第四章 二十七話 カラスの男(その十三)
読者の皆様、遅くなりました。今回は戦闘描写やアクションが多めになります。それに比例して暴力表現が多くなります。それでもよろしければ、楽しんでいただけると幸いです。
カールは平然と話すだけだった。しかし、シンは男のわずかな仕草や身のこなしから、ただ者ではない何かをはっきりと感じ取っていた。
「……お前の事は兄から聞いているが、お前は俺について何か聞いたか?」
「……兄の親友の父。それだけを聞いている。あなたはレオハルトの父だと。それ……だけです……」
「……なるほど、……それだけ聞いていれば問題はない。……それにしても、ガキの割に隙がねえな?……元少年兵という噂は本当のようだな」
「……少年兵をやっていたのは本当ですが、それだけです。生き残るだけで精一杯でした」
「……それにしちゃあずいぶんと鍛えられているな。生き残るだけのヤツとは違う何かがある。お前の身のこなしと俺に対する距離の取り方は本物だ」
「…………」
「まあいい。……俺はタカオに頼まれて子守りをしているが、……ん?」
「…………」
シンは締まった顔をした。そして、そのまま周囲を見る。人の気配が乱されていた。逃げ惑う人の声。距離の離れた声。そこから下品な笑い声や肉や骨の砕ける音、さらに雄叫びのような若者の声が響く。
「お前、『敵』に気づいていたのか?」
「いや……ただ、空気が変だとは……」
「……それが分かれば十分だ。……おい、周辺の『探知』はどうした!?」
途中からカールは部下の一人に怒鳴っていた。部下は冷静に周囲の情報を伝える。その部下の男にソナーやレーダーでも付いているかのような正確さがあった。
「……は、どうやら『レッドスピリット』の連中と推測できます。数は三十六人。全員武器を所持。内十一人は火器を携行しています」
シンはただ驚いていた。カールの部下は突然、宣言をしたのだ。自分の体以外のどこかに目が付いているかのように、建物内を視認し淡々と報告した。
「……建物内なら便利だ。『イプシロン』は。……シンだったな?武器は使えるか?拳銃か?それともナイフか?」
部下の男をカールは労う。その後シンに武器を見せた。
一つは大振りの軍用ナイフ。もう一方は、装弾数17発の拳銃であった。拳銃が粒子弾式の対人用で、口径はそれなりだった。そのため殺傷力は十分だが、弾数は人数に対して不十分で、拳銃で大勢とやり合うのは自殺行為だった。だがそれでも威嚇にはなる。少なくともナイフよりかは。
「……拳銃で。俺はここから動かないから」
シンは丁字型の金属の方を指差した。拳銃がシンに手渡される。ずっしりとした金属の重みがシンの手に伝わる。シンにとっては懐かしい重みであった。
「……なぜだ?」
「……この奥で治療が行なわれている。友人の治療が」
「見捨てておけ」
カールは『冷血』の異名の通り残酷な決断を通達した。
「……『断る』と言ったら?」
シンは怒りも泣きもせず、ただ淡々と意見を述べた。
「どうもしないが命の保証はしない」
「構わない。見捨てるつもりはない」
「連中の狙いは『お前』だ。むざむざ死ぬつもりか?」
「……生涯で二人目の『親友』。命を懸けるに値する存在だ」
「……そいつはお前のなんだ?」
「カズマ・L・リンクス。元々は兄ユウトの友達だった。その縁で友達になった。趣味は語学。外国に興味があり、主要な言葉は一通りできる。おしゃべりで明るく友人に恵まれている。俺とは対照的な境遇だ。だが、誠実で生真面目で思い詰めやすい性格で人柄は良い。俺は……そう思っている」
「……人間なんて恩も忘れるし、裏切りもする。……それでも命を懸けるのか?」
「……カズはいじめの標的にされた。オレと違って、誰かを傷つける事を嫌う性格だ。それを利用されたに違いない。俺は……助けられたはずなんだ。こんな事になる前に……だから……俺は助けたいんだよ。それがミッシェルやカズマにできる恩返しなんだ。だから、奴らには行かせない。『殺してでも』止める」
シンが『殺してでも』といった瞬間に、シンの目から鋭く眼光が瞬く。それは猛禽の目。狩る側の目であった。狩られる者にない純粋な殺意の輝きがあった。
「……ミッシェルっていったな。そいつは?」
「……二人目がカズだ。……一人目の名前だよ。もう……死んじまったけど」
「……どこかで聞いた名だ」
「……そうか。珍しくない名前だしな。……ミッシェルはフランク人だった……なぜかオズ連合で戦っていたけど」
「……あとで聞かせてもらうぞ。俺の勘があたっているなら、そいつと俺は知り合いだ」
「……それは初耳だ」
「まあいい。なら、俺たちは……」
「……カール」
「ここでは、ウルフと呼べと言ったろ?」
「すみません。敵がもうすぐここに来ます」
「わかった。『イプシロン』……お前も準備をしろ。お前の能力は戦闘向きじゃない。銃を持っておけ。……あと『リー』。お前も準備だ」
「……アア、ワカッタ」
片言のアズマ語を話す黒服が両手の手袋を外す。男の目には丸いサングラスがあった。肌は薄橙だ。中年で普通の人間とはどこか雰囲気が違う。殺気を帯びた雰囲気があった。
両手は男の東洋系の肌とは違っていた。
緑。爬虫類を思わせる色をしていた。それは、トカゲのような爪を持ちながら人の手の面影があった。
「……メタアクターか?」
「……チガウ。コレハ前ノ組織ノ改造の結果ダ」
