第四話 六話 均衡と不安
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください
シンは見張っていた。
平穏な地平線を。名も分からない惑星の基地から。
そこには敵はいなかった。
たまに小規模な戦闘があった。シンが真っ先に飛び出し、銃を敵に放つ。来る日も来る日も敵を殺し続けた。交代しながらの仕事であったが、気は抜けなかった。しばらく寝て、たまに起きる。敵の気配がないか確認してまた寝る。そんな日々を何日も続けた。見張りの日は少年の身のシンには辛かった。
それでも朝が過ぎれば、楽しい時間がやってきた。ミッシェルとの時間が何より楽しかった。ミッシェルはいろんな事を教えてくれた。楽しい事も、哀しい事も。
ミッシェルの口から、シンと同じ時に入った少年兵たちの事を聞かされた。
シン以外は、いない。
少年兵の多くが死んだ。
シンのいた三番隊以外にもメタアクターに出会ったことが語られる。数の多さに任せて戦ったが、辛い勝利だった。ベテランの兵士でさえ死者が出たと聞いた。
「……なぜ、ここまでして情報を?」
シンは率直な疑問を投げかけた。シンが誰にも言えない質問をミッシェル相手なら言えた。ミッシェルの方もその気持ちを察したようで、ふっと微笑んで答えた。
「……ああ、上官たちはこう言っていた。これを伝えれば戦争が終わる。国が救われると」
「……国?」
「オズ連合王国全体が銀河中に認められるって事らしい。それくらい重大な情報だって言っていた」
「そうなんだ。……戦争が終わるかな?」
「……終わったらどうしたい?」
「……帰りたい」
「……そうか」
「ミッシェルは戦争が終わったらどうするの」
「……そうだな。お前とアズマ国に行きたいな」
「……いいの?でも……」
「俺は元々『捨て子』なんだ。親に認めてもらう前に捨てられたんだ。なら、お前といくよ。親友だから」
「……ありがとう」
シンは思わず泣いた。久しぶりの涙だった。初めて人を殺した時も。初めてメタアクター能力と戦った時も。シンは涙を流す事なく戦った。悲しみの涙は抑えられたが、『受け入れられる喜び』は抑える事ができなかった。そのためにシンは明確に涙を流した。その気持ちは人間的な水滴となって頬を伝い、ミッシェルと共有された。
「ほらほら、うれしいなら笑えよ。そっちのほうがいいや」
「うん。そうだね」
「ほらハンカチ」
シンはミッシェルの黒のハンカチで目を拭いた。
ただの布切れであっても、シンにとっては宝物だった。シンはそのハンカチの感触をずっと握りしめていた。
「気に入ったなら持ってな。俺は予備があるから」
「いいの!?大事にするね」
「はは、大げさだな」
口では『大げさ』と言ったミッシェルだが、顔のどこかで微笑んでいるような気がした。最近のシンは察していた。ミッシェルはリラックスする時、後頭部の後ろをぽんぽん叩く癖があった。
ぽんぽん。
ぽんぽん。
話すたびに叩いていた。
シンにとってもミッシェルはリラックスの元であるが、ミッシェルにとってもシンとの時間がかけがえのないものであるとシンは感じていた。シンは空を見ていた。まだ日が長く、空が明るかった。あれから何日経つか気になったが、もうどうでも良かった。
ミッシェルとの時間。
孤独を忘れる事。
それさえあれば、シンには何も怖い事はなかった。シンは見張りと訓練をこなしながら毎日を過ごしていた。それこそが、シンの運命を大きくきめることとなった
オズ連合の中枢には『首長』と呼ばれる君主がいた。そしてその下に首長を補佐する3人の長老がいた。
オズ連合は多くの民族がいた。その歴史はアスガルドやアズマと並ぶくらい古いものであった。建国に関わった三つの民族から長老が選ばれるのが習わしだった。
イーダ人。軟体動物を思わせる見た目をしていた。建国に関わりが深い。
レムリア人。華奢な体と優れた頭脳を持つ。
オズ人。昆虫に似たインセク種の人類だ。人口が最も多い。
この三つの種族がオズの統治を行っていた。
シンたちが奮戦した後のこと、3人の長老が会談を行ってた。
戦争の事だ。
