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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第四章 シャドウ・オリジン編
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第四章 二十二話 カラスの男(その八)

この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください

『本部』はアズマ情緒漂う屋敷でありながら、強烈な威圧感を周囲に振りまいていた。屋敷には警備のヤクザと思われる男が二人、威圧的な態度で目の前の集団を見据えていた。

「……内閣特務調査室のアラカワだ。そっちにいろいろと容疑があるのでな。踏み込ませてもらう」

タカオは沈着な態度を崩す事なく目の前のヤクザに一方的な通知を宣言する。

「んだぁテメエらぁ!!コロスぞオラァ!」

「人んところに何踏み込んでんだゴラァ!!ロスゾ?アァ!?」

警官の何人かが二人の男を押さえ込む。その隙にタカオ率いる60人余の警官たちが一斉に踏み込んだ。タカオを除く全ての人員が物々しいプロテクターや暴徒鎮圧用の盾を装備して踏み込んでゆく。どの隊員も頭部を覆い隠すヘルメットを装着し、警官隊というより軍隊の出で立ちに近かった。重火器は拳銃に限定されていたが、それでも統率のとれた行軍から、アズマ国の警察の練度の高さが現れていた。

途中、荒々しい『鉄砲玉』が金属バットを持って警官隊に殴り掛かったが、警官隊のパラライザーの射撃によっていとも容易く鎮圧された。

「ぐええええ」

『鉄砲玉』の目がぐるりと白目を剥き、その場に崩れ落ちる。パラライザーの電撃弾を受けた後の彼の体から微弱な電流が溢れる。警官隊は少しも気にする事なく行軍を続ける。その戦闘を十八の少年に過ぎないタカオが率いている事から、タカオのアズマでの地位はその年齢にして既にとんでもないものであることを周囲の人間に分からせた。

もっとも、周囲にいる人間というのは『裏社会の住人』に他ならない。

「おや、こんな夜にわざわざご苦労さん」

キタムラ組長と思われる恰幅の良い男がタカオの目の前に現れる。見た目だけ見ると人の良さそうな和服を着た五十路の男にしか見えない。だが、タカオは知っていた。目の前の人物が儲けのためなら『人身売買』も厭わない外道であることを。タカオは警戒を崩す事なく、鋭い目で男を見据えた。

