表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第四章 シャドウ・オリジン編
71/383

第四章 二十一話 カラスの男(その七)

この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください

機関銃の激しい攻撃を縫うようにして、タカオの拳銃弾が放たれる。

機械が如き精密な技術・理論に裏打ちされた『銃の型』によって、弾丸は神懸かり的な命中精度を発揮する。

暴徒集団は機関銃を武装した者もいたのにも関わらず、タカオの射撃の前になす術無く倒された。

当然、制圧射撃はした。

制圧射撃は威嚇と牽制を目的にして放たれる。銃弾というもの事態が人体にとって致命的なダメージを与えるものだからだ。面で敵の進行や反撃を阻止するのだ。

通常ならば、制圧射撃に対して体を乗り出す事自体が自殺行為であった。

『通常ならば』。

しかし、相手はグリーフ使いである事に加え、アズマの戦闘技術の結晶である『銃の型』の使い手でもあった。数学的、統計的観点から設計された二丁拳銃や短機関銃での運用を主とした特殊戦闘技術。それは一対多数戦を想定した狂気の戦闘技術で、使い手は肉体的、頭脳的な素養のほか、精神的にも沈着である事を求められた。類似の技術は一部の軍事専門家たちの間で開発されていたが、アズマのそれはその集大成といえた。現在、アズマを始めとした対テロ部隊や特殊部隊で運用されている技術、それが『銃の型』であった。

タカオはマスタークラスの段位を持っていた。

タカオの足の動き一つにいたるまで、その技術による裏打ちされた動きがあった。自宅の遮蔽物だけでなく、光源や敵の位置関係ですら最大限に活用され、篭城の利点を最大限に活用された。

一方の暴徒たちは、銃の扱いに慣れない素人である上に『冷静』でない事が自分たちの首を締める結果となった。

でたらめな射撃で自分の位置を悟られた挙げ句、貴重な銃を庭のひらけた場所に落としてしまう結果を繰り返した。うかつに拾いにいけば、タカオの銃撃が待っていた。

事実、興奮しながら銃を拾おうとした暴徒六名が、タカオの拳銃弾で頭部を的確に撃ち抜かれて息絶えていた。

戦術も理性もない暴徒たちが次に打って出たのは結局突撃だった。バットやナイフ、刀剣などのような近接戦に耐えうる武器を持って家の玄関に押し掛ける。それによって多くの暴徒が倒された。だが、何人かの暴徒が家の仲に侵入する。

そこで三人の出番であった。

ユキが、フラッシュバンを投げつける。

閃光。

くらっと暴徒のバランスが崩れたところをシンとミサが攻撃を加える。

シンは飛び蹴りを食らわせる。胴体に打撃を食らった暴徒が玄関から庭先まで吹っ飛ばされた。シンとその暴徒の身長差はかなりあったが、暴徒はまるで成人男性のタックルを受けたかのような衝撃を受ける事になった。

ミサはフリーフの雷撃を残りの暴徒に食らわせる。

エネルギーを吸い取る電撃が暴徒たちの体から熱を奪った。凍り付いたかのように固まった暴徒の体がその場に崩れる。

残りの暴徒たちはさすがに怖じ気着いたのかその場から逃走していった。

そしてようやく静かになった。

「……馬鹿な連中だ。銃を持った相手に突撃を繰り返すとは」

タカオは汚らしい羽虫を見下すような目で死体を蹴り転がす。それと同時にパトロール車両のサイレンがいくつか聞こえる。

白黒のパトロール車両と装甲車がアラカワ家の前に止まった。

「おい、タカオ!無事か?」

「問題ない。追っ払った」

「問題ないって、どこがだ……。死体しかねえぞ……」

刑事と思われる男が冷や汗をかいていた。たしかに家族とミクは無事だったが、襲ってきた暴徒たちを死体に変える決断を即座に下したタカオの冷徹さに刑事がドン引きしていた。これで、目の前の人物が政府の特務機関関係者でなければ即逮捕だとしてもおかしくはなかった。

