第四章 十八話 カラスの男(その四)
平穏な学校で学生らしい時間をシンは過ごすはずが……。シンはリスキーな展開に次から次へと巻き込まれていきます。今回はそんなシンのお話となります。
朝起きるとシンは起きた。起きて地下に行くと『袋男』も起きた。
シンは目覚めの一撃を放った。
鋭い回し蹴り。コンクリートすら砕く強烈な一撃だった。
さらに追い打ち腹部に強烈な蹴りが飛ぶ。
「おはようクソ野郎」
「……あ、が、げほ、が」
袋男は強烈な痛覚に目を覚まさずにいられなかった。能力を発動しようにも、手も舌も出なかった。シンは髪を掴んだ。
「まず名前。ミクを自殺に見せかけて殺そうとしたんだ。聞くに堪えなくても名前くらいは聞かないとな?ゴミクズ君」
「ひぃ」
袋男は震えた。家族や友人、同級生には穏やかなシンだったが、彼らに危害を加える人物には極端に冷徹だった。その冷徹さは表情にも現れる。猛禽類を彷彿とさせる鋭い瞳。口から流れるように吐き出される罵詈雑言。溢れ出る殺気。表情自体は笑顔であった。ただし、それは営業スマイルでも穏やかな笑顔でもない。
嘲笑。
死にかけの寄生虫を見下すようなどぎつい笑顔であった。
「俺の平穏は、家族と隣人、そして友人がいて始まる。戦争から帰った人間の俺には贅沢すぎる代物だ。だが大事なものだ。それを意地汚いお前は自分の汚らしい欲で奪い取ろうとしたんだろな?んん?」
「ひ、お、お、おれ」
「名前だ」
シンは男の腕を強烈に掴んだ。
「がぁああ!キタヤマだ!キタヤマ・ケンタロウぁぁぁアアアア!」
ケンタロウと名乗った男は腕を捻られて悲鳴をあげる。
「よし。それでお前は年いくつ?」
「ひぃぃ十二だ!十二!」
「職……じゃねえ。学校」
「学校。そこだよ。近所のヨシヤマロウゴク中学校だ」
「……近いな」
シンはその名前に聞き覚えがあった、それはシンとミクが通っている学校であった。シンはその言葉を聞いて忌々しい気持ちになった。シンはミッシェルがくれた平穏を犠牲にするリスクを背負わなければならない事を悟った。だが、それと同時にシンはこうも考えた。誰かを犠牲にした平和を満喫してミッシェルは喜ぶのかと。
シンは覚悟した。銃でも鉄砲でも持ってくる覚悟で戦う必要があった。大半の教師たちは事なかれ主義に染まりすぎていて、『援軍』は期待できなかった。なら、手段を選ばずに戦うしかない。シンは決意した。
「あのビルのオフィスの一室丸ごと貸し切りか?いいご身分だな?だれからもらった?パパか?ママか?テメーのパパは誰だ?」
「……」
「誰だぁ!?」
シンは思いっきり怒鳴った。なじるようにシンはケンタロウを睨みつける。
「ヤマオウ組のソウイチロウだ」
失禁しながら、子犬のようにケンタロウは震えている。
「最初から素直に話せよ」
そう言ってシンはケンタロウの股間を蹴った。ミクを執拗に傷つけるのを普段からシンは見ていた。見ていながら昨日まで助けられなかった。そのために、目の前の人物をボロ雑巾のように痛めつけなければシンの気は晴れなかった。女の子一人に八人。惨い行いであった。それだけに目の前の卑怯な男をシンは許せなかった。
「……お前、……シンだろう?同じ学校の……そんな事していいのか?……これから警察に……」
「手」
「ひぃ」
「利き腕は?」
「み、右」
「なら、左を出せ」
「ひぃぃ……」
ケンタロウは左手を出す。シンは左手の小指を掴んだ。
「今から約束をする」
「へ?」
「お前は嘘つかない。二度とミクに手を出さない。そして、ヤクザをやらない。ヤマオウ組の連中とはつるまない。いいね?」
「……」
「いいね?」
「……」
