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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第四章 シャドウ・オリジン編
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第四章 三十話 取引(その一)

この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください

シンはいつも通り朝食をとっていた。潜伏先のホテルでの食事は舌を満足させるのには十分であったが、心の慰めには不十分であった。タカオは仏頂面で黙々と食事をとっていた。ユウトは食事を楽しんでいたが、その場の空気を察して笑顔を抑えていた。ミサは怪我の体を気にするそぶりをしながら食事をとっていた。箸はあまり進んでいない。エミとミクは俯いている。表情が暗かった。

そして、シンとユキ。

シンはナーバスな気持ちになりながら食事に専念していた。指の動きは遅い。いつもなら、口に運ぶスピードは速いはずだった。

ユキも硬い表情をしながら食事をしている。様子が変であった。

シンはただ食事とニュースに目を向けていた。ニュースはアズマ国の治安の悪化を嘆いている。飛び降り自殺などの悲惨な死のニュースも伝えていた。赤ギャング傘下の不良グループなどによるいじめが原因であった。子供に死なれた親が加害者を刺したり、自爆テロを行なう事件も見られるようになった。

カールは相変わらずであった。

この冷徹な男は世界の終わりでも淡々と食事をとるのではないかという予感をシンに与えた。

いつも通りに食事をとるだけだった。だが、シンにとっては今回の食事は苦しさの伴うものであった。物理的な苦しみではなく精神的な苦しみであった。

「……まるで内戦だな」

カールは皮肉な口調でそう呟いた。

「ここ最近だけだ……さもなければ、とっくに地方に移り住んでいる」

タカオがカール同様、皮肉な口調をした。

「……残念だよ。タカシが亡くなるなんてな。……あいつは優秀な男だった。タカオに匹敵するほどな」

「いえ、父には及びません。まだ浅学非才の身で……」

「……謙虚なのはアズマ人の特徴だな。良くも悪くも」

「はは、本当に父は凄かったですし、父や父の知り合いから学ぶ事は多かったです」

「お前も大したものだ。お前はアラカワ当主として歴代最高の人物になる。俺は本気でそう思っている」

「ありがとうございます。そのご期待に応えられるよう頑張ります」

「ふむ」

シンたちは食事を終わらせるとすぐに今後の作戦を立てる事にした。

「……レッドスピリッツを叩けば、このニュースの事態は沈静化できる。……アズマ人マフィア――ヤクザっていうんだっけか?そいつらの妨害が予想されるが、まあ、表立っては動かん」

「だが、一つ問題があります。リョウ・シンドウの件ですが、彼は非常に厄介です。ケンタロウとはえらい違いですよ」

「……あいつはその辺の悪党とは違う。生まれついての悪のエリートだ。ヤクザの生まれなのにも関わらず、周囲をうまくコントロールしてやがったそうだな?」

「ええ、シンの話によれば」

「……シンは良く無事だったな。転校生の見知らぬヤツなんか攻撃されるかもしれなかったのに」

「……シンは人とセットで動いてました。それにシン自身も大人しくしていた事が大きいでしょう。事実、学校の生徒に警察が事情を聞いていますが、どれも大人しいけど話せる人物として通ってました」

「……シン自身の努力も大きいだろうな」

「それと、本人ももともと朗らかな性格で人と話す事に苦を感じないことも大きかったはずです」

「だろうな。ミクを始めとした『標的』とされた人物は大人しく地味なイメージで人の輪に入れなさそうなイメージが先行してやがった。あとミクの場合はマイペースで『うざったい』ってイメージがあったようだな」

「それが原因でしょう。本人の人格や人柄はおかまいなしです。これじゃあ、発展途上国のギャングの支配と変わらない」

「……やっかいだな。学校って組織に大人は立ち入りにくいんだよ。教師という存在が枷になってやがる」

「……連中、事なかれな奴らですからね」

「いずれにせよ。この事件は早急にギャング連中を潰さなければならん」

「潜在的な連中にも注意が必要です」

「ああ、そうだな。日和見な奴らだといいが」


「ええ、……とにかく――ん?」

タカオの端末に通話の通知音が流れる。ユキも同様だ。子供用端末を取り出して話をしていた。後から、カールの端末も通知を始めた。

シンは三者の様子に注意を払いながらもミクとエミの二人に声をかけた。

「……ご飯どうだった?」

「美味しかったです」

「上がり込んでいるだけなのに食事まで……すみません」

「いいさ。今は仕方ないことだ。それに友人のピンチは見過ごせない」

「ありがとう。シン君」

「……わたしは」

「……大丈夫だ、エミ。お前は周囲に逆らえなかっただけだから。ぎりぎり正しい側に踏みとどまってくれてよかった」

「……ありがとう……ございます」

エミは微笑みながらも、目には潤んだものが浮かんでいた。

刹那。タカオは怒鳴る。

「どういう事だそれは!?どうしてこんな事になるんだ!?」

ユキも困惑した様子で電話に言葉を返した。カールの方は静かに聞いていた。ただし、カールも困惑していた。額に手を押し付けている。

「……冗談きついぜ」

「……カール?」

「おい、大変な事だ。良く聞け。……中学校に銃を持った男が現れた。……カクだ」

「ば、……ばかな!?ヤツは警察が!?」

「……脱走したらしい。拳銃と散弾銃を持って。学校中の生徒がお前に見えるらしい。手当り次第に撃ち殺してやがる」

「……そんな……ばかなことが……」

即座にタカオの言葉が響く。タカオの声が怒りで震えていた。

「この馬鹿野郎!!逃がしたで済むか。バカ!!おまえらクビだ!クビ!ふざけんなボケ!お前らみたいなバカがいるから国がおかしくなるんだ!……は?うるさいぞバカ!!!!」

