第四章 十三話 覚醒(その四)
だいぶ、お待たせしました。予定より時間がかかってしまいました。
今回のシンとユキは悪がもたらした結末を変えようと奮闘します。楽しんでいただければ幸いです。
帝都第二ビル。アズマ国の経済繁栄を象徴する建物。
そこの最上階に眼鏡をかけた大人しそうな少女がいた。
ミクは靴を脱いでいた。脱いだ靴を丁寧にそろえて置いていた。彼女の眼前には落下防止用の柵と美しい星が見えていた。一等星だった。それ以外の星が掻き消えていた。都会の光のために。
「……奇麗……ね」
星の美しさに感嘆しながら、それとは違う悲痛な涙を彼女は流していた。
「……楽に……なりたい」
そう言って彼女は柵に再び手を掛けた。手を掛けようとした。
自分を罰するかのように自分を殺そうとした。それはまさしく『自罰』。自分に自分が刑をかそうとしていた。彼女に『罪』はないのにも関わらず。
幻聴が聞こえたかと彼女は思った。
駆動音。
浮遊型バイクが走行するかのような駆動音が近づいてくる。下から。
「……え?」
時間が止まったかのような感覚をミクは感じていた。
機械の獣に跨がった男女をミクは目撃した。
そのうちの一人は見覚えがあった。
覆面をしていて、目元しか見えないが、その意志の強そうな瞳にミクは見覚えがあった。
シン。
アラカワ・シン。
彼女にとって大人しく謎の多い同級生に過ぎなかった。
彼はたまに雑誌の記者に話しかけられるので、印象に残っていた。何年も前に外国に誘拐された少年。それ以外はただ寡黙で決まった友達としか話しをしたがらない男の子。ミクにとってそれだけの男子だった。
だが、どういうわけかシンは見知らぬ女の子と共に自分の目の前にいる。それもおよそ百階建てのビルの下から上に落ちるかのように舞い上がってきたのだ。それを見てミクは心底仰天した表情で見るしかなかった。
シンと少女――ユキはバイクから変形した機械の獣を用いて屋上へと着地する。空中で宙返りするかのようなアクロバティックな軌跡を描きながら、屋上の一地点に着地した。
「……ふぅ、とんだ無茶をする。あんたの『相棒』はビルの壁を登れたのか」
「そうでもしなきゃ間に合わなかったわ。でもよかったこの子が躊躇してくれて」
ミクは理解が追いつかない様子でぼんやりと二人を見た。
「……シン、君?……だよね……違う?……」
「……マスクの意味ねえな。これだと」
「そうでもないわ。正体を隠しておけば後々困らないわ」
「かもな。だが、なんでバレたんだ?」
「知り合いだからでしょ。相手は恐ろしく勘がいいわね。乙女の勘ってヤツかしら」
「かもな」
そう言って二人は覆面をとった。ミクの警戒を解くためでもあった。
「……なんで分かったんだ?ミク」
「……あなたの目は……なんとなく……違うから」
「違う?」
「……目が大きくて、いつも鋭い感じがする」
「あー、それね。彼の目って刀かナイフみたいでしょ」
「そう。学校でいろんなクラスメイトをみてたけど、君の目って特徴的だった」
「そうそう、あたしはつきあい短いけど分かる。シンってそうだよね」
「あはは……、ほんとそう。……そう言えば、あなたは?」
「ユキって呼んで。彼とは……その」
「友達。話せば長くなるけど、いま友達になった」
「そう。そういうこと……ところで、あなた。死のうとしてない?」
「う……」
「ミク。この子が教えてくれたんだ。君が死のうとしてたって」
シンはユキの方を指差していた。
「…………」
眼鏡の女の子は俯いた。俯いて、ただ黙った。子供が母親に叱られるのを覚悟するかのように。
「本当なのか?」
「……どうして分かったの?」
ミクがユキに質問を投げかける。ユキの方は明るい口調で答えた。ミクの気分を変える意図も考えて。
「秘密」
にっこり笑いながらユキはそのようにはぐらかした。
実際のところその『種と仕掛け』はミクの携帯端末をハッキングしたことで判明した。通信機器の会社サーバーをいくつも経由し、端末のGPSの位置情報をユキ自身に内蔵された端末にダウンロードしたことでわかった。
手段が手段なのでユキは『種と仕掛け』の中身の事を黙った
「……一瞬で分かるやり方だったか?あれは?」
「私だから出来る。位置も何となく絞り込めたからね。……それでもアマチュアだと数時間はかかるんじゃない?」
「……冗談きついぜ」
「でも結果オーライよ。危ないところだったんだから」
ユキは涼しい顔でとんでもないことを言ってのけた。それをみてシンは敵に回したくないという思いを露骨に顔に出した。
「さて、……ミクって言ってたわよね。自殺する前に私に相談してご覧なさいな」
「…………」
「彼女に話しづらかったら、俺でもいい。とにかくこんな事はだめだ」
「…………ほっといてよ」
「俺はこのままじゃあ君をそっとしておけない。警察に――」
「駄目!」
警察という言葉を口にした瞬間、ミクは即座に拒絶の態度を見せた。
「…………警察は駄目なんだな」
「…………」
「いじめに関わった子は……警察とつながりが?」
「……警察だけじゃない……あれは……マフィアよ」
「……マフィア……か」
ヤクザ、極道、ギャング。
関連の深い単語がシンの脳内に反芻された。シンは冷静さを装ってミクとの会話を続ける。ミクの表情に暗い恐怖の色が見える。
「……私だけじゃない。親も……人質なの」
「……人質……か。親の仕事でか?」
「そう……私は家族ぐるみでいじめられているの。私は……」
「ただ事じゃないわね」
