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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第五章 偶像救助編
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第五章 第3話 駆逐艦クライン その1

今回はユキたちの会話と状況整理が中心となります。

アオイは彼女自身が指定した合流地点にて既に待機していた。

ES-033と呼ばれる惑星には何もないが着陸地点には困らないところであった。この星のほとんどの陸地が温暖で草原が多く、穏やかな草食動物とそれだけを狙う少数の肉食哺乳類のみのバランスで成り立っていた。砂漠となっている場所もそれなりに存在したが、草原でなら敵に襲われても敵の位置を知ることには不自由はしなかった。どちらにせよ周辺の視界には困らない。

そして、広大な平地が確保されている以上駆逐艦クラスであっても、軍艦が着陸したならば、地上からの攻撃には備える事が出来る。ユキたちにとっては非常にありがたかった。

「…………」

もっともマリンはその状況を喜ぶ事はしなかった。逮捕されるかもしれないと考えたのか。頭を垂れている。

「……逮捕する訳じゃないでしょ?あなたたちの事だから」

「今更ね。うちの最高司令は利口な人であるのは知っているでしょ?」

アオイ・ヤマノは自身の長く美しい髪を片手で弄りながら答えた。アオイは緑を基調とした海軍の軍服を着用していた。短いスカートから見える太股が扇情的な雰囲気を醸し出す。

「私はね?でも、彼女はそう思っていないみたいよ」

スカート付きのビジネススーツを着たアディが皮肉っぽく答える。

「……え」

マリンの顔に驚愕の色が見える。

「……それでここまで逃げちゃったってわけ。はあ、裁判も始まってないのに処刑する訳ないでしょ?私たちは法治国家の人間よ」

「……でも」

マリンは口籠る。すぐさまユキは優しく背中を押した。

「ほら、大丈夫よ」

「……う、うん」

ユキが優しく背中を押したおかげでようやく四人は船の中に乗り込む事が出来た。

「……さて、どうしてマリンはあの吊るし上げ会場からここに?そして命を狙われる理由って?」

「……質問は一つずつ答えるわ……マリンが逃げた理由はわからないけど、悪党を始末する思想に共感したってことは分かっているわ」

「……サワダってヤツ自体が『悪党』なのに?シンの親友を殺したことは聞いているし、証拠の品も確保してあるわ」

「……サワダか。リセットソサエティという組織について我々も調べているけど、あの組織。一枚岩とは言いがたいわね」

「……どういう?」

「サワダって男は直視派と言うべきかしら?」

「直視……?」

「現実を教える事で再生を促す派閥とでも言うべきかしら、首領はそれとは違う意図で動いているみたいだけど……真相は不明ね」

「どっちにしろ得体が知れないわね?直視?現実?エリート思想みたいなものを感じるわ」

「あるいは選民思想」

「……」

「……どっちにしろ、さっさと潰すべきね。そんな連中」

ルイーザが強硬な意見を述べる。

「そうしたいのはやまやまだけど、軍を動かすのは面倒なのよ。国の許可も必要だし。だいいち、調査しなければ敵の思惑が分からないし」

「……その間に何人人が死ぬかしら?その手の連中のせいで、私の腕だってこんな状態だしね」

ルイーザは左腕の先を見せた。肘から先が精巧な機械腕になっていた。それは国の文化の違うユキとは明らかに意味が異なっていた。『天使』の攻撃による病的な要因と凄惨な過去を示していた。

