第五章 第5話 駆逐艦クライン その3
この物語は残虐な描写が含まれております。ご注意ください。
クラインの艦橋には沈黙があった。
沈黙には緊張が混じっている。ひりつくような空気のざわめきがその場所で戦闘が行なわれている事を如実に示していた。
「……アディ。敵の逃げた位置は?」
アオイがアディと背中合わせになる。
「……向こうね。とりあえず、ユキとマリンはその場から逃げられたけど……」
「メタアクター能力の同時攻撃とはね。金縛りと毒攻撃のハイブリッドとはね。これは厄介だわ」
「敵の攻撃の正体が掴めない。そのせいで死傷者が……」
「……かなりやばいわ」
「畜生!どこから敵が!?」
悪態をつきながらアディが周囲を警戒する。
「おそらく貨物。だけどいくら検査しても生体反応が出るところなんて……」
「……メタアクターでしょ。なら毒物のある場所とか」
「そうか……まさか薬品のスペースに……」
「そうなると敵の能力が限定される。毒物系の能力者だってことは遺体の状態から判明しているし」
「……だが、負傷した者の症状はまちまちだ。どうやら敵は複数の毒物を……」
「そうなると毒物に耐性がある私たちでも……久々にヤバいわね」
「……アディ」
「あ?」
「これ」
アオイが渡したものはカプセル型の注射器であった。
「なにこれ?」
「もしものとき用。身体能力は評価してるから渡しておくわ」
「……どういうことよ」
「私は人間じゃないから能力使うと暴走する。だからそのとき用にね」
「そうならない事を祈るわ」
「お互いにね」
靴音。
何者かが二人に歩み寄る。
「……デュークの兄貴はよぉ。俺にこんないかれた商売紹介しやがってよぉ……どう考えてもメタアクター能力者相手じゃマジだるいんだがよお」
緩い口調で筋肉質な男が現れる。両手が自分の能力によって素肌が見えている。服の繊維が溶解していたのだ。その両腕は毒素のせいで変色していた。しかし、どういうわけか両腕は共に壊疽している様子はない。
「ああ、だりい。超だりい。人殺すのだりい」
「……こいつね」
「……そうね」
アディとアオイ。軍服とビジネススーツ。二人の女が目の前に現れた敵を見据えた。
「……目的は」
「……だりい」
「は?」
「言わなくてもわかるだろ?」
「調子乗ってるの?」
「いんや。『アイドル崩れ』を殺せば報酬が出るって聞いただけ。そいつ死ににくいから毒が有効だと?だから俺が頑張れば報酬がもらえるって聞いたけどさぁ。超だりい」
「だるいなら人殺しならやめなさいよ」
「いやぁ殺しって楽に稼げるから、最高よ……そう思わねえ?傭兵さん」
「聞き捨てならないわね」
アオイが苛ついた様子を露骨に見せると
「おお、怖い怖い。そう凄まないでよ」
「あんたどこの出身の誰よ?傭兵にしちゃ見ない顔だけど?」
アディがあきれたような目で男を見た。男はだるそうに自分の身元を明かす。
「あー、『毒入りライドン』とか『ロニー』って言われてる。『組合』にはだるいから書類とかは申告とかしてないけどさ……ただ、商売敵とかの情報とかは仕入れている。……こう言う時に便利だからさ」
「それはどうも」
「あーだるいからマリンとか言う子に会わせてくれね?……すぐに済むからさ」
「残念だが面会謝絶よ」
「それは残念。せっかくの美人だし、半殺しで勘弁したげるよぉおお」
ライドンは両腕から煙のような何かを出した。
すぐさま二人は艦橋の段差を物ともせず軽業のような動きで距離をとった。
「あーやべえ。体を強化するヤツ?やべえな、しんどいぃ」
そう言いながらも、ライドンはすぐそばにあった壁に触れると触れた右腕から毒の煙が吹き出た。毒の正体は見ただけじゃ分からない。
「……これは参ったわね」
「私が仕留める」
「アディが?」
「この手の相手はすぐ潰すに限るわ」
「艦橋から離れてやってちょうだい。ここがめちゃくちゃになったら、航行自体が出来なくなるわ」
「分かってる」
アディの短いスカートからサソリの尾が伸びる。毒々しい色をした器官がちらちらと毒液をたらしていた。
「あんたほんとに人間?私と同類じゃないの?」
「この器官以外は」
「どうだか」
アディがサソリの尾で男の腹部を貫いた。敵も機敏だったが、その刺突はあまりにも正確だった。
