第三章 十話 古傷のグリーフ使い
ご飯ものが恋しくなります。最近麺類ばかりですので……。
今回もスリリングな回となります。お楽しみいただければ幸いです。
オールドスカーはフードを脱ぎ捨てるとその顔を露わにする。
顔の傷は目元だけでなく顔中に無数に走っている。大小さまざまだが、一番特徴的なのはやはり目元の傷だった左目の辺りを稲妻の形に走る傷跡が生々しく形跡を残している。しかし、その傷は斬られたものと言うよりかは焼けた後のような質感があった。まるで、顔の細胞中に何か熱を帯びた液体が通り抜けたかのような痛々しい傷がより強調された。
他の人物にとっては衝撃的だったが、とりわけ二人には衝撃的だった。
シンとジル。
二人の考えた事にはある重大な符号があった。
符号。それはグリーフフォース。
シンは兄の話によって、ジルは自身の経験によって。
適性が低い者が無理矢理適合しようとすると地獄の苦しみことを二人は知っていた。この傷は、この『聖痕』はその証。その証拠。力を代償に自らの肉と心を傷つける諸刃の剣。
シンたちはようやく気づく、オールドスカーは最後の安全装置を外したことをその場に居た者たち全員が悟った。悟らざるを得なかった。なぜならその空気を震わす威圧感はもはや、相手が殺しのプロフェッショナルであるだけではなかった。空気が凍える。震える。
それと同時にオールドスカーの周辺からモヤのような闇が渦巻く。スカーの中心に黒い手が現れる。
手。
手。
手。
手。
たくさんの手。たくさんの手。
黒い手、黒い手、黒い手。
無数の黒い手の群れが『古傷』の名を持つ殺戮者の盾となった。
「さて、これでも来るか?」
オールドスカーはにやりと微笑む。余裕の表情であった。
誰もが躊躇した。そうせざるを得なかった。しかし一人は違っていた。
シャドウ。カラスの男。
漆黒の防具に身を包んだ一人の男が前に出る。その目に恐怖はない。あるのは闘志。凶器じみた闘志であった。
「……身の程知らずが、一人いたとは想定外だ」
「……」
シャドウは敵の姿を見据えるだけだ。警戒を崩さす。構えをとって好機を待った。沈黙が戦場を支配する。
「ひとつ聞かせろ」
「何?」
「お前は絵画を手に入れて何をするつもりだ?」
「何のことかな?」
古傷は悪辣に微笑む。
「とぼけるな」
シャドウは語勢を強め相手を威圧する。
「ジルの話によれば、ジラール議員はオズ連合や他の国交を広げる為に尽力したそうだ。お前の目的はそれとは逆。違うか?」
「たしかにジラール議員はフランク連合の政治家の中でも外国の政治家との親交もあり、柔軟な考えを持っていた。だが、それと『絵画』になんの関係がある?ただ絵を奪ってこいと言われただけだ。彼が抵抗したのは想定外だが、それ以外に何も目的はない」
「言われた?誰に?」
ジル・ベフトンは即座に問いかける。しかし、古傷の男は横柄な態度を崩すことなく、質問に対しての言葉をはぐらかす。
「それは企業秘密だ。それより自分の心配をしたらどうだ?騎士殿?」
「ぐぅ」
言い淀むジルにシンはフォローを言える。
「なら、言い方を変える。お前は『その絵画』が『普通の絵画』でないことを知らないはずがない」
「……絵画は絵画だ。絵を盗むことぐらいコソドロにでも出来る。それをたまたま俺が引き受けただけだ」
「……コソドロがその絵に触れたら『顔の傷』だけじゃすまないだろうな」
「……!!」
「……グリーフフォースを扱える人間は一握り。自在に操れる人間は世界に二十人も居ない。それだけ希少な能力だ。才能だけでどうにか出来るものではない。……幸いにも目の前の人間は顔の火傷だけですんだが、そうでない人間はどうなっているか俺は知っている」
