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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第五章 偶像救助編
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第五章 第2話 再会、そして依頼

この物語は残酷な描写が含まれております。ご注意ください。

ユキはマリンの腹部を確認する。恐ろしい事に傷は跡形もなくなっていた。

「……ヒーリングファクター、……自己再生能力ね。詳しい事は精密な設備での解析が必要だけれど……」

解析と傷の状態の確認を終わらせた後、ユキはシンの傷の手当に戻った。

「……」

マリンは黙って自分の腹部を見つめている。その目はどこか憂いのような光が宿っていた。

「……あなたたちはどうして私を……」

「仕事だからな」

撃たれた箇所を手で押さえながら、当然の事のように答えた。

「仕事?」

「……警備コンサルタント、要人の護衛、軍事技術のアドバイス、護身術の講義や講習、アスガルド領内の宙域での民間の保安任務。……後は危険な場所での偵察や情報収集とかな」

「……」

「この場合は、要人の護衛か。……なんにせよ。俺たちはボディガードだと思ってくれればいい」

「……怖くなかった?」

「……恐怖か。ないと言えば嘘になるが、それ以上に目の前の救える人間を見捨てたくなかった」

「……依頼は誰が?」

「ああ、ユキの知り合いだ。確か、お前のファンだと」

「え……」

「どうした?」

「……ありえない。だって私は引退コンサートの会場で……」

それを聞いた瞬間ユキが露骨に顔をしかめた。普段のユキにしては珍しい反応であった。

「…………アレはひどいわ」

ユキは吐き捨てるようにして『ファンクラブ』の行動を非難していた。




その任務の依頼は思わぬ形で行なわれた。

その人物はユキにとって関係の深い人間であったが、シンにとっても因縁のある人物であった。それはユキの古巣の主と表現すべき人物である。

『ガールズ&エレメント』

女の子だけで構成されたハッカーグループであった。

そのグループのチームリーダー、本当の名前はアリーナだが、それとは別に呼び名があった。

『ベレー』

蒼いベレーが印象的な金髪の女の子であった。背丈はシンと同じくらいで裏社会出身のヤクザ嫌い。今回の彼女は用心棒を連れていた。

ルイーザ・ハレヴィ

金髪の凄腕ガンマンであった。

常に粒子式銃が主流になった現在でも、火薬式の回転拳銃を愛用していることと、3と18を忌み嫌う習慣がある事が大きな特徴であった

二人の人物がものものしい雰囲気を纏いながらバレッドナインの人間に依頼を申し出た。

「……単刀直入に話すわ。……あなたたちには『アイドル』の『護衛』と『捜索』を頼みたい」

『捜索』と『護衛』と言った。相反する内容の奇妙な依頼であった。

シンとユキは思わず互いの顔を見た。

「護衛……というならその人物の居場所は確保されているものだと思ったが……」

「そのアイドルは現在犯罪の容疑がかかっていて国外に逃亡しようとしている。名前はマリン・スノー……『ペインキラー計画の再来』と呼ばれた女だ」

「……ペイン……?」

「シンはあまりピンと来ないだろうが……ユキはどうだろうな?」

「……」

ユキに問いかけるようにしてベレーは言葉を続ける。

「さて、我々が探してほしいのはそのマリン・スノーだ」

「マリンは知っている。有名アイドルで……あの胸糞悪い引退ライブの被害者だ」

「……ええ、テレビで中継されていたけど最悪なライブだったわ」

「ああ、あれはひどい。アレじゃあ吊るし上げだ」

「だが気になったのは、その後ね。……彼女はどこに?」

「……そのことなら有力な情報がある」

「……どんな?」

「マリンの端末のメッセージ記録からAGUの田舎で誰かと落ち合う事が分かった」

「誰か?……ベレーにしては珍しいもの言いね」

「巧妙に情報を伏せていた。メッセージはハンドルネームを使って本名が伏せてある。マリンだけが筒抜けだ」

「芸能人である事も仇になっているな。集合地点は?」

「惑星ES-033の宇宙港に向かうようだ」

「距離があるな。急いで向かう必要があるな」

「あと、武器などの準備も必要ね。きな臭いことになりそう」

「……そのメッセージ相手の素性も気になるな。目的も」

「後、気になるのは……あなた、どうしてそのアイドルの護衛を?」

「……幼馴染みなの」

「……そうか」

「彼女とたまにチャットをするけど、彼女は……辛そうだった」

「……芸能界か」

「それだけじゃない。学校でも、『向こう』でも孤立していた……彼女は……人とうまく接するのが苦手なところがあって……悪い子じゃないけど生真面目すぎて思った事を率直に話しすぎるところが……」

