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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第四章 シャドウ・オリジン編
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第四章 三十三話 取引(その四)

この物語には暴力表現等が含まれておりますご注意ください。

ヤマオウ組本部の前に無数のゴロツキたちが武器を構えていた。

既に半数近くの男が倒されていた。たった数人の者たちが倒していた。その中に少年と少女と思われる背の低い影があった。だが、二人は大人を相手しても十分な戦闘力を持っていた。事実、倒れているゴロツキたちの半分は二人が倒していた。

シンとユキ。

二人は隣にいるカールという男と十分に張り合っていたのだ。

戦闘の流れがカール側に傾いた時、再びカールは口を開いた。

「……何度も何度も言わせんなよ……俺は『リョウを出せ』って言っただけだぜ?それとも死ぬか?クソみたいな人生をここで終えるか?未練あるだろう?なあ?」

嘲笑うような悪意のこもった顔をしながらカールはゆったりと歩を進めた。カールは戦闘の時からただ歩いただけであった。しかし、それが逆にカール・シュタウフェンベルグという人物の底知れなさを周囲に示した。

彼に不用意に近づいた人間はイプシロンとリーの二人に攻撃を加えられた。イプシロンの探知。リーの獣人化能力。

こちらの二人の能力もなかなかのものであった。シンとユキの綿密な連携も大したものであったが、カールの部下は手だれであった。

ざわめくヤクザの群れを割るようにしてある人物が歩み出た。

リョウ・キタムラ。

希代の悪党である。

歳はシンと変わりはなかった。

その顔は柔和そのものだが、悪意があった。

嘲笑。この世のいかなるものより黒ずんだ悪意がそこにたたずんでいた。

「……やあ、まっていたよ」

呪われた生まれと常軌を逸した思考、共感性の著しい欠如。

目の前で微笑む少年は暗くおぞましいものを確かにもっていた。

背広とアズマ式の刀剣。それは濡れたようにゆらりとした幽玄の雰囲気を纏った刀であった。刀身のユキのような白い色彩と、刃文の揺らめきが美しくも妖しい輝きを夜空の下で、放ち続けた。

「……厄介だな。お前の能力と刃物なんて……」

「鬼に金棒かな?全力で『潰す』ことが僕なりの敬意だよ」

「……まずい状況だ。今、誰が倒されてもおかしくない」

カールが額から冷や汗を流していた。能力の発動は死。否が応でもその場にいたものたちは感じていた。

「理解が速くて助かるよ。だが、まだやり残した事がある」

「……ひ」

マユコが怯えながらヤクザに連れられて前に突き出される。

「……ろくに戦えず、能力にも目覚めようともせず。逃げようとしてすらいる。彼女は実に役立たずだ。……だがひとつすばらしい役目がある」

震えるマユコの目から涙があふれる。その様子をモルモットの反応を観察するかのようにリョウはニヤリと笑った。それは普段の表所よりも何億倍も邪悪な笑みであった。サディズムに溢れた表情を浮かべて、マユコの顔にリョウは手をかざしていた。その手にはグローブのような装置が装着されている。

「……ぁ……あぁがっがっ…………おげ……うげ……ごぼお、うおぉ……」

痙攣するようにマユコの体が震える。口から血と共に光のような物体を抽出し始めていた。口から光が漏れだすたびに、目と鼻と口から鮮血が徐々に溢れ出すのが見て取れる。

「あがががががががががががっぎぎぎぎぎぎぎぎぎ……」

口内と光球の間の光の帯がぶちぶちと切れ始まると、マユコの体に異変が始まった。体の細胞が徐々に壊疽を始めたのだ。血の気が引き、体の所々が黒く変色してゆく、急速で不完全な生体エネルギーの抽出によってマユコの体が拒絶反応を起こし始めていた。

「あぎぎぎがあああああ、たすけ……たすけ……げあ、……げほ、ごほ、ごぼぼぼぉ!?」

血と共に『光』がさらに抽出される。

完全に光を抜き出された後、光とマユコを繋ぐ帯がぶちっと音を立てて光球に引き千切られてゆく。そして、狂ったようにマユコはバタバタと手足をばたつかせ始めた。そして痙攣を続けながら、マユコは腐敗した肉塊へと姿を変えた。

