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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第四章 シャドウ・オリジン編
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第四章 二十五話 カラスの男(その十一)

この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください

シモダ・ミクの父とタナベ・エミの両親の葬儀が同時に行なわれた。

事件に巻き込まれるリスクもあって家族と故人に本当に親しかった事が確認できた人物・そして警察関係者だけが葬儀に参加できた。

そのために、葬儀は三人分の棺に対して寂しいものとなった。

エミとミク。

二人の泣き声だけが寂しく葬儀場に響いた。

「…………ぐす……ひ、ひぐ、………………父さん……どうして……」

「……ああ……ああああ……お母さん……お父さん……ああ……うぁああああああ……ああぁぁ……」

葬儀にはアラカワ兄弟も参加する。この葬儀で涙を流さないものはいない。ユウトは目を赤くし、素直に涙を流している。ミサはいない。が、いたとすればハンカチで目を拭うだろうとシンは想像した。その横で、タカオは比較的冷静に振る舞った。だが、冷静に振る舞おうとしつつ目が悲しんでいるのをシンは、はっきりと感じていた。

シンは泣けなかった。泣くよりも怒りが勝ってしまった。

涙より、こみ上げるのは憎悪だった。

シンはそれを必死に隠す。他ならぬ二人の為に。

葬儀はしめやかだった。葬儀費用の大半はアラカワ兄弟やアラカワ一族の親族、そして出席できなかった『故人の友人』や知り合いが費用を出してくれた。

せめて葬儀だけでも。たくさんの人の善意と人間性が、犠牲者たちに精一杯の『救い』と『優しさ』を残してくれた。シンや泣いている二人にとってはそれだけが『救い』であった。

「……」

葬儀の警備にあたっている警官のなかにも泣いている人間も何人か居た。僧侶もあまりに悲惨な状況にただ滂沱(ぼうだ)の涙を流すしかなかった。シンは警官と僧侶に感謝しつつも、残された者の哀しみを見るだけだった。

無力。

ただ、シンはそれを感じていた。

それと同時にシンは『何ができるか』、『何を成すべきか』を真剣に考えていた。シンは失った者を取り戻す力はなかったが、生きている人間を守る事ができると考えた。シンにとってそれこそがカラスだった。『絶望』という暗黒を纏いつつも、折れずにいた軸であった。シンは時を待った。

葬儀を終え、守る事を考えるだけであった。




葬儀の途中、シンは席をこっそりと立つ、お手洗いに向かった。葬儀の長い長い経典の祈りは何時間にも及ぶ。シンは忙しかった為にトイレへと向かうタイミングを得られなかったのだ。

シンがエレベーターを経由しトイレに向かう。用を足した後、シンの目の前に、不審な男がいた。彼はシンより一つ年上だった。中学生くらいだ。制服もロウゴク中のものでその整った顔には見覚えがあった。

リョウ・シンドウ。

なぜかシンの頭にその言葉が浮かんだ。確証がないが目の前の服装が整った生徒がそうであるかのような直感を覚えた。

「…………」

「やあ、葬儀には入れてくれないか?」

「あいにく、満員でね。後にしてほしい」

「そう言うわけにはいかない」

「なぜ?」

「エミに話がある」

「駄目だな」

「なら、……どうしようか?」

「どうしようか?どうしようもない。君は……『帰るだけ』だ」

「……違う。『会わなかった事にする』って決めたよ」

「……ふざけるな。帰れ」

シンは、喪服のまま、戦闘態勢に入る。それを察した。リョウは『能力』を発動する。

「……警官も倒したんだな?その『能力』で」

「……僕は戦闘が苦手でさ……手間取っちゃったよ」

事実、葬儀会場の扉の前には倒れた警官の体が二つあった。見えないように建物の柱の影に寝かせられていた。

「……どうしてだ。どうしてお前は……ミクに手を出した……いじめなんて……ふざけた真似を」

「……理由?……ない。そんなものは」

「……!!」

シンの目の前の人物は、簡単な文字の読み方を聞かれたかのようにあっけらかんと答えた。正直で沈着な態度がかえってシンの怒りを煽った。

「……お前らは理由もなく人を傷つけるのか?」

「……家畜を食べるのに許可がいるかい?弱肉強食の原理に従っただけだ。大人の世界でも利益さえあれば、人を追いつめる。歴史的にも人類はそうやって発展してきた。……そうだろう?」

「……俺は『俺の友』の話をしているんだ。他人や歴史の話をしているんじゃない。……そもそも、理由もなく人を傷つけて、のうのうと生きていけないだろうが……しっぺ返しを食らっても良いのか?お前は?」

シンは『穏やかな人物』として今まで通してきた。事実、暴力はいままで極力避けていたし、なにより、クラスの評判がその評価を下してきた。

そのイメージを保ちつつ、リョウの前で愛想笑いを浮かべ続けるのはシンにとってなかなかの心理的な負担となった。

「……『しっぺ返し』か。アタリアのマフィアの流儀で言えば『ヴェンデッタ』と称される事象だな。確かに、やればやられる。裏社会の真理だ。だからこそ徹底して叩かなければならない。報復を恐れる必要がないくらいに……。『戦い』とはそういうものだろう?」