「お久しぶりです。キタムラ会長。少し予定外事ですがね。あなたの家。捜索させていただきます」

「……その必要はないぞ。『彼女』なら返してやる。エミちゃんなら無事だよ?」

「……おい。彼女はどこだ?」

「ごふん、……おぉい。連れてきてやれ」

「は、はい!」

舎弟と思われる男の一人に会長はエミ・タナベを連れてこさせた。

腕をひもで結ばれた制服の女の子が三人のヤクザに連れてこられる。

エミは怯えていた。むせび泣きながらガクガクと体を振るわせている。警官隊を目の前にして、彼女はへなへなとへたる事しかできない。抵抗の気力すら見えなかった。

「……すぐに返してもらおう」

「ああ、だが条件付きだ」

「条件?」

タカオは怪訝な顔をする。

「私のバカ息子が邸宅やられていたそうじゃないか?これはどういう事か説明してもらおう」

「……息子。ケンタロウか」

「そうだ。変態趣味のバカ息子だが、ヤマオウ会の人間がやられたとなれば組のメンツは丸つぶれだ。すぐに探し出して『始末』したい」

会長の表情は穏やかだが、言葉と全体の雰囲気から殺意が溢れ出ているのをタカオは強く感じていた。

「…………」

タカオはしばらく顔を抑えてから言葉を紡ぐ。

「……来た時には……やられていた。俺はそいつを保護しただけだ」

「……それは信じられんな」

口調は穏やかさを崩さない。だが目線が殺気を帯びていた。その様子から慎重な言葉遣いが必要な事をタカオは悟る。

「……現在、彼は俺が信用に置いた医師が治療を行なっている。どれも優秀な医師だ。……もし俺が犯人ならこんな扱いはしない」

「……それもそうか。丁重に扱ってくれて感謝している。その節は確かに部下のツテで聞いているよ」

露骨に会長の老いた顔に笑顔が戻った。

「……ヤクザに感謝される云われはない」

「ほほほ、まあ、あいつはお前の事を犯人呼ばわりしなかったしな」

「……理解が早くて助かる」

「さて、タカオ君犯人に目星はついているかね」

タカオは考える動作をしながら、シンに疑いがかかるのを避ける為にどうすればいいかを考えた。三手先、四手先を想定しながら。

「……警察の見解ではこうです。事件は至ってシンプル。ケンタロウに暴力を振るった人物は身近な人間だと。ケンタロウたちのグループは日頃から暴力を周囲の生徒に振るっていました。シモダ・ミクを始めとした件もそうですが、事件はつながりがあると」

「そうだな。犯人はきっと彼の同級生……」

そこまで言ったところでタカオは意表を突く言葉を放った。

「本当にそうでしょうか?」

「……実際には違うと?」

「……あくまで可能性の一つですが、外部の組織の連中の思惑もあるのではないかと考えています」

はっきりと断定する言葉を避け、より現実的な方面から会長の疑惑の矛先をシンから遠ざけようとタカオは考えた。

「どんな?」

「あなたの組織は『西』と抗争を行なっています。これはその関係もあるのでは?」

「……学校には部下が見張っている。学校から帰れば高層ビルに居た。なのにケンタロウは襲われた。帰った時に!前なら分かる。道を見張るのは大変な労力だ。部下が見落とす可能性もある。なのに!一番襲いにくい場所で!なぜ!息子はメタアクター能力もあった。自分の身を守れたはずだ!」

「……そこに着目された可能性は?」

「……なくはない。窓は狙撃されたら終わりだ。だが、息子のいる場所は一部の人間にしか知らせていない!なぜ!?」

「情報が漏れた可能性は?」

「……ありえなくない」

「詳しくお聞かせ願えますか?」

「……腹心の部下の息子。もしかしたらそこから情報が……」

「腹心?」

「若頭だ。彼の息子とわしの息子は同じ学校にいる。変なヤツとつるんで情報が……」

「なるほど、調査が必要ですね」

「名前は、リョウだ。ジュンコという子と付き合いがある。もしや……」

「すぐ調べてみましょう。さあ、彼女を……」

「……まだだ。何かが引っかかる」

「……どうしました?」

「…………息子は男に襲われたと言われたのだ。……ジュンコの線は考えにくい」

「もし、組織の件なら……」

「いや、……カクのような鉄砲玉ならともかく、他の連中も考えにくい……やはり同級生の線の可能性が……」

タカオは心に冷や汗をかいて口を開こうとした時だった。

「……ヤツを『罰した』のは俺だ」

変音機越しの低く歪んだ音声が二人の横から響く。

タカオと会長はすぐさま、屋敷の庭の暗がりに目を凝らした。

『黒装束の男』が立っていた。

良く手入れされた松と鯉の泳ぐ池のちょうど間のところに彼は立っていた。男は覆面をしていた。顔の下半分から首もとまでが隠れる覆面で、一際目を引くエムブレムが塗られていた。

