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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第四章 シャドウ・オリジン編
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第四章 十七話 カラスの男(その三)

この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください

シンは潜んだ。

潜みながら、死体を見た。

シンには手を合わせる時間すらなかった。

「……遅かった」

シンはやる事を頭の中で反芻する。目の前には死体。上半身のみの死体。これを救い出し、真実の下に暴く事だけだった。切断面は焦げていた。熱かなにかで焼かれたのだろう。シンは携帯型レーサーカッターを想起した。あるいはエネルギー系のメタアクターによって焼き切られたか。それで死んだのならミクの父は苦しんで死んだはずだった。

そこまで考えたシンはある事に気がついた。

シンはもう一度死体の表情を見る。

覚悟の顔だ。目を強く閉ざしている。

それは不自然だった。まるで一撃で葬られたかのような表情。レーザーで焼かれたなら苦悶の表情で死んでいるはずだった。

シンの直感が何かを告げる。

いや、告げなくても頭部を見ればわかることであった。

死体は頭部を射抜かれていた。これが死因だとシンは理解した。法医学の専門家でなくてもわかるあからさまな致命傷であった。

暗がりでよく見えなかったが、死体は夜の闇と大型のキャリーケースの影に隠れていた。このことと死体の損壊の状況がシンの思考を乱した。それでもシンは冷静だった。彼が元少年兵だったことや精神的にタフであったことが幸いした。

シンはキャリーケースの中を見る。

中には下半身がある。ケースの中の方は特に損壊がひどかった。両足を銃で撃たれている上に足首から先が刃物で切断されていた。

そこまで考えたシンはある不審な点に気がつく。

刃物で切断。レーザーカッターは大型のものもあれば小型の携帯用もある。それだけで武器としての役目は十分だった。なら、なぜわざわざ刃物で切断したか?小型の刃物だと切れ味によっては足の切断には時間がかかる。しかも血の始末も考えるとレーザーカッターを使えばいい話だ。抵抗したから?

今のレーザーカッターは工具として建設や製造の現場で広く広まっている。それは改造すればちょっとした銃器になる。精度は当然銃よりかは落ちるが、刃物より遥かに切断の手間が省ける。

レーザーでだめならヒートチェーンソーでも代替はできる。なぜ血の出る刃物で足を切断したのか?

考えれば考えるほど不自然な考えしか思いつかなかったシンは、一度思考を後回しにする。そして、死体をもとあったであろうキャリーケースにいれ、大急ぎで、『事務所』という小屋を出た。

夜の闇にまぎれ、なるべく大急ぎで、しかも音を立てずに港の外へ出た。

シンは不意に空を見上げる。

音だ。

音と光がシンを振り向かせた。

毒々しい色彩の赤。赤い閃光と青の光弾の応酬がシンの網膜の中に強烈に焼きついた。二人の人物が空を舞っていた。舞いながら光を撃ちだしていた。丸い蒼の弾雨は、鞭のような赤い閃光に衝突し軌道を歪めてゆく。

一方は女だ。ただし武闘派然とした女のヤクザであった。容姿は悪くない。それなりに整っていたが、荒々しい振る舞いが女としての要素を消し、戦士としての姿を相手に見せつけていた。スーツに身を包み、茶色く長い髪をはためかせている。女は荒々しく吠え狂いながら光の鞭を振り回していた。だが、疲労の色が見える。女は吠えながら消耗を隠していた。

もう一方は男。理知的な男だ。空を舞うというより浮かびながら、銃を放つ。彼はしっかりとしたスーツに身を包みながら攻撃を冷淡にいなしていた。合理的で効率的。流麗で美術的なふるまいにシンは見覚えがあった。

タカオ・アラカワ。

銃の型の達人にして、グリーフ使い。グリーフフォースの溢れるばかりの出力がエネルギー系能力と対等に渡り合える要因であった。そして、優れた技術と先を見る大局観と戦術の教養。タカオは既にムギタニに勝利しつつあった。




その戦いはタカオの攻撃から始まった。タカオの銃撃がムギタニの作り出した障壁を削り消耗させようとする。だが、ムギタニは力を温存した。弾丸の軌道を斜めにそらす。その事で正面から飛来したものをそのまま防御するより効率的に攻撃を防いだ。それを見越してタカオは逸らしにくい撃ちかたを行なったものの、ムギタニも確実に力をつけていた。正面きっての殴り合いにもつれ込む。

ムギタニがタカオを攻撃する。

殺人的なストレートパンチがタカオの頭部を破壊しようとする。

速度ですら殺人的であった。走力込みの殺人パンチがタカオを襲う。

タカオは頬に殴打を受けた。しかし、十分な力を発揮される事はなかった。

タカオはわざと打たせた。十分に腕が伸びきる前に当たりにいった。腕が伸びきる前の殴打は威力が低い。そこをタカオは狙った。それでもタカオは手痛いダメージを受けたが、致命的なものは避ける事ができた。

「……!?」

動揺。ムギタニ自身が一瞬の隙を作った。その隙をタカオは見逃さない。

タカオは殴った右腕を摑み取り、引っ張った。

引っ張っただけだ。しかし、ムギタニの重心がずれ。体が浮き上がる。

背負い投げの形になり、ムギタニの体はタカオの体をまたいで地面に叩き付けられた。胴体が地面に叩き付けられる。彼女自身の走力がそのまま仇となる。ムギタニは壁に叩き付けられた衝撃をその身に受けながら、ぐらつく意識を立て直した。