「……外国人とどっこいの野蛮人の相手をしていた。これくらいは当然だ」

「……お前の外国人嫌いと冷徹な性格は何とかならんのか?こっちは現場でそう言った人間を扱うようになったんだぞ。海外組織の行方を追うにはそう言う人間も必要なんだ」

「……まあ、全うな神経してれば俺だって扱うさ。まともな神経をしていればな」

「お前のその『まともな神経』の水準が分からん」

「……まず謙虚な事だ。口ばかりデカいバカの相手はもううんざりだ。後、礼儀を知らない『ワンチョウ人のような』バカもうんざりだ」

「……わかったよ。だが、外で『ワンチョウネタ』は言うなよ?誰が聞いているか分からんぞ?」

「お気遣い感謝する。じゃあな」

「今度あった時には、知り合いを紹介してやる」

「結構だ。じゃあな」

そういってタカオは皮肉っぽい笑顔で刑事に別れを告げた。

「すまなかった。兄貴。俺のせいで」

「気にするな。悪いのはストリートギャングとつるんでいる学校のバカグループのせいだ。バカどものせいでミクちゃんも弟のシンも割を食っているんだからな。もっとバカなのは教育委員会どもだ。奴らの事なかれ主義のせいで事件が悪化しちまったんだ」

「……だろうな。兄貴も分かっていたのか」

「……ああ、でも何もできなかった。すまない」

「……最善を尽くしても報われない時はある。兄貴は『家族』としてできる事をしてくれた。十分だよ」

「……すまない」

「これで、ユキの事も優しくしてくれれば、完璧なんだがな」

「……努力するよ」

シンは家の方を見ると、ミサが警察の人間に事情を話しているのを見た。タカオも家に戻って、地下室の入り口に声をかける。

「ユウト。もういいぞ」

「わかった!」

ユウトとミクが扉を開けて中から出てくる。ユウトもミクも部屋がガラスと穴だらけの部屋を見て驚愕する。ユウトは典型的な『開いた口が塞がらない』と言った顔をしていた。恐ろしくオーバーなリアクションをとった為に、シンは思わず吹き出しそうになった。がすんでのところで踏みとどまった。ミクもユウトほど大げさな反応ではないが、目を見開いてぎょっと立ち尽くしていたことからたいそう驚愕していた事が周りの人間に察せられた。

「ユウト、ミク。しばらく家を離れるから準備しろ。あと窓に近づくな。いいな」

「わかった!」

「……え、ええ」

これはガラスのかけらによる怪我を防止するためであったが、それ以上に警察が死体を運び出すまで、外の様子を見せないというタカオの気遣いもあった。

ユウトが戦闘に向いた性分でないことと、ミクという歳若い女の子にショッキングなものを見せたくない心理がタカオに働く。現に、タカオは言葉でその光景から遠ざけるだけでなく、二階に上がるために二人を上に押しやっていた。

「……兄貴」

シンが考え込みながら兄を呼びかけた。

「……エミ・タナベの事が不安だ。兄貴の方でも見に行ってくれないか?」

「……そうだな。同じ事を考えていたよ」

「気をつけてな」

「そっちも」

「こっちにはユキやミサ姉さんや警察の人までいる。兄貴はエミさんと自分のことを考えてくれ」

「わかった」

タカオはスーツの上にコートを羽織って夜の街に出かけた。警察たちに身分証明になるものを見せて家の敷地の外へ出る。住宅街の出歩きながら、タカオは端末の通話機能を起動した。タカオの右耳に機械がセットされている。ブルーティースのようなワイヤレスイヤホン型の装置がタカオの耳についていた。