「…………ぐ」
今度は古傷が言葉に詰まった。そこにシャドウは畳み掛ける。
「お前は『グリーフ使い』としてなんとか覚醒してはいる。俺と違ってな。だが、それでもグリーフに飲まれる心配をするレベルではあるらしい。特定の一門の人間ならともかく、お前は相当制御に苦労したんだろうな?」
「な、何のことだ?」
「GFは人間の生命エネルギーとぶつかるととんでもない反応を起こす。原子力もびっくりだ。本来ならそのエネルギーの発見が元で今頃、産業革命が起きていてもおかしくない。しかし、なぜそうならない?危険すぎるから。何故?人間を食い破る事があるから」
「……」
「良いこと教えてやる。そのエネルギーを生半可に扱えば、待っているのは破滅と地獄の苦しみだ。今すぐ『暗夜の絵画』を渡せば苦しまずにすむ」
「……苦しまずにすむ?それは力の使い方を知らない弱者の良い訳だ。俺は確かにGFの制御に失敗したことがある。この顔はそのツケだ。しかし、そうでもしなければ政治には勝てんのだ。アスガルドの軍拡。それだって力の使い方を間違えれば国民をむやみに殺しかねない人間を輩出することがある。第三次ティアマト紛争の経験者の一人は内蔵を引き抜く殺人鬼になった話は有名だな。だが、だからなんなんだ?力のある国、豊かな国を生み出す為には恐怖と血が必要だ。平和のぬるま湯に浸かり偽善を語る輩には分からんがな?」
「その結果が、昼の事件のウエイターか?」
「何かを得る為には犠牲が必要だ。そうやって世の中は回っている」
「その手の『言い訳』はうんざりだ。若者とそいつを愛していた家族を置いてけぼりにする屁理屈に興味はない」
「その分の多くの国民を救う成果は出そう。お前を倒してからな!」
「ド畜生が……」
オールドスカーは黒いモヤを纏いながらシャドウに駆け寄る。黒い風となった古傷は銃弾を払い、手を変形させる。イヌ科のそれにも見える手から放たれた一撃は、重装備の国家憲兵達の盾と身体を3メートル後方へ吹っ飛ばした。ジルだけはなんとか踏みとどまったが他は吹き飛ばされ身動きがとれなくなる。
シャドウは連撃の手を緩めることはない。ひたすらオールドスカーを殴り、応酬を一瞬一瞬で回避しカウンターを繰り出してゆく。そこにジャックも加勢し、オールドスカーの身体を抑えようとする。しかし、ジャックの一九〇センチの巨体はいとも容易く振り払われる。片足を抑えるのが関の山だが黒い手たちの攻撃に晒される。
「ぐぅお!?」
たまらず、ジャックは掴んでいた片足から手を離し、黒い手の攻撃を転がる様にして回避した。回避した際、拳銃を発砲するが、黒い手に阻まれ攻撃が届かない。
次にカズのつむじ風が起き、敵の身体を壁に吹っ飛ばそうとする。しかし、一回の風では相手を吹っ飛ばすことが出来ず、強靭な脚部から支えられた巨体をすこしずらすだけで精一杯であった。
「ぐぅぅ」
だが、隙は出来た。突風による攻撃はシャドウの攻撃しやすい位置を作り出すことに成功したのだ。そこをシャドウは見逃さなかった。向かい風を浴びながら繰り出された飛び蹴りがオールドスカーの腹部を鋭く抉る。悶絶しながら吹っ飛ばされた身体は壁に叩き付けられ、オールドスカーの意識を揺らがせる。
その一瞬を狙ってジルは手元の、ユキは腕部そのもののパラライザーを照射する。
『電子麻酔銃ヲ起動シマス。落チ着イテ対象ヲヨク狙イ速ヤカニ引キ金ヲ引イテ下サイ』
ジルの銃から案内音声が流れた後、ジルとユキの二つの低致死性の電気弾がオールドスカーに飛来する。弾丸は古傷の男に着弾後、その狼と人の合わさった身体に電流が駆け巡った。しばらく痙攣した後、オールドスカーの身体は力なく崩れ落ちた。