タカオは容赦なく攻撃を続ける。

馬乗りになり殴打を繰り返す。右と左の連続攻撃が無慈悲にムギタニの顔面を襲う。右手。左手。右。左。

破壊的なリズムをムギタニは力づくで中断させる。右手を掴み、そのままムギタニは体を浮かせた。粒子の浮遊。ムギタニの体は粒子のエンジンだった。生身の体でありながら、人間の体でありながら、ムギタニは巡洋艦なみの出力を発揮していた。ムギタニは大笑いしながらタカオを高高度まで連れてゆく。

「ひゃはははは、空中散歩はどうだい!?帰りは激突コースだがなぁ!?」

だがタカオは冷静だった。簡単な足し算の質問に正確に答え、その後に奇怪な答え合わせを受けたかのような顔をして反論する。

「……それだけか?」

タカオの目が光る。

蒼。蒼穹の色。空の紺碧のような光がタカオの虹彩の色を塗り替えていた。

「空か。久しぶりだ」

タカオは一呼吸を置くと、すぐに息を一気に吐き出した。同時にタカオはカッと目を見開いた。タカオの周囲に蒼の波が拡散する。それによってムギタニは衝撃と共に吹き飛ばされた。

「……グ……ぐぁあ!」

ムギタニはくるくると回転しながらもすぐに体勢を立て直した。

ビーム。

双眼から放たれた死の灼熱光線を放ち、タカオの四肢を焼き切ろうとした。がそれは叶わなかった。タカオは旋回しすれ違いざまに蒼の銃火を放った。連なった蒼の銃撃をムギタニは障壁で防ぐ。その一瞬で二人はもみくちゃになる。ヘリの墜落のように乳状の倉庫に激突した後は、踊るようにして戦った。タカオが向けようとした銃口をムギタニは払いのける。それが五、六回続いた。撥ね除けた銃口から放たれた弾丸はトタンの壁に命中し、砕け散る。

銃口がとうとうムギタニを向く。

ムギタニの両手が徐々に降参の合図をする。

「まだやるか?」

「……ち」

舌打ちをしてムギタニは降伏した。

タカオの目が蒼からアズマ人らしい茶色の虹彩に変わる。

ムギタニはにやりと笑った。

そして彼女は右腕をタカオに向けようとした。

だがそれは叶わなかった。後頭部に強烈な一撃を食らって地に倒れ伏した。

「……無事か?」

「心配ない。いざとなったらこの銃の出番だった」

タカオは早撃ちの体勢を解いてシンと会話をした。

「彼は……駄目だった」

「予想の範囲内だ。……ミク・シモダちゃんには少し酷な結果だが」

「…………」

「さあ帰るぞ。……そのキャリーケースは?」

「遺体だ。さっきも言ったが死体だけでも連れて戻ると」

「そうか。少なくとも警察の協力を仰げるはずだ」

「どうだろうな?」

「いや。人一人死んだのなら、奴らも動かざるを得ない。奴らはいつもごてごてだろうがな」

「……この女ヤクザは?放っておくと何をしでかすか……」

「連れて行こう。そして警察に突き出そう」

「賛成だ」

そうして、タカオとシンはその場を離れた。タカオは持っていた端末で通信を行なうと、警察が応答した。それをシンはぼんやりと見ていた。ぼんやりと見ながらミクのことを考えた。その様子をタカオはしばらくだけだが心配げに見ていた。




ムギタニと『ミクの父だったもの』を警察に任せた後、シンは自宅に戻る。タカオの方は警察内で証拠の安全確保と聴取の為に残った。シンは警察の男と同伴する形で家に戻った。

シンはそこで見たことをすべて家族に話した。ミクには当然配慮したが、それでもミクは涙を流していた。ミクもまた周りに配慮することも含めて応接室の中に籠った。

ユキもまた、沈痛な顔をしていたが、すぐに冷静さを取り戻した。

「……話を聞く限りムギタニ以外にも誰か関わっているみたいね」

「ああ、兄貴が言うには『上』が関わっていたらしい」

「上……」

「どうやら、この事件はきな臭い状態みたいだ。俺たちが思っている以上に」

「そうね。だけど深追いは禁物よ。犯人を捕縛した以上……それにしてもにわかには信じがたい話ね」

「兄貴の事か?」

「そうよ。空を旋回しながら戦ったって。普通人は飛べないはずよ」

「兄貴のグリーフ能力は特別だからな。相手も大概だが、兄貴の能力は桁外れだ。そこいらの相手ならまず負けない」

「他の敵はやすやすと見逃したのはそのためね」

「奴らだって命は惜しい」

「勝ち目がないなら懸命な判断ね」

「……明日の学校はどうするか」

「今日は何曜日?」

「水曜」

「折り返し時点ね」

「そうだな」

「休んでもいいんじゃない?」

「遅れを作りたくない。学業の事が気になってな」

「無茶しないでよ」

「ああ」

シンはそう言ってベッドの中に眠り始めた。

ミクの泣き顔を忘れられずシンはなんどもベッドから体を起こした。音楽を聞く手もあったが、それより、シンは自分のもの哀しい考えを払拭する事を第一に考えた。

「……ミク。すまない。せめて『父の魂』だけは連れてきたが……」

それ以上の言葉をシンは紡ぐ事がなかった。ミクになんて言葉をかけるかをシンは考えたが、シンはミクの心を救う名案を思いつく事ができなかった。シンは空を見上げた。雨は降っていないが星も出ていなかった。すべてが雲に覆われている。不吉な予感をシンは感じざるを得なかった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。次回はシンが学校へと行きます。そこではどう過ごすのか、黒幕たちはどう彼を包囲してゆくか。次回もよろしくお願いします。

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