「……腕を失ったあの日。ボーイフレンドが持ってきたの。婚約指輪。私みたいな復讐鬼はあれで最後にしてもらいたいわね」

「……」

傭兵とメタビーング。二人の女が睨み合う。

その間にユキが無理矢理、入り込んだ。

「ルイーザ。敵を倒すにしても敵の調査は必要よ。敵がどんな破滅的な手段に打って出るか分かったものじゃないわ?」

「……」

「……」

お互いに沈黙する。風が揺れる音がしばし響いた後、ルイーザは口を開いた。

「……それもそうか。悪党ならなおさらね」

納得した口ぶりであった。それを言い残して、ルイーザのブロンドの後ろ髪が船内に消える。

「感謝します。ユキさん」

「これは貸しよ。アオイ」

ユキは黒髪を翻して船内へと向かっていった。アオイもその後に続く。





ES-033を後にしたクライン級駆逐艦の船内でアオイはマリンの置かれた状況をSIAの視点から改めて語る。マリンはその間別室で治療に当たっていた。

「あなたは、別の組織から依頼されたのでしょうが。私たちとしても、彼女が殺害されることは望んでいません。これはレオハルト司令の意思でもあります」

「そこが一致するなら協力するのは問題じゃないわね」

「だけど気になるのはマリンの能力と過去よ。これはメタアクター能力の発現という訳ではなさそうね」

「……ヒーリングファクターね。私たちの医療チームにもその詳細を調べさせたわ。……あれは驚異的よ。細胞がナノマシンで強化されている」

「強化?」

「あの子。頭を破壊されても、首を切り落とされても生きていられる体をしている」

「……え!?」

「…………は?」

「…………冗談でしょ?メタアクターはメタビーングと違うでしょ?細胞自体は人間だから?そんな人間はいないってアオイなら知ってるでしょ?」

ルイーザの言葉にその場に居た全ての人間が頷く。

自己治癒型のメタアクターの存在は二百年前から証明されてはいた。しかし、それは傷を負った自身の体を自動的に再生する能力にすぎず、不死の能力ではなかった。急所を、特に脳を機能不全にされたなら、死ぬ。その常識は人類が宇宙に進出しても変わる事はない。人間側の存在の普遍の原則であったはずだった。

だからこそ人間の側に居るものも、メタビーングの側であるアオイですら驚いていた。

「そうね。だからこそ、私も驚いている」

「……アオイがジョークの喜びに目覚めたわけじゃなさそうね?」

アディは軽口を叩いてはいるが、その顔は驚きのあまり引きつっている。

「もちろん。ナノマシンの処理が追いつかなくなったり、ナノマシンの機能がストップした状態で殺されたりすれば彼女は死ぬ。でも、そうでなければマリン・スノーは生きていられる。これは恐るべき技術よ」

「……誰よ。こんな狂った技術考えた馬鹿は?」

「……SIAが動いた理由はそれね?」

「そう。『抜き取る者』関連の技術でない事の調査。我が国の関心がある事はそれだけよ。なのに、女の子一人をバケモノ呼ばわりする事件にふくれあがるなんて……」

「マスコミの作り出した『現代の魔女狩り』ね」

「そうね。アイドルを生け贄に視聴率稼ぎに走っているわ」

「首謀者が芸能界に居る。それは事実ね」

「そして、その処分はリセットソサエティも一枚噛んでいる」

「真っ黒ね」

「そう。だからマリンは何が何でも死なせられない」

「……その対テロ・治安維持部隊は何も言ってこないの?こんな国家レベルの大事なのに?」

ルイーザは率直な疑問を口にした。それに対してアオイが知っている情報を端的に伝えた。残酷な事実だった。

「……特務機関『ユダ』か。彼らは助けてはくれないぞ」

「……うん?仲間じゃないの?アスガルドでいうところのSIAだってきいてるけどさ……」

「……いくつか言いたい事はあるけど。向こう側はマリンのことを快く思っていない。たとえ、マリンが首だけの死体になったとしても力に溺れた道化としか感じてくれないだろうな」

