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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第三章 暗夜の絵画編
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第三章 最終話 残された声

この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください

エリックがいなくなった地点に取り残されたレコードには音声が残されていた。その音声には落ち着いたエリックの音声が残されていた。

「……この音声は聞いているということは、私の仕事は失敗したのだろう。おそらく、私を打ち負かしたのは『カラスの男』という訳だ。概ね、彼の親友の事を使って彼を挑発し、いい手駒として利用したのだろう。……おどろいたかシャドウ君?君の本名を公表してもいいが、私を負かした報酬の代わりとして秘密は保持しといてやろう。なにせ、君は『英雄』となる人間の資格がある。孤独と狂気の道を歩き世界のあり方すら変える人間となる資格がある。いわば、きみは『ヒーロー』だ。ジーマ人が何年も研究してたどり着けなかった領域に君はいる。そこで君に一つチャンスを与えたい。一ヶ月後にある試験を課したい。君はそれを受けるか、受けないかを選ぶことができるが、受けない場合は君の正体や身元を世界中に公表する。それは君自身が『一人の自警団』としての活動。つまり『カラスの男』として生きるチャンスを永遠に失うことを意味する。それまで考えたまえ。……そうだ。君のことを忘れていたよ。本題に入ろう。おめでとう。ジャン・クリストフ・ド・ジェラール。君は『本物の狂気』を発見した。我々の求める『本物の狂気』を手に入れることができた。その功績に免じて、君に与える罰は免除するものとする。これからも精進したまえ。君は支配者たる資格がある。支配者にとって必要な思考を手に入れた。いや、既に手に入れていたのかな?これからも街を、そして国を守るためにがんばりたまえ」

音声はそこで終わった。カチという音が音声端末から聞こえる。

「……『本物の狂気』……?」

「それに、クリストフの名前があるな」

「罰を免除……」

「わからないな。クリストフとエリックはつながっていたのか?」

「……その可能性、ゼロじゃない。きわめて高い」

「なら、改めて聞く必要があるな。クリストフのじじいに……」

ジャックとシンのやり取りにジルが割って入る。

「ジルか。助かった」

「ああ。お前にあってから、いろいろと目覚めた。そのお礼だ」

「目覚めた……?」

「俺は『国の正義』の為に戦ってきた。今までずっと。だけど、この事件で犠牲になったウエイターの若者の両親にであってもう一つの使命に目覚めた。人だ。俺は人を守りたい。そのために国家憲兵をやっていることに気がついたんだ。だからその礼だ」

「……常識だろ?そんなの」

「兵士という人種はそのことをよく忘れる」

「……かもな」

シンはふと哀しい顔をしたが、すぐに引き締まった表情に戻る。まだ、仕事が残っている。クリストフにすべてを聞くという仕事が。

「すまなかったな。よりにもよってエリックを逃がすとは……」

「いや、今回はヤツが『クロ』だってことがわかればいい。それで十分だ。それにヤツにはリセットソサエティとは別の目的を感じる。前に戦った『似非プロフェッサー』の口ぶりから考えるに俺たちが追う組織は『特定の国家を抹消』することが目的だと考えられる。だがエリックの目的はそれとは別に『英雄』と認定した人物を探している節がある。それがどんな事になるかはわからないが、あまり放っておくのは危険だ」

「……確かに危険だな。気に入った人物を得るまでは何人でも犠牲にしそうだ。あのイカレ野郎は……」

「そして、あいつは……グリーフ使いだ。兄貴ほどじゃないが……」

「……兄貴……ってあの『東の賢者』のことか?」

「ああ、……タカオは俺の兄貴だ。ほんとは隠しておきたかったが……」

「……マジか……おまえ別に言っても良かったぜ?あんな兄貴がいるなら頼れば良かったのに?」

「……それが嫌だね。俺は兄貴の付属品じゃない」

「……悪かった。ところでエリックがグリーフ使いである根拠は?」

「……これだ。エリックの光の攻撃を受けた所だ」

シャドウ――シンは両腕のプロテクターを外し素肌の腕をさらしてゆく。

「……な!?」

「……これは!?」

前腕の外側の部分。ちょうど、エリックのガントレット攻撃を受けた部分の皮膚が軽いやけどを負ったようになっていた。すぐさまジルとジャックが車から応急処置の道具を持ってくる。医療用の冷却スプレーであった。