「既にそうだ」
シンは強く握りしめた。こみ上げる感情のために。
ミクは語りだした。自分の置かれている状況をその受難を。
「……私の父は研究者だった。……ヨツビシ重工で星間船の研究をしていて、新しい製品の開発に着手していたの。だけど、前の戦争で賠償金をもらえなかったから会社の経営が傾いて、父はリストラされたの」
「……ワンチョウとの戦争か」
「そう、それである会社に引き抜かれたけれど、そこの会社はヤマオウ組とつながっていて、犯罪まがいの事を……」
ヤマオウ組。アズマで二番目のマフィア勢力であった。
「そこで弱みを?」
「そう!それで、私も父もいいようにおもちゃにされている……私は毎日、社長の息子と娘にいいように殴られている。息子は機嫌が良いなら暴力は何もないけど娘は毎日殴ってくるの。それに、息子の方も私の胸を触ってきたり……」
「ひどい……」
ユキは口元を覆って嫌悪の表情を浮かべる。
「……私は……もう……限界よ」
ミクは顔を両手で覆った。手の指から、手の間から雫が流れ出す。咽ぶ声が高層ビルの屋上に響く。
「……これが……俺や……ミッシェルが望んだ平穏だというのか?」
シンは苦い表情を浮かべて俯いた。そして、ミクに慰めの言葉を交わした。
「……死ぬな。俺は少なくとも見ていた。お前がそんな目にあっても毎日学校に以降としていた事を、勉強をして父の仕事を手伝おうとしていたのを。俺は見ていた。だから死んではいけない。俺はお前にずっと力をもらっていた。俺もつらいことがあったけど、頑張って行こうとしたんだ。学校へ」
「そう……なんだ……」
「あたしもそう」
ユキもシンの言葉に続いた。
「私も最近、辛い事があったの。……でもね。今日の事で思った。やっぱ私、間違ってない。ひとりぼっちの子の救う事は正しくって光のある道なんだって思った。私もあなたとシンに救われたのかも……ね」
ミクの咽ぶような泣き声だけが大きく響いた。自分が消える事で悲しむ人がいる。自分の存在が誰かを救ったり変えたりする事ができた事。
その事がミクの心に大きな光を残した。
「……ねえ、ミク。ちょっといい?」
「……なに?」
「その、両手についてる糸は?」
「……糸?え?」
シンもミクもなんのことか見当がつかなかった。ユキが『見えない糸』について言及していた。ミクは泣き止んで腕や手の方を見た。
「何も――」
次の瞬間、引っ張られるようにして、ミクの体がぎこちなく動き始めた。
「え、え、何!?」
ミクはなぜか金網の方に向かっていった。
「!!」
シンは予想外の出来事に目を見開いた。
そして、シンはとっさにミクを掴んだ。ミクが進もうとする力は大きくシンも思わず引きずられる場面もあった。
「……!!」
ユキは気がついた。ユキの特殊な眼球は見えない何かを見たのであった。
黒い蜘蛛のような異形の何かがユキたちの上空にいる事を。そしてその異形がミクの体を器用に操っている事を。
シンの方も直感的ではあるが、ミクに異変が起きている事とユキがその正体を察した事を感じ取った。
「……まずい」
シンを含めた三人は最悪の結末を予感した。
ミクが泣き叫ぶ。
「い、いや、いやぁ!助けて!どうして!?どうして体が!?」
「ミク!手を!手を!」
シンは手を差し伸べるがミクの手は不器用にしか動かせない。糸の妨害を受けているのだ。シンの手を伸ばそうとするとあらぬ方角に引っ張られている。ユキはそれを視認する事ができた。
ミクは何が起きたか分からずパニックになる。彼女の目から大粒の涙が流れていた。シンは暴れる片腕を離さないようにがっちり掴む。しかし、彼女だけではない。もっと大きな力が彼女を死へと引きずり込もうとしていた。
ミクは叫んだ。
「ママ!パパ!怖いよ!死にたくない!死にたくない!嫌だ!だってせっかく褒めてくれたのに!味方が!友達ができたのに……嫌だパパ!」
「くそ!引きずられる!メタアクター能力か!」
「シン君!ユキちゃん!助けて!死にたくない。……私、死にたくないよ。パパに……もう一度、……褒められたいよぉぉ……」
ミクの片腕が金網を掴み始める。泣いている彼女の体が網を登り始めた。シンは力一杯彼女を引っ張った。
「……ん!?」
シンは引っ張られる先に、不審な飛来物を見る。
ドローン。
家庭用のドローンだった。
ドローンからカメラがぶら下がっていた。シンとユキはその目的を察した。
彼女を嬲り殺しにしてそれを撮影して楽しんでいる事を。
「畜生がぁぁぁ……」
シンはミクを引っ張りながら悪趣味なドローンを見据えて怒り狂った。シンはユキも怒っていると考え、ユキの方を見た。
しかし、どういう訳かユキの顔から焦りが消えていた。
「……最後の最後で、敵はヘマをやったね」
「……何?」
シンは目を見開いてユキの方を見た。
ユキはドローンに正確に何かを打ち込んだ。ユキの左手に拳銃型の装置が握られている。ドローンに打ち込まれた何かは極小のアンテナのようなものが広がった、それはユキの体の通信機能とリンクしており、ユキとドローンを繋ぐ一本の見えざる糸となった。
ユキは、にやりといたずらっぽい笑顔を浮かべた。
「反撃開始よ。『アラクネ』の魔術を見せてあげるわ」
ユキは右腕の機械腕から小型のタッチスクリーンを展開し、プログラムの一つを起動した。
今回もお読みいただきありがとうございます。次回、シンとユキは『人でなしグループ』の一人と対峙します。はたして、二人は『四面楚歌の女の子』を救う事ができるか。次回に続きます。




