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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第四章 シャドウ・オリジン編
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第四章 二十三話 カラスの男(その九)

この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください

朝のニュースがホテルの個室に流れている。シンとタカオ、ユキ、ミサ、ユウトの五人はそれを見ていた。ニュースキャスターが淡々とヴィクトリアシティのニュースを読み上げる。

「おはようございます。『モーニング・セブンクロック』の時間がやって参りました。さて、最初のニュースです。朝のアラタヤド駅の西口にて、赤い服装の集団が通行人を襲撃した事件の続報です。この事件の被害の全貌が明らかになりました。この事件でカラーギャング『レッドスピリット』と称される十代から二十代の若者集団が通行人を無差別に襲撃した事件で、警察によれば、重軽傷者は50人にのぼり。死者は15人になると発表されました。また、この事件で逮捕されたギャングのメンバーによれば、『仲間にちょっかいを出した男を狙った。それ以外は攻撃する意図はない』と容疑を否認しています。……次に13歳の女子中学生が誘拐された事件で、警視庁が誘拐に関わった暴力団組員の男数名を逮捕しました。広域指定暴力団『ヤマオウ組』の構成員シミズ・エイタ。シモグチ・トモヤの二人を誘拐と暴行の容疑で逮捕しました。警察によると、両者は誘拐はやったが『暴力は振るっていない』として一部容疑を否認しています。警察は組織的な犯行と見て余罪を追求しています。また、逮捕の現場で、『カラスのマークが描かれたマスク』を着用した男がヤマオウ組を襲撃されたことも含め警察は調査を続けています」

「…………」

シンは黙ってテレビを見つめている。

その横でタカオがタブレット端末で別のニュースに目を通していた。

「……先日、アズマ・アスガルド共和国間で行なわれた首脳会談にて、サトウ首相は、『抜き取る者』関連の人身改造犯罪対策における両国合意を始めとしたいくつかの安全保障の連携を強めました。総理はアスガルド共和国とアズマ国が過去の戦争を乗り越えて連携し、星間海賊を始めとした組織犯罪に対して強く連携する声明を記者団に発表し、両国間の同盟を強める決意を……」

「…………カールの機嫌が良くなればいいな」

タカオはおもむろに外国人の名前を口にした。

「……兄貴。外国人は嫌いではなかったか?」

「……例外もいる」

「良かった」

「なんで、そう露骨に胸をなで下ろすんだ?」

「……俺のせいで兄貴が差別主義に目覚めちまったかと不安だった」

「……個々の人間はきちんと見るさ。どんな集団にもまともなヤツはいる。極端な話、警察にも悪いヤツもいるし、いいヤツが何かの成り行きで『悪い集団』とつるんでいる事だってあるさ」

「……やっぱり兄貴は兄貴だな」

「……ミサとユウトのおかげかもな。極端な事を言えばあいつらもいい顔はしないから」

「俺は兄貴に『極端な事』は言ってほしくない。いつものクレバーでポジティブな兄貴が見たいんだ」

「そうか……わかった。兄として努力する」

「くれぐれも頼むよ。兄貴」

「ああ」

「ところでカールって誰だ?」

「親友の父」

「親友?よかった、兄貴にも外国の友人がいたんだ」

「レオハルトってヤツがいてな。あいつは聖人みたいな男だ」

「へぇ、会ってみたいな」

「いずれ会わせてやる。あいつは教師が夢なんだって」

「嘘!?教師なんて『一部』を除いてろくでもないぞ?」

「……あいつはその『一部』になりたがっていた」

「変わっているな」

「そうね。私もそう思う」

ユキも会話に加わった。表情がわずかに暗い。

「所詮、教師といっても『他人の関係』よ」

「……、ユキさんさっきも言ったが人間は一枚岩じゃない。どんな集団にもいいヤツはいるものさ。俺は彼からその事を教わったんだ。不思議だろう?同い年なのにな。……あいつとまた、……山登りてえなぁ」