グローブ型の装置。その手のひらに光球が浮かんでいる。リョウはそれを刀に宿す。刀の刃文が文字通り揺らめき、刀身が不自然なまでに輝きを帯びる。それは金属の物理的な常識から逸脱した異様な現象が起きていた。

光はやがてリョウを覆うようになる。

光が甲冑の形を形成すると、それはリョウの首から下を覆い隠す。それらはリョウの身体と生体的に合致し、身体能力の強化を進めた。

「……てめえ!?それは何をしているのか分かっているのか?」

「……なにかって?吸い上げたんだ。マユコの生体エネルギーを。昔の人の発想で言えば『魂』とでも表現するしかないな?」

「その技術。誰に教わった?五大国家じゃあ禁止された技術だ。特に『俺ら』の間じゃあな?」

「……知っているはずだろう?当たりだよ」

「……これでお前は重犯罪者だ。未成年の女子の生体改造。しかも『魔装使い化』の応用とはな?判決を覚悟する事だ」

「……できるかな?結果だけが全てだよ。『捕まらなければ』いいんだよねぇ!」

リョウは刺した。

イプシロンの腹部を。

「…………ごはぁ……げほ」

血を口から吹き出しながらイプシロンはカールの前に進み出ていた。イプシロンの腹部から鮮血が広がる。

「イプシロン……」

「イプシロン!腹が!」

リーとカールが叫ぶ。シンとユキも突然の状況にあっけをとられていた。

イプシロンはカールを守るために立ちはだかっていた。

イプシロンの探知能力。動きの波。電波。運動エネルギー。不自然な動きを探知する能力。それらを前もって知る事のできる力。その力によってイプシロンは知ってしまった。敵はカールを潰して、その間に逃走を図る事を悟っていた。だが知ったところで回避させるには距離が遠すぎた。

