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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第五章 偶像救助編
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第五章 第1話 女神の失墜

この物語は残酷な表現が含まれております。ご注意ください。

罵声の群れが会場を支配していた。

それはもはやコンサートとは言えず、数多くの声が集団の悪意によって染め上げられていた。その標的となったのは二十にすらなっていない少女であった。彼女はきらびやかで可愛らしいピンクのドレスを着ていた。マイクを片手に何かを言っていたが巨大な悪意の声によってかき消されていた。

『帰れ!帰れ!帰れ!』

罵声は延々と続く。『人殺し』となじる声、『帰れ』という声はまだいい方で、『死ねバケモノ』という声すら聞こえてくる。

その光景は端から見れば異常であった。

少なくとも遠くの席の客や二階側の席に座る者からはどよめきが続いていた。

罵声を放っていたのは彼女の所属するアイドルグループのファンクラブのものであった。彼らは熱心なファンであり、当然最前列近くの席を独占していた。

「…………」

彼女の話す声は次第に小さくなっていった。

その目に涙すら浮かんでくる。

ピンクドレスのアイドルは次第に俯いて涙を流していた。

その様子を二人のアイドルが見ている。悪意のこもった笑みを浮かべながら。

『SIA』だ!全員動くな!

唐突に男の声が響く。チャールズ・A・スペンサー。正規軍出身のエージェント。彼の声が響く。それと同時に何人かの黒服がステージを囲い込む。黒服は当然、銃を持っていた。

「!!」

「マリン・スノー。一緒に来てもらう。ここはまずい」

「……!!」

彼の言葉が終わらないうちにマリンは超人的な跳躍でステージから脱出した。

「マリン!待て!」

だが黒服とチャールズの動きはファンクラブの異様な人の動きによって阻まれてしまった。


AGUとアスガルドの国境沿いの宙域にて。

辺境の惑星ES-033の宇宙港に女がいた。

貿易の田舎町。どこの星にもある宇宙港にて入国管理官がその女の子に声をかけていた。

「パスポートを……」

「……」

女の出したパスポートのカードは特務軍人などの人間が使う特殊仕様であった。管理官がそれを見るなり敬礼を返す。

「……失礼しました。お帰りなさいませ」

「……」

マリンは敬礼を返さず。そのまま別のシャトルに向かおうとした。

「……マリン・スノーだな」

十メートルぐらいの距離から、タクティカルジャケットを着たサングラス男と、黒いラバースーツを着た女が近づいてきた。

「……俺はバレットナインのアラカワだ。お前がマリンだな?」

「……」

「ユキこの人で間違いないな」

「ええ、身体的な特徴は一致しているわ。声の声紋も合致してるわ。目の虹彩の認証も済ませてある。……間違いなく本人よ」

ユキの両目がしばし青く輝く。生体部品とナノマシン技術のハイブリット。それがユキのあり方であった。見た目は黒髪美人の女性にしか見えない。

「すばらしいな。今の一瞬で?」

「ええ」

「……!!」

「来てくれ」

「……見逃してください」

「……君の命に関わる。こっちに来るんだ」

マリンはさっと後ずさる。シンのそばにいたはずのマリンは12メートルもの距離を一気に稼いでしまった。

「……私はもう帰りません。『悪者退治』に誘ってくれた人がいたんです」

「…………そいつはやめておけ」

「え?」

マリンは呆然としながら後ろを振り向いた。

肉食獣のような雰囲気を纏った長身のアズマ人がゆったりとした足取りで向かってきた。

シンはその男に見覚えがあった。

サワダ・タクヤ。

シンの生涯最初の親友『ミッシェル』を殺害した張本人であった。

シンの目がサングラス越しに鋭く光る。

「……会いたかったよ。サワダ。どこほっつき歩いていた?」

「ああ、プロフェッサー・ライコフと仕事していたものでな……くたばったって聞いたんで、遅い墓参りにな……」

「そうか……挨拶は済ませたか?」

「ああ、すぐ、そっちは寂しくなくなるってな!」

同時。

粒子銃の銃声が一つに収束する。

互いの弾丸がクロスカウンターの様にお互いの体を貫いた。

「ぐ……」

「ちぃっ……」

シンは右手首をわずかにかすめた。手首から血が流れる。

カタリッ。

拳銃がシンの手から落ちる。オモチャが床にぶつかる様な音が空港内の静寂に響く。

サワダは左腹部を撃ち抜かれていた。

一対一ではシンに分があった。

「終わったか」

「ああ、お前の負けだ」

「違う。……そこの女だ」

「!?」

シンが振り返ると、マリンが管理官の男に刺されていた。

背後から腹部を大型のナイフで一突き。通常なら致命傷であった。すぐさまユキが義腕をアームキャノンに変形させ、管理官の服を着た暗殺者を撃ち抜いた。

衝撃。

空気が震え、物質が抉られる音が響く。暗殺者の頭部は跡形もなく吹き飛んだ。暗殺者の体は糸が切れたみたいに崩れ落ちる。

「マリン!!」

ユキがマリンに近寄る。

「ユキ!!」

シンがとっさに二人を庇った。

銃声。

シンの内蔵を二発の弾丸が抉りとる。

「クソがぁ!」

血を吐きながらシンは予備の拳銃を取り出し。

威嚇の制圧射撃を行なった。

四発。

空気が焼けるような掠った音と共に壁を粒子弾が削り取ってゆく。

サワダが逃げてゆく間に、シンはユキとマリンの無事を確認した。

「マリン?ユキ?無事か?」

「シン!血がッ!」

「え?え?どうして?」

「クソ!狙いは『君』だったか!」

「……そ、そんな」

「シン!走れる」

「なんとか……マリンは……」

シンは貫かれた腹部と肩からは血が出ていた。シンは興奮によって何とか立ててはいたが、失血がひどく。治療が必要であった。それはマリンも腹部から血が出ていた。だが、マリンの方は不思議と平然としていた。

