、こいつ」
「……ぶれないわね、この人」
異口同音にルイーザとシャドウは目の前の色ボケを冷ややかな言葉を投げつける。やや苦笑まじりの様子で。
「さて、話が脱線したが、これからの方針はSIAの艦隊と合流することでいいな?」
「ん?どういうこと?」
ルイーザがシンに対して疑問の言葉を投げつけた。
「ユキがアスガルドの高官と連絡をとってくれた。信頼に置ける人物だ。レオハルトの上司にあたる人物だ」
「……相当な人物ね。……いったいどうして?」
「例によってハッキングだ。電話回線を乗っ取った」
「…………マジで?」
ルイーザは唖然としている。
ちょっと遠くの役所に行ってきたと言わんばかりの感覚でシンは言った。そもそも、『ハッキング』なんて物騒な用語が飛び出す事に、彼女は平然としていられなかった。
「……機械があれば何でも出来るのね……あなたの相棒は」
「なんでもではない。やばい相手もいる。それに機械なしでは何も出来ん」
「ナチュラルに犯罪行為をカミングアウトしないで」
アオイが呆れた様子でシンの前に出る。体の具合が良くなった様であった。新しい軍服を着てシンの前にいる。
「アオイ。役所に伝えろ。お前らのところはセキュリティが甘いと」
「そう言う問題!?」
「わかったわ。シャドウ」
「ユキも平然と了解しないで!?」
「アオイ?元気そうだな?今日もベッピンさんだね」
「サイトウ中尉!あなたは黙ってて!」
「ちぇ……サブロウタに先を越されなければ……」
「……なんか言った?」
「い、いえ」
アオイが放つ怒気がサイトウを黙らせる。これに立ち向かおうとするのはよほど頭のねじが外れた人物か、レオハルト中将クラスの実力者か、怒った時のシンぐらいであった。アオイの前で夫サブロウタへの罵詈雑言はタブーであった。
「……脱線しっぱなしだが、我々目的はマリンの保護だ。彼女を守るためには戦力と情報がいる。それこそSIAの力だって借りる必要がある。寡兵では守りきれん、精兵だとしても数がいる。そうでないならなおさらだ」
「そこは否定しないわ」
「ビーム女が突撃するしね」
「ああ、それにその『ビームお姉さん』に聞きたい事があるしな。個人的な事も含め……」
「サイトウ中尉。あなたは黙ってて」
「またかよ」
アオイの言葉にサイトウがげっそりとする。
アスガルド政府関連の業者から補給物資を受け、クラインはセントアンドレの宇宙港を旅立った。近海にいる艦隊と合流し情報をまとめること。それがシンたちの目下の目標となっていた。
シンは話し合いを済ませてユキと共に各々の仕事に戻った。
ユキがマリンの姿を見かける。二人はマリンのそばにわけもなく近寄った。
「……きれいね」
艦橋にいるマリンが呟く。
モニターに映る星々を見てマリンは感嘆の声をあげていた。
「ああ。青空と星は好きだ。移り変わってもまた見られるから」
「へぇ、星も好きなんだね。シン」
「そうだ。闇に浮かぶ光なんてロマンスを感じるだろ?ユキ」
「そうね」
「ふふ、ふたりって意外と詩人みたいね」
マリンが微笑を浮かべる。どこか珍しいものを見たかのようにシンとユキは感じていた。
「そうか?」
「そう、私そう思う」
「マリン……そうか」
三人は暗い虚空と鮮やかな瞬きの共演を眺める。
緩やかな時間が過ぎていった。
サイトウたちがさっきまで戦ったり、にぎやかに話をしたりしたのが遠い過去のように三人は思っていた。人間の悪意はどこまでも暗く移り気だが、星は裏切らなかった。精一杯燃えて、消える。
その星々の姿にシンは哲学的な真理を感じていた。
咳の音に縁がございます。寒い日が続きましたが、合間を縫って執筆を続けています。さて、今回は再登場したムギタニとサイトウ&ルイーザコンビの戦いとなります。謎がまだ残りますが楽しんでいただければ幸いです。
次回もよろしくお願いします。




