第三章 七話 ホテルの銃撃(前編)
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください
ジャックが意外そうな口調で話しかける。
「……アイツとの付き合いは長いが『お化け恐怖症』だったのは予想外だった」
「俺もすこし驚いたよ」
ジャックとシンが居た部屋に朝日が差し込む。
「……なんか、すまないな。こんなむさくて色黒の大男よりユキと一緒にいたかっただろうに……」
「いい。今のアディには同性の話し相手が必要だ。男に話しかけられるよりかは話しやすい話題があるだろう。それに部屋はツインとトリプルしか空いてなかった。アディを同性のユキと明るい性分のカズの二人に相手させれば心理的に幾分か楽になるだろう。異性かつ威圧感のあるジャックと俺だと話し辛いだろうしな」
「……それもそうか。それにしても車内の早着替え。あれどうやったんだ。ホテルに着いた時は普段着のような恰好になれて羨ましかったぜ」
「……長い経験の産物だな」
「お前まだ二十歳だろ?」
「そうだ。だが、普通の二十歳じゃない。俺の過去は普通の精神じゃ耐えられない。いろんなことがあった。これも昔取った杵柄」
「……やっぱお前、俺と同い年なんじゃないか?それより上か?」
「二十だ」
「……後で聞かせろよ?」
「何をだ?」
「昔話」
「……お前ならいいか。だが、この仕事を終えてからだ」
「ああ」
「いくぞ」
大男と『筋骨隆々の164センチ』が部屋の外に出る。『実にむさいコンビ』がアディたちの隣室に向かうと眠そうな顔のカズとユキが出迎える。
「……おはよう。シン」
「……眠ぃぃ」
「おはよう。二人とも。……その様子だとアディは終始怯えていたようだな」
「あの人さ……信じられない程怯えまくっててさ……私もあの『ヤミ男』おっかなかったけど、アディの怯えかたはなんかやばい」
「窓には寄りたくないとか『暗いの怖いよー』とか寝かせるの大変だった……」
「……」
「……」
予想のど真ん中の直球に、二人はため息も出なかった。
「おはようございます」
「おはよう。お化け嫌いさん」
シンが皮肉っぽい口調をすると、アディの頬が赤みを帯びてゆく。
「き、昨日のことは忘れてぇ!?」
「まあいいさ。クリストフ長官殿が来る前に朝食を食べるぞ」
「は、はい……」
五人がそう言ってホテル内のレストランに向かう。エレベーターを経由し今いる八階から十一階まで登ると既にレストラン前の入り口は人の声で溢れていた。
時刻は午前六時半。やや早い朝食なのにも関わらずレストランは人が多かった。
「そう言えば、ここってフランク連合一のシェフがいるみたいね。毎日大盛況だとか」
「道理で。待たされないといいな」
「待つの嫌いか?」
「シンは待つのは嫌いだよ」
「飯食うぐらいで時間を無駄にするなんてどうかしている」
「僕も待つのは嫌いだけど、それ言い過ぎ」
「俺は美味ければ構わない」
「私は嫌い」
「あら、私はお洒落な店は好きよ」
「三者三様だね。シン」
「よそはよそ。俺は俺だ」
「……こういうところはぶれないな」
「それが長所でもあるけどね……」
シンは人ごみの多さと待ち時間の心配に露骨に顔をしかめた。五人がレストランの様子を話しながら、レジカウンターの方に歩み寄る。
「いらっしゃいませ。お客様、お名前とお部屋番号を頂戴できますか?」
「814号室と815号室のジャック・P・ロネンだ」
シンは予約名をウエイターに伝えると、彼の表情が緊張した面持ちに変わる。
「……ジャック様、それと『アラカワ様』ですね。すでにお食事どころの準備が出来ております」
「……やけに準備がいいな?あと俺の名前を伝えたつもりはないが?」
「ええ、お客様はスペシャルゲストのお知り合いと伺っています」
「一応聞くがその人の名前はクリストフだな?」
「はい。フランク連合国家警察長官のジャン・クリストフ・ド・ジェラール様でございます」
「……失礼した。ありがとう。ウェイター君」
「いえいえ、それでは良い時間を」
五人は『相手方』の対応の早さに驚愕しながらも、レストランに向かった。
案内された個室内にて、大きめのテーブルの向かい側に確かに彼は座っていた。