「合流地点まで走る!」

「ああ……」

シンが頷く。そうして三人はその場から離れる。

不意にマリンの動きが鈍くなる。

「マリン!?」

「…………」

「マリン!!」

ユキが駆け寄る。

「え?」

「早く!」

「う、うん」

負傷した二人は体を引きずりながらその場を後にする。ユキは周囲に警戒する。

空港から出た広場には車が止められていた。そこから、アディが顔を覗かせる。

「シン!?その血は!?」

「撃たれた。離れるよ!」

「分かった!乗って」

「マリンも!」

「え、ええ」

シンを後部座席に乗せてから、ユキとマリンもその車に乗る。

車はこの状況のような『万が一』も考え、ワゴン型の白い車両を用意していた。ワゴンはすぐにその場を後にする。運転はジャックがやってくれた。

他はシンとマリンの治療に専念する。

「どうしてこんな事に!?」

「リセットソサエティの男がいた!素性は分からない!シンの知り合いらしいけど!!」

「二人とも出血が激しい!これ病院に運ばないとまずい!」

「ぐぅ……ぐ……」

「シン!」

「俺は大丈夫だ。それよりマリンは……無事か……ぐ」

「シン!無理しないで!」

「私のせいだ……私の……」

マリンは頭を抱えながら後部座席で頭を抱えていた。腹部からは血が出ているというのに。

「マリン!マリンこれ!お腹を!」

「う、うん……」

ユキは軍用の救急セットからガーゼを出す。それをマリンに手渡す。

マリンは自分の腹部を抑え始める時にはどういう訳か血が止まり始めていた。

問題はシンの方であった。

失血が止まらない。動脈の損傷が考えられた。

ユキは傷口の縫合か、焼灼止血が必要であると結論づける。ユキはすぐに応急処置に取りかかった。

「離れてて!」

マリンに距離をとらせシンの傷口に止血用の凍結スプレーを向けた。

「我慢して」

「わかってる――いでで」

シンの傷口は冷凍され止血を徐々に行なってゆく。シンは悶え苦しみながらも何とか耐えきる事が出来た。

血は、止まっていた。

すぐに車で近くの緊急用の隠れ家に向かう。その際、ユキは出来るだけすぐに治療に当たってくれそうな医師を電脳情報をもとに連絡を取ろうとしていた。


シンは清潔なベッドで大人しくなっていた。

止血と輸血。きちんとした処置を改めて行なった事で、シンは何とか一命を取り留めていたが、任務をこなす事は出来なくなっていた。

「すまんね。ユキ」

「こう言う事はあるわ」

「まあな。でも、バックアップくらいはしておく」

「無理しないで」

「大丈夫だ。それより、マリンを頼む。……自己治癒力が高いとは言え死なない訳ではない」

「そうね……あの子メタアクターかしら?」

「かもな……だが彼女が彼女自身の能力を過信しないようにする必要がある。我々がそばにいる事で」

「そうね。……状況の整理が必要ね」

「幸いにも。俺たちの居場所はまだ割れていない。なら、可能な限りの時間を準備と状況整理に当てた方がいいだろう」

「わかった」

「……ジャック」

「シン……とんでもない無茶を……」

「大丈夫だ。死んでなきゃなんとでもなる」

「事実だが無理は駄目だ」

「もっとも。……俺たちは外に出て援軍を呼ぶ必要がある」

「分かっています」

「SIAの支援を仰ぐか」

「国ヘの貸しは……」

「だからこそだ。SIAの人間ならまだ信用出来る」

「レオハルトさん相手だからか。貸しは最小限にできる」

「そうだろう。行くぞ」

「ああ」

ジャックとの話を済ませ、シンはユキに声をかけた。

「すまない。離れるぞ」

「ええ。こっちはこっちでなんとかしておく」

「すまない……」

シンは名残惜しそうにジャックとその場を離れた。

マリンとユキ、そしてアディが残った。

「……ぐず……どうして……ぐず……」

「泣いてても仕方ないわ。……マリンちゃん」

「え……ぐず……」

「……わかった。気持ちが落ち着いたら声をかけてね」

「ぐず…………ひぐ……うん……」

そう言ってユキはアディの方に向かった。

アディはマリンに対して心底嫌そうな顔をする。

「……戦場で『子守り』なんて冗談じゃ……」

「気持ち分かるけど。今は準備しましようよ」

「……そうね。準備していれば気持ちが落ち着くかも……」

比喩表現を交えたマリンへのいらだちをアディは率直に言った。ユキはアディを落ち着かせつつも、現在の状況の打破に周りの人間に集中させた。もっとも一人で殺しあいのど真ん中に初めて立たされる気持ちはユキにも覚えがあった。マリンへの配慮も計算に入れた言動でもある。

マリンはまだ泣いていた。

マリンがどうしてここにいるのか。

ただの芸能人に過ぎない彼女がなぜ命を狙われたのか。

ユキたちがその謎を解き明かすにはパズルのピースがまだ欠けていた。

読者の皆様、去年はお世話になりました。今回から新章の投稿が始まります。今回はアスガルドとAGUの芸能界をも巻き込んだお話となります。マリンのメタアクター能力は。ユキの素性は。そのことを交えつつ新しいお話を描いていこうと思います。


蒼穹シリーズを今年もよろしくお願いします。

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