「……組織?」
「お前さんと同じだ。こいつも前に売られたのさ。……ただし、自分の親に」
「……そうか」
「……親ハ気ニシナイ。今ハ戦エ」
「……わかった」
「さて、俺はもう一人と合流する」
「もう一人?」
「お前がユキと呼ぶ少女だ」
「……そうか。お前がマスターか」
「俺は違う。『マスター』と呼ばれる人物から預かっているだけだ」
「そうか」
シンはすっと暗闇を見据える。
悲鳴が聞こえ始めた。
「……じゃあな。せいぜい頑張れ。戻るまで死ぬなよ?」
カールたちはそう言ってシンの場所から離れた。
シンは武装した二人の兵士とその場に残る。
カールの目の前には赤い軍団と極道の混成軍が迫っていた。
「さて。……周りは……だめか。手投げ弾だな」
そう言っていきなりカールは手投げ弾のピンを抜いた。
投げた手投げ弾を『イプシロン』の銃がタイミング良く撃ち抜く。
炸裂した手投げ弾は、ヤクザ三人とカラーギャング二人のそばで爆ぜた。
爆音と爆煙。
煙と共にヤクザの頭部は吹き飛んでいた。三人のうち一人は胴体すらズタズタになって倒れていた。他の二人も、頭部を割れたカボチャのように破壊され息絶えていた。
「えぁあああああ!?ひぃ、ひぃ、ひぃいいい」
カラーギャングは腕を完全に吹き飛ばされ、血をまき散らしながらふらふらと歩き回る。その怯えきった若者をカールは躊躇なく撃ち抜いた。
パン、パン、パン。
乾いた銃声が無情に若者を撃ち抜いてゆく。
その死体を蹴り飛ばして、カールはヤクザの頭部にナイフを突き立てた。
ゲッと言う声を立てて、若いチンピラが口から舌と血を出して倒れてゆく。
「ぇぇああああああ!!」
はげ頭のヤクザがドスを抜いて突撃するが、頭部を粒子弾で焼かれただけだった。焼けた穴が頭部にいくつも作られる。
イプシロンがカールの突撃を援護する。
サブマシンガンだ。大勢の敵に銃撃をお見舞いする。それを合図にカールは持っていた軍刀を抜刀する。一気に五人もの敵が血祭りにあげられる。流れるような剣術が敵の攻勢を押しとどめた。
だが敵も数では有利だ。徐々に押され始める。
「……敵の数が増えています!」
「そりゃどういうことだ!?おい!リー!」
「ワカッタ!」
大勢の敵をリーがなぎ倒す。
爪と異形の腕が敵をバラバラに引き裂いた。
「うぁあああああああ!!」
金属バットを持ったギャングがリーに襲いかかった。
一振り。
金属の棒が歪に曲がっていた。リーによって曲げられていた。
リーの腕が金属の一撃を止めていた。
「死ネ」
リーはそう言って無慈悲な一撃を加える。ギャングの顔の皮がべりと剥がされ血が吹き出る。
生き残りが何人かいたが、怯えて逃げていった。ほとんどがギャングだった。
「……相変わらずね。あなたは」
ミサ・アラカワが看護師や歩ける患者を連れて、カールたちに出会った。ミサは所々包帯を巻いているが、動きに不自然な様子はない。怪我は残っているが、回復はしているようであった。
「……ミサか。大きくなったな」
「……あんたのせいで後ろの人たちが怯えているわ」
「……俺たちは軍人だ。つまり、テロリストは殺す。それが仕事だ」
「ソウダ。ワルイ事シテイナイ」
「……すみませんね。僕もそうですが……一応元警官で」
ミサとカールの会話に二人も加わった。イプシロンは申し訳なさそうに頭を下げる。後頭部に手を乗せながら。対照的にリーは堂々としていた。二人の性格的な違いが確かに現れていた。
「ユキはいるな」
「……彼女はいるわ。でも何の関係が?」
「……マスターの仕事仲間ね。グッドタイミングだわ」
ユキは会話を遮るようにして前に出る。黒髪の美少女が銃を持った男たちに会話する様子はどこか異様であった。
「……シンはどこ?守る約束よ」
ユキは厳しい態度に出るが、カールはどこ吹く風であった。
「シンは集中治療室付近にいる。敵から『友人』とやらを守るためといって聞かないぞ」
「……想定内よ。私はさっさとそこにいくわ。死なれては困るもの」
「いや、さっさと出る。自分から死地に行くなんて馬鹿げてる。早く出て行きたいぜ。」
「ふざけないで、契約不履行よ」
「……小僧は死んでいるかもな」
カールはおどけた顔でとんでもないブラックジョークを言い放った。
「カール。わたしからも言うわ。ふざけるな」
「きついね。お嬢さん方は」
「すみません。ちょっと」
「話なら後にしろ」
「敵が上の階に向かっています。このままだとシンは」
「……ち、タイミングが悪い!」
カールは顔を露骨にしかめた。心底面倒な事になったという顔をした。顔の歪み方がものぐさな態度がにじみ出ていた。結局、カールたちはミサやユキとともにシンのほうへと向かうことになった。
シンは治療室の前で兵士たちと待機をしていた。時たま会話こそあったが、たいていは黙っていた。
「……来たか。武器を持ってろ」
「わかった」
「うまい店紹介しろよ。せっかくアズマに来たんだ」
「後にしろ」
「かわいくない子供……」
「そういうなよ、二等兵」
「先輩、だってよぉ」
「おしゃべりはここまでだ。……来るぞ」
シンが耳を済ませると30人ほどの暴徒が押し寄せてきた。それは空間をねじ曲げて目の前に現れる。シンは暗黒空間から出てくる男の一人に見覚えのある敵の姿に狙いをつけていた。
本作品は『孤独なる人間』をテーマに様々な物語を展開していきます。
次回もよろしくお願いします。




