第三章 十一話 招かざる不吉
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください
ジルが尋問室で最初に質問したのは能力のことであった。
「君の呼び出した『黒い手』あれは一体なんだ?」
オールドスカーは答えない。手錠のじゃらという音と、特殊能力抑制用の首輪が光るだけだ。にやりと彼は微笑む。
「……答えろ」
「……」
「…………喋れないのか?」
「喋らないだけだ」
「なら質問に答えろ、『あれ』はなんだ?GFと関係があるのか?」
厳しく高圧的な言葉でジルはびしゃりと返答を促す。ジルはまだ答えないだろうと考えたが、現実に起きたことは逆だった。
「……ある。ともいえるし、ないとも言える」
「……!!」
「何をそんなに驚く?」
「いや、返答に感謝する。……それはどういうことだ?」
「そのままだ。あれはグリーフ能力。つまりグリーフ使いの能力だ。半分はグリーフフォースの奇跡。半分は私自身の才能だ」
「……才能?」
「才能さ。闇を捉える才能、闇を飲み込み、飲み干し、理解する才能だ」
「何を言っている」
「悲鳴、嗚咽、絶叫、号泣、涕泣、怨恨、憎悪……そして孤独。特に最後は重要だ『闇そのもの』をありのままに理解する必要がある。そうして飲み干せた人間だけが神への階段を登る権利が与えられる」
「……」
「神への階段。そう、それこそが我が国にとっては必要なことだ。正義の為に誰かを犠牲して、神への階段を駆け上がる。そうして高位の力を手にした者が国を守り次世代にその登りかたを残してゆく。これだよこれこそが、人間のあるべき姿だ!英雄への憧れ、それには蹴落としていっても登らなければならない。それこそがこの国のあるべき姿だ。ジル・ベフトン君のことは聞いていたよ君は護国の理想を体現した素晴らしい兵士だ。君にだけその登りかたを教えてやろう。ペンとメモは何処かね?」
「…ペンと紙だな?」
ジルは紙とペンを慎重に渡す。反撃と自殺。その両方を考え、いつでも取り押さえることができる位置に待機した。オールドスカーはペンで何かを書き始める。それにはフランク語でこう書かれていた。
絵画の位置。宇宙港北東の五キロの倉庫そのどこかに隠してある、親しい死者の名前と己の血。それがなければ地獄行き。合言葉は絵画の名前
ジルは机に置かれたペンを回収してから、ジルは質問を続けた。
「……これは?」
「倉庫だ。そこに欲しいものがある。だが、邪魔者もいるだろうから気をつけると良い」
「……ご忠告に感謝します。だが『神の階段』については、正直、承服しかねます」
「承服するか、しないかではない。正義は何処にあるかだ。我々は我々の正義の為に行動したに過ぎない。すべてはその犠牲だ。私の投獄も含めてな。願わくは君が、私の骸を越えて、『正義の体現者』となることを」
「……私は貴方に言われるまでもない」
「それはよかった」
ジルはオールドスカーが居る取調室を退席し、シャドウたちの居る部屋へとむかった。扉が開かれ、シャドウとジルが顔を合わせる。
「メモに関しては良い。なんて書いてあるかは分かる」
「シン君――ミスターシャドウ、は我が国の言葉が?」
「俺じゃない。彼だ」
シャドウはカズの方を指差した。カズはにっこりと微笑む。
「フランク語は久しぶりだけどなんて書いてあるかは分かるよ」
「ほぉ、なんて書いてある?」
ジルはメモをカズに見せようとした。見せられる前にカズはメモの内容を答える。流暢で訛りの全くないフランク語であった。
「絵画の位置。宇宙港北東の五キロの倉庫そのどこかに隠してある、親しい死者の名前と己の血。それがなければ地獄行き。合言葉は絵画の名前」
高位の貴族の日常会話の如く、あるいは詩人が美しい詩を唄いあげるが如く、上品で柔らかな語調で言葉が発せられた。
「……完璧だ」
ジルは生まれこそ違うが、育ちはセントセーヌで、フランク語の言葉遣いには長い経験があった。そんな彼から見てもカズの言葉は流暢でよどみは一切なかった。ジルが舌を巻きながら感嘆の言葉を口にする。
「それにしても、メモの中身だが『絵画』の場所はともかく、死者の名前?血?合言葉?……なんだかオカルトめいて来たぞ」
ジャックは至極真っ当な意見を口にした。問題はそのオカルトのためにジラール議員や罪のないウェイターを含めた四人が命を落としていることである。
「……オカルトだろうとそうでなかろうと、我々のやることは一つだ。絵画の無力化、もしくは破壊。だがその為にやっておくことが……」
「ストップ!ちょっとまて、『絵画』破壊していいのか?あれはクリストフがもってこいって話だったが……」
