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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第五章 偶像救助編
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第五章 第4話 駆逐艦クライン その2

この物語は残酷な表現が含まれております。ご注意ください。

ルイーザはアオイに連れられて部屋へと向かう。

その部屋はややエンジンの音がする事を除けば悪くない環境であった。ベッドは安宿のベッドくらいの質は保たれていて、シャワールームも設置してあった。部屋自体はやや狭いが、人一人が過ごすには十分快適な環境ではあった。エアコンもついている。

「そうそう!こう言う部屋でくつろぎたかったの」

「……例の数が絡むとお前はいつもああなのか?」

「……戦場じゃいくらか冷静に振る舞うわ」

「ほんとに?」

「……まあ、いくらか機嫌は悪くはなるけど」

「……やれやれ。何か必要なものがあったらそこの壁にある内線から連絡してちょうだい」

「……え?携帯端末があるでしょ?」

「……ここらの部屋は『オンボロめの』エンジンが近いから電波が乱れるの。無線機はそこのケース内に入れといてちょうだい。壊れるわよ」

「うげ、わかった。……ここ?」

「ええ。……ではよい休息を」

「ありがとう。じゃあね」

アオイはそう言って扉のスイッチを入れる。扉がしまった後、部屋にはルイーザのみが残された。ルイーザは服を脱ぎ備え付けのクローゼットや置かれていたバッグから部屋着と下着を取り出した。

彼女は義手を取り外す。左腕の肘から先はない。

そのあと、シャワールームへと向かい体を洗い流した。豊かな胸と鍛えられた肢体を程よいお湯が流れてゆく、左腕の義手は防水仕様なので持っていっても問題はないが、それでも、彼女は持っていく気にはならなかった。付けて体を洗ったりすると、左腕が残っていた様に彼女は感じるが、そのあとむなしさに襲われる。それを避けるために風呂やシャワーには生身の部分のみで向かうのが決まりであった。

「…………ふぅ」

ボーイフレンドの顔。温厚で虫も殺さないような笑顔をルイーザは浮かべていた。何も知らない頃の思い出、そして感傷を体の汚れと共に洗い流した後、ルイーザは濡れた体を拭く。

「……酒はあるかな?あるはずよね」

シャワールームから、個室へと向かう。ベッドのそばの小さな冷蔵スペースの扉を開き、中身を見るが空だ。

「……あったら素敵だったけど」

発泡酒一つない冷蔵庫の扉を閉め、ルイーザは内線の番号を確認する。

「……アイツはブリッジで仕事だったはず」

ルイーザは通話を行なった。

しばらく通知音が続いた後、アオイが出る。

「……ルイーザか」

「ルームサービスをお願いするわ」

「それどころじゃない」

「どうした?まさか酒を切らして」

「そんなのんきな状況じゃない!」

「……!?」

「落ち着いて聞いて、艦内に侵入者が居る。やられた」

「……アオイ。傷は?」

「ない。私はどういう訳か無事だ。だがどういうわけか他の連中の自由が利かない。アディも動かない。私を庇って敵の能力を受けた。敵の能力か。特にユキがひどい。全く体を動かせない」

「……ハッキング?」

「違う。それとは異質な力で押さえつけられている。それにユキならハッキングされた事に気づかないわけがない」

「そうね。……でも私は?私はどういう訳かそんな事はないわ」

「……ま、まさか」

「なに?」

「ルイーザ!お前が敵を――」

それを最後に内線から煙が出た。ショートしたかのようにして内線から火花が散る。

「ち、……面倒な事になったわね」

ユキは持ってきた手荷物の中から旧式の拳銃を取り出した。

リボルバーだ。現在ではビンテージものか貧困な国の三級品でしか使われないタイプの銃だ。五連装のタイプだ。火薬で撃ちだされる九ミリの鉛玉で敵を殺傷する。銃身が小さく取り回しは利く。護身用として数百年前に使われたモデルだ。重量は五五〇グラムある。ルイーザの手に馴染んだ金属の重みがかかる。

「……さて、銃に『アロー』もセットした。……敵の正体を探る必要があるわね」

ルイーザは部屋を出て辺りを見る。義手を付けている暇はなかった。片手を置いたままルイーザは外を出ると沈黙が船内を支配していた。廊下の隅。角の曲がり角のところで人が倒れていた。倒れた人間が起き上がりルイーザの方に向かう。