「いいね?」
シンは徐々に苛立ってゆく。
ケンタロウは沈黙した。
固いものが折れる音が地下室に響く。
「………………がぁあああああ、おぅぅぅ、あぉあぉぉ……」
シンに小指の骨を折られ、ケンタロウは情けない悲鳴をあげる。シンは今度は左手の薬指を折ろうとした。
「ひぃ、まてまてまて、わ、分かった!する!約束する!」
「わかったな。警察から帰って来れたら、守れよ?」
「はぃぃぃ……」
「もうひとつ」
「ひぃ!?」
ケンタロウは完全に怯えている。
「仲間は?八人だったな?」
「……リーダーのリョウ。ヒロシ。マユコ。エミ。ジュンコ。カク。ジン。……もう勘弁してくれぇぇ……腹……減った……」
シンは相手の表情から嘘を言っていないことを悟り、彼の手を解放する。
「手は自分でぶつけた事にしろ。そうすれば、……助けてやる。社会復帰は早い方がいいだろう?」
「は、はい……」
「あとでご飯を持って姉が来る。それまで大人しくしてろ」
「はぃ……」
シンはそう言って朝食のために今の方へと向かった。食事のためでもあったが、『準備』も必要だと考えていた。
シンは玄関口に立っていた。
そばには、ミサとユウト、ユキとミクがいた。タカオはまだ家にはいなかった。警察にいた。安全のためにミクはアラカワ側が預かる事になった。なによりミクは学校へ行くのを拒否していた。シンは安全を気にしながら学校生活にへと向かった。
家を出てから、駅の方に向かう。物陰、塀、建物。入り口、逃走ルート。あらゆる地理情報を確認する。奇襲の防止やいざという時の逃走の為に。どんな小さな道も確認した。それでいて、キョロキョロとはしない。挙動不審は格好の標的となる。普段通り振る舞いつつ、周りをちらっと見る。
そうしてシンは駅にたどり着く。周囲は人だ。
サラリーマン。学生。子連れ。女性。老人。
普段通りの穏やかな風景だった。
違うのはシン自身であった。緊張がシンの心を包む。
学校についたらまず、崩しやすい人間から崩そうとシンは考えた。
まず、エミ。会話がかろうじてできそうな女の子。彼女はミクの友達だったが、突如として裏切った。ミク包囲網に加勢したのだ。ミクの情報を『敵』に売ったためであった。
それから、カク。ケンタロウとつるんでいた雑魚であった。彼を抑えれば、実行犯の頭数を簡単に減らす事ができる。そうでなくても話し合いで解決できればそれは穏便だった。失うものが少なくてすむ。
シンは学校に向かって移動をした。
駅を降りて通学路を歩く。学校の近くに着いた途端にシンは殺気を感じた。既に戦いは始まっていた。
学校内では決まりきったグループが決まりきった言葉で決まりきった返事を返す、テレビ番組、異性の話、嫌いな先生、好きな先生。すべていつも通りであった。シンが着いたときも会話が不自然に途切れる事はなかった。
シンは内心ほっとした気持ちになりながら席に着く。持ち物を確認し以上の有無を確認する。異常なし
シンはホームルームに備えた。
担任の教師が入ってくる。年老いた男の教師であった。彼は教室内の会話を落ち着かせると連絡事項を話し始める。その話の一つに、ミクとケンタロウの事が出てきた。
まずはミクの話だった。
「えーまずうちのクラスのミク・シモダさんですが、命に関わる事件に巻き込まれたため安全のため警察に保護されています。シモダと親しかったものが連絡をとろうと考えるでしょうが、警察の方から連絡を一切とらないようにと言っておりました。また、マスコミの者が質問をするでしょうが一切受けないよう協力をするように……」
