第四章 二十八話 カラスの男(その十四)
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください
シンはその男に見覚えがあった。暗黒空間の中心そこにリョウが居た。
暗黒空間を広げているのは彼の側近と思われる老ヤクザだが、その中心にいるのはリョウであった。
「……お前か。リョウ。死にたくなければ帰れ」
「心配はいらない。お前は死ぬ。その奥にいる『弱者』と共に」
「……そこに『弱者』はいない。いるのは『被害者』だ。お前らが傷つけた男だ」
「……言っただろう?大衆は生け贄に飢えていると……都合の良い生け贄がいれば世界は幸福になれる。これは必要な……」
「言葉が通じないらしいな?『必要ない』それが俺の答えだ」
「おまえの?お前の言葉など必要としていない。君は現実と力に押しつぶされるだけなのだからな」
シンの周りを多くのヤクザが囲う。
シンは首元に片手を触れる。右手がすっと首元の布を押し上げる。
布にはカラスの絵が描かれていた。黒地に白いカラス。
それをシンの顔の下半分を覆い尽くす。
「……てめえ!?親父が言っていた!?」
「……知るか。……電話でミクを脅したのはお前だな?」
シンは訪ねた。ヤマオウ組にタカオが乗り込んだ時にかかった電話。その出所について威圧的に聞いた。
「……どうだかな?それより組の敵は始末しなければな?」
「……やってみろ。できるものならな?」
シンは袖から地面に何かを落とした。それは筒状の形をしていた。シンの人差し指にはピンが巻き付いていた。
閃光。
まばゆい白がすべてを覆い隠す通路の暗黒という暗黒が照らされる。
「……これでは!……能力が!」
老ヤクザが焦った声色で喚く。
「やかましい!とにかく撃て!撃て!」
やくざたちはでたらめに射撃を敢行する。
ミシンのような音と花火のような音が乱雑に廊下に響いた。
機関銃と拳銃。ヤクザの武装であった。
ダダダダダダダダダダダダダダダダダッ!
パチン。パチン。
ダン!ダン!
火薬式の銃のチープな破裂音と粒子式機関銃の駆動音がコンクリートを無慈悲に穿った。病院内であっても、『奴ら』はおかまいなしであった。破片が飛び床も壁も抉られてゆく。
人の手に余る火力を前に後方の武装したギャングたちはどん引きであった。
「……死んだっしょこれ?」
「死体残らなくね?」
「……えぐ。血しか残らないだろ?」
視界がだんだん落ち着いた彼らの前に死体はなかった。血もなかった。
「……いねえ!いねえぞ!」
「おい探せぇ!」」
「とっとと探すんだよバカども!」
ヤクザたちはまず目の前の金属の扉を開けようとしたが思いとどまる。
シンの手によってか。厳重な錠前が付けられていた。
「……ヤツがやったな。となると……」
「おい!こっちの廊下に扉が!」
ヤクザの一人が開きっぱなしの扉を指差したそこに大多数のヤクザとギャングが向かってゆく。
何人かのカラーギャングがそれを見送った後、小声でぼそぼそと愚痴を話し始めた。
「あーだりぃ。カモ一人殺すのにどうしてこんな事になっているんだ」
「カモじゃなくてオモチャな。切れて反抗したらしい」
「反抗……ってリョウさんとかか?やべえなアイツ。大人しいからやられるだけかと思ってたんだが?」
「少年兵だったらしいぞ。学校で取材とか来てた」
「……まじかよ。モノホンの人殺しじゃん」
「俺らが言うかよ。ヤクザの抗争に参加している俺らが」
「いいじゃん。いつも通り金もらって暴れれば。それだけで金と『オモチャ』が増えんだろ?気楽な商売だぜ。思わねえ?」
「俺ら気楽に遊べればそれでいいしな。遊びの延長で人殺せんなら、大儲けっしょ」
「そういやぁ。俺たちがこの間病院送りにした『おしゃべり』どこで寝てんの?」
「おしゃべり?」
「カズマ・L・リンクスってヤツだよ。メタアクター能力だけどさ。中身お人好し過ぎんしょ?ちょろかったぜ。うざかったから蹴っ飛ばしたら悲鳴あげて面白かったぜぇ?……げひゃひゃははは」
「あれは笑えた」
「マジ受けた。小便かけたら泣き出してさ」
「マジ受けるぅぅう!最高」
「思い出したら笑える!マジ受ける」
