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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第三章 暗夜の絵画編
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第三章 十六話 奪う者・進む者

図書館の本をちまちまと読み進めながら、執筆を進めております。涼しいですが体調に油断できない時期でもあります。


今回は『対照的な大人』のお話となります。楽しんでいただければ幸いです。

燃え盛る屋敷を背にシャドウは軽やかに疾走する。

止めてあった車は既に動いていることから、カズは既に逃げていることが理解できる。だが、シャドウは動きながら察していた。敵の気配を、体にまとわりつく悪意を、確かに敵意の塊を感じていた。

それは第六感に近い。武道の鍛錬や実戦経験で裏打ちされた感覚に近い脳内の仮説。それはたしかに、理屈に裏打ちされていた。

シャドウはあたりを見渡す。メイドの姿をした機械を葬った以上、優先すべきはエリックに対する尋問であった。だが、脱出の際、部屋にはエリックの姿は消えていた。殺人機械の陽動をしていたときは倒れていたエリックがいたはずなのに。だが、体を壁にぶつけられた以上は目覚めて立ち上がるのに時間はかかる。なら、すぐ近くに潜伏しているはずだった。

シャドウは周囲に警戒する。

木の上。

草陰。

塀の陰。

隠れられる遮蔽物が存在するところに周囲を払う。もちろん背後にも。

だが、不意打ちを警戒する必要はなかった。

エリックが背後にいた。

「……そこにいたか。主殿」

「……残念だよ。あのメイドの壊したのかね」

「ウエイターたちを巻き添えにしたくせには同情か?」

「高かったからな。あのアンドロイドは、ミュラー&スミスの特別製だからな」

「……だろうな」

シャドウは右腕を構え、敵の姿を見据えた。

エリックはにやりと笑うと右腕から青紫の光の粒子を手のひらから生成する。

その粒子は丸い光から、丁字のような形を作り出すとそれは質量と重さを生み出してゆく。ライトヴィジョン。光でできたハンマーであった。




ジャックが、しっとりと酒を飲んでいるころ、ジルは沈痛な面持ちのまま食事に手を付けていた。

「……どうしたの?食事がお気に召さなかったのかしら?」

老夫婦の妻の方が心配そうにジルに声をかけた。

「……いえ、私がこの場に呼ばれてよいものかと悩んでおりました」

「……息子のことね」

「はい、我々国の人間があなたたちから息子を奪ったも同然です。私は国に忠誠を誓った身。そんな私がここで食事をいただく資格は……」

「あなたなら十分あるわ」

「……え」

夫の方がにっこりと微笑みジルを慰めた。

「ベフトンの男は戦いのプレッシャーと責任に苛まれておる。だからこそ、今回の件はつらかったのじゃろうな。わしらと同じじゃ、全うな人間が報われぬ場面をみてきたもの同士、仲良くする資格がある」

「……だが、私は悩んでいるのです。私にはもう……」

「……ところでな。わしら、『里親』なるんじゃ」

「え?」

「何週間かすれば、ストリートチルドレンだった子を引き取ることになっておる」

「それは……知りませんでした」

ジルは意外な打ち明け話を聞いて明確に驚いていた。

「おどろいたじゃろう?だからこそだ。子供を失った親だからこそ何かできることはないかと考えていたのでな。わしは昔、洋服屋を経営してたから、いくらかの蓄えがある。そして時間もある。年はとったがの、まだ誰かの面倒を見る活力がある。なら、わしらが今できることをしようと妻に提案したんだ。それが息子にできる供養なのかもしれん」

「……」

「たしかに、マフィアのようなどうしようもない輩や。警察になれたのに力の使い道を誤ってしまうものもいる。でもな、だからといって真面目な人間が沈んだ気持ちで生きるのは、『なにか違う』気がすると思ったんじゃ。わしらは、せめて生きているわしらは何かをしたいんじゃ。死んだ息子の分もな。そうすれば、あの世で息子の自慢話ができる。よいアイディアじゃろう?」

「……生きているうちにできることを……」

「ジル様は、よくやってくださいました。息子の分も精一杯楽しんでいってください。

「……ありがとうございます」

ジルは果実酒のグラスに手をつけようとした。

通知音。

ジャックが端末の表示をみて意外そうな顔をする。

「あ、すみません。……よお、カズそっちのやつはしょっぴいたか?……え」

ジャックの表情が凍りつく。

「……足を?どうしてだ……!?」

「ジャックどの?」

「…………わかった。待ってろ」

ジャックは険しい表情をして老夫婦に語りかける。

「すみません。酒は明日くらいまで残しておいてください……急用ができました」

「……カズたちに何が?」

「……敵が反撃をしているらしい。カズは今右足を怪我している。止血はしていてカズ自体は無事だが、旗色は悪そうだ」

「……そうですか。私が運転をします!ジャック殿はいつでも戦えるようにしてください!」

「サンキュー、騎士様!」

ジャックとジル、それと老夫婦はカズのいる地点まで走っていった。

その場所には車が確かに止まっている。ジャックが車を開けるとカズを発見した。カズの右足は冷却凍結式軍用医療キットの止血処理をされていた。しかし、右足の傷口に血がにじんでいる。出血自体は押さえられていたが病院に搬送する必要があった。

