第五章 第6話 船よ、港へ進め
この物語は残酷な表現が含まれます。ご注意ください。
敵を排除したクライン艦内では、毒の除去と船員を呼び戻す事に時間を費やす事を強いられる。アオイが倒れて動けない以上、艦長とユキが連携をとりながら指揮を行なうしかなかった。幸い、『艦長』はベテランの船乗りな上、SIAと付き合いのある人物で、この状況に良く順応し、船の業務を全うしてくれた。
問題が全て解決したかに見える。だが違った。
彼らの居るのは無法の無重力空間。
虚無の大空。あるいは虚空の大海を進まなくてはならない。そのリスクは大きくつきまとう。常識を超えた事象に見舞われる可能性。そして無法者の襲撃。それらを考慮しなければならなかった。
現にユキたちの乗るクラインは海賊の襲撃に見舞われていた。
「……数は!?」
「……三隻。これはまずい!?」
艦長の顔に焦りが見える。
「艦長」
ユキが艦長に語りかける。
「なんだ?」
「火器管制システム借りるわ」
「な?え?」
困惑している艦長を尻目にユキはコンソールの一つと自分を接続して何やら操作を始めた。パネルとキーボードをわずかに操作した後、じっと画面の中の敵を見据えていた。
ユキの操作に呼応するように、駆逐艦の主砲と陽子魚雷発射装置が微調整を繰り返す。
「撃ち落とす。いいわね?艦長」
「か、かまわんが……」
艦長の言葉と同時にクラインの主砲が砲火を放つ。
続いて陽子魚雷が狙い澄ましたかのように軌道を描く。虚空の大海に金属製の円筒が放たれ、敵艦に向かって直進する。三隻の敵艦は数に者を言わせてクラインを沈めようとする。最初のうちは効果的であった。だが、ユキが火器管制を行なってからは全てが一変した。
全く当たらなかったはずの艦砲射撃。距離があるにもかかわらず全弾命中し始めていた。対粒子障壁がもろくなり、敵艦のエネルギーが消費したのを見計らったかのように魚雷が接近する。誘導弾より遥かに大きな爆弾がタイミング良く距離を詰め、敵艦の一つを簡単に沈めてしまった。
「……さすがに軍艦は違うわね」
出力と武装の多彩さにユキは感嘆の声をあげた。
敵の方は思わぬ反撃に体勢を立て直すことすら困難になっていた。回避軌道に明らかな乱雑さがある。ユキはそれを見逃さず、艦内に放送を流す。
「火器管制室。火器管制室。こちら第一艦橋。副砲を正面十二時の方角に向けよ」
「こちら管制室、了解。準備良し」
「撃ち方」
「撃て!」
ユキの指示に合わせ弾雨が右往左往している敵艦に向け降り注ぐ。青い光の矢が敵艦の装甲を削りとり、損傷箇所を増やしてゆく。反撃と回避を繰り返し敵艦はクラインへと向かってゆくが、もはやユキ側が優勢であった。
「艦長。このまま追撃しますか?」
「……いや、艦の安全確保のため、このまま現領域を離脱」
「了解。ここまでやれば十分ね」
隕石一つない宙域を迂回し、襲撃者の船から距離をとる。一隻の『塊』に恐れおののき、敵の方もクラインから急速に離脱する。
戦闘は一瞬の攻防のみを交わし、クラインが沈められる事はなかった。
勝利。
敵の内外の波状攻撃をしのぎきった事をユキは実感した。
「…………ふぅ……」
首元のコードを抜いてユキは一息入れた。
「……どうやって主砲の管制を……人一人の……作業量じゃないぞ……」
「……私……ちょっと、『特別製』なの……」
自嘲の混じったような笑みをユキは浮かべていた。
「アラクネが凄まじい人物であることは聞いていた。まさか……これほどとは……」
「申し訳ありませんでした。沈められたのが一隻だけで」
「……沈めた事自体が奇跡みたいなものだ……本当に……なんと言っていいやら」
艦長の驚きはもっともであった。
艦の制御自体複雑な数式とプログラムで動いている。それを動かしつつ、さらに弾道の修正のために計算再度をやり直さなければならない。緊迫した状況下でそれらの作業を完璧にこなし、さらに主砲を外す事なく敵艦のどれかに全弾命中させる手腕は『神業』と言うほかはなかった。