オールドスカーの身柄を確保した国家憲兵たちと『バレットナイン』のメンバーはその足でフランク第二中央警察署に立ち寄った。そして、改めて今後の方針についてジルとシャドウは話し合っていた。
「……先ほどの情報の件は感謝している。絵画のこと、それと『スパイ』のことについて」
「まさか、オールドスカーが我が国の関係者だったとはな……。しかも国際的なテロ組織と繫がりがあるとは……」
逮捕した『オールドスカー』は本名を持たず、過去や経歴が分からないフランク連合出身の特殊部隊員であった。分かることと言えば、フランク人であること、過去にグリーフフォースと関わりがあったこと、そしてフランク国内の政治グループと関わりがあったことが分かっただけだ。
「心中お察し申し上げる。こればかりは俺も予想外だった。それに絵画の行方も分からないのも気になる」
「そればかりはオールドスカーが目を覚ますまで何とも言えないな。それより国内にいる政治家の動きも気になる」
「……君の国とオズ連合は仲が良くないことも関係しているのか」
「そうだな。オズと我々の国、百年前は戦争状態にあった。多民族を広く受け入れてきたオズ連合と自国民とその文化を守るのに精一杯だった我々フランク連合王国。中がこじれるのは必然だった」
「なぜ?」
「皆がそう言う感情を抱いている訳ではないが、我が国は外国に対する恐怖がある。比較的新興であった我々の国は、『抜き取る者』を始めとした外来の種に対して自国優先の封じ込めをして生き延びてきた。その代償に多くの移民を見捨ててきたことも意味している。その悪感情がオズと我々の不仲を生み出している事は想像に難くないだろう?」
「その件については、ジャックからも聞いている。国際情勢と人脈に関しては本当に強いからな」
「良い仲間だな」
「ありがとう、……それにしても、なぜオールドスカーはあんな街中で戦闘をしていたんだろう?」
「……付近に目撃者が言うには他に誰か居たらしい」
「誰か?」
「若くて美しい紳士といたらしい」
「やり合っていたのはそいつか?」
「いや、そいつはオールドスカーの仲間だ」
「じゃあ誰と?」
「アズマ人だ」
「……どんな奴だ?」
「スーツを着ていて銃を二丁持っていた。青と黒の」
「青と黒!?」
シンは思わず目を剥く。その特徴にシンは覚えがあった。
「……知り合いか」
「……そうだ。俺の良く知っている人物だ」
「なら相当な重要人物だな?どんな奴だ?」
シンは兄であることをあえて避けてその人物の説明をした。シンは兄のことを強く尊敬しているが、彼の弟として見られることに様々な劣等感があったからだ。それと自分の仕事に兄弟を巻き込みたくない気持ちもシンにはあった。
「ああ。……とにかく冷静沈着で先を見通す能力が高い。かなりのインテリで科学知識に優れた人物だ。今は……アズマ国の一機関で働いていると聞いている」
「そうか。協力に感謝するぞ。名前は……?」
「タカオ。……タカオって名前だ」
「そうか、協力に感謝するぞ」
そうこうしていると警官の一人がシャドウ達に語りかける。
「サー・ジル殿。それとミスター・シャドウ。『奴』がお目覚めです」
「わかった。すぐ向かう」
ジルは警官にお辞儀をした。
「では……」
報告をした警官が署の奥に消えた後、ジルとシンは取調室へと向かった。ユキたちと合流した後、ジルは尋問のため古傷の居る方の部屋へと入ってゆく。シンたちはその尋問の様子をマジックミラー越しに見ることとなる。
本作品は『孤独なる人間』をテーマに様々な物語を展開していきます。
次回もよろしくお願いします。




