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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第四章 シャドウ・オリジン編
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第四章 二話 神は死んだ 

今回はミッシェルとシンのつながりのルーツがわかります。シンが彼に何を思って彼と接していたのか。それをメインテーマとして執筆をしました。楽しんでいただけると幸いです。

荒野の基地で一日が始まる。

訓練。訓練。訓練。訓練。訓練。訓練。訓練。

知らない言葉、指示。罵倒。

シンの柔らかく若い頭脳に、殺しの知識が刻まれてゆく。

それは罵倒と暴力が込み入って刻み込まれていた。黒い髪を引っ張られ、罵倒され、腹部を蹴られる。それは人から道具への改造であった。シンは毎晩泣いていた。声を出すと他の子供か教官役の男に殴られるため、声を殺して泣いた。毎日毎日、そんな日が続いた。

死ぬこと。すなわち『消えること』を求めるときもあった。適度な大きさの縄が部屋にあった。なぜあるのかはわからない。部屋には日によっては軍の土木作業で使う道具がしまい込まれていた。シンは子供心ながらに、自分は縄一本以下の扱いを受けていると痛感せざるを得なかった。

消えたいと願っていた。シンの中の『消える欲求』が毎晩頭をもたげた。しかし、そのたびに母の最後の言葉が頭をよぎる。


友達を作りなさい。


母はなぜ最後にその言葉を残したのか。

なぜ、母は死ぬときにそれを残したのか。

シンには分からない。だが、確かなことは、母は身代わりになった。そのために自分はこの得体の知れない基地でひたすら体を鍛えたり、言葉を教えられたりしているのだと考えた。

言葉はアズマの言葉ではない。銀河共通語とアスガルド語、そしてオズ語だ。

アスガルド共和国は過去に戦争をしたが、和解した国だと母から聞いていた。そのことを思い出すためか、ある楽しみがあった。言葉の分からない子供は言葉を教えられる時間があった。そのときは楽しかった。絵本や古びた教科書を使って言葉を覚えてゆく。そのときだけはつらいことを忘れられた。

そんな日々が続いた後のことだ。

基地に来てから何日経つのだろうとシンは思っていた。だが、もはやどうでも良くなりつつあった。

基地に来てから、教わることが増える。

体を鍛えるだけだった訓練が、次第に複雑化してゆく。

銃の取り扱い。人の殴り方。敬礼、軍隊式の話し方。手投げ弾。ナイフ。

人の形をした金属の乗り物。アサルトフレームと呼ばれていた。その簡単な乗り方も少し教わった。

銃。格闘。ナイフ。

それらをみっちり叩き込まれる。弱って脱落したものが一人いた。その子は殺された。こめかみを拳銃で撃たれ、辺りに血が飛び散る。その子を的代わりに銃の扱いを習った。拳銃の扱いだ。

シンは心底、死にたくなくなった。

死ねば『もの』ですらない。肉となり、そこにカラスが群がる。骨になって消える。『死は消滅』であるとシンは悟った。オズ連合の宗教や価値観は教わったが、それよりも大事な事実であるようにシンは感じた。

来世を信じる隙間はなくなった。

他の子供は来世の幸福と神の祝福を胸に訓練を励んだが、それより大事なことを教わった気がした。カラスだ。

死は消滅だ。消滅の恐怖は生物の本能だ。

それは神の存在よりも実感を持って信じられた。

シンはカラスに近づいた。カラスは戸惑ったかのように逃げ惑った。

「…………」

シンの目に光はなかった。闇だけを見据えていた。

あるのは生きる意思だった。カラスの方が下手な人間より誠実なものをシンには感じられた。死は恐怖だが平等に見える。シンはカラスに手を延ばそうとした。しかし、ひとしきり突っつかれた後、カラスたちは飛び去っていった。

シンは手を合わせた。神には祈らない。

知らない仲間の魂の為に祈った。

祈った後、シンは訓練に戻った。




シンの初陣は十歳になる前の、三月であった。三月と呼んでよいのか、シンには分からなかった。なにせ、シンの今いる場所はアズマから遠く離れたところにあった。

オズ連合とフランク連合の激戦区。

人種の違う国同士の泥沼の戦争をしていた。

教官役から演説が行われる。だが、怒鳴り声と言った方がシンにとって正確な気がした。

「この戦いはぁ!神の御前に捧げられる聖戦であぁぁる!!オズ連合の同志よ!君たちは魂に引かれてここにやってきたのであぁぁる!心臓!血液!肉体!魂魄!すべてを捧げて賊を討つことこそが我々の使命だ!」

シンは冷めた目で『それ』を見た。冷めた目と悟られずに教官役を見たのだ。

「我々は神に選ばれた戦士だ。その誇りを胸に戦って死す事が何よりの名誉である!神は――」

神、神、神。

シンにとって神は憎悪の対象であった。

誠実な人間を早死にさせ、ろくでもない人間に幸運を与える。そんな神がたまらなく憎かった。だがそれより、シンは考えた。どうすれば生き残れるか。そのことを考え続けた。だが、考えることもどうでもなりつつあった。

自分を神と賽の目に従ってみるのも一興かと考えた。

死ねば母と同じところへ、生きれば母の遺言を考える時間ができると。

シンは自棄に近い考えに身を置きながら、自分の中の戦意を磨き続けた。

そうして新しい戦争が始まる。

シンにとって、ろくでもない殺し合いが始まった。

装甲車が砕け、光の弾丸が体をかすめる。生まれ故郷とはまるで関係のない戦争に駆り出され、シンはうんざりしながら戦争に参加した。オズ正規軍の曹長の分隊にシンに参加することとなる。それしか道はない。

