第三章 十二話 殺意の魔物
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください
暗がりの倉庫をわずかな電灯が照らす、マフィアの幹部と悪徳警官、そして『裏切り者』。緊迫した空気の中を二つの集団がにらみ合う。
『ソニー・ルチア』。ルチアファミリーの大幹部が口を開く。
「……お前たちはここに来た。そして、その空の金庫。金庫の大きさ……ここで間違いねえ様だな?」
「……つけていたのか?」
「おぉい!質問に質問を返してんじゃねえ!!」
アンソニーは床に銃を放った。床のコンクリートが抉れ、破片が『イージス11』の足下にかかる。
「……そうだ。だから?絵はお前たちが手に入れたのだろう?」
「あ?しらばっくれてんじゃねえぞ?てめえらが盗んだんだろうが?」
両者が銃を抜き始める。マフィアは機関銃、拳銃、散弾銃。銃の種類も様々だが、粒子式と火薬式の銃の違いもあって、持っている銃はバラバラであった。
悪徳警官の群れは、装備こそ統一されていたが銃火器は小型の粒子弾式の拳銃やせいぜいショットガンしか持っていない。火力で言えばマフィア側が優勢だった。だが、『イージス11』の技量が不明である為、マフィアはうかつに手が出せずにいた。何らかの手段で強化された人間か、それとも、メタアクターか。いずれにせよ両者ともに相打ちの危険があり衝突には至らない。
警官の一人が床のものを指差す。
「これなんだ?」
ペンライト。
シンたちが持って来た照明器具だ。それらは床に置かれたままである。
「……近くに誰か居やがる。これはお前らのか?」
「んなわけねえ。俺たちは来たばかりだ」
「……誰かいやがるのか?」
「そのようだ」
マフィアと悪徳警官達は衝突するばかりか、犯人を見つけようとしている。その場にいる人間が辺りをうかがっている。シンたちの鼓動が強くなっているのを自身らが感じざるを得なかった。暗がりの中でシンたちは足音とマフィアたちの目が自分たちに向き始めている事を感じている。倉庫は出入り口以外に出入りできる場所はない。隠れられる場所は今いる棚の場所だけだった。
「……まずい」
アディは小声で呟く。その額から冷や汗が流れるのを側にいたジャックがしっかり見ていた。もちろんアディやジャックだけではない。隠れているものは危機を確かに感じていた。手元に絵。見つかれば口封じに死。どうなるかは明白だった。
漆黒の男が両グループたちの目の前に出て来る。天井から。
隠れていた全員が唖然とした。まるで死ににいくような様子も見えるその行動に付き合いの長いユキとジャックですら動揺を隠せずにいた。
それは、マフィアや警官のグループですら同様であった。漆黒の男、カラスの覆面を付け、黒いプロテクターを着けた男の出で立ちに、目にした者は各々の銃を向けざるを得なかッた。
「……あ?」
「……何者だ?てめえ!?」
海千山千のマフィアも、知略に長け狡猾な小太りの警官のリーダー格もイージス隊のスパイも、目を剥いたまま、立っているしかなかった。
「…………俺が先客だ」
喉元の音声装置を操作した後、シャドウは双方に語りかけた。
「な?」
「じゃあてめえが?」
「……俺は持ってない。ほら、それとも調べるか」
「ふざけるな!てめえ何処から来た!?」
「腕の装置を使った」
「……何を――」
ソニーという男が反論の言葉を口にしようとすると、シンは実演をする。天井の一カ所にフックを撃ち、巻き取る要領で装置がフックのワイヤーを巻き取ってゆく。シンの身体は見る見るうちに宙を浮いた。そして天井から降りるとシンはあたかも困ったかの様子で双方に語りかける。
「絵を知らないか?絵だ。どんな絵柄かも知らないが。知り合いと親友に聞いたのだが……?」
「知り合いと……親友?」
「誰だ?」
「……クリストフ長官と……我が友、ミッシェル・バルザック」
暗がりの空気が沈黙する。大部分は知らない人名の為に反応に困ったにすぎない。しかし、何人かの人間が明らかに動揺している。シンは収穫を確信した。
「……ミッシェル……」
「……おまえ、その名前をどこで!?」
「……元はと言えば、クリストフが俺を焚き付けたのが、そもそもの始まりだ。親友の手掛かりがそこに眠っていると。その危険物に」
「……」
「……」
「お前ら、出会う前のミシェルにかつて何があったかを知っているんだな?」
「……お前は分かっていない。バルザック家という名前の意味を」
「わかってたら、ここにはいない。あの絵はなんだ?お前らは揃いも揃って一般市民を巻き添えにしてまで『絵』を手に入れようとしている。その理由はなんだ?あれには何が書いてある?」
「……てめえには教えねえよ」
ソニーが威圧的な口調で突き放す。
「そうだよな。力を手に入れることはお前らにとっては重要なことだ。それを知られるのはまずかったのだろう?」
「……ち、そこまで知っていたのか」
「ああ、……だから改めて聞きたい。あれには何が書いてある」
「……『ポータル』の呼び出し暗号」
「い、いいんですかい?」
「……隠し事は不可能だ。奴にはおおよそのことを知られている」
イージス11が答える。小太りの警官は動揺して見ているしかない。
「……『ポータル』と呼ばれる『時空の歪み』を起動するには、特定の順序を踏む必要がある。本来なら、しかし、そのポータルは例外的にそれ自体が起動コードとなっている。声に出して読み、血を塗り付けるだけで良い。ただし、解除が面倒だ」