「え。だってこっちの『雇い主』はこう言ってたわ。マリンはユダのトップエースに助けてもらった時、キュンときたって話してたんだけど……」

「……それって、『鉄鬼の』?」

「たしか、そう言ってた」

「……彼女には悪いけど、彼も信頼してないみたいだわ」

「一時期デートまでしたのに!?」

「え?」

素っ頓狂な表情をして、アオイがルイーザを見た時であった。ユキの顔に苛立ちの色が浮かぶ。

「…………だから向こうの連中は嫌なのよ」

ユキは吐き捨てるように言った。沈着な表情を崩さなかったユキの眉間にしわが寄る。

「……ユキ。彼らとやっぱり面識が?」

「ええ、『鉄鬼』はそれなりに優しかった。彼はともかく、『寺育ち』と肌が合わなくてさ……アイツ、シンをろくに知らないくせに!」

「ユキ。とりあえず今は落ち着いてちょうだい。今すべき事はマリンを私たちの本部へと匿う事よ。……『ガールズ&エレメント側』もいいね」

「それは問題ない。マリンが生き残ってくれる事が『雇い主』の第一目標だ。逮捕されないなら、安心してそっちに任せられる」

「わかった。今後の方針は決まりね」

「問題はそこまでどうするの?海路はマリンを狙うヤツが海賊や傭兵とか雇ったり……」

「その点は心配いらないわ。このクライン級駆逐艦は、アスガルド共和国の最新鋭の軍艦よ。防御力や対艦誘導弾や艦載機に対する迎撃性能は申し分ないわ。その辺の船より高性能だし。心配はいらないわ」

「そういえば、この船はこの前のアスガルドの軍事イベントで披露されていたわね」

「……こっちでもその時の情報を調べてある……ただ、そうなると内部に侵入される時が怖いわ……」

「もっとあり得ないわ。軍艦自体も高速で巡航しているし、だいいち、侵入時の艦船の足止めはどうするの?」

「……無理なのかも……でもなにか……」

「さて、そろそろ休憩に入りましょう。休んでいないといざって時に戦えないわ」

「ふぅ、ここまで来るまでが疲れちゃったわ……」

ルイーザがくたびれた様子になる。

そう言って、ユキたちは話し合いを終了する。部屋は個室を一つ共有するようにしてユキとアディ、マリン、ルイーザで休む事になった。ルイーザは部屋の番号をアオイに問いかけた。

「……ええとさ。部屋の番号って何番?」

「ん?どうしてそんなことを?」

「いいから」

「えっと、三一八番」

「はぁ!?」

ルイーザが露骨に機嫌を悪くした。目の色が明らかに変わっている

「ふざけないで!そんな縁起の悪い番号……冗談じゃないわ」

「え?何が不満!?ここ船内で一番快適な部屋よ!?これ以上の快適な部屋は用意出来ないわよ。それに、このエリアじゃこの部屋しか……」

「そう言う事じゃない!!あなた、私に『死んじゃえばいいよ』とか思ってんの!?」

「なんでそうなるの!?」

アオイが目を白黒させる。ルイーザのあまりの剣幕に。

「いい!?私にとって『三』と『十八』は死ぬほど縁起が悪いのよ!それ以外なら多少汚くても我慢するわ。お風呂が壊れても構わない。でも『三』と『十八』はやめてちょうだい!特に十八は!」

「え、ええ…………?」

「いい!?私がこの左腕を失ったのも、元はと言えば、十八日の肌寒い昼間に叔父が外で式を開くからそうなったのよ!私は縁起の悪そうな日だからやめたらって言ったのに……」

「え、え、ええ……」

「おかげで三時ちょうどに左腕は吹っ飛ばされる。ボーイフレンドもテロで死ぬ。私も死にかける。これでもあの部屋に私に泊まれって言うの!?私に死ねと!?」

「……アオイ。この人は子供の時から『三がらみの事件』に巻き込まれ過ぎて三が嫌いなの。この人は三つく日に猛犬に噛まれ、三人の変質者に絡まれ、十八人の不良にたこ殴りにされ、十八日に交通事故に……」

アディが横からフォローを入れる。

「……ニーナを含む三人のテロリストに基地を襲撃され左腕を……ってどういう運勢よ。あなた……」

「ああ、もう!だから能力だって『三』は欠番にしているのに!」

「……そんなにその部屋が嫌なら廊下で寝ればいいのに」

「私はふかふかベッドで寝たいのよ!!!!」

大声でふかふかベッドを求め、わめくルイーザ。アオイは半分あきれながらも、ルイーザを別室に案内した。

結局残ったユキたちだけが『不吉ルーム』で休む事になった。

仕事が多くなり、多忙になりましたが、小説を書く時間を設けながらちまちまと話を進めております。寒い日が続きますが、それなりに楽しくやっております。さて、次回から戦闘に入ります。ユキたちの考えとは裏腹に侵入者は着々と準備を進めております。

次回もよろしくお願いいたします。

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