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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第四章 シャドウ・オリジン編
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第四章 十四話 覚醒(その五)

ユキの反撃。今回はそれがメインになります。楽しんでいただければ幸いです。

シンは呟く。

「アラクネ……そうか。お前が」

シンは恐るべき人物の名前に思い当たる事があった。

アラクネ。

アテナ銀河内で屈指の実力を持つ伝説的な天才ハッカー。

彼女に乗っ取れないシステムはなく、突破できないファイアーウォールはない。彼女の演算スピードは桁外れだった。普通のIT技術者が数人体制で何日もかけて処理する作業を数時間で済ませる。しかも一人で。

攻撃をされても逆に相手を罠にかける事すらあった。通常ハッキングの世界で後手に回る事は圧倒的に不利である。しかし、彼女はそのハンデを覆すばかりか、相手に手痛い反撃を与える事ができる。

彼女の処理スピードは桁違いで、一国の諜報機関が仕事を依頼する事すらあったと言われていた。

彼女の事が公的に分かっている事は少なかった。ハッカーが若手に多い事である事や、彼女が蜘蛛のエンブレムを発信する際、彼女の敵が発した言葉によって『女』であった事だけが世間に知られていた。

「……ここで『伝説』に出くわすとはな……」

シンはミクの手を引っぱりながらそう呟く。

ユキは右腕の機械のアプリを作動する。

ユキの体がびくんと跳ね、彼女の意識が電脳世界へと集約する。


ユキの意識は研ぎすまされ、一秒の感覚ですら長く感じるほどに鋭くなってゆく。

「さて、……お粗末ね」

ユキは既に相手の姿や位置を知る事ができた。

ドローンの撮影情報は意外と近くに送信されていた。

ユキの鋭く澄んだ電脳意識はタブレット端末のカメラを通して『敵の醜悪な微笑み』を捉える事ができた。

「キモい笑顔ね……」

敵の笑顔は、邪悪と牛糞と煮詰めたようなおぞましさがあった。人の苦しむ姿を見て笑顔になっている事自体を十分おぞましい事である。それを差し引いても、異性のユキに嫌悪感を感じさせることはじゅうぶんであった。

興奮。

女の子が死の恐怖や痛みに苦しむ姿をみて興奮を感じているのだ。それは怒りのような全うな興奮ではない。性的な興奮だった。

「ふひひひ……たまんねぇぜ」

ユキは軽蔑を通り越して強い殺意がわき上がるのを内心押し殺していた。

「……下の下の下ね。どうしてくれようか……」

ユキは考えた末に定番の反撃を割り増しで与える事にした。

位置情報送信。

移動ルート計算。

ミクの救出方法演算。

シンの理想的な作戦行動の予測演算開始。

その間に、敵の逃走ルート予測。

シンの作戦予測完了。

ユキ自身の作戦プラン作成。状況に最適化。

全予測完了。

作戦プラン立案。

コンプリート。

ユキは反撃の準備を完了する。

後は、『シン』がどれほど動けるかにかかっていた。





「敵はどこだ!ユキ!」

シンは叫ぶ。

ユキは怒りを抑えた表情で叫んだ。最低な人間のクズの位置を。

ユキの仕草と表情でシンはすべてを察した。

シンは露骨に怒り狂いながらユキに確認する。

「そこか!なめやがって!」

ユキはジェスチャーで『イエス』と表現する。

しかし、今は敵への反撃より『救出』が先であった。残された時間は少ない。操られたミクの体は金網を越えようとしていた。

「……助けて……助けて……」

ミクは助けを求めながら泣いていた。目から大粒の水分が頬を伝う。

「クソぉ!メタアクター野郎をぶちのめすにもこれじゃあ!」

「……高い事は苦手じゃないよね」

ユキは唐突にシンに質問をした。

高所。恐怖。

言葉の端々で確認されるニュアンスからシンはユキの作戦の全貌を悟った。

「……お前まさか」

「だめなら、プランを変える。でも敵が逃げる」

「やれよ」

シンは躊躇せずに言い切った。

「……正気で言ってる?私が言うのもなんだけど」

「気の合う同級生を見殺しにするくらいなら……一緒に飛び降りる方がマシだ」

「クレイジーね。でも気に入ったわ」

ユキは二つある作戦の最善案の方を実行した。

ユキはシンにあるものを渡した。それは小型の工具であった。本来なら重力かでも使用は想定されてはいないものだが、ロープは切れないよう特注品に変られており、工具の駆動系自体も改装されていた。また、使用者の肩や腕を守るため、その工具と一緒に、左腕の腕力増強装置も『パルドロデム』の収納スペースから手渡された。