「向こう……?」

「……AGUの治安維持部隊」

「…………わかった。助けてみせる」

「あら、部隊とは知り合い?」

「まあな。この仕事は長いんだ。そのせいか『正義の味方』を名乗りたがる連中とは縁がある」

「それは大変ね」

「まあな。その一方で正義の味方に担ぎ上げられる変わり者もいる。……その最たる例がレオハルトだろうな」

「あの人たちは特別よ」

「かもな。まあいいさ。仕事に入らせてもらうよ」

「わかった。くれぐれも死なせないようにしてちょうだい」

「そのつもりだ」

シンはベレーの後ろ姿を見送るともう一人の人物にも声をかけた。

「お前は行かないのかい?」

「私は残る」

ルイーザは明瞭な口調で答えた。軍人のような凛々しい口調であった。

「なぜ?」

「お前に興味がある」

「へえ?」

「血染め天使、ニーナ・ケルナーには私も恨みがあったんでな。それも特大のものが。そいつをムショにぶち込んだ人物がどんな人か知りたかった」

「身長一六四センチ。体重62キロ。アスガルドの外人空挺部隊出身で今は民間警備会社の経営の傍ら自警活動をしている。特技は近接戦闘術」

「……率直だね?」

「俺もお前の素性には興味があった。有能な人材は多く確保しておきたい……レオハルトの下でそう学んだ」

「そうかい。買いかぶり過ぎだ」

「あんたは有能なガンマンだ」

「……ただの復讐鬼未満の女よ」

「悪くない。そう言うヤツとは仕事でもプライベートでも一緒にいたい」

「変わっているね?君は?」

「俺は『正義の味方』には興味はない。ただ、自分が大切に思う人間とそばに居たいと考えているだけだ」

「……悪くない考えね」

「連絡は後でする。現地についたら指示があるまで待機だ」

「分かった」

そう言ってシンは自分の部屋に向かう。武器の準備と装備の調達。じっくりと準備に取りかかる様をルイーザとユキは見ていた。




隠れ家で現地の医師を呼び、シンは治療に望んだ。

「先生……どうですか?」

「……うむ、フランクのJに見てもらえば良かったんじゃないか?」

Jとはドクの事である。ガンナードク。前の『暗夜の絵画』事件で少しだけ力を借りた医師の事だ。医者仲間、特に闇医者や下町の開業医はドクの事をJと呼ぶ。

「そんなにひどかったですか?」

「……まあの……体に穴を空けられて良く生きているね?君?」

「仕事ですから。人の命がかかっているもので」

「その前に自分の心配をしなさい……まあ急所は外れておるよ」

「ならいい」

「良くない。しばらくは安静にしなさい」

「わかった。……ユキ。済まないが今回は厳しいようだ」

「こんな時もあるわ。後は任せてちょうだい」

「アディも手伝わせる。俺が復帰するまで持ちこたえてくれ」

「……はあ、無茶が祟ったわね。まあいいわ。今回は貸しってことで」

アディはあきれながらも逃げるそぶりは見せなかった。ジャックはシンを治療出来る場所に運べるように準備を始めた。

「すまんな。ジャック」

「お前さんはいつも向こう見ずなんだよ」

「それが俺の仕事だ」

「いつか死ぬぞ?」

「死なない程度には無理はするさ」

「やれやれだ」

そう言ってシンとジャックは隠れ家から出た。入れ違うようにしてルイーザが入ってくる。

「……とんでもない男ね。シンって男は……でも感謝している」

「まあね……でも彼女がヒーリングファクターの持ち主だなんて知らなかったわ……珍しい能力ね」

「だからこそ、あなたの再来と言われている。シンとあなたの戦いを足して二で割ったやり方だ」

「……それはおっかないわね」

「だからこそ、『AGU』の機関でも疎まれてしまっている」

「……だんだん昔の自分を見ている気がするわ」

「そう言えば、お前も大変だったそうだな」

「シンが居なかったら、今頃墓の中よ」

「かもな」

「まあ、私の場合今回のケースは察しがつくわ。……彼女もひとりぼっちで戦うはめになってるわね」

「そうだ。昔のお前さながらの状況だ」

「……なら役に立てそうね」

「期待している」

ルイーザと話をしているうちに可愛らしい服装の女の子が入ってくる。茶色の長い髪をした端正な少女であった。ユキも容姿は負けてはいないが、雰囲気が違っていた。雰囲気のタイプが違っていた。だが、その顔は暗い。彼女は明らかに打ちのめされていた。

精神的に。

「このままここに居ても、まずいわね。どうにかしなければ……」

「メタクター一人なら何とかなるけどここがバレたらまずい。大勢で襲われたらひとたまりもないわ」

「ヒーリングファクターは万能じゃないそうだしね」

「首と胴体が切断されても生きていけるが、ダメージが大きすぎるとマリンは死ぬ」

「……それ以前にこの子の心が死んじゃうわ」

「そうなっては元も子もない」

「とにかくSIAの保護が必要ね。彼らなら受け入れてくれる」

「駄目よ!!」

マリンが叫ぶ。唐突な反応に三人の女がぎょっとそのアイドルを見る。

「……どうして?マリン」

ユキが優しく語りかける。

マリンはポロポロと涙を流しながら話す。真珠大の涙だ。頬を濡らしてゆく。

「……私はもう駄目よ」

「あきらめちゃ駄目」

「……アイドルとしても死んで、正義の側にも立てなかった……私は誰からも……必要とされてなんか……」

「マリン。良く聞いて」

「……?」

「マリン。逆境の中でこそ真実が見える事がある。シンはそれを何度も見せてくれた。だから今の私がある。だから……あなたもあきらめないで……少なくとも……私はあきらめたくない」

ユキはマリンと真摯に言葉を交わし始めた。

「……でも」

「わかってる。最初からそう言われても信じきれない事は……でもいつか見せてあげる。だって始めから死ぬしかない人間なんてあっちゃいけないんだ。そうでしょう?」

「……それは……」

「お願い。そう言わせて。仕事とは言え、あなたを救いたいの。シンも私も。シンが身を挺してあなたを守った事を無駄にしたくないの」

「……」

そう言って説得を続ける矢先、ユキの通知音が聞こえてきた。ユキの体には通話の受信装置がある。超小型のものだ。ユキの黒目が青くなる。

眼球から浮かび上がる電子情報から、相手の詳細を理解する。

アオイ・ヤマノ。SIA所属のメタビーングであった。

日にちが開いた投稿となりました。マリンが絶望からのスタートとなります。シンとユキはどうやって彼女を救っていくか。作者としてキャラクターと共に考えていきたいと考えております。


次回もよろしくお願いします。


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