第四章 十五話 カラスの男(その一)
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください
夜。都会の光から遠ざかり住宅の密集した場所に三人は向かっていた。
シンたち三人は一度シンの自宅に帰宅する。出迎えたタカオは何も知らずニヤニヤとからかうような微笑みを浮かべながらシンを出迎えた。
「やるね。シン。両手に花か」
「からかうなよ。とりあえず二人も中に入れてやってくれ」
「うん?もう遅いから帰ってもらった方がいいんじゃ?」
「緊急事態だ。彼女たちの安全を確保したい」
安全。その言葉を聞いてタカオは表情を強張らせる。
「……ただ事じゃないみたいだね。それなら後で話を聞かせろよ?」
「ああ。わかった」
シンは二人を家の中に入れた後、背後を確認する。
暗いが、怪しい人影も尾行の様子もない。それを念入りに確認してからシンは自宅にようやく足を踏み入れた。シンが扉を跨いだあとオートロックがなされる。電子制御であった。
シンの自宅は広い一戸建てであった。贅沢なものではないが、一般人の家としてはかなりの家であった。セキュリティは一通り完備されていて、風呂と家族分の個室、居間、バスルームや着替えのための部屋、トイレ、書斎、アズマ風の応接室、清潔なキッチン、そして地下にセーフルームまであった。セーフルームは家族以外には入れないが、ベッドと食料の備蓄、銃や弾薬があった。これは先の戦争の経験から『万が一』に備えて用意されたものである
「広い家なんだね。あなたの」
ユキがシンの家の広さに意外な表情を浮かべた。
「父の遺産だ。彼は政府関係の人間だった」
「あら、じゃあ、シンの家って役人の家?」
「今は違う。父は……もう……」
ユキははっとした顔でシンを気遣った。
「ごめんなさい……余計な事を聞いてしまったかしら」
「いや、知らないんだからいいんだ。それより何か食べるか今日は確か……」
シンが夕食の事を思い出そうとしたとき、兄のタカオが奥から現れる。にっこりした表情でシンの話しに加わった。
「今日は魚と野菜炒めだ。簡単なものしかないけどな」
「そうだった。そう言えば親戚がお米もくれたっていってたな?」
「ああ、キクばあさんだな。遠くからわざわざ……」
「お礼しなきゃな」
「お礼か……電話でしたんだけど、それより学校頑張りなって言ってたな。そう言えば学校の方は……」
「…………」
シンは口をつぐんで俯いてしまった。ユキやミクも表情が暗い。影がさしたようになっている。
「……ところで彼女たちの『緊急事態』って?」
「……命を狙われた」
「え!?」
タカオが目を剥いて彼女たちを見る。シンは話しづらい表情を浮かべながら、言葉を冷静に紡いでゆく。
「……実のところミクはビルの上に居た。……そこで俺たちがミクに出会ってしばらく話しをしているとメタアクター能力の攻撃を受けた……襲ってきたヤツはとんでもない男だったが捕獲した。この袋の中にいる」
「え!?」
タカオは予想外の出来事にすっかり目を白黒させている。ユキがシンに続いて言葉を
「パルドロデムがなければここまで運べませんでした。ああ、ビルの一階から運ぶのにも苦労したのです。……ぶくぶく太りすぎよあの男」
「パル……なんだって」
「えっとバイクの名前です」
「そう言えば君は?」
「奇妙な間柄ですが、……シン君の協力者です。友達と受け取っても構いません」
「……そうなんだ。こんなかわいい子がシンの学校にいたんだ」
「いえ、タカオお兄さん。彼女は学校の同級生ではありません」
「んん、ミクちゃんどういうこと?」
タカオは怪訝そうな顔をしてミクの方を見た。シンも思い出した様子でミクの言葉を肯定した。
「そうだな。見た目はかなりのベッピンさんだからなユキは、もし彼女が同じ学校だったら噂になっているはずだ。どんな日陰者でも知らないわけがない」
それを聞いてユキはすこし赤面した。
「やだ……ナチュラルにおだてないでよ」
「……照れてる?」
「べ、別に嬉しい訳じゃ!」
「……こんなお手本みたいなツンデレ、実際にあるんだな……」
シンは感慨深い顔でユキの方を微笑んで見た。ユキはそんなシンの頭を軽く小突いた。
「もう……」
「お嬢さん……彼のこれ?」
タカオはおちょくるような笑顔で小指を立てる。恋人かどうかをそれどなくユキに聞いてきた。
「やだ、タカオさんまで……」
ユキの顔がさらに赤くなる。ユキは顔を覆って赤面した自身の顔を隠した。
「兄貴はいつもこうなのさ……おおっと、この人が俺の兄貴だ」
「よろしくお願いします。ユキともうします。急に家に上がり込んだのに丁寧にしてくださってありがとうございました」
「いいって、命に関わる事だったんだろう。なら仕方ないさ」
「ありがとうございます」
「私もありがとうございました」
ユキはアズマ式の挨拶で丁寧に頭を下げた。ミクの方も同様にぺこりとお辞儀をする。ミクの眼鏡がお辞儀と共にちょこんと上下する、それを彼女は片手で直した。
「十二にして二人かなかなか幸先がいいな」
「何の幸先だよ」
シンがタカオのお茶目な言動に指摘を入れる。気にする事なくタカオは続ける。
「俺は十四でかなりモテたな」
「関係ないだろ」
シンが苦笑混じりに反論を入れる。
「ラブレター二桁はもらった」