タカオは電話に思いっきり怒鳴りつけた後、端末をソファーのクッションに叩き付けた。

「あのバカども!よりにもよってカク・ミウラを逃しやがって」

「……どうしてこんなことに」

シンは頭を抱えて歯ぎしりをした。

「……あなたは悪くないわ。ギャング連中といじめが悪いの」

「……何もできなかったのか?」

「……あなたは最善を尽くしたわ」

「……そう……なのか」

「ええ、そう思うわ」

「…………」

カールが電話先と話をしていると同時にユキも怒鳴っていた。

「……なんで使用許可が降りないの!?テロといっしょでしょ!はあ!?どうして!?」

ユキも切れた通話端末を持ったまま頭を抱えてしまった。

「……だが、チャンスだな」

「どの辺が!?」

ユキが感情的に詰め寄った。

「あのさ。カール大佐?これは人命の危機なのよ!?どうしてそう平然と『チャンス』とか言えるの!?」

「リョウを捕まえられる……今回のテロ事件の首謀者としてな。そうすれば、他の連中が助かる」

「あの学校は!?あの子たちはどうなるの!?」

「なるようにしかならん。あきらめろ。正義には代償が必要なのさ」

「……く」

「大人が侵入すれば一発でバレるんだ。全員助けるのは『無理』だよ。だから、他の連中の被害を減らす事を優先するんだ」

「……本当にそうか?」

「何が言いたい?シン」

「……大人なら無理でも、俺ならどうだ?」

「ヒーローぶるのはやめろ!」

カールとシンの間にタカオが割って入った。

「シン!お前は何言っているのか分かっているのか!?」

「……ああ。こっそり侵入して、いざとなれば、内部から撹乱する必要がある。俺は兵士としての経験もある。適役だ」

「適役なものか!」

タカオが激高して、シンの両肩を掴んだ。カールがそれを振りほどこうとする。

「……ざんねんだが、シンの言う事は最もだと思うぜ」

「ふざけるな。これ以上家族が危険にさらされるとか冗談じゃない!」

「状況を考えろ。人命がそれ以上失われたら、アズマ国自体の威信に関わるぜ。おたくの国は自分たちの子供すらろくに救えない連中なんだなって」

「……くそが……」

「すまない。兄貴。俺はこれ以上奴らが好き放題するのを見てられない」

シンはタカオをなだめようとした。タカオはきっとシンの方を見て叱責をした。

「なぜだ。どうしてお前は危険なことにわざわざ首を突っ込む!?」

「兄貴。俺はもう限界なんだよ。今までどこかで防ぐチャンスがあった。だけど、俺はそれを不意にしてきた。怒ってもタカオ兄貴は喜ばない、ミッシェルも草葉の陰で悲しむって……。でも現実は違った。自分一人の平穏のために学校中の生徒の安全と日常が壊れちまった……だから……やるしかないんだ」

「駄目だ!駄目だ!これ以上、誰も死なせられないんだ!」

「タカオ……私はシンの気持ちを……」

「これは俺とシンの話だ!ミサ!」

「……僕もシンの気持ちを……」

「ユウト!駄目だ!」

「だって兄さん。シンはずっと悲しんでいた。ミクや他のクラスメイトが苦しんでいるのをずっと悩んでいた……僕は、シンが人助けをしても……」

「それで、シンがくたばってもいいのか!?」

「それは……」

「とにかく駄目だ!」

そう言ってタカオは自分の部屋に閉じこもってしまった。


学校の廊下が血で染まっていた。

無差別であった。殺人鬼の不良が殺意の言葉を繰り返しながら、機械的に目についたものを処刑していた。

「オイコロスゾ?オイコロスゾ?オイコロスゾ?オイコロスゾ?オイコロスゾ?オイコロスゾ?オイコロスゾ?オイコロスゾ?オイコロスゾ?オイ――」

カクの動きは手慣れていた。捉えた生徒の髪の毛を掴んで足蹴にし、前蹴りを食らわせて、射殺する。それを繰り返していた。カクの装備は警察から強奪した装備で調達していた。拳銃二丁と散弾銃。そしてどこからか盗んできた刃渡り十五センチのナイフ。

彼の歩いた後は当然血の海となっていた。

その血は生徒だけでなく教師のものも含まれていた。

声が響く。スピーカー越しの声だ。

「カク・ミウラ!お前の周囲は包囲されている!すぐに武器を捨てて投稿しろ!」

カクはただ、同じような脅し文句を繰り返すだけだ。

警察は発砲をしたが、効果が薄かった。地の利が殺人鬼に味方した。

「クソ……クソ!」

警官たちは突入後、敵との距離を図りながら後ずさりをした。手が出せる状況ではなかった。

「オイ、コロスゾ?オイ、コロスゾ――オイ、……テメーァンダ?コロスゾ?」

カクはショットガンを構えようとしたが蹴り飛ばされた。黒装束の少年が武器を蹴り飛ばしたのだ。

「……アチ!?てエエエエエエエエエエェアアアアアアアアアアア!!」

激高したカクは血の滴るナイフと拳銃で『黒装束』と少女に向かって突進した。

少女――ユキの方腕が変形しアームキャノンの形を作り出してゆく。

黒装束――シンはただ前に進んだ。敵を迎え撃つために。

お読みいただきありがとうございます。次回はカクの戦闘とリョウとの激突の二つを予定しております。

カクの戦闘の展開次第では、リョウとの会話は描けないかもしれませんがご了承ください。


次回もよろしくお願いします。

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