第四章 四話 初陣(その二)
少し天気も落ち着いてきました。本も読みながら作品の執筆もゆったりやろうと考えております。
話の展開は前回の続きとなります。今回ある種ホラーめかもしれません。
気がつくとまた暗い通路の中に三人は立っていた。
しかし、其の通路はさきほどの通路とは似て非なる空間となっていた。
「……ち、ここどこだよ」
サワダが悪態をつきながら周囲をうかがう。周囲の空間はわずかに見えるだけの闇があるだけであった。明かりのない空間に見える領域は限られていた。まるで基地全体が、世界全体が夜になったかのように視界が暗く閉ざされていた。
敵影はない。物音一つしない。それが帰って兵士たちの心を少しずつ削ぎ落とし始めた。
「何だってんだ!」
そういうなりサワダがその辺の扉を蹴っ飛ばした。
「やめろ!敵に聞かれる!」
ミッシェルがサワダを諫める。サワダは舌打ちをしつつも冷静さを取り戻した。シンは耳を澄ませた。
ピトン……。
シンの耳がかすかな音を拾った。それは、水音だった。
「……静かに」
二人もすっと静まる。
三人の耳に何かが聞こえる。
……ピトン……。
また水音であった。
「何かいる」
ひそひそとシンは二人に伝えた。
ミッシェルとサワダの耳に聞こえたようだ。
サワダが一言。
「……やばい」
シンとミッシェルも同意だった。
シンたちは悟った。接触してはならない!
シンたちの中にある何かがそう警告したのか、シンたちは『水音』の反対側へと走り出した。
「こっちだ」
水音の反対側。暗く先の見えない通路をシンたちは走った。
「……逃げられないよ」
少年の声が聞こえる。それは頭を揺さぶるような強い何かを持っていた。声自体は美しいボーイソプラノの響きをしていた。問題はその声がドコで聞こえたかだ。
笑顔。
にたぁと笑った不気味な笑顔があった。
シンたちのすぐ近く。至近距離に彼はいた。
フードを着ていた。それはぼろ切れを思わせる布であった。
布の化け物と言うべき何かがそこに立っていた。
「……誰だ」
ミッシェルの表情が引き締まった。
「……誰でもいいだろ?君たちにとっては」
「少なくとも味方ではないな」
「ああ、殺しにきたんだ。君たちにとっての刺客さ」
「……そうか。悪く思うな」
ミッシェルがガントレットで布男を殴って突き飛ばす。その隙に、ミッシェルが後方へと飛び退いた。
「撃て!」
シンとサワダが手に持ったアサルトライフルを撃った。
連なる弾丸の二つの群れが『布の男』に襲いかかる。
確かに当たった。しかし、布を貫いただけであった。布を貫いた弾丸はドプンと水音をたてただけだ。
布男はぐにゃりと崩れ落ちたかと思うと上半身裸の状態になる。
「鬼ごっこをする。それが君たちにとって重要な事実だ。ルールは簡単、病院を模した空間にいる僕を殺したら価値。全員死んだら負け。……ハイスタート」
布男が『ハイスタート』といった瞬間に白い液体に変化した。粘るような水音をたてて、人の形を再構成する。だが、その姿は液体でできた人形と言った方が適切だった。気がつけば、後ろからも同様の存在が迫ってきた。
「オニ……オニ……ツカマエル……」
短い言葉を発しながら、液体人間が距離を縮める。
挟み撃ちの構図となった。
通路には手すりと消火器があるくらいで暗がりには何もない。
「……つ、捕まったらヤバい!ミッシェル!」
サワダがそう言うとミッシェルがガントレットを嵌めた右手に力を込めた。
するとガントレットが蒼く輝きハンマー状の物体を生成する。
「殴り飛ばす!」
ミッシェルが右手を振るうとハンマーも連動したかのように動き正面の液体人間を吹っ飛ばした。液体人間は壁に激突すると、ぶつかった壁に強い酸の液体がかかる。壁の一部がぼろぼろに崩れ始めた。特に手すりは木製だったためかよく溶けてなくなってしまった。
「……今だ。逃げるぞ」
シンは液体の酸性にぞっとしたものを感じつつも、その場からさっと移動を始める。そこに二人も続く。
背後に迫ってくる液体人間はかなりの移動速度であった。逃げ切れない速度ではないが、子供の走るスピードぐらいはある。油断はできない。とにかくどこかに逃げ込む必要があった。
「……ん?」
三人の前方に三つの扉があった。
診察室とどれも書かれている。
内科。耳鼻科。小児科。
表記は銀河共通語とアスガルド語であった。
シンたちは意を決して、奥の小児科へと飛び込んだ。
室内には医師のものと見られるデスク、三人分のベッド、棚などがあった。
シンたちは二つのベッドに隠れる。子供二人と大人一人が大きめのベッドの下に隠れるのは大変だった。子供二人が奥のベッド、サワダが中央のベッド荷隠れた。
「……オニ……オニ……ツカマエル…………ツカマエル……」
液体人間が小児科に入り込む。湿った何かを引きずるような音をたてて、ずるずると部屋中を徘徊する。
「……オニ……オニ…………ツカマエル……」
液体人間はしばらく引きずるような音をたてて部屋の外へと去っていた。
ズル……ズル……。
ズル……ズル……。
ズル……ズル……。
しーんとした静寂が診察室内を支配する。
「……ち、なんだってんだ?あれは」
