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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第四章 シャドウ・オリジン編
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第四章 十六話 カラスの男(その二)

この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください

シンとタカオは驚愕する。

一昔前の雰囲気を保った大衆食堂。その食堂の店主は暗い顔をしてすべてを語ってくれた。

「……恩に着る」

「……助けてやってくれ。彼はずっと苦しんでいた」

「ああ、急いで助けにいくよ」

「……マサキは、……あいつは最後にメッセージを残していた。俺は港にいると」

「港?」

「会社保有の港だ。……ムギタニ商会の」

「ミクの言っていた会社か……」

「あそこのムギタニ・シズカって女は気をつけろ……噂じゃあ人をまっぷたつに殺して引きずっているのを目撃したって。……その女が仕切っている会社だ」

「……わかった気をつける」

「何なら銃も持っていけ。猟銃がある」

半分本気の様子で部屋の奥の方を指差した。

「間に合っている」

「……ならいい」

そう言って二人は食堂を出て、徒歩で港に向かった。

『港』は水上船の港と星間船の港の二つを兼ねていた。ヘイキョウの海沿いトヨシュウ地区の第二港湾地区に目的地はあった。

「……あの女か」

忌々しそうにタカオは言った。それを見てシンは怪訝な顔をする。

「……知り合いか?」

「嫌な事だがな。広域指定暴力団ヤマオウ組直系組織ムギタニ会、彼女はそこの総長だ」

「総長……か」

タカオの顔が険しくなるのをシンははっきりと見た。相手がいかに強大でいかに残虐かを察する事をシンはできた。

「ヤツに正気を期待するな。バラバラにされるぞ」

「……戦った事があるのか?」

「ああ、だからシンはここで戻れ」

「まて、俺も――」

「だめだ。相手は危険すぎる。俺が行く」

「……戦えないなら救出ぐらいはさせてくれ」

「ミクの父さんは……残念だが」

「決めつけるな。せめて死体だけでも連れて帰るからな」

「……無理はするな。絶対にだ」

それ以上、タカオは制止の言葉を言わなかった。シンが説得でどうこうできる訳ではない事を悟ったことが大きかった。

「……」

タカオが話さない事でシンも沈黙した。

静寂が辺りを支配する。車が何台かが過ぎるがそれ以外は静かであった。タイヤが地面をざらっと擦る音がするだけだ。どれも電気自動車だ。ガソリン式はあまり、見られない。そんなビンテージものに乗るのはマニアか、成金か、物好きか、それとも車の会社の開発職にいる人間かといったところであった。車好きでなく賢い人間や庶民は電気式や水素電池式の自動車を乗り回す。都会のようなところならなおさらであった。滅多に遠出することなく、車好きでもないなら『ガソリン式』は無用の長物であった

車のライトが通り過ぎると街は暗闇と星に支配されていた。

星が光の居場所を強調するように二人には見える。それは闇のせいでもあったが、光が見えることにも要因があったようにもシンには思えた。

「……こんなときでもなければ星を楽しめるのに」

「かもな。……そうだ」

「?」

「入り口についたら、分かれて行動だ」

「分かっている」

「絶対だぞ?」

「無論だ。安否を確認したらまっすぐ逃げる。服装も変えてな」

「よし。その手でいけよ」

「ああ」

街灯と星、それだけが唯一の光源であった。シンは自分たちが光を求めて光から光を渡る旅人に変身した気持ちになる。それはいくらかのロマンチズムを内包していたが、同時に闇に対する警戒心を高めた。