フランク連合の過激派が主となった事件。それがきっかけで起きた戦争。それがきっかけで両国は泥沼の状態となっていた。それを打破すべく、首長は3人の長老を呼び込んだ。完全勝利か痛み分けか。どちらにもデメリットがある
彼らは全く違う言語を持っていたが、そばには通訳用の多機能ロボットを従えていた。三つの民族の三つの言葉が銀河共通語として変換されてゆく。
それをもとに会議は踊った。
「……もう限界だ。我々の同胞も命を失っている。一刻も早い解決が必要だ。なんとかすべきだ」
レムリア人の代表が口を開いた。アル=ベル・レムリア長老。戦争に慎重だった。
それに対して、オズ人の、カリリ・ガリ長老が声を荒げる。戦争に積極的で、フランク連合に嫌悪の感情を抱いていた。
「何をいうか!フランクの選民思想どもが我らにした事を忘れたか。今こそ奴らに目にものを見せなければどのような悲劇が……」
イーダ人の代表、エーテル・モーデ・エル・イーダが両者を諫める。
「やめないか。どちらも極端過ぎる。戦争をやめるには時間がかかる。かといってこのまま戦争を続ければ血が流れ、領土が荒れる。ここはフランクとの会談が必要だ」
「会談だと!?そんなものは必要ない!我々は徹底的に」
「もう無理だと言っているのだ。このままではフランクを滅ぼせても、我々は自滅の道を歩む事になるのだ。それに、十分領土を取り戻せたのだ。フランクにいくらか土地を戻した上で和平を結べばいい」
「ぐぅ……仕方ない」
「……閣下。我々としては、これ以上の戦争継続は無意味だと考えます」
「……ふむ、珍しい結果になったな」
首長、アルスト・エル・リ・オズ二世は十分にうなずいた上でこう言った。
「……停戦のための会談が必要だ。一ヶ月後に会談を行おう」
「……は、ありがたきお言葉」
「……はは」
「…………」
3人の長老は静々と首長の御前から下がっていった。
「……急がねば」
カリリ・ガリ長老の表情に焦りの色が出ていた。
曹長とゾラ衛生兵、ミッシェル、そしてシン。
この四人が偵察任務を言い渡されたのはゼラとの戦いをから何ヶ月も過ぎた辺りのことであった。
曹長はミッシェル越しにシンにある任務が言い渡されていた。
「写真?」
「そうだ。……君はある時刻にある基地の撮影をすればいいという任務が言い渡された。これが終われば、君はオズ王家より勲章とそれなりの待遇が与えられる。これは異例の事だ」
「……しかし、その基地ってどこに?」
「宇宙港だ」
「……え?」
「ここから12キロ。徒歩で向かう。かなり遠くのある基地だが、そのすぐそばに検問がある。NGOの活動にまぎれて移動し、現地で作戦を開始するそれまでは命令まで待機。何か質問は?」
「……他の3人はどうするのです?」
「……それは秘密だ。この作戦は機密性を保持しろと命令されている。特にシン。君には」
「どうしてですか」
「それは、……簡単だ」
曹長が一瞬だけ躊躇してから答えた。
「写真自体が問題だ。敵の機密情報に関わると言われている。詳細は現地につくまで不明いいな?」
「もうひとつ」
「どうぞ」
「そのNGOってなんですか?」
「非政府組織。平和維持と戦争の子供を救うための組織を名乗っている。だから君を選んだ。我々作戦の要としてな」
「……わかりました」
シンは命令を受け明日の準備へと向かっていった。シンはなぜかそわそわしたものを抑える事ができなかった。その違和感は自分の事が原因ではなかった。しかし、シンはそれが何なのか気がつく事ができず。ミッシェルをご飯に誘う事にした。
「ミッシェル」
「うん?なんだい?」
「どうして。サワダ一等兵はこないのかな?」
「……あの人昇進したらしい。曹長に」
「へ?どうして?」
「何日か前の戦闘で戦果をあげたかららしい。……それが?」
「……気になる事があって」
「……そうか」
「さて、ご飯食べにいこう」
「ああ」
シンはさらに不安になった。
自分の中の違和感。その正体にたどり着いたからだ。
ミッシェル。
その表情がどこか暗かった。
ただし、シンはその原因を察する事ができなかった。
お読みいただきありがとうございます。次回以降から物語が動きます。シンとミッシェルの行方がどうなってゆくかお楽しみください。