見覚えのある白髪と灰色の眼がこちらを出迎えた。
「やあ、予想より早いお目覚めだね」
男は既に前菜を食していた。
新鮮な季節の野菜と海老のサラダ、焼きたてのパン、フランクの属領からとれた豆から抽出したコーヒー。どれも前菜であることを考えなくても一級品の料理だった。料理自体が香りと見た目が文句無しに良く、それがお洒落な皿にちんまりと盛りつけられていることが、高級感と彩りの鮮やかさに拍車をかけていた。
「こういう店は初めてかな?ずいぶんと顔が緊張しているが?」
全員が驚きのあまり一言も話せないでいる中、シンがクリストフに語りかけた。
「すみません。敷居の高いレストランの中にいることより、意外な人物の再会があまりにも衝撃的だったものですから……、まさか警察の高官がここのレストランの常連だったとは思わなかったもので」
「ふふ、ふははは、正直な回答が飛んで来るとは思わなんだが、世の中そんなものだ。まあ、べつにとって食うつもりはない。料理は目の前にあるのだからな」
「ありがとうございます。昨日も『貴方の訪問』以上に衝撃的だったもので、皆ぴりぴりと緊張しているのですよ」
「ほお、それは?」
「それは、食事のときにでも。立ち話も何ですし」
「ははは、これは一本とられた。君はなかなかの大物だ」
シンは残りの四人に座るようアイコンタクトをとった。ユキがそれに応じると、カズ、アディ、ジャックの順で席に着いた。
会話のない食事の席には、クラシックの音楽が流れゆったりとした時間だけが変化する。何もないテーブルにクリストフのものと同じ前菜が五人の前に出される。
「……偶然にしては出来過ぎてますね。後を追ってきたのですかな?長官」
「後はつけてはいないさ。警察の長官として仕事の進行具合が気になったものでな」
「……絵画の捜索でしたね。テロ事件と関わりがあるとか」
「そうだ。警察と国家憲兵の合同調査でこちらも伺っているが、フードの男については一向に分からん」
「こちらも調査はしていますがね。手掛かりのない状態ではどうにもなりません。ですので、違ったアプローチで調査を行いました」
「それが『昨日の衝撃』の正体かね」
「……今回の案件間違いなくマフィアがらみの事件でした」
「……ほお、何処のクズの仕業だ?」
「アタリア系でしょう。訛り、肌の色、目、髪。それらの特徴から可能性は高いかと」
「…………あの軽薄な頭の固い鉄砲玉どもめ」
「ミスタークリストフ?食事がお気に召しませんか?」
「……うん?いや、……シン殿、ここの料理は実に美味いよ」
「……」
シンは食事をしながら、クリストフの表情を見た。いらついた表情の中にどこか異質なものをシンは感じ取れる。それはユキとアディも同様であったようだ。女の直感とはこの事を指すのであろうか。二人の女性は向かい側の老紳士が感じている『何か』を見落とすことはなかった。
ウエイターが食べた前菜を下げ、新たにスープを運んで来る。フランクの朝食は質素にするのが通例だが、相手を驚かせる為に豪華にした食事がクリストフにとっては仇になった。しかし、シンの方は追い風になっている。
シンは攻めの手に打って出る。
「クリストフ長官。僭越ながら一つお聞きしたいことがあります」
「んん?なんだろうか?」
「…………あなたは犯人に心当たりがありませんか?」
「……あるわけないだろう」
クリストフのこめかみ。それがわずかに緊張する。
「そうでしょうか?どうもさっきの一言を聞く限り、異星人とか外国人と罵らずに相手の性格に口にしました。思い当たる人物がいるのでしょうか?」
「う、い、いや、アタリアの連中は軽薄な女好きだなって文句を言っていただけだ。ほら、あそこの連中は女好きな国柄だろ?」
「……」
相手の言葉を引き出すには弱かったが、相手の同様は引き出せていた。
シンは次の手に打って出る。
「……昨日のマフィア連中はどうも『絵画』を狙っているようです」
「そうか……では誰が」
「ですが、彼らには他に誰か、『絵画』狙っている人物を知っている素振りでした」
「というと?」
「お前達も絵画を狙っていたかと」
「……それは君たちが絵画を狙ってやって来たって意味ではないかね?」