「カズ……おい、カズ!」

「カズ殿!どうか、しっかり!」

「…………あはは、助かった」

「じ、じいさん!彼を」

「わかった」

フランク人の老夫婦にカズの後を任せた後、二人は軍用車両に乗り込んだ。

「……ちきしょう、よくも……ただじゃすまさねえぞ……」

ジャックは車両に搭載されている対人機銃をチェックしながら、カズを痛めつけた人物への怒りに震えていた。




先手をうったのはシャドウことシン・アラカワであった。回し蹴りと殴打を組み合わせた連続攻撃がエリックを狙う。エリックは回避と左腕での受け流しで組み合わせられた動きによって時間を稼ぐ。右腕で光を生成する。

エリックが不意ににやりと笑う。

「次だ」

青紫の光が、複数のナイフを形成する。

グリーフフォースでできたナイフだ。当たれば普通の人間なら十分な殺傷能力とGFが細胞を侵す痛みによるマンストッピングパワーが期待できる。

GF自体にはある程度耐性があるシンだとしても、ナイフでの攻撃は十分な致命傷になりかねない。

回避。

軽やかな身のこなし。

黒豹のような体の動き。

後方宙返りの要領で足下の攻撃を避けつつ、上半身を狙った三、四本のナイフを特殊な篭手の部分の甲と前腕の外側についた小さな刃を用いてナイフを小枝のように払いのける。覆面によって目元しか見えないが、シャドウの表情に一切の戸惑いや恐怖はない。沈着で冷徹な眼で敵の動きを見据える。

たいしてエリックは終止微笑を浮かべていた。相手の攻撃をみて、ただ微笑むだけだ。その笑みはダンスの演舞を鑑賞するような冷静さすら思わせるが、敵の動きをあざ笑うかのような禍々しい残虐性すらシャドウに感じさせる。

「……お前の狙いは何だ。あんなエネルギーにどんな使い道を見いだした?」

「……『世界』を『教育』する。それだけだ。それがわが組織の狙いだ」

「……お前に『教育』される世界とか吐き気がするな」

「……組織の方針だ。この世界は腐りきっている」

「ミッシェルに地獄の苦しみを与え、見知らぬウエイターを殺したお前らよりかは上等だ」

「……ふ、ミッシェルはあまりにも思慮深すぎた。考えなくてもいいことまで考え、行動が伴っていない。彼は失敗だよ」

「それは違うな、ミッシェルは世紀の真人間で俺を救ってくれた自慢の親友だ。……お前らのような悪党どもから、どうしてあんな善人がでてきてくれたのかと未だに不思議に思う」

「……そのカラス姿のコスプレは彼に対する敬意かな?ずいぶんとおかしな趣味だな?シン君?少しは鏡を見たらどうだ?」

「それをさせたのはお前ら『悪党』だ。よくも親友を傷つけやがって」

「……それを生み出したのは世界じゃないのかね。貧困、憎悪、格差、そして差別。すべての不条理が『カラスの男伝説』を生み出したのに他ならないだろう?ミスター、シン・アラカワ?」

「自分のことを棚に上げて『世界の仕業』にしてるんじゃねえ。どれもこれも人間の不始末じゃねえか。人間の不始末は人間が処理するしかねえ。お前もその一つだ。お前のような失敗作の停滞野郎は、俺が『処理』してやる」

シャドウの両腕から、黒い羽手裏剣が三つ飛来する。エリックの前の空気をキュルキュルと掻き回しながらエリックのそばに飛来する。エリックは青紫の障壁を作り出す。障壁に阻まれた黒い羽手裏剣が鉄板に当たったような音をたて地に落ちる。シャドウは疾走し、壁の前で背面跳びをする。背中の滑空翼を用いて浮く形となり、障壁を軽々飛び越えエリックの背後に回る。

シャドウの右足から繰り出された足払いを飛び越え、エリックは冷静にシャドウの攻撃に反応する。

シャドウの連撃を払いのけた後、右腕からガントレット状の物体を形成する。それをシャドウは回避できず、防御の耐性のまま吹き飛ばされる。

「……ぐぐぅぅ」

「焼けるような痛みだろう?」

「……安い攻撃だ。腕が『かゆい』な」

プロテクターの篭手が破損した状態だが、シン自身の戦意は潰えてはいない。シンは反撃を使用とした。

エリックは邪悪に微笑む。さあ来い、渾身の一撃を与えてやろうと言わんばかりの表情だった。


だがシャドウは止まる。


なぜだと疑問に思ったエリックはシャドウの視線、その先を見た。

車のフロントライト。とっさにエリックは障壁を作る。

「くたばれ、クズ野郎がぁぁ!!」

ジャックが車両の天井部分から上半身を出す。車両に取り付けてある重機関銃の引き金が引かれ、粒子弾がエリックを目指す。

銃火とともに飛来した大口径の弾丸はエリックの障壁を突破できなかったが、消耗させることはできた。

「ちぃ、敵の援軍か!?」

その隙にシャドウはエリックに向かって突進する。

羽手裏剣はない。銃は不携帯。アサルトライフルはおろか拳銃すらない。

当然だ。もともと、話し合って警察に自首させることが目的で殺すことではない。なら、己が身一つで相手を無力化させなければならない。

取り押さえるための動きをシンはおこなった。が、あたりを包む閃光がシャドウたちの視界を奪った。

目が光に慣れ、闇への視力が回復すると、エリックの姿は消えていた。一本の小さな録音装置を残して。

本作品は『孤独なる人間』をテーマに様々な物語を展開していきます。


次回もよろしくお願いします。

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