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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
幕間の章 その4 憂鬱編
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挿話6 交渉人

この物語は暴力的な描写が含まれますご注意ください。

高層ビルの最上階で二人の男がいた。背広と覆面の黒シャツ。

二人の男が立っていた。背広に対して黒シャツは銃を突きつけていた。こめかみに一丁、9ミリ粒子弾が撃てる民間の護身用モデルだ。拳銃の存在が背広の男の肌をじっとりと冷や汗で湿らせる。

「……こ、こんな事しても、な、何も変わらないぞ!?」

「うるさい!どうしてだ!どうしてなんだ!?どうしてマリンは」

覆面で金髪の男が『背広』の頭を拳銃で殴った。どくどくと背広の頭から血が流れる。背広はただ、ひっという声を上げた後、泣くしかなかった。彼があらがうために出来る事はもはやなかった。

二人の男の上にはフロートユニットを搭載した浮遊型輸送機や、飛行ドローンが展開し、近くには無数の警官とSWATが待機していたが誰にも手出しは出来なかった。

銃と人質。

この二つの情報が警察官たちの行動を躊躇わせていた。

高層ビルの上空には、警察以外にもマスコミの乗ったヘリが近くの空を飛んでいた。

「はい。こちら、ニックです。いま銃を持った男がアイドル事務所の責任者を人質に取って立てこもっています!現場は物々しい雰囲気に包まれており、事態は刻一刻と悪化しています!警官隊が今も突入の準備を進めておりますが、まだ突入したという情報はありません。男は今も最上階にて抵抗を続けています。男の目的は依然として分かっていません」

記者の男がヘリの中でアナウンスを続けていた。

警察官に大きな動きはなかった。

だが、警官隊の他に事態収拾に動く者がいた。


エレベーター内で、男が連絡を取っていた。

肌は白。目元は青く、優しげで知的な表情をしていた。髪は茶色の短髪で男の印象は柔らかである。顔立ちは整いながらも意志の強さも感じ取れる表情をしていた。

「……はい、……はい、この事件は偶然ではないでしょう。……ええ、……ええ、わかっております。事態は『私が』収拾致します。……ご心配なく、できるだけ穏便な形で……はい、……では、失礼します」

男は通話のスイッチを切り、スーツ襟をきちんと整えた。

ビルの最上階に到達後、男は警官隊のところに向かった。足取りは急いではいた。だが、自信に満ちた足取りであった。

「……またお前か。レ……ごほん」

刑事の男があきれたように話しかけてくる。男は三十路であったが、老け顔とよれたスーツのせいで実年齢より十歳も年上に見えた。それは刑事ドラマに出てくるような中年の刑事と言った風貌であった。

ダニエル・グレイ警部である。

「すみません。こちら側の事件が立て込んでしまって」

「そっちの事件とこっちの事件と何の関係が?」

「あります。重要なつながりが」

「ふん、とにかく今はこの立てこもりをなんとかしなければ……お前は今日の主役だ。……男は拳銃を持っている。人質までいてな。お前がいるとは言え、失敗は許されんぞ」

「ええ。分かっています。ですが、今回私がどんな人間かは伏せておくように……」

「なら、……せめてサングラスぐらいはしておけ」

レオと語りかけられた男はサングラスを受け取り、そのまま着用した。男の顔がサングラスによって隠され厳格な印象を周囲に与える。

「……お前の正体は犯人への刺激になりかねない」

「……お気遣いに感謝します。そして呼び名は……」

「作戦中は『レイ』とでもしておく」

「……ええ、ところで状況はどうなっていますか?」

「……あるアイドルの信者らしき人物が激高して番組プロデューサーを人質に取っている」

「それはどうしてまた?」

「……内容が内容でな。それが外部の人物に漏れてしまった」

「……いったいどうして?」

「分からん。だが確かな事は男は番組の内容に激高してプロデューサーを人質に取っている」

「……番組はファンにとっては喜ばしいものでは?」

「……普段のものなら、だが今回のは『マリン・スノー』を吊るし上げるものだ」

マリン・スノー。それは今アスガルドを騒がせている人物の名前であった。この人物は有名アイドルでありながら自警活動に関わっていた。そして特殊能力が後天的に発現しており銀河連合直轄の特殊な治安維持組織に混じって自警活動をしていた。