「…………俺だ。調べてもらいたヤツがいる。至急だ。名前はエミ・タナベだ……」

黒のコートが夜の街にたなびく。


タカオの着いた時には、エミの家は荒れていた。

銃痕に、血痕、割れたガラスに、死体。

死体は二つあった。

一つは女の死体。強姦されていた。もう一つの死体はおそらく男。

『おそらく』である理由は損傷が激しかったからだ。全身が青あざだらけで首が切り落とされていた。指も切断され、拷問の時に飛び散った血が部屋を赤く染めていた。部屋は暗かった。フラッシュライトの明かりだけが不気味に部屋の惨状を照らしていた。

「……遅かった」

エミの姿がない事が『救い』であった。それが『無事』であるかは別であったが。

「……タカオだ。調べてもらった家に警官隊をよこしてくれ。……後、銃を持たせて来るように、……切る」

タカオは暗がりに微量のグリーフフォースを散布する。ソナーのように散布された粒子が、『隠れた敵意』との距離をタカオに認知させる。

残り1メートル。

銃火。

タカオを中心に二つの銃火が煌めく。

「ぐえっ!?」

「ぎゃあッ!」

二つ分の悲鳴が部屋の中から響いた。

タカオは目にグリーフを集中させ、敵の姿を視認する。タカオの黒かった目の虹彩が青い光を帯びていた。

「……ヤマオウ組か。何の用だ?」

双子のヤクザがタカオの方を睨んだ。それぞれの手にはツァーリン製の粒子拳銃が握られていた

「……お前、内閣特務調査室の……」

「アラカワだ。一応、所属している。お手伝い程度だがな」

「……く、『お手伝い程度』が『グリーフ』を身に宿すなんて考えるかよ……」

「……エミはどこにやった」

「組の本部に連れてったよ。会長の息子を攫った男の行方を知るためにな」

「……嘘を言ったら地獄を見るぞ」

タカオは一方のヤクザの鼻先に銃口を突きつける。どちらが兄かは区別がつかない。

「嘘じゃない。ヤマオウ組はアラタヤドの赤いカラーギャングと組んでまで息子を捜索していた。そしたらボコボコにされて少年院に放り込まれたときたもんだ。しかも脅されてヤクザの世界に関わりが持てないってな。会長は怒り狂ってたぜ」

「……参考になった。……エミは本部のどこだ?」

「……会長の部屋の横。それ以上は知らん」

もう一方が答える。額から汗が流れる。

「感謝する。長生きしたければそのまま横になってろ」

「……そうさせてもらうぜ。あんた相手じゃ分が悪い」

「……全くだ。俺たちが言ったなんて言うなよ?」

「そこいらのギャングに聞いた事にしておく」

「助かる」

「すまねえ」

いつの間にか、パトカーの赤色灯が暗い部屋を照らしていた。中に警官隊が踏み込んでくる。

「ご苦労です。アラカワ調査官」

「……ああ、部屋の調査を頼む」

「どちらへ?」

「この家の一人娘がヤマオウ組の本部にいる。俺はそこに言って全て聞くつもりだ。……そこで寝転んでいるヤクザだが。……情報提供者だ。もし俺が死体で帰ってきたら、そいつらはそのまま『死刑』にしてやれ」

双子のヤクザが横になったまま震えていた。失血のためだけではない。タカオの言葉は冗談のような本気のような声色だったため、その場にいた人間にとって本音を読み辛かった。

「……まさか一人で乗り込む気で?」

「そんな訳がない。何人か警察関係者を連れてゆく。……準備もあるしな」

「……どうかお気をつけて」

黒いコートの襟を直してからタカオは家の外に出た。パトカーの明かりが暗い住宅街を照らす。

赤色灯の色が、血の色であるかのような錯覚をタカオに与えた。

この日のタカオは『赤』に縁があった。

今回もお読みいただきありがとうございました。

タカオは装備を整え、ヤマオウ組の本部に乗り込みます。ハラハラする部分も出てきます。主人公の活躍がしばらく薄めですが、次回もよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