「……おまえ、これどうした!?馬鹿が、先にそれを言え!」

「大丈夫だ。放っておいても治る」

「そういう問題じゃねえ!さっさと冷やすぞ!腕出せ!」

シンはジャックの言う通り腕を出す。吹き付けられた冷却剤がしみるのかシンは顔を少しゆがめた。しかし、何秒かすると慣れたのかすぐに元の平然とした表情に戻る。

「ジャック殿。氷だ」

「サンキュー……おい、シン。もう少し自分の体をこれでいたわれ」

「すまない。手間をかけたな。……だがこれでわかった。この腕の痛み方は普通の人間じゃこんなに軽くない。腕が折れて、手の細胞がじわじわと焦げるレベルだ」

「……どんな攻撃だよ!火だるまの腕で殴られたのか?」

「グリーフフォースだ。触れたすべての粒子を加熱するように無理矢理力を加えた攻撃だ。俺だからこの程度で済んだ」

「……おまえ、本当は超能力が備わってたんじゃ……」

「いや、GFを視認し、耐える力が備わっているだけだ。だが普通の人間に免疫が備わった程度でしかない。グリーフ能力の発現にはなっていない」

「……俺としてはどっちも同じに見えるがな」

「……一応人間の範疇のままGFを知覚する能力はある。ただし、耐えられる人間は精神力次第だ。だが耐えた後の能力は完全に才能の領域。俺の場合はレベルE。訓練された人間にSIAの耐性ナノマシンを入れた程度の力しかない。正直普通の人間と同じと言ってくれた方がいい」

「……じゃあ、お前の兄は?」

「完全に別格、月とスッポン、強大な神とただの人間ほどの力の差がある。少なくともGFに関しては……、兄貴のGF適正のレベルはSだ。これは人類史に二十人いるかの数だ。人間でありながら自在にGFを操れる」

「……お前の兄はある意味、何でもありなんだな……」

「今はその認識でいい……さて一度戻るぞ」

「……ああ」

シンたち三人は老夫婦の所まで車で移動した。途中、カズが無事病院に搬送されたことを無線で聞き、病院の方へ行き先を変更する。そこでアディとユキの二人、そしてシンの兄タカオと合流し今後のことを話すことになった。




翌日の昼。

普段着に着替えたシンはそれまでのことをその場にいた者に話した後こう付け加えた。

「エリックは俺たちの考え通り、前ユキを嬲り殺しにしようとした『無免許プロフェッサー』の仲間だった訳だ」

「……レフ・ライコフだっけか。そのツァーリン人死んだんだろ?もうそんな痛罵しなくても……」

「……………………お前も愉快な氷のオブジェにしてやろうか?あァ?」

文句あるかと言わんばかりにシンの殺気が病室中を覆い尽くす。その禍々しい殺気を見て全く動じなかったのはタカオだけだった。タカオは幼い兄弟の癇癪をなだめるかのようにシンに語りかける。

「よせ、シン。ここ病院。カズが具合悪くなっちまうぞ」

「…………悪いな」

「すまんね。こいつは人の好き嫌いが激しくて……。友達と家族をいじめたヤツに容赦ないところが――」

「……いいんです。それも含めて上司に選んだので」

「そうですか。弟が世間に迷惑かけてなければいいのですが……」

「迷惑なんて、俺たち仕事をする前にも、いろいろ助けられてますので、それにこの人は仕事が堅実で信頼はバッチリです」

「そうそう、僕なんて命助けられちゃって……」

カズが朗らかそうに振る舞う。

「そうか……、いいことしたなシン」

バレットナインセキュリティの面々が助けらていると言われたことでタカオは安堵の表情を浮かべた。整った顔立ちがふっと優しく緩む。毅然としたインテリ紳士としての表情ではなく、冷徹な戦術家でもない、家庭的な兄の顔がそこにあった。

「ヒーローになるのは兄貴だけじゃないってことさ」

「そうか。俺がいじめられたときも頼むわ」

「ねえよ」

タカオのゆるゆるな発言にシンは即座に鋭くツッコミの言葉をいれる。そもそもスーパーヒーロー顔負けのタカオが誰かにいじめられる様子をシンは想像できる訳がなかった。そのやり取りを見てユキとカズが吹き出す。一時的に和やかな雰囲気にアディとジャックのコンビもほっと胸をなで下ろした。


そのときだった。クリストフが見舞いにきたのは。


「おや、私がここに来るのは意外だったかね?」

沈黙。先手をうつのはいつもシンであった。

「……ああ、ちょうど話をしたいと思ったんだ。……手間が省けてよかったよ」

シンはユキにアイコンタクトを行った。こめかみに人差し指をとんっと突いた後、じっとクリストフの方を見た。その瞳はさきほど笑顔だった時と違いどこまでも無機質で冷たかった。人間的な感情が抜け落ちたかのように沈着で動じるそぶりがない。カメラの様に冷たい目を向け、じっと集中力を高めている。