シンは担任の態度にうんざりした。ミクの心配をするそぶりすら見せず、学校の体面だけを淡々と維持しようとしている教師の態度に吐き気を催す感覚すらシンは感じていた。他の生徒の反応は様々だ。教師に苛立った視線を見せているもの。無関心な者。談笑するもの。聞いたふりして音楽を聞くもの、上の空な者。
教師は何も注意する事なく、教室を出た。
そしていつも通りの日常が始まった。
ミクが始めからいなかったように。
シンは学業を済ませ、昼食を食べようと外をふらついていた。
シンは教室を出て廊下に出る。同級生と食事も悪くないとシンは考えもしたがこの日は晴れていたため一人で屋上に出て食事をとろうと考えシンは階段の近くまで近づこうとした。
「…………ち」
シンは露骨に舌打ちをすると、待ち伏せをしている者の姿を確認した。三十六計逃げるしかずと思ったのかシンは踵を返して反対側に逃げようとした。
ところがシンは目の前に敵が一人いることを認識した。
ヒロシ。
筋肉と脂肪で包まれた重戦車のような男であった。レスラーのような体格のヒロシは学校のレスリング部に所属していた。表向きは品行の良い文武両道の生徒の顔をしていたが、うらでは不良と組んでミクや弱い生徒をいたぶって楽しむ卑劣漢として知られていた。後ろにいるのはカクとマユコ。どちらも不良生徒で先生にすらマークされた人物であった。シンの後ろには実行役の不良。前には図体のでかい『幹部』が立ちはだかる。
幹部は素手だったが、レスリングの心得があった。
カクは角材。マユコはテニスラケットで武装していた。
「……何の用だ?」
「うぇぇぇええええええええええい!」
「ええええぇぇえぇええええい!」
「ひやははははははは!」
シンの語りかけにも応じることなく、三人は攻撃を加えてきた、下品な声と表情、そして、都合の良い標的を見つけたと言わんばかりの歓喜の奇声をあげて、三人の卑劣漢は襲撃を行なってきた。シンは逃げるためにそばの教室の扉を開けようとした。しかし開かない。鍵で施錠されていて一人の力ではびくともしなかった。
「ひゃああああああああああああああ!」
太ったマユコがテニスラケットをシンの頭上に振り下ろそうとする。
シンは扉から体を離し。回避に専念した。
ガラスが割れ、教室の方から悲鳴が上がる。
シンは悟った。教室の内側の人間が施錠をしたのだと、そしてそれはマユコのグループが行なったものであると。
シンは暴力をおおっぴらには避け、現場から逃走をする必要があると考えた。
「うぇぇえええええええええええええええええい!」
奇声をあげながらカクが襲いかかる。染めた金髪の持つ角材が横薙ぎに襲いかかる。シンはとっさにカクを掴み、後ろ側に投げ飛ばす。
「うぇえええええええええ!?」
カクは勢い余ってカクに激突する。その間にシンはマユコのそばを通り抜けようとする。
「臭い臭い臭い臭い臭いキモいシネシネシネシネ」
意味を成さない言いがかりと悪意の羅列を吐き出しながら、マユコは狂ったようにラケットを叩き付けようとした。だが、一対一で向かい合った状況ではシンが圧倒的に有利だった。壁を蹴るようにしてシンは不良女子の隙を搔い潜る。
かくしてシンは三人がかりの包囲網から脱出に成功した。
「……今度は俺か。やってられん」
シンは愚痴をいいながらも、リスキーな状況を抜け出せた事に喜んだ。だが、どれも束の間の事であった。目の前渡り廊下。シンの出たところとは反対側の入り口でシンはナイフを持った男子生徒を目撃する。
ジン・アダチ。
学校一の危険人物がシンの姿を捕捉していた。
本作品は『孤独なる人間』をテーマに様々な物語を展開していきます。
次回もよろしくお願いします。




