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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第四章 シャドウ・オリジン編
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第四章 十一話 覚醒(その二)

この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください

シンは『生き方』に飢えていた。

戦いの中で友と生き残る事だけがシンの生きる道だった。しかし、シンは友と共に生きる目的を見失ってしまった。

そんなシンにとっては『学問』だけが心のよりどころだった。

言葉、数字、歴史、科学。

シンは貪るように学んだ。亡き友の喪失を埋めるかのようにシンは学び続けた。シンは数字に関しては得意ではなかったが、それ以外の言葉や歴史、科学などの分野においては同年齢の子たちよりも優れた適性があった。特に外国語の成績は群を抜いて高かった。

シンにとって学問は癒しだった。だが、学校という場所はシンには馴染めなかった。友達はできたが、深刻な問題があった。

いじめ。

人間の集団には必ず悪人がいた。

シンはなるべく標的にならない振る舞いを努めた。ミッシェルが命がけでくれた平穏を、余計な悪人に邪魔されたくなかった。残酷な現場から逃げるたびにシンは何かが軋む音がした。軋むのは物理的なものではなかった。むしろ精神の軋みであった。それを感じたシンはその度にカウンセリングという『修理』を受けた。

「……そう、……つらかったね」

「…………俺は、……彼女に何かできないかって考えているんだ」

「彼女……ミクちゃんね」

ミク・シモダ。とても穏やかな性格の生真面目な女の子だった。彼女は不器用な面を持っているために『標的』にされた。男5人と女3人の『人でなしグループ』に標的にされた。

シンは苦しんでいた。『人を殺しうる』力を振るえば自分の居場所を失う事になる。アラカワ・シンという人間に対する恐怖の為に。元少年兵という過去のために。しかし、彼女は日に日に消耗をしていた。自死を選びかねなかった。

「……彼女にこっそり話しかけるようにしています」

「……どうやって?」

「……手紙や電子メール、プレゼントを……」

「彼女は喜んでいる?」

「ええ、せめてもの救いになれば……」

「それが一番よ。彼女はきっと救われた気持ちになるわ」

「……」

シンはすこしだけ安堵の表情を浮かべた。カウンセラーはそれをみて微笑む。

「……先生は……対処してくれているかしら」

「……口だけだ。注意はするが、引き離したりはしない。彼らは何もしてくれない」

「……先生も影で……」

「嘘だ」

シンは初めてカウンセラーに反抗的な態度をとった。

「……口だけだ。もっとまともな教師もいるが、彼らも標的にされていた。陰湿だ。何もかもが。『あれ』は人間じゃない……『獣』だ。獣が放たれているのに、俺たちはただ見ているだけだ」

カウンセリングは五回や十回ではなかった。

何度も何度も、ドクターとの信頼関係をシンは培ってきた。

それなのに、シンは初めてそれとは真逆の感情を抱えていた。

「……誰も……なにもできない。ミッシェルだったら、命に代えても彼女の『孤独』を理解した。そして行動した。俺は分かった気になっただけだ。何もしてはいない。慰めしかしていない。孤独を癒せるのは人間の温もりや言葉だけだというのに……」

「…………」

アイカワドクターは黙って俯いていた。

「すまない。取り乱してしまって……」

シンは我に返り謝罪の言葉を述べた。彼女はすぐに穏やかな笑顔を取り戻した。そして彼女は毅然と忠言をシンに言った。

「結論を急いでは駄目よ。時間が解決するわ」

「……わかった」

シンは白いカウンセリングルームを出た。扉を締めると、シンの周りを静寂が支配した。シンはしばらく息を吐く。そして、出てきた扉を見る。木製の扉が沈黙したかのようにたたずんでいた。

扉は閉ざされていた。

あんなに会話をかわしたドクターとの間にあるのは一枚の扉だけではなかった。




シンはとぼとぼとヘイキョウの都会を歩いていた。

ヘイキョウの繁華街『アラタヤド』の人ごみをふらりふらりと歩いていた。歩きながら、シンはこう呟いた。

「……『マイナス』だ。まだ……まだ、俺は……『マイナス』だ。どうすれば、『プラス』に向かって……歩けるんだ?」

シンは一人歩いていた。歩きながら、ミク・シモダの苦しみに思いを馳せていた。ふと空を見ていた。

カラスだ。

忌々しいカラスだ。

一羽のカラスが夕焼けの光を受けながら飛んでいた。

「…………カラス……か」

カラスは自由だった。そして光に向かって飛んでいた。黒い姿なのにも関わらず光を求めていた。シンはなぜかその一羽のカラスに奇妙な親近感を感じていた。

「……俺は……『人間』を傷つけたくないんだよ」

自重気味に笑いながらシンはふらりと歩き始めた。

あてどなく歩いていると、シンは自身の感覚に奇妙なものを感じた。それは第六感のようなぼんやりとした感覚だった。

その感覚はシンにこう呟いた。

誰かがついてきていると。

「…………」

シンは人ごみの多いアラタヤド駅前から遠く離れるように東に歩き始めた。

東には『ジンムロ町』という街の前に出る。ヘイキョウは外国と比べると治安はかなりいいが、そこだけは別だった。飲食店や風俗店などが連なる『不良の街』であった。平穏とはほど遠いところであった。