これだけ見てもとんでもない経歴だが、彼女には大きな問題が浮上していた。匿名の人物が彼女は魔装使いでテロ組織と関わりがあると星間ネットのマリンの公式サイトに投稿し、公式ブログが炎上。マリンに対して世間から猛烈なバッシングが行なわれていた。

マリンはある事件を期に失踪。SIAが調査を行なっていた。

その矢先の人質事件であった。

男の正体。目的すら以前不明。

否、警察官の一人が男の叫ぶ内容を聞き取った。

「……容疑者の男が要求を叫んでいます」

「……内容は?」

「……今やっているものを含めマリンのバッシングに関わる内容の番組の即時中止を!」

「……なぜだ!?」

「分かりません!」

「…………ふむ」

レイは軽く頷くと現場の状況を整理し始めた。

負傷した警備員を見るとシンは簡単な質問をした。

「その傷は誰に?」

「……犯人の男だ。クソ、血は止まったが、痛え……」

警備員は救急隊によって止血の処置をされていた。止血の段階を終えていた。

「……人質の彼のオフィスは?」

「ああ、番組プロデューサーか……。アイツのオフィスはあっちだ」

治療中の男は広間の奥。左手の扉を指差していた。

「ほら、あの左手の」

「ありがとう。……よく頑張ったね」

「仕事だからな……いてて」

レイはプロデューサーの部屋に急いで向かう。そして部屋に入るなり散らばった書類を大急ぎで調べ始めた。マリン・スノーの書類。

そこには、彼女と彼女の家族やペットの情報、過去の経歴までもが記載されていた。番組に使う資料と原稿であった。

「…………これか。となると……」

レイは犯人のいる場所へと歩き始めていた。

『交渉』は既に始まっていた。


黒シャツの覆面男は警察官に要求を荒っぽく告げていた。

「車だ!さっさと車をよこせ。それとこいつのふざけた番組を……」

男はぎょっとした顔でレイの方を見た。

「ウィリアム・スノー君だね!?僕はレイだ!君と話をしたい!」

「なぜ!?なぜ俺の事を!?」

「君の事は知っている!悲しかったんだろう!?話をしよう!」

「話す事なんてない!帰れ!」

「……君は苦しんでいる!マリンとは親しかったんだろう!?」

「!?」

「……君はマリンの兄だ。マリンがバッシングを受けて苦しんでいるのを見たくなかったんだろう?」

「う、うるさい!」

「……テロリスト扱いされて、人殺しと会場中の客から暴言を吐かれて君はショックを受けた!アレは僕もひどいと思った!……でもだからといってこのやり方で本当にいいのか!?」