だが、シンの表情に恐怖はない。恐怖は『カラスとなった時』にシンの心から駆逐された。その証拠に首元のスカーフはシンボルが描かれていた。

シンが恐怖と一体となった証明であった。

タカオはそれを知らない。




暗い闇のそこ。そして水際のある一地点。港の一部。

ムギタニとその取り巻きはある男を注視していた。

男はコンクリートに浸かっていた。固まったコンクリートに。

「……」

茶髪で黒いスーツ姿の女は、ムギタニはただ見据えていた。

冷たく見下すように、標的を見ていた。

インテリ然としたヤクザであったが、子犬のように震えていた。

『標的』は狂ったように叫ぶ、そして懇願する。

そのために言葉も何もかも差し出した。

「……お、……俺はただ『西』の連中に脅されて仕方なくやってただけなんです。本当です!」

「……」

「何でもします!金でも株でも何でも差し上げますんで、どうか許していただけませんか!お願いします!お願いします」

「ほう……金ね……差し出したら『考えてやる』よ。」

「え!」

男は喜々とした笑顔を見せたが、女の方は氷のような冷徹な表情を崩さなかった。

「金。金の番号は?」

「へい!俺のロッカーのところにメモが隠してあります!そこに口座とかありますんで!……へへ」

「本当だな?」

「う、嘘なんかつきませんよ……へへ」

「おい」

「はい。たしかにこんなものが」

ムギタニの右腕と思われる男が一人出てくる。スキンヘッドで体格のよい武闘派であった。右目からあごにかけて痛々しい古傷が残っており見るものに圧倒的な威圧感を与えた。

その男がロッカーにはいっていたであろう、『通帳』を手に持っていた。

それ目にしたムギタニは念入りに確認した。

しばらくそれを目に通していたムギタニはスキンヘッドを下がらせた。あごでくっと合図する。

そして、ムギタニは『コンクリ詰め』の頭部を焼き切った。

ムギタニの双眼から放たれた光線は赤い光を放っていた。それはまっすぐ空気を切り。男の頭の上半分を焼く。皮膚や髪から炎がほとばしる。

「ぎぃああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

男が甲高い悲鳴をあげる。悲鳴が夜空を、闇を強く揺さぶる。されど、聞くものはいない。いても、ムギタニの配下だけであった。

男の頭部はあっという間に燃え広がり、しまいには光線が頭部を貫通した。ムギタニのメタアクター能力により男は自在に焼かれてゆく。この世のどんな痛みよりも念入りに焼かれる。脳も鼻腔も口腔も念入りに焼かれた。