「それは最初私もそう思いました。しかし、私たちには手掛かりがあります」
「……」
「ジャック。すまないが『彼』を連れてきてくれ」
「あいつを?」
「ああ、このホテルのレストランは外部の人間も入れるのだろう?」
「まあな。わかった」
ジャックはいったん席を外し、レストランの外へと出た。
「…………」
先ほどまでの余裕のある表情とは打って変わって、クリストフは沈黙していた。
食べ終えたスープが下げられ、メインディッシュが運ばれて来る。
「先ほどの体格の良い方は?」
「ああ、クリストフ殿に会わせたい人物がいるので一度下に降りているんだ。すぐに戻るから気にしないでくれ」
「……」
「承知しました。では失礼します」
そう言ってウェイターは下がっていった。
卓上には朝食には不釣り合いなほど豪華な食事が並べられていた。
魚のムニエル。果実からとれた油をベースにその日にとれた魚を切り身にして炙られている。魚の皮が程よく焦げ、ふっくらと焼けている。暖かくも豊かな香りが食欲をそそる。
そして肉料理が来る。朝食なのでボリュームは抑えめではあるが、フランク連合領から輸送された高級種であるフランク・ムーザン種の肉をローストしたものを出されていた。肉と果実酒の香りがシン達の鼻腔をくすぐる。
肉料理の出されしばらくした時点で、ジャックが戻る。
「……これは美味そうだな。『お高い連中』は毎日こんな物食べてるのか」
「彼らだって毎日じゃない、大事なお客様相手に出すものだ。知り合いの医者も、院長たちの宴会や集まりだとこういうものは食べるが、普段はライスボールかサンドイッチだぞ。夜勤の日はしょっちゅうだ」
「あぁ、俺の知り合いの医者もそんなこと言ってたっけ。夜食を食べられれば御の字だって」
「ぐ、新手の拷問か?」
「そうじゃねえから黙ってろ」
「ぐ」
マフィアのリーダー格が手を縛られた状態でジャックに連れられた。
「…………」
クリストフは黙っている。
ナイフとフォークを持つ手も止まっていた。
「……見覚えあるね?」
シンはクリストフを覗き込む。シンの視線は冷たい。最初に出された飲み水の氷の冷たさもこの視線と冷たさには敵わない。
「し、知らんよこんな薄汚い男」
「……おい、待てよ」
マフィアの男は反応を返す。クリストフの顔が青ざめてゆくのが、全員に分かった。
「テメェ、サツの頭のクリストフなんだろ?俺、知ってんだよ。お前ともう一人、絵を狙っている奴をさ」
「……な、デタラメだ」
「は、デタラメね。この名前に聞き覚えは?『レイ・アルマー』だ」
「……ほう」
シンは興味深そうに頷く。
「レイ・アルマーの手下が狙っている事は知ってんだ。絵をこっちに渡した方が身の為だぞ?んん?」
「知らん、私が知りたいくらいだ!」
「てめえ!しらばっくれるのか!」
「知らん!私は何も知らん!」
二人が語気を強め始めたところで、シンは一言鋭く放った。
「静かに!!」
鋭いさっきを纏ったまま、しんとした静寂が個室を支配する。
「マナー、メイクス、マン……だ。レストランの席では静かにしてもらおうか」
「く、……くそ」
「……ち」
幹部の男とクリストフが悪態を突きながら黙る。
「さて、もうしらばっくれるという手はない。そして話を反らす事も出来ない。これで準備は整った。大人しく話してもらうぞ?ミスタークリストフ?」
そう言ってシンがクリストフに近づいた時だった。
銃声。
しかも一つや二つではない。
連射される音が入り口から響く。
「げぎゃぎゃぎゃぎぎぎげげげげげげげげげ!」
「がががば、ごががががががあが!」
「ひが、げひやひひひひひひひひ!」
焦点の定まらない目のスーツ男が、機関銃を乱射しながらレストランに踏み込んで来た。甲高い声をあげており、正気が感じられない。個室にいた全員が射線から逃れる為に頭部を下げる。個室の外には悲鳴。
「クリストフ長官……それとマフィア野郎」
「な、え?」
「あ?」
「ここで待ってろ」
シンとユキは個室を出て、近くの木の大きな柱に身を隠し機関銃男たちの様子をうかがっていた。
本作品は『孤独なる人間』をテーマに様々な物語を展開していきます。
次回もよろしくお願いします。