シンはそこの奥まった場所に進んだ。荒事を想定してそこに相手を誘い込んだ。

「……出てこい」

シンは袋小路に到着するなり背後の人物にそう呼びかけた。

後をつけた人物が現れる。

それを見るなりシンは意外な顔をした。

「……女の子……?」

見知らぬ少女がこちらを見ていた。

長く美しい黒髪をもち、顔立ちの整った美少女が姿を表す。

淡い色合いのシャツとシャープで黒めな色合いの長いズボン、そして明るい青を基調としたジャケットを着た少女がじっとシンを見ていた。

ただ、普通の美しい女の子ではなかった。腕が機械化されており、腕から、ぎいぎいと音を立てながら相手を威嚇していた。

少女の黒く意志が強そうな目がシンの鋭い目を見据える。

「……」

「だれだ?」

「……悪く思わないで」

「……こっちの台詞だ」

少女は右腕を変形させる。

アームキャノンだ。充填されたエネルギーの弾がシンのそばを飛来する。シンは右の壁を蹴って回避する。そして少女に蹴りを与えようとした。足払いだ。だが少女も馬鹿ではない。足払いを予測し、飛び跳ねるように回避した。

「……やるな」

シンは次に両腕で少女を攻撃する。高速で繰り出された鋭い連打を少女は左腕で軽くあしらう。だが、シンは変則的なタイミングで、強烈な正拳突きを繰り出す。

「……ぐぅ」

強烈な一撃に、少女の体のバランスがぐらつく。

その隙をシンは逃さなかった。シンは一直線に少女の体へと突進した。

もみくちゃになってシンは少女に組み付いた。シンは少女の体の自由を奪う。近接戦闘ではシンの方が上だった。

「……ぐ」

「……君。名前は?」

「…………」

「名前だ!」

「……名前などない」

少女はアームキャノンをシンに向けて撃とうとする。しかし、エネルギー弾はあらぬ方に飛ぶだけだった。コンクリートの壁が穿たれる。

「……大人しくしろ!」

「…………だめか」

少女はそれきり抵抗をやめた。

「……わかった。とりあえず君を……ユキと呼ぶ」

「……勝手に名前をつけないで」

「……他に名前があるんだろ?」

「……はぁ、ユキでいい」

「……変な子」

シンは彼女のへんてこな態度に戸惑いながら、会話を続ける。

「……どうして俺を狙った?」

「……依頼された」

「……誰に?」

「……オズ連合の……サワダって男」

それを聞いたシンは女の子の首を締め始めた。シンの目が少年のそれから猛禽類のそれに変化した。狩人の目。『狩る側の目』になった。

少女は恐怖の表情を浮かべて涙ぐむ。

「…………君は、彼を知っているか?」

シンの声に殺気が帯びる。

「うぐ……し、知らない!知らない!」

「……本当か?」

シンは締める力を強くする。

「本当よ!知らないったら!」

「嘘ついたら殺す」

シンの目が鋭くなる。

シンはさらに彼女の首を締めた。

「ぐぅ……ぐ……や……嫌……た……たす……け……」

少女の顔が涙ぐむ。涙ぐみながら苦しみの声をあげた。

そこでようやくシンは我に返った。

「……!」

シンは思わず彼女から手を離した。

「げほ、……ごほ、ごほ」

ユキが咳き込みながら少年の方を見る。

シンは呆然としたまま座り込んでいた。

少女はその隙に右腕を向けようとした。しかしできなかった。

少女は躊躇った。シンが泣きながら混乱していたからだった。

「……あ、……ああ、なんてことを……俺は……なんで……?」

友の仇の名前を聞いたとは言え、シンは理性を失った自分自身を恥じて苦しんだ。その様子をみて『ユキと名付けられた少女』は怪訝な顔で少年を見た。

「……げほ、……なんで締め付けといて後悔してんのよ」

「……すまない、すまない……」

「…………はあ、なんだかほっとけないわ……まあいいか。あのサワダって男なんとなく気に入らないし」

ユキは服のポッケからシンの顔の涙を拭いた。

「……男の子でしょ。しっかりなさいな」

「……ありがとう。ごめん」

シンは目を赤くしながらも精一杯の感謝の言葉を口にした。少年らしい微笑みだった。

「……あのさ。誤解するようだから言っておくわ。わたし本当に名前『ない』の」

「……え、なんで」

「……私がいた国『ジーマTHX』は、個人って概念がないの」

「……じゃあ、君はなんて呼ばれてたの?」

ユキは暗く表情を一瞬だけみせてから

「……『PKI-90型YUKI90-009』っていうの。両腕以外は成長する生体部品で作られたの私」

「……やっぱり、『ユキ』の方がいいよ。文字のなかにも『YUKI』ってあるしさ」

「……ほっといて」

「……あのさ。お詫びに食事に誘わせてよ」

「……薮から棒ね。私は『殺しに来た女』よ」

「殺しにきた人と友達になっちゃ駄目かな?……だめか」

「……あなた変わってるわ」

「自分でもそう思う。アズマに帰るまでは『友達以外は殺す』だったのに」

「……興味があるわね。あなたの友達って」

「もういない」

「……死んだの?」

「……うん」

「どうして?」

「……サワダに殺された」

「私の依頼主?」

「うん」

「……やっぱり、断っとけばよかった」

「じゃあ、これで『友達』だね」

「まって、どうしてそうなるの」

「……だめかな?」

「……やれやれね」

シンは機械仕掛けの手を引いてユキを食事に誘った。シンの変わった一面に戸惑いながらも、ユキはどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。

空はすでに暗くなりつつあった。だが、星も出始めていた。

本作品は『孤独なる人間』をテーマに様々な物語を展開していきます。


次回もよろしくお願いします。

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