「……俺はちっとも面白くないな?」
「……え?」
ギャングの一人が剛力のような力で暗黒に引きずり込まれた。悲鳴をあげる事もまともにままならず物陰に引きずり込まれた。
残った人数は三人であった。
「マジ?」
「おい、……いるぞ」
「はあ!?冗談じゃねえぞ!?」
「探せ!あっちにいんだろ!!」
三人は引きずり込まれた部屋に向かって駆け出してゆく。
扉を蹴っ飛ばして、中に入るとそこには血と暗闇だけがあった。
「遅かった」
男の一人が痙攣をしながら泡を吹いている。出血はしていないが、顔面を執拗に殴打されていた。
「これ……逃げた方が……え?」
「おい。アイツどこ言った?……まさか?」
二人の赤服はちらちらと病室の外を伺うとすっかり気絶した仲間が一人倒れていただけであった。こちらも執拗に殴打されている。ただし全身をであった。
「……マジかよ!畜生ぉぉぉ出てこい!出てこい!」
ナイフと鈍器を振り回して男が威嚇する。
だがその姿も影のように消えた。
『影』のように。
そう。まさしくこのギャングの若者は『影』と戦っていた。
カズという少年の影。守護者たる男と対峙していた。
「ちきしょう!ちきしょう!」
カズに小便をかけたことを話題にした赤パーカー男。赤服の愚者はただ自分の失態にほぞを噛んでいた。自分が相手しているのは手頃な『オモチャ』ではなく、『狩人』であったことを今更理解した。
「アアアアアアアアアアアアアア!出てこい!出てこい!どこだぁぁぁぁぁぁぁ!ドコだァァァァ!」
手に持った鈍器を振り回しながら電気の切れた暗闇をふらふらと彷徨する。
そして、唐突に声がした。
「ここだ」
突如背後から声がした。
赤のパーカー男は寒気を感じた。
そして振り返った。
振り返った。
いた。
『カラスの男』が背後のすぐ近くに立っていた。
すぐに逃げようとした。できなかった。
シンの右手から何かが伸びる。
工具。ワイヤーガンであった。
右大腿にワイヤーと杭が刺さる。
パーカー男が悲鳴をあげた。
だがすぐに終わる。
シンが彼の頭に強烈な拳を浴びせ気絶させたのだ。
すぐにやくざたちが押し寄せるがシンとその男の姿は消えていた。気絶した赤ギャングの体だけが残された。もたもたしている混成部隊に悪い報告がされる。
「シンドウ坊ちゃん!警察です!あのタカオも!」
「畜生!もう限界か。さっさとずらかるぞ!」
そう言ってヤクザとギャングたちは、気絶した連中を抱きかかえて壁の方角。暗い壁の方角に走り出した。まずリョウ、次にその他の取り巻き、老ヤクザが後であった。
警察が来た時には既に誰もいなかった。
タカオが半狂乱の状態で辺りを見渡す。扉や壁の穴をきょろきょろと見回してシンの姿を探した。
シンはいた。
シンは当然無事だった。薄暗い闇と光の境目で一人たたずんでいた
「……おい、無事か!シン!」
「ああ、無事だ。……姉さんはどうして病院にいなかった?」
そういったあと、ミサが歩み寄る。
「シン!」
「姉さん無事だった?」
「……ちょっと病院から出かけたら……どうして、こんな」
「レッドスピリッツだ」
「奴らが……許さない!許さない!」
タカオがミサを制止する。狂乱状態のミサはただ溢れる感情に身を任せていた。
「だって!だって!どうしてこんな事になったの!?戦争をするためにシンと一緒になった訳じゃないでしょ!学校言ったり家族でご飯を食べたりするためにみんなここまで頑張ったでしょ!どうして!どうして……どうして……」
狂乱から落ち着きだしたミサはそのまま泣き出した。
ミサは求めていた平穏から自分たちが遠のいていることに耐えきれなくなってしまった。
シンはミサの頭を撫でる。
撫でながら優しい言葉をかけた。
そして、カールの元に向かった。
『預かりもの』のところへ。
「……俺の友達をオモチャにして楽しかったか?んん?」
シンはカールたちの隠れ家を借りて、小便男の爪を念入りに剥いでいた。
まず右手の人差し指。そして中指。
丁寧に丁寧に、指から爪を削ぎ落としていた。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