残ったのは炭だった。ドーナッツ状に焼かれて抉られた男の頭部だったものだけがあった。それはコンクリートで固定された胴体から転がり出た。

ムギタニによって首を焼き切られて。

「海に捨てておけ」

「はい」

そういってスキンヘッドが暴力団員たちに合図する。男たちはコンクリート詰めのドラム缶を転がし海に捨てた。ムギタニが踵を返すところにタカオは現れた。

刑事のような黒服を着ていた。特殊な形をしたアタッシュケースを手に、タカオは現れた。

「……ち、来やがったか」

「警察署からどうやって出てきたんだお前?あそこは厳重だったはずだが?」

「さあな。『お願い』すれば簡単に出してもらえたぞ?」

「脅しの間違いだろ?」

「それが何だ?」

「やれやれだ。……ところでここにリーマンの男は見なかったか?こんな男だが?」

タカオは端末を取り出す。写真機能を起動すると穏やかそうな顔の会社員然の男が写っていた。ミクから捜索のため事前にもらった写真だった。

「一つだけ知ってる」

「何だ?」

「あたしらではない。が、上が殺した」

「上?」

「分かるだろ?兄貴だよ」

この場合の兄貴は血縁的な意味ではない。義兄弟の意味になる。つまり、彼女と杯を交わすだけの力を持った人物であった。

「……死体はどこに?」

「お前も分かってんだろ?」

「そこの事務所か」

「運びやすいように『半分』にはした。お前が来なければ処分するところだったんだがな」

タカオが指を指したところに事務所らしき建物。というより小屋があった。ムギタニは一回うなずくだけだ。

「……もういいか」

アタッシュケースがタカオの手から離れる。

刹那。

タカオが腰から銃を瞬時に引き抜いた。

相手は完全に不意を突かれた形となった。

それは電光石火の早業というより他なく、達人の居合い切りや西部劇の早撃ちを彷彿とさせた神業であった。

放たれた弾丸は火薬の炸裂ではなく、青色の銃火を放った。グリーフの光だ。光は銃によって収束し、エネルギーの弾丸としてムギタニを射抜こうとする。

それをムギタニという女傑は光の壁を手で作り出し無理矢理グリーフの弾丸を逸らす。

粒子エネルギーの障壁であった。

「うぉらぁ!『パリィ』ってヤツだッ!ボケがぁぁッ!!」

ドスの利いた声でスーツの女傑はずんずんとタカオに近づいた。構わずタカオはグリーフ弾を撃ち込む。跳ね返った弾丸の一つがヤクザの男に当たる。着弾した胸から血が出ると血は凍結した。そして凍結が全身を浸食すると、男は弾けた。赤くて固い氷となって当たりに散らばった。

「あ?あが、あが、あがぎぎぃぃぃ!!」

砕ける直前の男は口から意味不明な音を羅列し弾ける。びりびりと高濃度のグリーフフォースに浸食され、全ての細胞が一瞬で壊死してから、破裂したのだ。

それを見ていた男たちから短い悲鳴が上がる。

「削るのはここまでか。やるようになったな、さすがに」

タカオは銃をしまうと、格闘戦の構えをとった。

アズマの柔術をベースにした軍隊格闘術であった。手には軍用のナイフが装備されている。そのナイフには内閣特務調査部の意匠が刻まれている。

花。葵の意匠であった。

特別な合金でできたナイフを手にタカオはムギタニを迎え撃った。

「うらぁ!焼き切ってやんよぉぉぉ!」

苛烈に吠えながら、女傑はタカオに突進する。猛虎のような圧倒的な威圧が周囲の空気を確かに振動させていた。そして、両手は赤い光で覆い隠され周囲を焼き切りながらその一撃は繰り出された。

その女傑は十八の頃から、能力なしでもとんでもない殴打を繰り出せた。握力だけで百キロを超えていて、しかもその女は、車は素手で大破させた事があった。

それは、車での送迎の事であった。黒塗りの高級車であったにも関わらずわざわざ傷をつけたヤンキーたちがいた。彼は鍵でムギタニの車を傷つけたのだ。

ニコニコ笑いながら、ムギタニはその男たちの軽自動車を破壊した。素手で。車を横転させ部品をひっくり返し、底部からエンジンを少しずつ率いずり出して破壊した。

完全に怯えきった男たちは恐慌のために逃げ出そうとしたが、ムギタニに捕まって、全身の骨という骨を念入りに砕かれた。執念深い砕かれ方で診察した医者が嘔吐しそうになった。そしてその男たちは病院から出てくる事はなかった。

だが、タカオはその突進を冷静にいなした。予知したかのように。

タカオもまた格闘戦において相当な強者であった。

幼少の頃から、彼は軍隊格闘を既に習っていた。今は亡き父アラカワ・タカシの手によって。故郷では怪力と噂されたタカシだが、その血を継いでいるだけあって、タカオは途轍もなく体が丈夫であった。そこに柔術や空手、捕縛術や暗殺術。すべての技能を最高水準に叩き込まれていた。

アラカワの男はユウトのような一部の例外(戦闘に適さない者、彼の場合は性分が穏やかすぎる事と、戦闘以外の適性があったこと)を除き、可能な限り鍛えられた。これは十四歳ごろから、念入りに叩き込まれる家訓があったためであった。

無論、暗殺術のような特殊な技術はごく一部の認められた者だけが教わる。それは当主と当主を守る者、戦士として一族の年老いた者から認められた者だけがそれを習う事ができた。

タカオは当主であり、しかもその技量は歴代屈指といわれていた。

それはまさしく武神。齢18にしてタカオは武の一つの境地にたどり着いていた。

女悪鬼と先見の戦神。

強者が二人。闇夜の港にて、激突した。

本作品は『孤独なる人間』をテーマに様々な物語を展開していきます。


次回もよろしくお願いします。

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