ゆらりゆらりと体を揺らして歩み寄ってくる。耳から火花が散っていた。通信端末のコードレスイヤホンのものであることが察せられる。

「あ……あが……あがぎぎ……」

ルイーザは即座にその場を離れる事を選択する。敵はどういう訳か艦内の人間を操る術を持っている。同士討ちを極力避ける為にその場を離れる事をルイーザは選択する。

だが、ルイーザが後方を振り返ると、三人の乗組員が鈍器で武装して立っていた。後方の船員がルイーザに殴り掛かる。

「危ナイ!」

小さな声が拳銃から響く。とっさに姿勢を低くしたルイーザは足払いの要領で船員を転倒させる。軽い身のこなしでその場を後にする。


「……監視カメラはたしか保安室に繋がっていたわね?ナンバーワン?」

「タシカ、ソウダ」

「なら、決まりね」

拳銃を構え、廊下を疾走する。

ところどころでうめき声が響く。

「イソゲ!イソゲ!」

「アセルナ!ヨクミロ!」

ルイーザは足を動かす。シャワーから上がったばかりの肌を汗が伝う。壁際で止まり、すぐ走る。走ってはまた壁際で止まる。それを繰り返しながら艦内を進み続けた。

監視カメラを睨みつけながら道を進むと、目的の部屋はあった。艦内の治安維持のために設置される部屋が。

ルイーザは認証端末に手を触れようとする。だが、すぐに思いとどまった。艦内の人間が必ず付けるものをルイーザにはなかった。ちょうど今、義手すらない。

電気、端末、回線。そして電波。

敵は間近に電波や電気があれば、人間を支配出来るのではないか。ルイーザはその結論に至った。そうなれば、なぜ自分が操られなかったのか。なぜユキ・クロカワが最も強く影響を受けたのか。その理屈は今現在の状況から考えれば明白な事であった。問題はこの扉をどうやって開けるかだ。

「……これ持ってきてよかった」

そう言って彼女は引き金を引いた。

乾いた破裂音が響く。

モニターが壊れ、扉が非常開放モードに切り替わる。

「この手に限るわ」

そう言って保安室に踏み込むと一人の男が座っていた。

くつろいでいた。

監視カメラを見ながら、ポテトチップスを貪っている。ネットサーフィンをしたり、テレビのコメディドラマをみるような様子でその男はモニターを眺めていた。

ルイーザは拳銃を押し付ける。

「おい。手を上げろ!」

男は手を上げながら振り返った。細身ながら鍛え抜かれている。軍人や傭兵の肉体であった。明らかに修羅場をくぐり抜けてきていた。それがどういうわけか、後方を気にすることなくただモニターの方を見てくつろいでいた。しかも、ポテトチップスを食べている。

「……もぐもぐ……ふう」

「ふざけてるの?」

「いいや。……これも真面目な仕事だよ。お姉ちゃん?」

「ルイーザよ」

「デューク・ブルザート。しがない傭兵だ」

「……どうやって船内に?船はかなりの速度で動いてんだけど?」

「……へ、律儀に外から入るとでも?」

「……潜伏していたの?」

「潜入には自信があってねえ?真面目な言葉だよ?荷物の一つに潜伏してれば造作もないぜ真面目な話?」

「……あんたの狙いは?」

「あー、暗殺。ぶっちゃけ」

「……ここに誰が乗ってるか分かっている?」

「将軍が乗っている。とみせかけて、乗ってるのアイドルだろ?今話題のバケモノアイドル」

「……とんだ言い草ね」

「真面目な意見だよ。世間じゃそういう意見で持ちきりさ。あの女の子にや悪いが、ありやもう無理だ。生きててもまともな生き方は出来ねえ。だったらここで死んじまった方があの子のためじゃないか?んん?」