ワイアーガン。

特定の一点に杭を打ち込みロープで人体を吊り上げる力を持った特殊工具であった。これは本来、無重力下での作業時における緊急避難用に開発されたものだ。落下する人間二人を掬い上げるものではないが、これしかなかった。

「パルドロデムも待機させたわ。『あの子』はあなたの指示で動くわ。準備いい?」

「構わない。落ちると同時にってやつだろう?」

「そう考えればいいわ」

「……ミク」

「…………」

「……俺を信じてくれるか」

「…………分かった。あなたを……」

「まかせろ」

シンはそう言うと、ミクの手を離す。そして、シンも同時に金網を越えた。

「きゃあぁぁぁぁぁ!!」

女の子の悲鳴が虚空に木霊する。

シンは意識をミクの救助に集中した。

ユキは上を見る。敵の能力が解除され、部屋の中の男のそばに移動した事を確認する。

シンはその間、ミクの体を見下ろす。

ミクの体の背後に、アスファルトの海を視認する。

虚空とアスファルト。巨大な死の絶望がミクを飲み込もうとしていた。

「…………お母さん、ミッシェル。俺は『カラス』になるよ」

シンは心の中でそう呟いた。死の世界にいるかけがえのない『家族』に強く誓った。奪う者はなく、希望を超えた『太陽』をもたらす者として。

かくして、シンは鳥となった。『カラス』となった。

シンは躊躇なく、虚空へと足を踏み入れた。

二人はビルを背後に自由落下を始めた。

シンの目に怯えはない。そして恐怖すら置き去りにしていた。シンの目はただミクを見据えていた。シンは彼女に手を伸ばす。

「こっちを見ろ!ミク!」

ミクの手とシンの手が繋がれる。

それと同時にシンはビルの方角にワイヤーガンを打ち込む。

そして二人は宙づりとなった。





大音量。

男の部屋でけたたましい交響曲が耳をつんざく。

「ぎぎぎぎぃぃぃぃ!!何だぁッ!?」

男のタブレットはいくつものウィンドウが表示されている。それはどれも画面の前の人物を挑発する意図が察せられるものであった。

「切れてんのけ?マジ受けるwww」

「ねえどんな気持ちwww」

「小馬鹿になんかしてましぇーんw大バカにしてマースw」

このような言葉がコミックやアニメーションの画像と共に表示される。

「クソがぁ!何だこれはぁぁッ!?」

同時にドアが蹴破られる。怒りの形相を浮かべたユキがドアを突き破る。

強化された右腕の義腕から繰り出される殴打はドアの板を軽々と吹っ飛ばした。

ユキが最上階から敵のいるフロアに到達したのであった。

「のぉ!?」

「……さて、覚悟はいい?」

ユキは怒りながら笑っていた。表情は普段通りの笑顔だが、顔の所々が力んでいた。

「ま、まって自首する!俺が!俺が悪かった!」

男は土下座した。

「……信用できないわ。誠意を見せなければね……」

ユキは突き放そうとすると、男はユキにすり寄ってきた。

「ま、待って!靴でも何でも舐めますからほら!」

男はそう言ってユキの靴をぺろぺろと嘗め、許しを乞い始める。

「ばっ……」

ばっちいと言いかけてユキは離れようとした。

しかし、できなかった。

ユキの体が金縛りにあったかのように動けなくなった。

「な……まさか……」

「うひひ、俺の能力は『舐めた者の手足を支配する能力』だぜ……引っかかったなぁぁぁ」

「こ、この!この!あんたはあの子を舐め回した訳!」

ユキは抵抗すらままならなくなった。

「いひひ、ミクもお前もなかなかのべっぴんだからな。お前はなかなか将来性高いなぁ。ボインちゃんになるぞぉぉっ!だ、か、ら、思いっきり遊んでやるよ……ひひ、まずはそのふっくらした胸をなぁぁぁ次は尻ィィィィィィィ!」

「ひ!この変態!触るなッッッ!」

ユキは身をよじらせ逃れようとするが、手足の自由を奪われ抵抗ができない。ユキは背筋にぞわぞわと寒気を感じながら抵抗する手段を見た。

窓。カーテンがかかっている。これではシンに中の状況を伝える事ができない。

クローゼット。机。ベッド。部屋の中をユキはくまなく見る。

そしてユキはベッドの上を見た。男の端末が音を鳴らし続けていた。

ユキは掌握した端末にプログラムを送った。

破裂音。

背後の音に驚いた男はぎょっと後ろを振り返り能力を解除した。

解除した。その隙をユキは見逃さない。

ユキは男の後頭部に強烈な回し蹴りを放った。

シンほどの威力はないが、敵の戦意を削ぎ落とすには十分な威力を発揮した。

男はクローゼット隣の壁に顔から激突し、壁に血の痕を残しながら倒れ込んだ。男は顔から血を流して気絶した。

「……一人しか操れないみたいね。あなたの能力。まあそうか、……もし同時に操れるならこんなところで能天気に撮影してないで口封じするもんね。ああ、サイテー胸触られた……」

