第四章 二十四話 カラスの男(その十)
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください
燃える車の横で少女たちは睨み合う。
一方は返り血に染まっていた。
血に染まりながら笑っていた。
制服の胸元にジュンコという名札が付いた少女は嘲笑っていた。強者以外は肉。強者以外は道具。強者以外はクズ。『制服の少女』の脳裏にあったのは弱肉強食の論理だけだった。
ミサは見つめる。値踏みするかのように。彼女の目は青く輝く。それは海や空を想起させる色だ。蒼穹、あるいは紺碧。アズマ人の生来の色とは違う虹彩で目の前の殺人鬼を映す。隣の警官は光の拳銃を『敵』に向けたまま動かない。言葉を発する事はないが、その表情は確かに怒りに震えていた。
「……なんとも思わなかったの?人を遊び半分で殺してさ……」
「……はぁ?別にぃ。誰でもやってる事じゃん」
「正気で言ってるの?あなたのしている事は『いじめ』の範疇を超えてるの。これは『犯罪』なの!何とも思わないの!?」
「別にぃ、バレなきゃ犯罪者じゃないしー、それに大人だって『パワハラ』だってやってるじゃん!ミクの家なんてそうでしょー?ま、これが社会の現実ってやつぅ?きゃははは」
「……言ったでしょ。あなたのしていることは『犯罪』だって、私が今見た事を証言すればあなたは終わり。いい加減悔い改めて」
「あなたバカでしょぉ?……『バレなきゃ』犯罪じゃないのぉ!キャハハッ!」
彼女はそう言うなり、ミサの前に駆け出してくる。近づく事は危険な事と感じたミサはとっさに身を翻して、ジュンコの攻撃を回避する。
回避。最善の判断であった。
ジュンコの手が標識に触れると、標識が爆発した。
「!?」
ミサは目を見開いて千切れた標識を見つめる。『止まれ』と描かれた標識がだらりと地に頭を伏していた。
「……レアなんだってよ?あたしの能力。ネットに書いてあったわ。触れたらボーンって破裂するんだってね。…………あーあ、お姉さん死んだね?」
「どうでも良いわ。降伏なさい」
「強がり言っちゃってぇぇ!!」
冷静なミサとは対照的に、ジュンコはケラケラ笑いながら殺意をミサに向け続けていた。
「……警告はしたわ。……撃って!」
青い光の像たちが銃撃を開始する。
「ち、うぜええええ!」
広々とした駐車場にて少女たちは死闘を繰り広げた。
ジュンコは車に身を隠して反撃の機会を伺う。
「ち、遠距離攻撃できるなんて……うぜえ、殺してやるから」
無邪気かつ残虐な笑みを浮かべジュンコはその辺の石を拾って投げた。
「3、2、1」
ニヤニヤと笑顔を浮かべながら、ジュンコはカウントダウンを小声で読み上げた。そして満面の笑みを浮かべてジュンコは呟く。
「ゼロぉ!」
車一台を軽々吹っ飛ばす爆風が青い光の像を包み込む。ミサは2の時点で投げつけられた石の存在に感づき回避できた。だが、青い像は爆風の直撃を受け、その姿を霞ませる。かろうじて人の形を保てたが、すぐにでも消えそうな様子であった。ノイズが所々にかかっていた。
「ひゃはは、惜しい。次は本体……」
「……『次』はない」
ミサはいつの間にか、ジュンコに組み付いている。首を強く締め付けていて、ジュンコの呼吸が阻害される。
「ガッ!?……な、あれを……囮にぎぎぎ!?」
「その程度の知恵もないのね?だからさっきも言ったでしょ?私とあなたは違うの。それは能力だけの事じゃないの」
「ぐ…………ぐぁ……が……」
「本来なら首をすぐにへし折るところだけど、一つ聞かせてちょうだい。目的は?あなたたちはどうしてこんな犯罪まがいの事をするの?」
「楽しいからぁ……ぐぇ……が……」
「言葉には気をつけなさいな。警察が来る前に死にたいなら別だけど」
「……べつに……ミクってやつの存在がキモいからキモい。だから痛めつけるの……ぐぇ」
「調子乗ってる?」
ミサの表情が冷たい影を帯びる。言葉の声色もつららのような恐ろしい音響を響かせていた。
「あ、……が……が……」
ジュンコはばたばたと手を振るわせる。息苦しさから逃れようにも完全に決まった絞め技の前に彼女はなす術がなかった。とっさに彼女はポケットに手を突っ込む。
「……動機はもういいわ。あなたの首謀者は誰?いいなさい!」
「……リョウよ。リョウ・シンドウ。いつも……あいつが……決める……」
「リョウ……」
「私たちのグループのリーダーね……あいつは……全てを決めるの。裏番なの。教師もあの子のことは犯人じゃないって決めつけるわ」
「……影のリーダーね」
「あいつは……私に力を教えてくれた……勝者が……正義……って!」
ジュンコはそう言うなり、ユキの腕にペンを突き刺した。
「げほ、げほ…………ひひ……き、起爆……してやる」
ミサは即座に左腕に刺さったペンを抜いて、ジュンコに向かって投げつける。両者のちょうど中間地点でペンは爆発し、二人の体は爆風によって勢い良く飛ばされる。
「ぐわ!?」
「ぎぇ!?」
爆音が響いた後、二人はよろよろと立ち上がった。両者ともに傷まみれで立つのがやっとの状態だった。
「……あたしが馬鹿だったわ。話せば分かる相手かどうか……情報を得られたことは収穫だけど」
