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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第四章 シャドウ・オリジン編
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第四章 三十四話 取引(その五)

この物語は暴力描写・残虐な表現がふくまれておりますご注意ください。

警察署の取調室。その個室の中に三人の男がいた。

シン。タカオ。そしてカール。個室にはマジックミラーがある。それの向こう側では複数の警官たちが取調べを聞いていた。マジックミラーは隣の部屋とつながっていた。

「……シン。お前をここには来させたくはなかった」

「……望んできた訳じゃない。俺は『友達を救いたかった』だけなんだ」

「だけど、……その過程が問題なんだ」

「……ヤツらは人間じゃない」

「人間だよ。それが問題なんだ」

「どうしたら分かってくれるんだ?『アレ』は人間の肉と皮を被った人間だろう?」

「……本気で言っているのか?シン……」

「……ああ、俺は」

「もういい。これ以上は平行線だ。とっとと本題に移るぞ」

カールが二人の会話を一度遮って、状況を整理した。

「……つまり、シンは武力を持って状況を変えようとしたか?……ここだ。ここが大事なんだ。それ以上は何の意味もない」

「これは俺の家族の問題だ」

タカオが苛立った調子で声を荒げる。

一方のカールは冷静だった。同時に冷徹でもあった。

「シンがどう思ったかじゃない。シンが何をしたかだ。それ以上は無意味だ。そうだろう?シン」

「ああ……」

「なら決まりだ。お前は何をした?」

「戦った。カズやミクを傷つけて、エミを利用した連中に制裁を加えた。それだけだ」

「……制裁……私刑行為は犯罪なんだぞ!?シン!!」

「いじめはどうなんだ?ただ苦しんでいるのを見ていろと?」

「どうにもできない。誰にも……誰にもだ」

「違う。ミクは一度自殺しかけた。あの時から何ヶ月も立っているがミクは生きている。ユキと俺の行動によって。それを無駄だという気か?」

「無駄じゃない。だが暴力で解決するなんて……」

「仕方なかった。話し合いで解決する連中じゃないだろう」

「相手にするな」

「したくなくても襲ってきたんだ。どうしろって言うんだ!」

「お前ら、頭を冷やせ」

カールはぴしゃりと二人を厳しく忠告する。

「……タカオ。お前の頑固なところは相変わらずなようだな。なまじ頭がいいだけに自分を過信しすぎるのが悪いところだ。……シンが正しいとは言わんが」

「カール、俺は」

「分かってる。お前は戦果を出した。味方の死者なし。戦場なら羨ましい話だ。実際はなかなかそうはならない」

「だが、イプシロンは……」

「ヤツは一応無事だ。ひどい失血とGFの汚染のために戦えない体にはなったが」

「……汚染?」

「誰のせいじゃない。これはリョウのヤクザ軍団と戦った結果だ。お前のせいじゃないぞ、シン。……タカオもだ。お前のせいでもない」

「……どういうことだ?……グリーフ汚染?」

「…………」

「…………」

二人はとうとう沈黙する。戦場で冷血漢と言われたカールも見かねてとうとうフォローする始末であった。カールは沈黙に耐えかね説明を続ける。

「さて、だ。タカオはヤクザとクソガキのグループに対抗するためにいろいろと裏で仕事をしたんだろう?警察とかの動きとかな」

「……なんのことだろうな?」

タカオはそっぽを向きながら返答をする。

「……はあ、ここでとぼけんなよ……まあいい。有能な元戦友への借りもあったからな。協力を結んでいたのは理にかなっていただろう?」

「……だが、本来のお前はリョウを殺そうと考えていた。なのに今になって、俺のやる事を邪魔したのは何だ?」

「グローブ型」

「……何?」

「ヤツの手についていた装置。アレは凄かった」

「話が見えない」

「……『悪魔の技術』さ。別に悪魔が作った技術じゃない。だが、悪辣な手法と狡猾なアイディア。あれは悪魔が作った技術だと言えばしっくり来るだろう?」

「……あれを見れば嫌でも分かる。人間をエネルギーに変換して強化するなんてな……。だから、イプシロンの治療がひどい事になったのか……」

「ああ、……あれは大手術だったようだ。全身に有毒のエネルギーが回って大変だったようだ。……ヤツには貸しを作っちまった」

「……」

タカオが暗い顔をしていた。あれは通常の人間の生活を許さない傷と毒であった。その毒はタカオやシンにとって意外なものであった。

グリーフフォース。汚染されたGFによる症状であった。

それは紫電とも称される。細胞が侵され、熱的なエネルギーが奪われ壊疽するのだ。消化器官はずたずたになり、呼吸器系や循環器系に回る前に汚染箇所を切除する必要があった。

「……医者は言ってたぜ。あんな状態の人間は見た事ないだとよ……俺はさんざん見たがな……アレはマシな方だぜ?『バケモノ』にならないだけな?」

「……お前の話だと、『魔装使い』になる処置をリョウはマユコにとったそうだな。もっともあの時のは劣化版のそのまた劣化版だったみたいだが……」

「ああ、だからマシな状態で済んだ。……俺が言った『バケモノ』ってのは、魔装使いの事じゃない。彼らが汚染されて変化したものの事だ」

「……もうなにがなんだかな。俺はいじめに苦しんでいた友人の敵に落とし前を付けたかっただけなんだが……」

「ヤツの能力自体が変化しないだけ助かったよ。変化していたら分からなかった」

「それがお前の目的か?」

「そう言う事だ。もっと言えば、あの悪魔の技術を永久に無力化することが俺の国家の悲願なのさ」

「悲願……?」

「あの技術は。今からおよそ三百年前、『抜き取るもの』は俺たちの国の祖先を根絶やしにしかけたのさ」

「……何?そんなことは初めて聞いたぞ?」

「そりゃそうだ。AGUとかそれ以外の銀河の勢力がひた隠しにしていたことだからな。もっと言えば、グリーフ使いもメタアクター能力ももしかしたら、その呪われた技術に対抗して生まれた変異かもしれないって話だ」