「いい加減にせい」
シンはタカオを小突く。表情こそ淡白だが、目がやや泳いでいた。
「はは、女の子の付き合いは今のうちに増やした方がいいぞ」
「兄貴は増やし過ぎだ。このぼけ兄貴」
「はは、シンが女の子の魅力に目覚めてお兄さん嬉しいぞ」
「からかいやがってぇぇ……」
そんな会話をしていると奥からユウトとミサの声がしてくる。
「シン?タカオ兄さん?早く上がってもらったら?」
「ご飯できているよー美味しいよー」
「わかった。すぐ行く」
「ああ、待ってろ」
タカオとシンが返事をしてから居間の方に向かった。二人の女の子もそれに続く。
「お邪魔しまーす」
「失礼しまーす」
ミクとユキは律儀に返事をしてから居間の中へと入っていった。
シンは家庭的な夕食をしばらく楽しんでから、今のミクの状況を手短に説明した。自分が危険な飛び降りをした事や『敵』戦闘を行った事は極力避けて説明した。それでも、ミサとユウトの二人は明らかに絶句していた。
「……なんてひどい」
陽気で明朗な性格のユウトですら俯きながら話を聞いていた。
「ここまでくるとシンの言う通り『犯罪』まがいの行いね」
ミサがシンの説明に同意してくれた。
「親や学校に言う事は……」
ユウトの意見をミサは却下した。
「駄目よ。密告に怒り狂って陰湿な反撃に打って出る可能性があるわ。それにそれを恐れるなら始めから人に危害なんか加えないわ。学校や警察が何もしない事につけあがっているのよ」
「……そんな」
「とにかく、この事をミクの両親に伝える必要がある。心配しているだろうから連絡もしないと」
「そうだな。ミクの親も脅されているなら彼らの協力もすぐに仰げるだろう」
シンの提案にタカオが乗った形になる。タカオはすぐに端末からミクの親に連絡を入れ始めた。
シンとユキはミクの事を気遣って他愛もない会話をする事にした。
「……」
「ミク」
「……」
「今日はお疲れ、困った事とか分からないことがあったら教えるからね」
「ありがとう……」
「いいさ、無理だけはするなよ。話しがしたかったら聞いてやるよ」
「シンに話しづらい事があったら私でもいいわ。できる限り力になるよ」
「うん、でも今はいいよ。もう十分助けてくれたから……」
「そうか。そう言ってくれて良かった」
「あんたの今日の度胸には驚かされたわ」
「兄貴には言うなよ」
「わかってる」
「ならいい」
ユウトはそんな二人の様子を見てひょいっと顔を出した。
「……どうしたの?」
「こっちの話さ。大丈夫だ結果オーライだったから」
「そう。ところでユキさんってシンの友達」
「そんなところだ」
「そうか!よかったね!カズくん以来じゃない?」
屈託のない笑顔でユウトはシンが友達を作れた事に喜んでくれた。
「そう言えばカズはユウトの友達だったな。その縁で友達ができたんだっけ」
「そうそう。カズくんのほかにもシンの友達ができて僕は嬉しいよ」
「どーもー」
シンはおどけながらも感謝の気持ちをユウトに伝えた。ユウトはそれを見て朗らかな笑顔を向ける。
「……それにしても、あの『袋男』あいつはどこに縛り付けたらいいの?このままにしておくのも危険な気がするわ」
「そうだな。地下で暴れないようにして警察の知り合いに突き出せないか話しを聞いた方がいいかもしれない」
「そうね」
そこまで話したところでタカオが戻ってきた。どこか落ち着かない様子でいた。
「シン。俺と一緒に来てくれ」
「どうした」
「いいから」
シンはタカオに連れられて一度タカオの個室に連れられた。シンは少しだけ動揺したが、すぐに心の中で平静を取り戻した。その後、タカオはシンに電話の内容を話し始めた。
「……何かがヤバい」
「どういう事だ?兄貴?」
「奥さんは説明をしたら協力を申し出てくれたが、旦那さんがなぜか戻らないそうだ」
「どういう事だ?」
「……ふだんなら、仕事で遅くなっているとのんきに考える事もできるがこんな状況だ。……嫌な予感がする」
「……それは怖いな」
シンはそう呟いた。
タカオの先見性は昔から桁外れだった。シンの少年時代の頃から、タカオの未来に対する予測はとてつもなく優れていた。それは本人が直感に優れていたこともあるが、タカシに仕込まれた、当主としての教育や本人の頭脳明晰さに裏打ちされていた。
そのせいか、タカオがいう『この先こうなる』は予言めいた説得力がある事をシンは感じていた。
「……どうするんだ?」
「遅くなるときは、行きつけの大衆食堂で食事をとってから帰るらしい。そこを当たってみよう」
「その間二人はここに待機していた方がいいか?」
「そうだな。また『襲撃』に遭わないとも考えづらい。彼女たちは安全のためにここに泊まってもらおう。袋の男は地下に括り付けた上でな」
「ああ、ありがとうな兄貴」
「気にするな。さあ行くぞ」
タカオはそう言ってから外に出る前に鞄を持ち始める。シンも服装と準備を整えてから、タカオの出発準備の完了を待つ事にした。
シンはふとタカオの個室にある時計を見た。
時刻は八時半を過ぎようとしていた。
夜が深まる。闇が街を覆っていた
今回もお読みいただきありがとうございます。次回はミクの父を捜索するスリリングな回になると思います。シンはタカオと協力して無事にミクの父を見つけ出す事ができるでしょうか?
次回もよろしくお願いします。