「イデェエ!?」
男は腹をおさえ悶えながら、艦橋の下段に投げ落とされた。人間のオペレーターがドロイドたちに操縦を任せその場を退避する。艦長が拳銃を向けようとするがアオイが下ろさせる。
「脱出艇に」
「ですが……」
「問題なければ連絡する。十五分経って連絡がなければ退避」
「了解」
途中、艦内通信がかかってきたが、出ている暇はなかった。人間の船員はアディとアオイ、そしてライドンを残して退避する。ドロイドたちだけが最低限の操縦に専念していた。
「あー痛えぞ。どうなってんだ回避したのによぉ」
「サソリは獲物の振動を察知して動くの。生半可な動きは……無意味よ」
「さしずめおめえはサソリ女かよぉ痛えぞぉこの野郎ぉ」
「油断したあなたが悪いのよ」
「……あ?誰が油断したって?」
「!?」
アディがとっさに尾を見る。針の先が壊疽を始めていた。毒でやられたのはアディのほうだった。
「なぁぁあ!?」
アディの顔に動揺の色が現れる。顔色が一変した。
「こんな毒きくかこのヤロオ」
「クソぉ!?」
アディは右脇腹からハサミの器官を出し。尾の一部を切り離した。体液が切断面からにじみ出る。落ちた肉の一部が泡立って溶ける。
「ああ!!くそくそ!どうしてこんなぁ!!」
「あはは、不利になったなぁ美人さん!さっさと教えればこんな痛みは必要なかったなぁしんどくなかったなぁ!?」
サソリの毒が効かず。触れれば毒でやられる。かといって攻撃しなければやられる。その状況に二人は置かれていた。急速な危機。アディの顔に焦りが見える。一方、敵の方は完全に余裕だ。微笑すら浮かんでいる。
「人間相手なら無敵なんだよ!分かったか美人さんコンビぃ!!」
「くぅ!?」
眼鏡越しのアディの目に焦燥の色があらわになる。それをみていたアオイが前に出た。
「そう、『人間なら』無敵なんだね?」
「!?」
「あはは、そうだよ。人間の細胞用の攻撃手段なら毒がおすすめだよ?暗殺の一番の手段は毒。大量虐殺を行なっても毒が一番。まさしく無敵!楽して人を破壊するなら毒がおすすめぇえ!超楽ぅ!」
「へえ?」
アオイが大胆な微笑を浮かべる。一見すると優しそうな笑顔だが禍々しいばかりの殺意がうっすらと混じっていた。
アオイの笑みと共に艦内の空気が一変した
その時であった。
様相が、外観が、身体が、体躯が。アオイの姿が変化した。
人から蜘蛛へ。哺乳類から節足の存在へと姿を変える。
ミシ。
ミシミシ。
グチュ。グチュ。
アオイの体に節足が生える。
否、節足だけではない。蜘蛛の腹部が大腿の間から露出しチラチラと体液がちらつく。
「え?」
ライドンの余裕のある笑みが凍り付いた。人の理から外れた存在を目撃したからだ。
「……なるほどな」
納得しながらもアディの顔には冷や汗が流れていた。
「あ、ぐ、ぎぎ、んああ」
扇情的でありながら異質な声、その旋律を奏でながらアオイは巨大な異形へと姿を変える。アオイの軍服が音を立てて破けてゆく。
それは、蜘蛛。大蜘蛛であった。
アズマ国において『まつろわぬ者』として遠く迫害された者の末裔。アオイはその姿を敵に見せた。
人の上半身に蜘蛛の下半身。そして人の顔には赤い複眼と蜘蛛の牙。
捕食本能を具現化したような異形の出で立ちでライドンに対峙した。
「……ひ、ひ、ひぃ!?何だ!?こいつはぁぁ!?」
ライドンは青ざめた顔で股間から小水を漏らしていた。
アディはその様子に顔をしかめながらも尾の再生に全ての労力を集中した。当然距離をとりながら。
アオイはライドンの不潔な様子に顔をしかめながらもこう言い放った。
「……デモ、オイシソウ」
アオイの巨大な体躯がカサカサとした乾いた足音を立てて休息にライドンに接近した。
「あ、あ、わああああああああああああああああ!!」
ライドンは艦橋から這々の体で逃げ出した。ライドンの全身の細胞が戦ってはならないと告げていた。そして、その本能に従った。
その結果、標的となった。
「タベテイイヨネ?」
アオイの意識は人のものから蜘蛛の凶悪なものへとシフトしていた。原初の本能。生存のために、強者として狩るために。理性でなく本能の意識へと変貌していた。それは目についていた有機生物を補食するための意思。それだけに従う状態になっていた。