爪を剥ぐたびに小便男の口から騒がしい騒音が部屋を振るわせた。
薬指。
男の目から涙。口から泡が出ていた。
シンはペンチとマイナスドライバーを用いて男の爪を右から丁寧に剥がした。
これは尋問ではなく、シンなりの敵への『挨拶』であった。
「ひ……ひ……もうしない……カズマへ……謝るから」
「おおっと何を勘違いしているんだ?俺は別に怒っちゃいないぞ?んん?俺はただ再現しているだけだ。でも時間がない。カズマの苦痛は一日じゃあ再現できない。分かってくれたかな?」
「ひ……ひぃ……」
扉を叩く音がする。
カールだった。
「おい、牛糞なんて手に入んないぞ。あんなの農家でもない俺たちじゃあ無理だ」
「なら汚水は?」
「それなら手に入れてきた。こんなものどうするんだ?」
カールは軍人と闇の人脈のツテから、廃棄用の汚水を手に入れてきた。牛糞には劣るがそれでも男の精神への効果は十分あった。
「……やめてくれよぉぉやめてくれよぉぉ」
とうとう、ギャングの小便男は失禁男へと改名するチャンスを得る事になった。男の股間から湿り気が広がってゆく。
「カズがそう言ったらお前は応じたか?ん?」
シンは穏やかな笑みでギャングの泣き顔を見る。そして、男の口を歯科用の開口器や紐などで無理矢理広げた。
「やめへふれぇぇえええええええやめへふれぇえええええええ!!」
顔をぶんぶんと振りながら男は抵抗した。
だが、無駄だった。
男の口に臭い汚水が流し込まれた。
シンは淡々と作業を行い。また、『挨拶』を続けた。
今度は『左』であった。
避難した別の病院で、シンはカズのお見舞いにいった。
シンは部屋に入って早々焦る事になった。
「カズ!!」
シンは包帯まみれのカズを制止した。
カズは飛び降りようとしていた。病院の四階から。個室の窓から。
「……死なせてくれ……消えたいんだ」
「嫌だ……嫌だ!カズ!」
「殺してくれ……」
「嫌だ。死んでほしくない」
「……生きてたって、またいじめられるだけだ……僕はもう……もう消えたいんだ!毎晩毎晩、夢の中で好きなゲームのキャラが僕をなじるんだ。僕は必要なくなったって」
「幻覚だ。惑わされるな。俺は友達に死んでほしくないんだ!」
「もう、消えたいんだ……」
カズは泣いていた。
カズの目からいくつもの涙が溢れていた。それは出血のような涙であった。透明な雫が傷から溢れる血のようにじんわりと溢れ出す。
「また、ゲームがしたいんだ。俺さ。ゲームやるとお母さんとか死んだ友達とか思い出すんだ。ゲームの世界に行くといろんな楽しい事思い出すんだ。今は、主にカズの事を思い出してくるんだ。カズは俺にゲーム教えてくれたよな……そんなカズが死ぬ必要があるなんておれは思いたくない」
「……でも、……みんなひそひそ僕の悪口を言ったり蹴っ飛ばしたり、背中をコンパスで突いたり、殴ったり、蹴ったり、いくら助けてといっても誰も助けてくれないんだ……怖いんだ。怖いんだ……怖いよ……もう、学校に行きたくない。生きたくない。消えたい……ぐず……消えたい……ううう……」
カズの目からいくつもの涙が溢れた。声も徐々に溢れた。
それはカズの心の出血。そして悲鳴だった。
教師と周りの子供、シン以外のすべてが見捨ててきたものがここにあった。
「……カズ。お前を見捨ててきた全てがおかしいんだ。お前は今まで頑張ってきた。なのに親以外の『誰にも褒められも認められもしなかった』なんておかしいんだ。俺にまかせろ。親でもどうにもならなかったんだろ?なら……助っ人と俺の出番だ。なんとかしてやる。絶対に……全てをぶっ壊す」
「どうして……そこまで……?」
「友達を救うのは友達の義務だ。俺はようやくその義務を果たす。遅くなって……すまなかった」
「……ううん、……来てくれて…………とても嬉しかった」
「…………そうか」
カズはようやく落ち着きを取り戻してくれた。
それを見届けたシンは別れを告げてから踵を返した。
カールの元に向かって行く。最後の作戦のために。
そこにはユキもいた。
ユキも毅然とした表情をしてシンを待っていた。
本作品は『孤独なる人間』をテーマに様々な物語を展開していきます。
次回もよろしくお願いします。