「……ハ!そんな言い草をする人間はいつの世も居るものだね?」

ルイーザは皮肉っぽい言葉を叩き付けて目の前のタイツ男を見た。軽蔑のまなざし。冷たい殺意が男を貫く。

「……さて、お前はどこから仕事受けた?国?宗教団体?それともテロリストか?」

「……俺も傭兵だからな。お前の事を知ってるよルイーザ・ハレヴィ?」

「私の事を知ってるなら話は早いわ。降伏して。船内の人間を開放すれば助けてあげる」

「それは無理だ。真面目な話だよ?金は誰が出すんだ?信用は?誰も保証なんてしないぞ?」

「一つだけ保証するわ。ここで降伏しないなら死体袋が一つ必要になる」

「そうだな。いまの時点だと死体袋は一つ必要だな?」

拳銃を目の前にタイツの男がルイーザに向き合う。

拳銃を目の前に突きつけられているのにも関わらず、動じる気配はなかった。

電気回路の駆動音。そしてノイズ。息づかい。沈黙のなかで音が際立つ。

不意にルイーザの背後で扉が開く。

「……ぐぅ……あが……」

女の声。その声に聞き覚えがあった。

ユキ・クロカワ。

目の色が点滅するかのように切り替わっている。

片腕がキャノンモードに切り替わっている。大口径の銃口がルイーザを狙う。

「……にげ……て……」

「……やはり」

「ハッキングごときで抗えるか?無理だな?真面目な話。残念だが俺の勝ちは決まっている。これは運命だ」

「……」

「最初はヤバかったよ。まさか俺の能力に技術に抗うなんてな?こんなヤツは初めてだ。ハッカーの敵は多く見てきたがあんたが初めてだよ。ユキ・クロカワ。飲み仲間の自慢にはしてやるから大人しくそいつを殺してくれ?な?……ああ、それとマリンとかいうアイドル崩れも教えてな?殺すまでが仕事だからなぁ真面目な話」

「……ぐ」

「……それが脅しになるとでも?」

「……はぁ?」

「ユキが私を撃つのに数秒かかる。それに比べたら、私の撃つ技術は1秒もいらない……この意味分かってる?」

ユキの体は痙攣している。完全な支配ではない。ユキは確かに抗っていた。

「……そうかい。というとでも?」

男はポテチの袋から何かを取り出した。折りたたみ式のナイフ。その切っ先がルイーザの右手をかすめた。拳銃が宙を舞う。だが落ちた音はしなかった。

「……残念だよ美人なのに、もう一撃……は?」

拳銃は宙を舞った。だがある一点で止まる。地面ではなく空中で。

回転する銃口がでたらめな弾丸を一発発射した。

その弾丸は本来あさっての方角に着弾するはずだった。だが、どういう訳かその弾丸は誘導弾のように異様な軌道を描いていた。

「そうね。これは運命よ」

弾丸はまず足を貫いた。男の太股をそして止まらず、男の額に向かって不自然な軌道で転がってゆく。

「……お、お、お前も?」

「隠すものでしょ?」

男が最期に見たのは。弾丸を転がす羽根の生えた小人であった。その小人は額の位置近くまで近づくと弾丸を蹴っ飛ばした。

男の額が貫かれ、後頭部から『赤い花』が咲く。

男がドっと倒れると艦内の制御が正常を取り戻した。

「……そういえば、マリンは?」

「……そばに居た私が死にものぐるいで個室に隔離した。……彼女はまだ無事だと思う。操られかけたから大変だった」

「……あなたには感謝しなければ」

「回線そのものを支配する能力とはね……恐ろしい能力だった」

「それに抗うあなたもあなたよ」

「そうね。そこは誇りに思うわ」

「結局敵の正体は分からずじまいよ」

「それでも、犠牲者ゼロで切り抜けたから結果オーライね」

「しかしどうしてあなた無事だったの?」

「エンジンそばの部屋だから端末を置いていった。部屋の隅のボックスに」

「……豪快ね。アオイと同じか」

「アオイはどうして端末持ってなかったの?」

「あの子機械音痴なのよ」

「……だと思った」

「オモッター」

「アタイモ!アタイモ!」

ユキは目を見開く。子供のような声が拳銃から響く。

「すまないね。……アロー!アロー!許可した人以外の前じゃ『おしゃべり禁止』!復唱!」

「エー」

一斉に子供のような声が返ってくる。

「返事!!」

ルイーザが怒鳴る。

「ハイ!」

「ハイ!」

「ハイ」

「ハイ」

「ハイ」

「ハイ」

「ハイ」

声が七つ聞こえる。統制はとれているようであった。

ユキがそのへんちくりんな小人を確認した後、艦橋の無事を確認した。

「こちらユキ。『侵入者の一人』を撃退。……もしもし?もしもし!?」

返事が返ってこなかった。ユキの通信からはノイズが聞こえるだけだ。二人の女は不安になり急いで艦橋へと歩を進めた。

寒くなり、風邪が流行る季節です。しかし、運動を欠かさずやっております。そんな時期ですが、家に帰れば活字と戯れる時間がとても愛おしいものです。

今回の戦闘では艦内での戦闘となりました。閉鎖された空間での敵の攻撃は開けた空間での戦闘とはまた違った怖さがあります。そこらへんも含めて描いていければと考えながら描写しました。

次回はアオイとアディの戦闘になります。よろしくお願いします。

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