一定の範囲をゼロ秒で動ける能力。過程と結果を裏返す能力。

通常なら絶望的であった。

イプシロンがカールとリョウの間に入る事で運命を変えた。

「……ち」

リョウは舌打ちをして過程をさかのぼり始めた。

シンとユキは見過ごさなかった。

最初にして最後のチャンス。

敵に更正の余地はない事が明らかなら、躊躇の暇はなかった。

シンとユキは反転した過程の間に攻撃を加える必要があった。

時間にして数十秒。刹那の死闘であった。イプシロンを刺してから元いた場所まで戻るのに、通常なら走っていくのに短距離走者でも二十秒はかかる。

秒速10メートル走る想定で考えると、およそ二百メートル。

この広々とした庭を射程圏に収める攻撃である以上、ここで無力化するか殺害するしか他の人間が生き残る道はなかった。しくじれば、もう一人犠牲になる。

「イー。血をこれで抑えてろ」

リーに白いハンカチや止血帯を託し、リーはシンと共に攻撃を加えた。

だが長距離へと離れてゆく人間に近接戦闘は不可能であった。リョウの姿を殴ろうとするとすり抜けてしまう。リーとシンの執拗な攻撃が無意味なものとなった

イプシロンの治療をおこなっていたカールが懐から銃身の長い銃を取り出してリョウを狙撃する。

「食らえ」

だが、弾丸も通り抜けてしまう。

「無駄だよ。僕は無事に走り抜けてここに来たという『結果』だけが残った。それだけだ。それの前にはお前たちは無力なんだ。俺のゲームは既に『エンディング』なんだよ」

カールとリーが悪態をつきながら攻撃を加え続ける。だが、銃弾が尽きるほど撃っても、砕いた石を殺人的な速度でリーガ投げつけても攻撃は通らなかった。

「……そうね。あなたのゲームは既にエンディングだわ」

ユキは余裕の表情を浮かべながらリョウを見ていた。その目には哀れみすら存在していた。

「みたいだな。……ユキ?準備いいか?」

「ロプロックの火器を切り替えておいたわ。……ドンピシャにしといたわ」

「……『ドローンの専門家』を連れてきてよかったよ。弾尽きちまった」

カールが銃の弾倉を覗き込みながら不景気な表情を浮かべていた。

「……無駄な事するからよ。あと、私はハッカーよ」

「……リョウ最後通告だ。降参しろ。出なければ命の保証はない」

「逆だろ?僕が言う台詞だよ?」

「いいや。俺の台詞だ」

「降参するわけないじゃん。このまま皆殺しに」

「そうか。なら後ろを見てみろ」

「!?」

リョウが後ろを見た。正確にはリョウの後ろの『空中を』見ていた。

何も見えないように見えた。虚空の色。夜空の色。空に擬態して『それ』は飛んでいた。

ロプロック。

前にユキがシンに言っていた飛行ドローンであった。それは猛禽類を象った無人の小型攻撃機であった。その飛来物の下には爆弾型の物体が取り付けられていた。そこでリョウは全てを察した。

ユキが操るドローンはリョウではなく、リョウの到達点にそれを投下しようとしていた。能力が完了する直前にそれが到達するように。

「な、な、クソォ!」

リョウの表情にあからさまな焦りが見える。それを冷徹な表情でシンは見ていた。

「やめてほしいか?」

「は、は、こんな……こんな……」

リョウは必死で体の制御と取り戻そうとするが、体は到達点に向かって走り続けていた。能力の制約が刻一刻とリョウの運命を決める事になった。

「と、止めろ!あのドローンを撃ち落とせ!」

やくざたちが拳銃でドローンを攻撃するが、ドローンは落とせなかった。そもそも、厚い装甲で守られたロプロックを撃ち落とすには拳銃弾では不十分であった。対空ミサイルがいくらかあれば、まだ分からないが、拳銃や機関銃の密輸ですら四苦八苦する闇組織ではそんなものは存在しなかった。

「対戦車砲!対戦車砲は!?」

「全部、よそとの戦争に回してありませんよ!」

「畜生!撃てえ!」

撃っても撃ってもドローンは止める事はできなかった。到達時点でヤクザは固まって対空射撃を行なう。弾丸の切れた銃だけがむなしく増えていった。

「止めてくれ……頼む」

リョウは絶望しきった顔でシンに頼み込んだ。

「……やだね」

「な……な……」

「お前の望んだ『結果』だ。地獄ぐらい潔く自分の足で走って行け」

シンはそう言って平然と顛末を傍観していた。

到達まで五秒前。リョウはただ直撃の時を待つしかなかった。

「ううぅああああああああああ、このクソカスの、鬼畜生がアアアアア!」

爆弾が投下される。到達地点にリョウがたどり着くと同時に爆弾が爆発した。だが、それは火炎の伴うものではなく。笑気ガスが伴うものであった。

リョウとヤクザの集団が亜酸化窒素のもやの中で倒れてゆく。

「……どういうことだこれは?」

シンは心底不快な表情を浮かべる。

「真実を知るためだ。ヤツらはまだ生きている必要がある」

イプシロンの止血をしながらカールは淡々と意見を述べた。

「ふざけるな。こっちは味方もやられているんだぞ」

「そうだな。だが、俺たちの目的はヤツらだけじゃない」

「これはユキもそうなのか?」

「……そうね。あなたも聞いたでしょ。ヤツらの『悪魔の技術』について」

「……マユコにやったあれか?」

「そうね。私たちの目的はアレにあった」

「だからか?俺に協力したのは?」

「それもある。……けど私の場合はあなたを助けたいという思いもあった」

「なら、爆弾を投下してほしかった」

「……そうね。わたしもそうしたかったけど……」

「国か」

「……ええ」

「……これはカールとタカオの差し金か?」

「……ええ。可能な限り、あなたに殺人をさせないようにって」

「……やれやれだ。あとで話がある」

「ああ、分かった」

カールたちの背後に警察の車両がいくつか止まる。その中には機動隊のものもあり、シールドを持った警官たちがシンたちにその場にとどまるよう強く指示した。

「警察だ!」

「だれも動くな!誰もだ!」

「そこの変な集団もだ!動くな!」

その警官たちの集団に見知った男が一人。タカオ・アラカワであった。

本作品は『孤独なる人間』をテーマに様々な物語を展開していきます。


次回もよろしくお願いします。

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