その間にシンはクリストフに語りかけた。

「……さて、俺も時間がないのでな。単刀直入に言う。今回の依頼、絵画を確保しろとの件だが」

「そうだ。よくやってくれた。報酬は指定の口座に……」

「報酬のことじゃない。今回の事件、議員の銃撃にすこしくらいは関係してなかったか?」

「……何のことだ?」

「お前は議員を始末し、絵画が盗まれたと見せかけて自分の手中に収めるのが目的だったんじゃないか?」

「……はぁ、君は疑り深いね……」

「どうなんだ?」

「そんなわけない」

「嘘だね」

「……え?」

「この音声に聞き覚えは?」

シンはエリックが残した音声端末を再生する。

最初は微笑を浮かべていたクリストフは硬直した表情となった。しかしある地点でその表情は消える。

笑顔。

しかし、普通の笑顔ではない。ポーカーで相手を出し抜いた様な勝ち誇った笑顔をした。かと思うとへらへらとした邪悪かつ異様な笑顔になった。

「……ふ、ははははははは、これは傑作だ!何から何もがな!」

「認める訳だ。お前がエリックの仲間であると」

「……くくく、そうだ。エリックには才能がある。世界すら飲み込むほどの才能が、今はまだ開花してないがあの才能はフランク連合を銀河中に知らしめてやることができる。フランクを再び偉大にできる!」

「……フランクは偉大だ。貴様のような民間人殺しの腐った仲間の手を借りなくともな……」

ジルは怒りの形相で前に出る。

「ジル。君は何もわかっていない。いま銀河は瀬戸際にたっている。『奴ら』と組むか?それとも奴らの食い物となるかの瀬戸際だ。民間人の犠牲など、どうでも良い!」

「……それは『リセット・ソサエティ』のことだな」

「組織ではない。それよりも大きな存在だ。私はお前の言った『再生の使途たち』すら踏み台にし高みに登るつもりだ。彼らは人類を新たなステージに押し上げる。力をも資源とし真の知的種族とできる種族にな!」

「……『それ』、何を言っているか、分かっているのか?」

その場にいる人間は戦闘態勢に入った。ベットの上のカズですら左腕を向け『風の刃』を放てる体勢をとった。

「……よしてくれ。私は戦いにきたんじゃない。だから警戒するのはよしてくれ」

「無理だな。お前、『抜き取る者』と手を組んだって言ったんだろ?宇宙とためとのたまってテメエだけの安全を確保するために大量虐殺を平気で行いそれを当然のことと思っている連中とは相容れんな。……悪党アレルギーなんだよ俺は」

「……お前……」

「試験とやらが何なのかは知らんが、テメエら『リセット・ソサエティ』は潰す。ユキの件もあるしな。あの『ド腐れプロフェッサー』の仲間の目的はなんであれ、潰す」

「……そうか。おまえのその女、PKI-90型の――グガァァァ!?」

シンの鋭いハイキックがユキの方を指差した右手を正確に蹴り潰す。複雑に折れた右手を押さえてクリストフは苦悶と驚きの声を上げた。けり潰された彼の右手は病室の壁にめり込み壁自体もひびが入っていた。

「誰が、俺の『相棒』を『型番』で呼んでいいって言った?」

シンの目が鋭く尖る。よく研がれた抜き身のナイフよりも凶悪な表情を向けてシンはクリストフに威圧的な声を向ける。

クリストフはできるだけ平静を装って言葉を告げた。

「くくく、試験は勝手にやらせてもらう。降りるという選択はない。絵画の件も試験のうちだ。合格だよ。合格。組織なんて知るか。私は私の目的のためにこの事件を起こしてやったのさ。試験は一ヶ月後だ。それまで腕を磨いているがいい。アラカワの総本山に直接連絡してやる。それを楽しみに待っているがいい」

クリストフが無事な左手で壁にトンと叩くと壁に異空間が開かれる。驚いたシンはクリストフから足を離す。

「しまった!」

タカオが二丁の銃で射殺しようとした。しかし、精密の放たれた弾丸はGFの見えない壁に阻まれ異空間のどこかへ飲み込まれてゆく。

気がつけば、クリストフの姿は消えていた。

「ユキ、音声は記録したな」

シンの声とともにユキの表情が普段のものに戻る。

ユキはシンの方を見ると黙ってうなずいた。


ユキの生体演算ユニットを通して、その場の音声記録の送信は完了していた。

フランク政府は『ジラール議員殺害を含めたテロ事件』の黒幕を元警視総監クリストフと認定し国際指名手配したものの、クリストフの足取りは一切掴めなかった。




帰国前にシンはある場所に立ち寄った。

ウエイターを含めたテロ事件の犠牲者のモニュメントであった。そこにはジャックが出会った老夫婦を含めた遺族たちが花束を向けていた。シンもその記念碑に白い花を手向けるとふと空を見た。

シンは天国を信じない。


しかし、空の蒼さにふと心を奪われていた。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

新章の執筆は、しばしの間かかりますが、納得できるものを作り上げていこうと思います。

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