「……そうだ。マリンは歌が好きだった……彼女は人の役に立って人に褒められたいと言っていた……それなのにみんな!みんな手のひらを返しやがって!」

「……君が怒っているのはお客さんだけではない!マリンは同じアイドルグループからいじめを受けていた。それを知って君は堪忍袋の緒が切れた!そうだろう!」

「……ああ、……ああ、そうだ!俺はあの事務室で聞いた!あのクソプロデューサーが……マリンの受けた数々の嫌がらせを隠そうとしてやがった!」

「そうか……辛かったんだね!僕には分かるよ!だから話をしよう!どうしたらマリンが苦しまずに済むかを!」

「……ううう、あああああああ」

「どうしたんだ!!?」

「話なんて出来るか!警官隊の『赤い光』が!」

「!!……レーザーサイト」

レイはジェスチャーと耳元の通信機器で空の報道陣と警官の輸送機に退去を告げた。交渉人の合図と共に警官隊の輸送機が退去する。

「……『レイ』へ!こちらデルタ3!空の部隊を撤退させる!」

交渉人の合図と共に警官隊の輸送機がどこかへ飛び去った。

「……ほら。これで話が出来る!」

「…………」

犯人は落ち着きを取り戻し始めていた。レイは歩み寄り始める。

「……俺は……ただ……妹に幸せになってほしかったんだ……なのに……なのに……」

「辛かったね……学校でも大変だったろう……」

「……学校でもいじめを受けていた。テロ容疑以前から……」

「そうだったのか……大変だったね……」

レイはウィルの言葉をただ頷いて聞いていた。一歩ずつゆっくりとレイはウィルに近づきながら

「……俺は……ただ、……妹がアイドルとして頑張っているのを……ただ応援したかった……なのにこいつは!マリンの事を金づるとしか思ってない!用がなくなれば『ハイ、さよなら』だ!見て見ぬ振りをしたくせに!」

「…………そうか。ウィル。辛かったね……でも、これは本当にマリンが望んだ事か?……マリンは『懲らしめてくれ』なんて言っただろうか?」

「……そうだ……マリンはただ……歌を……どうして……どうして……こうなっちまったんだ……」

ウィルはぼろぼろと泣きながら人質のプロデューサーに拳銃を突きつけていた。レイは3メートル地点の位置まで近寄っていた。人質はレイが近寄っている事を意識してはいない。むしろ自然なように思っていた。

「もう、こんなことはやめよう。マリンもそう考えているはずだ……。君のおかげでマリンは一人じゃないって分かっただけで彼女の救いになる」

「……俺が……救いに……?」

「そうだ。この破滅的な手段はむしろ彼女を悲しませる」

「……」

「…………人質を解放してやってくれ。そうすれば、マリンも悲しませなくて済む」

「……嫌だ、……マリンを……もう、……これ以上悲しませたくない…………」

「ウィル。もうこんなことはやめよう。解決策はいくらでもあるはずだ」

「………………わかった。人質も解放する。……銃も……?」

「ああ」

「……わかった」

ウィルは人質を解放した後、拳銃を屋上のプールに投げ捨てた。ぽしゃんという水音が柔らかく辺りに響く。

「少し我慢してくれ」

「え?」

レイは青い光を放ちながらウィルの背後に回った。稲妻の動きであった。この動きは常人の動きではない。メタアクター能力の動きであった。

「……僕は逮捕されるのか……?」

「警備員を……傷つけたからね……」

「……そうか。……あなたは……」

レイは『レイとしての仮面』を外した。サングラスが宙を舞った。

それを外して『レイ』はレオハルトの顔を見せた。

レイの正体はレオハルト・シュタウフェンベルグ。アスガルドの英雄であった。

「……道理で……声が……声に聞き覚えが……」

「……ウィリアム・スノー君。君を……傷害の現行犯で逮捕する。君の行為は許されないが……君がマリンを救いたいという想い……それは最大限保証する。後の事は『我々』がなんとかしよう」

手錠の音が無情に響く。レオハルトの顔が哀しみを帯びていた。

「…………ありがとう……ございます」

レオハルトがウィルを取り押さえたと同時に警官隊がなだれ込んできた。そこにはグレイ警部の姿もあった。彼の身柄をグレイ警部に引き渡し、レオハルトはゆったりとした歩調でその場を後にした。

ネオン。街の夜景だけが、日常の輝きを放っていた。

だが、夜空には星もあった。

ひさしぶりの投稿になってしまい申し訳ありません。今回は新章の前の挿話となります。ただ、このエピソードは無関係ではありません。次の新章ではマリン・スノーが重要な要素となります。


新章の構想が整い見直しの段階に入っております。次回、いくつか挿話を挟んでから新章に入りたいと思っています。よろしくお願いします。

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