ユキは男を縛り付け、パルドロデムと通信しようとした。

刹那、陶器かなにかが粉砕された音が部屋に響く。ガラスが砕ける音だ。シンたち二人が窓から部屋に飛び込んできた。

「うわわ、……って助けにきたの!?」

「そうだ。屋上に向かっている途中で破裂音がしたからな。銃声かと思った」

「タブレットをショートさせたのよ。注意を引くために破裂させたの」

「注意?」

「あの変態。私の胸触ったの」

「そうか。尋問の時が楽しみだ」

「思いっきりやっちゃって」

「当たり前だ。この変態、人が死ぬか生きるかの場面でふざけたことしやがって」

「あと、こいつ、ミクを殺そうとした。性的に興奮するため」

シンの目つきが変わる。

「…………わかった。こいつに必要なのは尋問ではないな」

「というと?」

「拷問」

シンは猛禽の目をして倒れた男を見下した。君主が反逆者を見下ろす時のような冷徹な目をしていた。

「……思いっきりやって、この男はもううんざりよ」

「そうさせてもらう……さてこの男どう運ぶか。バックとかない?」

「そう言えばクローゼットがあったわね……あ、袋があった」

「袋?」

「なんだが知らないけど大人一人入りそう。ラッキー」

「良かったな。これで怪しまれずに済みそう」

「少し着替える?……ってこいつの服大丈夫?臭くない?」

「……意外に奇麗好きみたいだ」

シンは服のにおいを嗅いで、ユキに報告した。

「うえ……バッチィわよ。そんなヤツの服」

「とりあえずここを出る前に服を変えないと……俺も嫌だけど」

「私、服をリバースできるものにして正解だわ」

ユキは上着のジャケットを脱ぎ裏返しにして着直した。

「いいな。そうすれば良かった」

「さて、ミクちゃんをどうしよう」

シンはミクの方を見た。泣いてはいるが彼女は比較的冷静さを保っていた。

「殺されかけたんだ。うちの兄貴のところで保護しよう」

「もはや『犯罪』よ……これは『いじめ』の域を超えているわ」

「それは違うなユキ。『いじめ』自体が『犯罪』だ。刑務所にこいつとこいつの仲間をぶち込んでもいいくらいだ」

「その点は同感ね」

「だろ」

服装を替え『シンたち三人&変態という名の荷物』はゆっくりとエレベーターで地上に降り立った。シンはサングラスで顔を隠し。ユキも覆面をネックウォーマーの形にして服装を怪しまれないように工夫した。

「それにしても。予測以上よあなた。とんだくそ度胸よ」

「それを立案したのは、お前だろうに」

「まあ、でも実行できるとは思わなかったわ」

「……できなかったらどうしたんだ?」

「もうひとつ隠し球があった。それを使おうと思った」

「ロデムパルドだっけ?あれ以外にあんの?」

「ある。空中戦にも耐えられるヤツが」

「……お前、本当に何者だ」

「……あら、乙女の秘密に口出し厳禁よ」

ユキは人差し指を口に当てて微笑を浮かべた。

「わ、わたしも気になります」

「ちょ、それ言われたら台無し」

ユキが笑いながらミクに返答した。

「ご、ごめんなさいマイペースで」

ミクのあまりにも生真面目な返答がユキの笑いのつぼを不用意に刺激する。三人と『荷物』以外何もないエレベーターでユキの抑えたような笑いが響く。

「あ、あなた、くすくす、なかなか面白い子、ぷーくすくす、じゃない。ぷーくくく」

「……なんだこの笑い袋」

「ふふ、この空気は嫌いじゃないわ」

「すまないね。ミク」

「いいの。二人とも私の恩人だから」

「くくく……」

「……やれやれだ」

シンがユキにあきれたような顔を浮かべたところでエレベーターが一階に到着した。電子音がエレベーターの停止を呼びかける。三人は死闘から生還し、ビルから忍ぶようにして静かに姿を消した。

次回から『敵グループ』の情報収集兼シンユキコンビの怒濤の反撃が始まります。ここから、どう面白くしてゆくか悩ましいところですが、楽しんで描いていこうと思います。次回もよろしくお願いします。

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