「……歴史に詳しいんだな?」

タカオが興味深そうにカールを見た。

「そりゃあそうだ。俺の家の次男が歴史好きだからな?」

「レオか」

「レオハルトな。……本と歴史に関して我が家でヤツに勝てるヤツはいない。最も知り合いで比肩するヤツと言えば、お前くらいか?」

「そうか。納得した」

「そんなおぞましい技術をなぜ、一ギャングが?」

「……前も言ったが、犯罪と抜き取る者の技術は相性がいい。必ず傷つく人間がいるからな。格好の商売相手なのさ。もちろん犯罪者だけが相手じゃない。むしろ、一般の市民にこそ、需要が眠っているからな」

「需要?」

「願い事と引き換えに魂を悪魔に渡すのさ」

「お前にしては詩的な表現だな?」

「事実を言っているだけだ。現にあの技術は因果律すら歪める事ができる。……あれは、恐ろしいものだ」

「……ようやく俺にも分かったよ」

「ほう……?」

「お前は証拠が欲しかったのか?あのリョウが『抜き取る者』に近寄っていることを示す証拠が」

「……そういうことだ。お前はユキと彼女のドローンを使って殺そうとしただろうけどな。俺としてはもっとおぞましい悪を引きずり出したかったのさ」

「カール……どうしてその事を黙っていた?」

「機密だからだ。軍事・国家のトップシークレット。今となっては、もう問題はないが、あの時は心配だった。それにお前が怒り狂って邪魔してくる事も心配だったのさ」

「……二つ目はありえないな」

「……ほう?」

カールはますます興味深そうにシンを見た。

「俺がヤツらを殺そう賭した理由はヤツらがカズやユキを苦しめて自殺に追いやろうとしたからだ。俺だって平穏な日常を楽しみたかったのさ……でも、それを脅かす連中がいるんだろう?俺は……そんなヤツは絶対に許さない……ミッシェルだって……生きてここにいたら、そう言ったはずだ」

「ミッシェル?」

「……親友の名前だ。オズ連合の武装組織で一緒だった。……ミッシェル・バルザック」

その名前を聞いた途端に、タカオとカールは同時に目を見開いた。

「な……そんなの初めて聞いたぞ!!バルザック!?」

「おい、お前……ミッシェルだと!?本当にその名前か?」

「……ああ、そうか。兄貴にはミッシェルのファミリーネームは伝えてなかったか……」

「……シン。この写真に見覚えは?」

タカオはある一枚の写真を見せた。少年の写真だ。その写真にはシンの脳裏に焼き付いた顔があった。

「……ミ……ミッシェル……嘘……」

親友の悲劇を悲しむ涙か。

暖かな思い出を想起しての涙か。

シンは出会う前のミッシェルの顔を見て、涙を流していた。それはどういう感情の発露かは警察官にもタカオにも、ましてやカールにも見当はつかなかった。

だが、シンにとってミッシェルが『かけがえのない存在』であった事や、そのミッシェルが悲劇的な最期を遂げた事、そしてグリーフ使いの間で『ミッシェル・バルザック』という人名がとても重要であった事が、この場で明らかになった。




その裁判はかなりの難航が予想された。

リョウ・キタムラがいじめで葬ってきた人間の数は想像を超えていた。ほとんどの人間は事故に見せかけられて殺されていた。あるいは、口封じ、あるいは教師を買収、脅迫などで支配して隠した。

自殺幇助。あるいは殺人教唆。拷問。監禁。暴行。強姦。そして、非人道的な特殊技術の悪用。

リョウの犯した悪行は思わぬ形で脚光を浴びる事になった。

マスコミは後に彼をこう表現した。

『暗黒街の神童』

『少年犯罪界のボス』

『悪魔の子』

それを打ち倒したのは、戦場帰りのある少年であった疑惑が浮上したが、証言出来る者がおらず。居ても精神に異常をきたした『不良少年の成れの果て』しか居なかった。

証拠不十分で大した裁判にならず釈放されたシン・アラカワとは対照的に、リョウの裁判は大きな話題になった。

リョウの父やヤマオウ組のそろえた弁護団は難敵であったが、アスガルドとアズマの検察、そして『ジーマTHX』の綿密な捜査や情報提供により、リョウは無事、投獄される事になった。

年齢を考慮すれば少年法による減刑を考慮されるのが通例であったが、リョウの刑事判断能力に一切欠如がないことや、事件の特殊性、悪質さによってリョウは『アスガルド国の特殊軍事刑務所で』無期監視下に置かれる事になった。

この事件はアズマ国の教育界だけでなく、世界を震撼させたが、その裏で『レッドスピリット』や『ヤマオウ組』に対して武力闘争をしていた『カラスのヴィジランテ』の事は世間にあまり注目される事はなかった。

その闇の深さに世間は気をとられていたのだ。

ここまでお読みいただきありがとうございます。次回は、シンにある重要な決断が必要になります。この時のシンの前には二つの道があります。平穏への道か。真実への道か。


次回もよろしくお願いします。

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