「……こっちの台詞よ。……でも残念ね。情報は届かない……ミクもアラカワシンってヤツもいじめられ続ける。これからもね……」
「させないといったら?」
「殺す」
「遠慮は無用ね」
沈黙が駐車場を支配する。
ジュンコは車の破片を手に持つ。破片は着弾と同時に爆破するようにジュンコはメタアクター能力の『タイマー』を発動させる。
ミサはおもむろに目の前の人物に警告する。
「最終警告よ。あたしの能力は『痛み』から『歪み』を引き起こす。私の場合は壊れたものとか、過去の傷つけられた経験から道具を再現する事ができるの。『グリーフフォース』とか『再現』って言葉を合図にね。もしあたしの攻撃が『着弾』すれば……あなたは死ぬ。『痛み』から『歪みを発現する』ことで攻撃を加えるの。嫌でしょ?だから降伏なさいな」
「るっせえなとっとと『消え』な!」
そう言ってジュンコは確実に『破片の爆弾』を当てるために距離を詰める。
それが命取りであった。
「グリーフフォース……」
ミサはそう呟くとグリーフフォースは彼女の『自分の痛みの記憶』から先ほど中間地点で爆発するペンを再現する。ミサの右手から青い光がペン型の物体を『再現』する。青い光のペンはミサの方から放物線を描いてジュンコの方へ飛んでいった。
「な、アアアアァァァァッ!?」
青いペンがジュンコに額に『着弾』すると、青いペンは爆裂して、ジュンコの頭部を破壊した。それと同時に破片爆弾にも誘爆し、ジュンコの体は見るも無惨な挽肉となった。血しぶきが辺りに飛び散る。
かくして、ジュンコの悲鳴は爆風の中にかき『消さ』れた。皮肉な結末であった。
「……ぐ」
ミサは先の爆風のために受けた傷のためにぐったりとする。
「……ミサちゃん!大丈夫!?」
「……なつさん。他の人と逃げたんじゃ……?」
店員の女性が店長と思われる女性が店長と思われる男性と共に駆け寄ってくる。男性は手に持った救急箱から治療を始めた。
「旦那と逃げてたら……ミサちゃんがいなくて……それで心配で心配で……」
「ああ、おい。ナツミ!救急車!救急車だ!」
「うう!どうしょう!自爆テロにミサちゃんがぁ……」
ナツミはおいおいと声を挙げて泣いていた。ミサは落ち着いた口調でナツミを気遣った。
「私は平気……それより私のそばにいたお巡りさんが……」
ミサは爆発現場のほうを指差す。ジュンコだったものから離れたところに悲惨な警官二人の死体が横たわっていた。ミサの両手が血で染まっていた。誰の血かはミサにはもはや区別がつかなかった。
「ナツミ!早く救急車!……それと警察!」
「わかった……」
ナツミはモバイル端末を用いて警察と消防に電話する。ぐったりとスーパーの壁にもたれかかりながら、ミサは救急車を待った。
中央病院に搬送されたミサは十分な治療を受けた後、ミサは病室のベッドで寝ていた。タカオや何人かの警官が大急ぎで駆け込んでくる。
「ミサ。怪我は?」
「かろうじて軽傷。もうすこし爆弾に近かったら危なかった」
「……そうか」
タカオはかろうじて冷静さを保っているが目が怒っていた。それはミサを傷つけた犯人の怒りである事がミサには読み取れた。ミサは頭部と上半身が包帯ぐるぐる巻きだが、皮膚の火傷と破片の切り傷だけで済んだ。医師によれば治療は二週間以内で済むとの事だった。
「もう限界だ。明日政府に掛け合って、このことを直訴する。命がいくつあっても足りない。教員と学校の連中を罰してもらうようにな」
「……そうね。このままじゃ。シンどころかあたしが殺されるわ」
「なんとかしなくては……」
「そうね……」
ミサの病室には別の患者がテレビを見ていた。患者は一言も話さない。ただテレビをぼんやりとみているだけだ。
「……さて、速報です。帝都ヘイキョウ都内の量販店イナバヤにて爆弾による爆発があったとのことです。警察の発表によれば、警官二名と実行犯の女子中学生一名が死亡。女性一人が火傷等の軽傷を負ったとのことで……」
テレビの音声が二人の耳に届く。
「ごめんね。これじゃあ明日の葬儀は無理ね。傷自体は浅いけど検査もするから入院だって」
「いいさ。休んでいろ。それより、体の傷は残るのか?」
「なんとか大丈夫っぽい。一応整形外科の先生が付いてくれるって」
「そうか。良かった」
「ごめんねぇ。私もうちょっと気をつければ良かったね」
「気にするな。警察の知り合いも何人かつけるから安心して休め」
「ありがとうね兄さん」
ミサはにっこりといつもの笑顔をタカオに見せた。
「……ミサ。ご飯の材料は俺がしばらく買いにいく事にする」
「その心配はないわ。イナバヤのナツミさんがアンドロイドの一人に届けさせてくれるだってね」
「そうか。……今日のもか?」
「うん。今日のはナツミさんが気遣って材料を持ってきてくれるって」
「……持つべきものは優しい隣人かもしれないな」
「そうね」
ミサは窓の外をみる。街の風景が穏やかな日の光に映し出されていた。ミサは少しだけ微笑みながら、窓の外を見た。光の束が窓から優しくベッドを映す。親子連れのカラスを見てミサは懐かしい気持ちになったが、それと同時にミサの目から涙が溢れた。
本作品は『孤独なる人間』をテーマに様々な物語を展開していきます。
次回もよろしくお願いします。