「……隠し事を行った依頼人は信用できん、絵画に関しては我々の判断でどうするか決めるぞ。何が起こるか分からん準備してから倉庫に向かう。おそらく倉庫は『絵画』の隠し保管場所だから十分に警戒しなければ……あの『闇人間』の襲撃も考えられる」
「……うう、またあのお化けを相手するの?」
「怖いか?」
「……頑張って……なんとかするわ」
顔は青ざめていたがなんとかアディは勇気を振り絞ってくれた。
「……ありがとう、だが無理はするな。ヤバいと思ったらお前だけでも逃げろ」
「そうね。……でも、最後の最後にするわ」
「ジャック、武装の用意はどうなった?」
「現地警察の許可が降りている銃と弾丸。それから、運び込んだ『護身用』のガジェットを用意してきた」
「……『護身用』ねぇ。業務用の間違いだろ?」
「嘘ではない。書類上ではな……」
「だろうな。……ユキの方は」
「パルドロデム、ロプロック両機、準備完了よ」
「オッケーだ。倉庫の位置は?」
「……該当箇所がひとつ。迷う心配はなさそうね」
「ジル?そちらはどうだ?」
「私は問題ない。だが他の隊員は無理そうだ」
「さっきの戦闘の影響か?」
「それだけじゃないな。この付近のマフィアどもの動きが怪しい。動ける者も他の場所に出向く必要が出てきた」
「ここにいる連中だけが戦力か」
「……いつもの状況だ」
「……いまさらね」
ジャックとアディが肩をすくめながらも、表情の様子自体はいたって前向きであった。憲兵隊の車両を使って六人は示された場所に向かった。
倉庫の内部はとても暗く、明かりがなければ視界を十分に確保できなかった。辺りには埃の匂いがする。むせるような塵がその場に立ち入った者たちの鼻腔と喉を刺激する。
「……げほ、暗い上に視界が利かないな」
「……そうね、これだと何処に何があるかが分からないわ……げほ」
アディとジャックが咳き込む。六人はカンテラ、ペンライト、携帯端末のフラッシュライト、業務用の懐中電灯。各々の光源をもって辺りを照らす。ユキだけは眼球そのものを暗視モードに切り替えて視界を確保する。人造の人間としての機能の一つだった。
「……ユキ?何が見える?」
「……広い空間と……金庫が一つ」
ユキは暗闇の一点を指し示す。シャドウは車の中から持って来た暗視ゴーグルを装着し、装置のスイッチを入れた。
「確かにあるな……あそこか、……おっと近くに電灯のスイッチがあるな」
スイッチを入れるとチカチカと点滅後に倉庫内を一個の電球が照らす。暗闇よりかはマシな視界にはなったがそれでも薄暗い雰囲気が残る。それでも視界を確保できただけで、残りの仲間にとっては大きかった。
「……アタシとしては助かったわ。ただでさえ目が悪いもの」
「薬学の本ばかり読んでるから……」
「……そういえば、サソリは目が悪いんだっけな」
「……さっさと調べましょう」
シンとジャックの軽口を受け流しながら、アディはユキの方に歩み寄った。ユキの前の金庫には操作パネルらしきものがある。ユキがそれに触れるとパネルは音声認識を呼びかけた。
「解錠には音声入力が必要です。パスワードの入力をお願いします」
「……『暗夜の絵画』」
ジルがそう装置に声を吹き込むと音声は答える。
「国家憲兵のベフトン氏の音声と認識しました。ロックを解除しました」
金庫の中から布に包まれた長方形物体が中に入っていた。
「……誰かいる」
シンは皆にそう呼びかけた。ジャックとユキ、そして日頃から耳の良いカズは気づいた。
足音、倉庫の外から足音がする。それも一つや二つではない。
十、二十の足音。ジャックの表情が強ばる。
「隠れろ」
ジャックたちは暗がりや棚があるところを利用して姿を隠すことにした。足音が倉庫内に入り込む。
「……いない」
「そんなはずはねえ、ここに入っていったのが見えた」
「まだどこかに居るはずだ。探せ」
彼らは警官だった。最近あった柄の悪い警官もそこにいる。フラッシュライトと拳銃や警棒を持った二十五人ほどの警官の群れが倉庫内に入ってきた。だが、倉庫内に入ってきたのはそれだけではなかった。
「……おやおや、お勤めご苦労様。警官たちはこんな所で暇つぶしですかな?」
警官たちが振り返ると、マフィアと思われる男たちがギャングやチンピラを連れて五十二人もの軍団が倉庫に入り込む。倉庫内には二つの軍団が睨みをきかせる。警官の一群はイージス11を名乗る国家憲兵と太った警官が仕切っていた。マフィアには白いスーツの初老の無頼漢が率いていた。シャドウたちは棚と棚の間で十分に身動きをとれずにいた。
今回もお読みいただきありがとうございます。次回は絵画を巡って大きなイベントが起きます。
次回もよろしくお願いします。