「……全身が酸でできた人間か。あれは本体じゃなさそうだ。知能も低いようだし」
ミッシェルとサワダがげんなりした様子で『液体人間』について話す。
「……本体がいるなら何とかなるはずだ」
「……敵の嘘だったら?」
「ミックその可能性を考えるのはあとだ。探すぞ」
「隠れていく方が安全だぞ?」
「……いや、探そう」
珍しくサワダがシンに同意した。
「敵がその可能性を考えない可能性はない。なぜならこの異空間ヤツが作った空間だからな」
「……こんなところに閉じ込めて、敵は何を?」
「……狩るんだろうな。俺たちを」
「……なるほどな。僕たちはただのおもちゃか」
「スリルのあるおもちゃなんだろう。俺たちは。なら隠れるより地雷ごと踏み抜いた方がまだな」
三人は手当のできそうな道具を持ち出して、部屋を出ることにした。その際、ミッシェルが何か薬品の入った何かを持ち出した。
『アルカリ洗剤』と書かれていた。
「掃除用かな?これはラッキーかも」
「これは?」
「今に分かるさ」
まだ、化学知識のないシンにとってはそれが何を意味するのかは不明瞭であった。
暗がりの一室の中で布男の本体はほくそ笑んでいた。この痩せた男の今までの経験上、この部屋を見つけられたものはいなかったからだ。
布男の前にモニターが映っている。それは三人の姿を映し出していた。しばらく指示が出せないのが歯がゆいが、それは楽しみでもある。簡単なだけなゲームはつまらないと布男はつぶやく。人生は『演劇』か『ゲーム』に例えられる事がある。彼なら後者を選ぶ。なぜなら、演劇はシナリオを途中で書き換えるのは困難だ。しかし、ゲームは自分の意思で動かし、複数あるエンディングからより良いものを選ぶことができると彼は考えていた。
その点に関しては、特に特異なことではなかったが、彼にとって重要なことがひとつある。
演劇は競う要素を排している。しかし、ゲームは戦いであった。
布男ことゼラはそう考えていた。
ゼラは自分の人生をいかに残虐に殺すかに傾けていた。
逃げられることは敗北で、捕獲し、その魂に傷をつけることが勝利であると考えた。他人の苦痛は彼にとっての勲章であった。戦場において大事なことはいかに多くの敵を殺すかだった。
敵を殺すことを楽しむゼラが唯一正気だと認めてもらえる場所。それが他でもない『戦場』であった。
ゼラはポテトチップスを貪る。
ばりばりと薄いジャガイモの板を砕く音を密室に響かせる。
ポテチの塩味と今の状況を楽しんだためか彼は笑った。
液体人間と違わない不気味な笑顔だった。
だが、不意にゼラの背筋からぞくっとしたものが触れる。下の階からゼラが何かを感じた。
「……さていくか」
「……いくってどうするんだ?」
サワダがミッシェルに疑問を投げかけた。
「……本体のところさ」
「はぁ?手がかりもないのにどうするんだよ!?」
「……なに簡単なことだ」
ミッシェルはふっと息を吐いてサワダに説明する。
「……俺がグリーフフォースの使い手だったのは前も説明したな?」
「でかいトカゲぶっ倒した時に使ってたな。それどうやったんだ?」
「生物に眠る自殺因子を暴走させた」
「アポトーシスってやつか?あんなの起こそうと思って起こせるものじゃないぞ?」
「……植物を除く生物の遺伝子には死が設定されている。生物は知的な存在に近づけば近づくほど『闇を観測する力』を得てしまった。グリーフの一端だ。あれこそ――」
「……つまり?」
サワダがいらついた様子になる。
「……死に近づく力だ。生命の闇の本質。それがグリーフフォース。破壊、死滅、壊死」
「おっかねえ能力だな」
「それを応用して生物の位置を俺は探知できる。生命に近い力だから」
ミッシェルが床に手をかざすとその一点を中心に蒼い光を放った。蒼穹の色彩だ。ミッシェルの目が蒼く煌めく。ただでさえ青に近い色合いが空の色の如く光り輝く。
「……あそこか。二階のどこかだ」
サワダがガントレットをかざす。
ガンドレッドから蒼い光が伸びる。それは方向指示の役目を果たしているとシンたちは直感的に感じ取れた。蒼い光は複雑に揺れ、やや上向きに何かを指し示していた。
「……上みたいだな」
「ああ」
三人は廊下から駆け出そうとした。
水音。
………………ポツン。
………………ポツン。
はっきりと水音が響く。引きずる音も三人の耳に響く。しかもその音がだんだん速く三人に近づいてきた!
「走れ!」
階段を駆け上がり二階の通路に出る。そ子から先は病室がいくつもいくつも並ぶ入院スペースのようであった。つまづかないように階段を駆け上がり、シンたちは二階の暗闇を移動していた。
「……ミッシェル!まだか?」
「この先!早く」
サワダがアサルトライフルを放ち、液体人間を蜂の巣にしようとした。
飛沫が散って、液体にかかった木材の何かに被害を与えるだけであった。
「……え?」
「どうした?ミック?」
「この先だ」
ミックの指差した先には壁があった。コンクリートの壁だ。そして,
シンが見た限りこの先に部屋らしき部屋が見当たるような形跡は見当たらなかった。
本作品は『孤独なる人間』をテーマに様々な物語を展開していきます。
次回もよろしくお願いします。