カラス。

黒地の布に白いシルエットのカラスの絵が描かれていた。

カラスはその男の口を覆うかのように翼が広げられている。

男の鋭い目も相俟って、周囲の人間に鮮烈な印象を残した。

「ほぉ、君が…………引っ捕らえろぉ!!」

「おい!若い衆を呼んでこい!」

若頭と思われる男が近くの舎弟に命令すると、若いヤクザの集団が武装してカラスの男を取り囲む。警官隊の制止を別のヤクザの軍勢が押さえ込む。

「覚悟しとけやゴラ」

「いい度胸してんなオイ」

「締め上げてザクロにすんぞゴラ」

それに対して、男は無口だった。

無言で周囲を見つめる。周囲には6人ものヤクザが『黒装束』を取り囲んでいた。

「………………」

カラスの男は動かない。

刹那。

カラスの男は俊敏な動きで、ヤクザの男たちの武器を叩き落とした。

辺りに武器が散らばる。

一撃、また一撃。

ドス、角材、金属バット、ドス、無銘刀、改造スタンガン。

やくざたちは青ざめた顔で落ちた武器と地面を見つめる。

「な、なんだ……このチビは!?」

「お、おい!やっちまえ!」

六人の男は戦意を奮い立たせ、カラスの男に突撃する。

だが、無駄だった。

ヤクザは一人、また一人と殴り倒されていった。

「次は?」

変声機越しの音声が男の声を呼びかける。

「こ、こ、こ、こいつただもんじゃねえ!?」

「来ないのか?なら……」

カラスの男は一気に距離をつめる。ヤクザの腹部に強烈な一撃をお見舞いした。

「ご……ごは……ガ……」

息をする事もできず、男は崩れ落ちた。唾を地面にまき散らしながらびくびくと痙攣しつつ卒倒していた。

「……貴様……」

「……エミは解放してもらう……彼女は無関係だ」

「そんな言葉が信じられるとでも?」

「くどい。無関係だ」

「オイ、シンドウ!」

「は!」

シンドウを名乗る男が銘の入った刀を抜いた。業物である事がうかがえる。だが、カラスの男は気にするそぶりすらなく、会長に歩み寄る。

「な!?オイ、シンドウ!シンドウ!!」

「オイ、テメエ!会長に手を出してみろ!その時は……」

「知った事か。シンドウ・リョウはどこにいる?」

「言うかボケェ!」

若頭のシンドウはすぐさまカラスの男に斬り掛かった。黒装束は俊敏な動きで刀を回避し、足技の連撃をお見舞いする。目にも留まらぬ軽やかなフットワークだった。何回かの攻撃がシンドウの体を直撃する。

「ゴ!?」

「シンドウ・リョウはどこにいる?息子なら知っているはずだ」

「ふざけるなカスが!」

シンドウは横薙ぎに刀を振るう。逃げ場の少ない攻撃であった。が、カラスの男には通用しなかった。軽業師のような軽妙な跳躍で刀の斬撃を軽々と回避する。その後足を払うようにして若頭のバランスを崩してゆく。

そして隙ができる。

「なろぁぁああ!」

若頭がふらふらな足取りのまま突撃する瞬間、『黒装束』は接近する。そして、一撃。

若頭の手から刀が落ちる。

「な!?」

その心理的隙を『黒装束』は見逃さない。刀の離れた手を引っぱり地面に叩き付けた。若頭の体が地面に激突し、意識を即座に刈り取った。

「…………」

カラスの男は会長の方を睨みつけた。

「動くな!動けば撃つ」

「…………」

「両手を頭の上に!早くしろ」

警官の何人かが銃を『黒装束』に向ける。

倒れたやくざたちにも銃や盾を構えた警官隊が駆け寄る。

カラス男は素直に応じたかのように見えた。

だが、彼があるところまで手をあげると、何か音がした。

カチっ。

なにかが地面に落ちる。

タカオがふと目をやった先、地面には円筒状の物体があった。

「フラッシュバン!!」

そう言った直後だった。

閃光。

白い光の帯がその場の人間たちを包み込んだ。

タカオは目を覆う。他も例外ではなかった。

闇夜に閉ざされたアズマの庭園は光に包まれる。

タカオの視界が回復した時には、『カラスの男』は消えていた。

今回もお読みいただきありがとうございます。

事件はいよいよ後半へと向かっていきます。シンがどうなるのか。タカオとユキの関係はどうなるのか?

次回も楽しんでいただけると嬉しいです。よろしくお願いします。

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