シンの身の回りには8人ほどの男がいた。

曹長。三十路の軍人。

ゾラ一等兵。隻腕。ベテランでいろんなことを知っていた。衛生兵。

サワダ一等兵。年は上。アズマ出身の傭兵。しかし、常に上から目線でシンと相性が悪かった。口を合わせると喧嘩になるため伍長はその度に二人の仲裁をする。

ミッシェル。少尉。なぜかそう呼ばれていた。優しかった。

シンより三歳年上。初めに出会った時から優しかった。

その他にもう四人くらいいたが、あとは入れ替わりが激しかった。

「やあ、君が新しい補充兵かな?僕はミッシェル。ミックと皆に呼ばれていた。よろしく」

「…………よろしく」

白い肌だ。アズマ国かフランク連合の出身なのだろうか?だがフランクはシンにとって考えにくかった。今戦っている敵は、フランク連合。それにもかかわらず、その国の者が味方でいると考えるのは不自然な気がシンにはしたのだ。

「……君ドコ出身?」

「……アズマ……帰りたい」

「そうか……僕はフランク連合で生まれた。けど家を追い出されたんだ」

「どうして?」

「……親に……」

明るかったミッシェルの表情が曇る。

「……」

「あ、……ごめん、しんみりさせちゃったね!なにか好きな食べ物とかある?配給で似たようなものが出たら君に譲るよ!」

「あ……うん。魚が好き」

「へえ……魚か。あれ、なかなか出ないからなぁ……わかった。缶詰があったら真っ先に伝えるね!」

「……ミッシェルは何が好き?」

「ああ、ドライフルーツが出たら教えてよ」

「うん、わかった。たくさん確保しておくね」

「どうもー」

ミッシェルはおしゃべりだった。戦場にいると感じさせないくらい陽気で、前向きだった。年が近いこともあってミックとシンはすぐに仲良くなれた。ミックはお菓子を持ってきてくれた。

オフの日はこっそりボール遊びにつきあってくれた。激戦区ではあるが、兵員の疲労を減らすために週に一度基地内での休みが許可されていた。シンにとってはありがたかった。

どこかの基地。それも正規軍とは違うどこかの組織にいたときはこんな休みは絶対にくれなかった。その度にシンはミッシェルと遊んだ。ミッシェルは故郷の話をしてくれた。セントセーヌの町並み。大きな川。そこから少し離れた郊外の山のこと。山で釣りをして大きな魚を釣り上げたこと。

ゲームの話題はシンが特に大好きだった。シンはアズマ国にいた頃からのゲーム好きだった。とりわけファンタジーもののゲームに嵌っていて、ミッシェルとそのことについて話していた。

ミッシェルとの遊びと話をする時間は一番の宝物だった。

異様に大人しい時間が続く。

見張り。雑用。見張り。整備。見張り。整備。訓練。

敵の来ない荒野の地平を眺め、交代し、訓練に勤しむ時が続く。カラスが空を舞うのをシンは一度目撃した。

親子連れだ。

雌のカラスが四羽の子カラスを引き連れて空を舞っている。

それが、まるで遠い日のアラカワ家の日々のようにシンは思えた。

故郷のこと。襲ってきたテロリストのこと。そしてミッシェルのこと。

母はミッシェルのような存在とつながって生きることを望んで最期の言葉を残したのだとシンは確信できた。

空を見上げる。

幼い頃から、空を見るのがシンは好きだった。

もう、十歳を過ぎていた。シンの記憶がはっきりしたのが五歳ぐらいの頃だ。母といたときも空を見ていた。ドライフルーツのパンを食べてながら母と一緒に空を見ていた時のことをシンは思い出す。そのときの母はとても優しい顔をしていた。向日葵のような大きな笑顔。黒く長い髪の毛の感触。母の温もり。

そのときの母は自分のほほを撫でてくれた。そのときの手の感触はシンの心を暖かくしてくれた気がした。

そのすべてが『遠く』に消えてしまった気がした。

涙が出るが、それでもシンの心は折れずにいられた。

空とカラスたちが近づいて見えたからだ。


死の足音が近づく思いだった。

大規模なフランク正規軍との衝突がささやかれ始める。

すぐに大勢の戦闘員たちが集められる。

退屈で空虚な演説。狂ったように猛る戦闘員たち。

これは猛犬を生み出す工場な気がした。人間ではない。弾丸を撃つ獣の巣窟だ。自分たちは正しい。自分たちは神の使徒だ。こんなことを言うために『正義』と言う言葉があるのなら、シンにとって『正義』は憎悪の対象でしかない。

親子を引裂き。

友達を分ち。

恋人たちに理不尽を強いる。

シンにとって大事なのは『正義』ではない。正義のその先にあるものだった。人間らしい存在の証明。シンにとって信じられる正義とはそう言うものだった。

つまり『正義』は言葉で道具。

正義で武装し、正義で人を救う。

それが本当の正義だとシンは感じた気がした。

だが目の前にあるのはただの正当化だ。それはシンにとっては絶対の事実だった。

正当化。殺しの正当化。

死神の足音をシンは聞いた気がした。

シンの初陣が始まる。

本作品は『孤独なる人間』をテーマに様々な物語を展開していきます。


次回もよろしくお願いします。

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