「ん?兄貴は山が好きなんだ」

「言ってなかった?大学へ行ったらさ、調査室の仕事をしながら生物学を学ぶんだよ俺。それが今の目標だ」

「そう言えばどこ行くの?大学」

「帝都ヘイキョウ大学の生物学科。仕事で必要な事がそこで……」

「ぶ!?」

シンはタカオの発言に驚愕する。ヘイキョウ大学はアズマ一のエリート大学であった。またしてもシンはタカオの頭脳明晰さを目の前に叩き付けられる事になる。

「マジで?」

「オレ、そんな頭よくないからそこ行く」

「頭良くない!?」

シンは二重の意味で驚いた。発言のスケールが違いすぎてシンにはタカオが何を思ってそんな発言を発したのか理解に苦しんだ。

「どうしてよ?俺からすれば……」

「レオハルトと比べれば俺なんて全然だ。俺が行く大学の連中は頭の固い人間だ。無論俺自身も含めて」

「……どんだけだよ。その……レオハルトってやつ」

「ヴィクトリア大学で教師を目指して勉強中。小学校で飛び級したから、いま現役大学生。十八なのに……」

「うそぉぉぉぉおおおお!?」

シンは驚愕のあまりあごが外れそうになるくらい大口を開けた。その表情がタカオの笑いのツボを刺激したらしく、タカオは豪快に大笑いする。

「なぁははははは、お、お、お前の今の顔ぉ死ぬほど笑えた、ひ、ひーひひひひひひ……」

「人の顔で笑うな!」

シンは兄貴にむすっとした顔で睨んだが、ユキ、ユウト、ミサの三人もクスクスと静かに笑っている。遠くで座っているミクやエミも静かに微笑んでいた。

「……まあ、エミやミクに笑顔が戻ってよかったよ」

シンは不平そう顔をしながら、ふたりのことも気遣った。

「……ありがとうね。すこし楽になった」

エミは夜の時と比べるといくらか笑顔だった。ひどい目にあったのにも関わらず、その姿を人に見せようとしない努力が周りの人間に伺えた。

「夢か……事件が終わったら何をしたいの?ミクちゃん」

「うーん?ちょっと想像がつかない。今の事件のことで精一杯だったから…………」

「そうね。お互い、葬式もあげてやらないとね……」

「うん……」

二人の表情は暗かった。警察の監視のもと、エミの両親とミクの父の葬儀は翌日に行なわれる事になった。葬儀に呼ばれる人間は警察の監視のもと、許可された人間だけが立ち入れる体勢を敷いていた。安全性は保証されている。なのに、その話をするとタカオの表情は暗いものが見え隠れした。

「…………リョウか」

「……確か聞いた。その名前」

「……ケンタロウを脅かして聞いたんだろう。ごまかすのは大変だったんだぞ」

「すまないな。兄貴。だが許せなかったんだ。あそこまでしないと同じ事をすると思ってな」

「二度とするな。暴力には常にリスクが伴うんだ」

「……そうだな」

「約束しろ。俺はもうお前や他の家族を危険にさらしたくない」

「……善処する」

そう言って二人は自分の気にしたニュースの収集に戻った。テレビは次のニュースを読み上げる。学校に行く時間がなくなった分、平穏に勉学をしたり、本を読む時間が増えた。シンたちはそれを楽しむ。

「買い物に行ってくるわ」

「気をつけろよ」

「わかってるわ」

ミサは買い物に向かうためにSP二人と同行してやや遠くのスーパーへ向かった。


アラカワ・ミサの買い物は決まったルートで買い物をする。まずクーポンで安くなったものを買い漁る。毎日の料理のメニューはチラシの値段と相談して決めるのがミサ流であった。次に生活必需品、トイレットペーパーや洗剤、雑巾や靴下の予備など、少なくなったものをちゃっちゃとかごに入れる。そして、肉や野菜などのめぼしいものを再度見る。調味料も逐一確認する。