しかも、ユキは部外者だ。プログラミングは軍の許可証、すなわち起動用のカードが必要だった。そのセキュリティを無理矢理接続したとは言え、短時間で突破し、システムを掌握する事自体も恐ろしくずば抜けたハッキング能力だが、その後に、火器管制の計算もこなすことも考慮すると、人間の処理能力を遥かに逸脱していると結論づけられる。
これこそがユキ・クロカワ。これこそが『アラクネ』の真髄であった。
「……君の事はSIA経由で聞いていた。……聞いていた以上だったよ。おかげで被害は少なくて済んだ」
「それでも数人の死傷者を……」
「皆覚悟は出来ている。軍に居るってことはそういうことさ」
「……」
「むしろ俺たちは感謝しているんだ。俺らだけではどうにもできなかったからな。メタアクター相手には歯が立たないし、そのうえ三隻もの敵船を相手出来なかったしな」
「ありがとうございます。艦長」
「さて、マリンのお嬢さんを連れ出さなきゃな」
そう言ってユキと艦長はマリンのいる隠れ場所へと向かった。
航路は長かったが、無事につく予感が艦長にはあった。
少なくとも、ユキもその予感を共有していたのであった。
「……体がガタガタね」
蜘蛛状態から戻ったばかりのアオイが愚痴をこぼした。
「それはこっちの台詞よ」
頭に包帯を巻き付け、眼鏡にわずかな割れ目が入ったアディがアオイの愚痴に噛み付いた。
「まーまーお二人さん。助かったんだから良いでしょ。敵の数もちょうど二人だけだったし。ね、ね、ね?」
「元はと言えば、あんたが駄々なんか」
「そうよ」
「うー……でも、三って本当に縁起悪いし……」
「分散した自体は確かに個々の労力が増したけど、敵を効率的に仕留める事が出来たから結果オーライね」
「サンクス!ユキ」
「どーも」
ユキのフォローにルイーザが喜々とした様子になる。
「ただし、単独行動は今後極力避ける事いいね?」
「う、……はい」
苦い忠告がルイーザの長い金髪を俯かせた。どうにか、仲裁をうまくやったユキは今後の方針について話す事にした。
「……この状態だと軍艦があったとしても、きつい事になるわね。敵は想定より多くの手段を仕掛けている。この分だとヴィクトリアにつくまでにどれほどの消耗を強いられるか……」
あるいはヴィクトリアに向かう事も想定内か。いずれにせよシンが負傷で離脱した状態ではかなり不利な状況であることをユキは再認識した。動ける人間。援軍が必要であった。
「……アオイ。あなたの方で援軍を呼べないかしら。私のほうだと手が回せる人間が居なくて」
「……あれ?そっちにはもう一人仲間が居たはずでしょう?」
アオイが怪訝な顔をする。
「ごめん。前の仕事の時に負傷してしまって。まだ戦える状況じゃないの」
「足を貫かれたんだっけ……痛いわね、それは……」
「……警備会社というより傭兵ねあなたたち」
「間違ってはいないけど耳が痛いわね……」
ルイーザの指摘にユキが苦い表情を浮かべた。
「それより、弾薬とエナジー装甲の損耗が著しいわ。どこかで補充が必要よ。アオイ?あてはあるはずよね」
「ええ。『私たちの方』で用意してあるわ。ちょうどあの星に近いわね」
「あの星?」
「セントアンドレ」
「惑星エリスの!」
「そういうこと。レオハルト司令はこのことも予期して人員を待機してあるわ」
「助かる」
今後の方針が完全に固まったところで艦長から惑星エリスの近海にたどりついた事をユキたちは告げられる。
衛星軌道の宇宙港にたどり着いたユキたちとマリンは予備の人員と合流する事が出来た。予備の人員だけではなかった。
「シン!?体は大丈夫なの?」
「……まあな。肋骨で止まったせい傷は浅かったようだ。いてて」
「無理は厳禁よ」
「ああ。だがSIA側と合流したおかげで有力な情報を得る事が出来た」
「情報?」
「芸能界にマリンが死んで喜ぶ人物が居る」
「……それってまさか」