「武器!武器?武器武器武器!」
ライドンは小部屋に入り込んだ。倉庫だった。死体。非常用の斧。船員のものであろう小銃。機関銃であった。そして手榴弾。
それをかき集めて捕食者にライドンは備えた。
扉がこじ開けられる。
蜘蛛の足が金属の板を平然と湾曲させる。
「来るなァァァアアア!」
機関銃のミシンのような音が響き。粒子弾がアオイの体躯を貫く。だが、青いにとっては擦り傷程度の怪我に過ぎなかった。
アオイの腹部から糸が吹き出す。蜘蛛糸だ。
手榴弾に手を出そうとしてライドンはぐるぐる巻きになる。
「ひ、ひ、ひぃ、ひぃああ、アアアアアア!」
くるぐると糸にまかれた状態になりながら両手の自由をライドンは確保する。
「手投げ弾がなくたってぇぇ!ちきしょうぉぉ!しんどいとかいうレベルじゃねえぇああああ!」
「グルグル。……グルグル」
アオイは子供が料理をするように無邪気に敵に糸を吹き巻き付ける。
「……は、そうだ。ははは、クモッつったって駄目な毒はあるもんなぁあああおああああ!最後の力だァァアアア!片腕持ってけェェ!」
ライドンは最高レベルの毒を右腕に込め、糸を引っ張った瞬間に蜘蛛の胴体を殴った。
「やった……やった!」
ライドンは笑みを浮かべた。
これなら殺せると言わんばかりに笑みを露骨に浮かべた。
「……右腕オイシイ」
「……へ?」
あろう事か、アオイは渾身の毒のこもったライドンの右腕を切断し、お菓子を食べるようにしてむしゃむしゃと頬張った。殴ったところにも変化はなかった。毒に対する耐性は細胞レベルで違っていた。能力ではなかった。
「……そ、そんな……右腕を捨てたのに……捨てたのにィィィィ……」
その後、ライドンは悲鳴を上げながら貪り食われた。肉を、内蔵を、無惨なまでに食い散らかされた。
その悲鳴は艦内に響いた。
「オイシイ、オイシイ、オイシイ、オイシイ、オイシイ、オイシイ」
その背後にアディはいた。その手にもらった注射器がある。
アオイの首元にアディは突撃した。
サソリの精密動作。瞬発力。そのすべてを込めて注射器を刺した。
「ギィィィィ!?」
アオイの口から甲高い声が響く。アオイの腹部に跳ね飛ばされアディは壁に叩き付けられる。
アオイは悶えながら、人の姿に戻った。
虫の腹部が、節足が人の胴体に収縮してゆく。異形じみた下半身は人間の女性のものに戻ってゆく。しばらく悶えた後アオイはぐったりと大人しくなった。顔つきも柔和で美しいものに戻っていた。
「……はぁ……はぁ……二度とごめんよ……こんなこと」
アディは頭部から血を流しながら、アオイの方を見た。
アオイが裸になったことを確認したアディは赤面しながら自分の上着をかけて上げた。
「こ、これでは不十分ね……ええっと」
辺りの部屋を探し、さっきまでライドンがいた倉庫から毛布を探した。探した毛布はややどぎつい色であったがないよりマシと考えアオイにかけてあげた。ついでに口についた血液も拭ってあげる。
「アディ!」
ユキとルイーザ、そしてマリンが駆け寄ってきた。
「……ユキ。悪いけどマリンをそっち行かさないで」
「……死体があるのね」
「ええ、船員のものと侵入者のもの……刺激が強いから」
「分かった」
「あと、アオイを運ぶの手伝って。服だって用意しなきゃ」
「……わかった」
ユキが頷く。
「侵入者は二人もいたみたいね」
ルイーザはうんざりした表情をした。
「わ、わたし服もって来ます」
「心配ないわ。マリン。そばを離れないで」
「ええ」
マリンが頷く。
「……『金縛りの方』はどうなった?」
「死んだ」
ルイーザが淡々と言う。
「そう……情報は無理だったみたいね」
アディは部屋に入り、死んだ船員の端末を拾い上げた。
「こちらアディ。艦長へ。脅威は去りました。乗員数名が殉職。敵二名は無事排除……」
アディは沈着な態度で戦闘後の報告を始めた。
今回はアディより、アオイが本気モードとなりました。というより本気になりすぎてヤバい描写になりました。次回もおそらく戦闘になります。能力のぶつかり合い、そこを重視して描いていこうと考えております。次回もよろしくお願いします。