こうしてミサの買い物は終わる。何日かの買い物を一気にすませた。そのため時間が大幅にかかった。

「いらっしゃいませぇ」

中年女性店員が丁寧な挨拶をする。アンドロイドがほとんどの店内数少ないの人間だった。

「あ!なつさん!ひさしぶり!」

「あらぁミサちゃん!顔見てなかったけど元気していた?」

「うんうん!ちょっと昨日がばたばたと忙しかったからぁ」

「あら、何かあったの?」

「うん……ちょっと弟のことで学校と揉めてさ。ロウゴク中が治安悪いでしょう。だから学校を休ませているの」

「ああ……、ちょっと聞いてミサちゃん。それで正解よ」

「え?なつさんも……」

「うちの子はいじめられてはいないけど、人が飛び降り自殺するような学校には行きたくないって逃げてきたの。これじゃあまずいってうちの店長もね」

「……店長っていうと、なつさんの旦那様がですか?」

「そう!死んだら勉強どころじゃないから学校には行くなって、それに最近物騒でしょ。若いギャングの人たちが人を攻撃する時代だから……怖いよね」

「本当に……これじゃあ、中学校というより強制収容所よ」

「むしろスラム街ね」

「本当に、ねぇ……アンドロイドでも人でもいいから、頼りになる警備兵が欲しいわ……」

「……どうなるのかしら」

「ミサちゃんも気をつけてね」

「うん、ありがとう」

「またお越し下さいね。ミサちゃん」

「うん!」

ミサは意気揚々と出口に向かおうとした。

そして、暴力的な爆風がガラスの一部を粉砕した。鼓膜を引き裂きかねない激しい振動がスーパーの空気を振るわせる。

買い物客がパニックに陥り蜘蛛の子を散らすように外へ外へと逃げ出した。

ミサは見た。その爆風がどこから来たのかを。

乗っていた車であった。爆弾が着いていた訳でもないのに、車は無惨な鉄くずとなって燃えていた。

「……う」

ミサは口を抑えて目の前の惨状を目撃する。車の中で談笑していた警官二人が肉の塊となって息絶えていたことに。一人は完全に死んでいた。もう一人は下半身を吹き飛ばされて、ミサに最期の言葉を残した。

「あ、……が、……メタ……ア……ク…………タ……」

そう言ってもう一方の警官も完全に動かなくなる。

ミサは彼の目を丁寧に閉ざしてあげた。せめてもの弔いであった。

メタアクター。メタアクター能力。敵の襲撃であった。

すぐにミサは身構える。

「……グリーフフォース」

ミサはそう呟きながら警官の頭に触れる。すると警官の頭部から情報の奔流が流れる。ミサは犯人の顔と能力の一端、そして彼が感じた能力を読み解き、再度周囲の警戒をする。

「……ち、バレちまったよ」

ロウゴク中の制服を着た女子生徒が見下すような目でミサの方を見た。

「……その制服ロウゴク中?……あなた、メタアクター能力があるんでしょ」

「あ?何を根拠に言ってるんですかぁ?」

しらばっくれる様子で女子中学生がミサを愚弄する。

「しらばっくれても無駄よ。バレてるわ。あなたが警官殺しをしたのを……」

「へえ?だからどうするの?あたし13だから罪にならないのぉ。げひゃひゃひゃ」

女子学生は歪んだエミを浮かべながら、ミサをおちょくり続けた。

「そうね。あなたは……警官と相打ちになったっていうのは?」

「はぁ?」

ミサが何もない空間にグローブの着いた手をかざす。するとグローブから青い光が人の形を作り始める。

それは成人男性の形をしていた。それは徐々に目の前の少女が殺した警官の面影があった。

「て、てめえ!?まさか!」

「能力者よ。ただし、あなたとは違う!」

紺碧の警官のビジョンからミサはすっと手を離す。警官の光像は光でできた拳銃を少女に向けた。

シンの姉ミサに降り掛かる暴力の影。ミサはどう切り抜けるのか。犠牲者をこれ以上増やさないためにミサは奮闘します。次回に続きます。よろしくお願いします。

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