「黒幕だ。リセットソサエティと繋がりのある人物が居る。まだ確証がないが……」
「あーそれは俺が説明した方がいい?」
「コウジ。すまないが説明してやってくれ」
「ああ」
筋肉質なアズマ系の男が前に出る。迷彩柄のバンダナを巻いた男だ。身のこなしがシンと似ている。隙がなく武闘派の人間が出す雰囲気があった。背丈はシンより十センチは高い。顔にはうっすらと傷があり。歴戦の強者である事が伺える。見た目でこそシンとは違う。が、シンと同様に近接戦闘の名手であることが見た目だけで周囲には伝わった。
「俺たちの司令。つまりレオハルトだ。彼は怪我で離脱したシンやカズと共に別件の捜査を行なった。カズは外国のツテ。シンは裏の人脈から聞き込み兼犯罪者退治してた」
「え、だって怪我は……」
「こいつ弾丸の傷を縫って何日か寝たら、すぐ犯罪者狩り始めやがった。……空挺出身だけあってすげえよシンは」
「また無茶して……」
「助けを求める人間が居た。それだけだ。それに怪我を言い訳にして助けられるはずの命を見殺しにしたくない」
「……それは過去のトラウマのため?」
「…………そうでもある」
シンは包帯が巻かれている自分の胸を抑えた。心なしかユキにはシンの表情には影が差しているように見えた。
「……ユキ。すまないが、しばらくこの港で潜伏していてほしい。敵の狙いは君たちがヴィクトリアに向かう事にある。そこを敵は狙うようだ」
「そうね。敵がそう来るとはこっちでも予想していた」
「しばらく、コウジを護衛につける。連絡があるまで潜伏していてほしい」
「わかった」
「……うぇえ、マジでサイトウが……?」
「そそ、
アオイがげんなりした顔でシンの方を恨めしく見ていた。
「……う、腕は確かだ。コウジが実力で『中尉』にまで上り詰めているのは知っているだろう?」
「……そりゃそうだけど……この変態を……?」
「え」
ユキの方もぎょっとした顔でシンの方を見る。ルイーザの顔は……引きつっていた。アディもヒビの入った眼鏡を弄って動揺を隠している。
「あー、釘は刺してある。もし、ユキに破廉恥な真似をしたらレオハルト経由で殺すと」
「ちょ!?」
「……私は?」
「……」
アディとルイーザが目を白黒している。
「すまない……動かせる人間がよりにもよって彼しかいなかったみたいだ。……なにせ大規模な作戦があって人員を総動員している状態で……彼を借りるだけでも大変だったんだ」
「……」
「……そもそも、SIA自体、『変態の巣窟』だとは聞いてるけどさ。……彼は……その、……どういう位置づけ?」
「…………一番の変態枠」
「どんな変態!?」
「…………まず、女の匂いに――」
「却下ァ!!こんなヤツ、リコールよッ!リコールッ!」
「そんなー」
サイトウが露骨にしゅんとした顔をする。
「そんなもへったくれもない!」
「えー」
サイトウ中尉があまりの拒絶反応にあっけにとられている。
「ま、まあ腕が立つなら……は、ははは」
引きつった顔のルイーザがサイトウの手を握手する。握りつぶさんばかりに。
サイトウはうっとりと小声でお礼を言っていた。マゾの気もあるようだった。
「……ねぇ、アオイこの話はマジ?」
アディがアオイに事実関係を確認する。
「…………ええ。私相手には既婚だから大人しいけど……」
「え?あんた既婚!?」
「そう、サブロウタっていって、彼とっても真摯な人なの!初めてあったのは――」
アオイは自分の波瀾万丈の出会いをうっとりした顔で語り始めた。
「……どうしてこうなった」
「……私に聞かないでアディ」
ユキとアディが互いに顔を見合わせる。旅の困難は敵の包囲網だけではなかった。
だいぶ遅くなりました。仕事の都合で執筆の都合がつきませんでしたがようやく目処がたちました。今回のお話はユキの活躍と『コメディリリーフ』の登場となります。サイトウは困った男ではありますが、これからどう活躍するか、その点に注目していただけたらと思っています。
次回もよろしくお願いします。