「親しい死者の名前と自分の血」
「そうだ。『扉』を開けた人間は血を塗って門を閉ざさなければならない。さもなければ『副産物』に延々と襲われる事になる」
「……お前は何かを知っているな。あれをどうしたかったんだ?」
「確保だ。誰にも奪われることなく。だがジラール議員はよりにもよってあの絵を処分しようとしたのだ。だから、葬った」
「処分しようとした?」
「あれは、人類の手に余るとな……強すぎる力と言うものはそう言うものであろうに」
「そこは、俺たちも同感だぜ。邪魔な議員を始末してくれたことは感謝している。おかげで、そちらのスパイを動かしやすくて助かったぜ」
「俺はお前らの手先になったつもりはない」
「ははは、その時までは俺たちと同じ穴の狢だったろうに?」
「……たしかに同じ穴の狢だな」
シャドウはぼそりと皮肉を口にしたが、警官・憲兵の二人とマフィアの男は気にせず話を続けた。
「……さて、カラスの男の話については常々聞いている。フランクまでご苦労だったな。そんで、親友とその絵についての繫がり聞きたがっていたな」
「ああ、それさえ分かれば、俺の目的は満たされる」
「……バルザック家の産物さ」
ソニーが口を開く。
「……?」
シャドウの表情は覆面とヘルメットによって目元しか見えないが、怪訝そうな表情をしていることは目元だけでも十分にうかがえる。
「……バルザック家の人間が生み出した傑作だよ。あれは短命だったミッシェルの数少ない作品さ。彼は神童だ。生まれながらにして絶望と不条理に理解がある。それを有効利用すれば俺たちのファミリーは十分な力を着けることが出来る。絵の世界からとれるエネルギーと副産物どれをとっても魅力的だ。メタアクターの手先何人分の力を手に入れることが出来る!」
興奮した面持ちでソニーは野心を語る。すると、小太りの警官がいきりたってソニーの言葉を愚弄した。
「あの力は、お前らみたいな薄汚い豚にはふさわしくない。首都の治安を守る我々にこそふさわしいのだ」
いつの間にかソニーと小太りとの間で口論になっていた。
「……こっちに来い!」
シンは不意に叫ぶ。
その場にいた両グループはぎょっとシャドウの方を見る。
ユキたちは慎重な足取りで明かりのある方へと足を運ぶ。その手には当然、絵画があった。
「やはりてめえら!」
「ジル!?てめえら!」
マフィアと警官たちが銃をユキたちに向ける。今まで騙していたのかと言わんばかりに怒りの形相でユキたちやシャドウに狙いを向けた。
「……それより上だ!」
「は、だまされ――」
マフィアの一人はそう言ったきり何も喋らない。いや、喋れることが出来なくなった。両断された頭部から血がしたたる。上から斧状のものが降ってきたのだ。男の一人が崩れ落ちると全員が思わず固まる。
「……上?」
マフィアと警官隊は天井を見る。ユキたちやシャドウも天井を警戒した。ぎぎという擦れるような笑いが天井からする。暗闇を落ちていたペンライトで照らすと天井の様子がはっきりと見えた。
天井に無数のナニカがいた。
歪んだ人の肉体。目玉のない人の肉体。黒いモヤのかかった人の肉体。それらが蜘蛛の如く天井に張り付いていた。
彼らの中の一体が機械音にも似た声で奇怪な言語を口にする。カズにはそれはアスガルド共和国やAGUの人類が現時点で確認している言語のどれにも当てはまらないと理解する。異様な音の羅列を並べた後、人の形をした蜘蛛は皆一様にこちらを見た。
にやりと笑っていた。
「ギェシャアアアアアアアアアアアア!!」
大型の鳥が雄叫びをあげる様に、蜘蛛型の闇人間達が一斉に天井から飛び降りた。
「ウッ撃て撃て撃てぇぇぇぇぇぇ!!」
「うわぁぁああああ!」
その場にいたマフィアと警官たちが銃を持ってる銃を天井に向け乱射する。
何十もの怪物は銃弾を受け絶望したが、たいした被害ではない。怪物の数は六十匹を超えていたのだから。
生き残った怪物たちは引きつった様な声をあげながら、仰向けの姿勢のまま、その場にいた人間に這い寄った。
一体の化け物はマフィアの一人を食らった、両手両足を引き裂き、腹部から臓物を食らった。
一体の化物は首を切り落として血をすすった。啜った後の亡骸はミイラの様に萎み、乾涸びて消える。
複数の化物は一人の警官を掴んで見合った。にやりと笑った後、一斉にその男の身体を引っぱりあった。
「痛いぃぃ痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいだだああががあがあああぃいあぎぃあああああああああああああああああああああああああ!!!」
四肢が引き裂かれ、辺りに血と臓物が飛び散った。それを見て怪物たちが歓喜の声をあげる。そして、その四体の化物は次の獲物を見つける。正確には獲物の集団か。機械の腕をした黒髪の女。色黒の大男、武装し盾を持った男、眼鏡をかけた女、細身の男の集団を見た。
四体の化物が迫るその時、シャドウは叫ぶ。
「アラクネェ!布をとれぇぇぇぇぇ!」
ユキは布の縫い目を解くと化物たちの方角にその絵を高く掲げた。
今回もお読みいただきありがとうございます。次回は物語の大きな場面になると思います。良い場面が描ける様に精一杯頑張っていきたいと考えています。
次回もよろしくお願いします。