「……お前のやり方は『戦い』ではない。『迫害』だ。『迫害』で『いじめ』だ。卑怯の極みだ」

「卑怯?大勢で『敵』を叩くのは戦争の王道だ」

「敵だと?ミクは誰の敵じゃない。だれにも危害を加えてはいない」

「違う。お前は勘違いをしている。人は『生け贄』に飢えた生き物だ。都合の良い生け贄がいることで幸福になれる生き物だ。僕はむしろ『ミク・シモダ』には感謝している。ミクは学校の『仮想敵』だ。そして、俺たちロウゴク中の学生の心の平穏は『ミク』を犠牲にして保っている。ミクが犠牲になったおかげで平和だと……」

「ありがた迷惑な話だな?」

シンは鼻で笑った。あまりに一方通行な主張に対して、『呆れ』の感情しか浮かばなかった。それを見たリョウは露骨に苛立った表情を浮かべた。

「なら、お前が犠牲になるか?俺たち若い世代は大人に縛られ自由がない。その不満のはけ口が必要なのだよ。大人もそうしているなら子供の立場の我々もそうすべきではないか?」

「そのふざけたシステムを犠牲にしろ。そんな『玩具』はもはや必要ない」

「それは、『レッドスピリット』と『ヤマオウ組』に対する宣戦布告ととっても良いか?」

「ミクはお前に殺されかけた。お前らのところのケンタロウに。……お前らが考えたシステムは結局不幸な人間を一人ずつ量産するだけだ。……だから、ぶっ壊す。文句があるなら聞いてやる。許すかどうかは別だがな」

シンは睨みつけたままリョウの一切の動きを見た。少しでも動きがあれば反応できるはずだった。『はず』だった。

殴打。

強烈な殴打が。ゼロコンマで繰り出される。シンの体が殴打の衝撃によって、3メートルは吹き飛ばされる。それはまさしく暴風の一撃。

虚無から繰り出された衝撃によってシンは会場入り口の何もなく広々とした空間で放物線を描いた。

「が……」

シンは宙を舞う空間の中で一回転しながら敵の動きを見た。

リョウは既に殴っていた。

殴った後、先ほどと同じ直立の姿勢に、逆回しのように戻っていた。

衝撃という『結果』が先に出され、動作という『過程』が逆再生する。

シンは口から少量の『血と唾の混合物』を宙に吐きながら、相手を観察する。

そして、すぐ転がりながら体勢を立て直す。

「……警官よりかはやるな……さすがは元少年兵だ……」

「……て、テメエ……なんだ……今のは……」

「……教えてやろう。俺はこの現代社会でもっとも有利な能力を持っている。先に『結果』が来る能力だ。合理の権化だよ。そして、知らなくても知っても勝てない」

「……過程……と、結果が……逆だと……」

「そうだ。俺はどういう訳かそれで抗争を生き延びた……それが、私だ」

「抗争……?」

「俺の身元はもう分かっているのだろう?アラカワ・シン。昨日僕と話をした事すら忘れたか?それにケンタロウの変態趣味者から聞いているのだろう?俺の身元自体」

「……さすがにヤクザの幹部の息子だけあるな?……夜中に電話を寄越しやがって」

「ミクや『裏切り者』に伝えたか?」

「……裏切り者?始めからあんたらの『敵』だよ」

蹴り。

衝撃だけが先にシンを襲う。

そして過程が逆戻りする。元いた時点にリョウがいる。返り血すら浴びなかった。

シンは腹部に響いた衝撃によってまた血を吐いた。

「黙れ。伝えたのかって言っているんだ」

「伝える訳が無い」

「ほお……ミクが『壊れた』ら次は君にしよう」

シンの目が変わる。猛禽類に似た目に。

「……言葉に気をつけな。ミクはモノじゃねえぞ?」

「……残念だが――」

そう言った瞬間、銃声が響く。命中はしない。『能力』でリョウが回避したからだ。回避するという結果が先にきて、初期位置まで逆再生する。

「……チャカだと?」

「……パラライザーだ。ユキからあらかじめ譲り受けてよかった。対等とまではいかなくてもプレッシャーを与える事はできたからな」

蹴り。

銃が弾かれ、リョウが初期位置に戻る。その後、シンは再び銃の元に近づく。拾い上げ、再び構える。

「…………く……」

「お前の『能力』。発動したら、『逆再生』が終わるまで、何もできないみたいだな?」

リョウの表情が忌々しく歪んだ。

「……殺すぞ」

そう言ってリョウはナイフを取り出そうとした。懐に手が入る。

「動くな」

リョウの背後にタカオが現れる。

雷状のグリーフフォースを纏いながら、タカオはリョウの肩に手を置いた。そして警官たちが訓練された動きでリョウを取り押さえる。

「……殴り合いになっただけだ」

「……話は警察署に行ってからだ」

タカオは冷静な表情を維持したまま、相手を相対する。心中穏やかでない事もあり表情が強張っているが。冷静な態度を崩す事はなかった。

シンは警備にあたっていた警官たちが、突入してきたのを見計らって、銃をその場に下ろし、両手をあげる。

「……お前はどこまでもクソだ」

「……負け犬の遠吠えだ」

シンとリョウは一度睨み合った末に、その場を後にする、二人の男子がその場を後にする。緊迫した空気が解かれたものの、シンはリラックスできる状況ではなかった。

シンの表情は鬼の形相となっていた。シンの心に深く沈んだ『何か』が表情に現れていた。

本作品は『孤独なる人間』をテーマに様々な物語を展開していきます。


次回もよろしくお願いします。

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