第三章 六話 暗い怪異
今回から第三章の雰囲気が変わると思います。少しだけ、ホラー要素が入るかもしれませんがご了承下さい。
日の落ちたセントセーヌの一角にワゴン型の電気自動車は止まった。
シンは車内でスーツを脱ぎ戦闘服を纏う。
『シャドウ』の衣裳だ。他の仲間たちも目出し帽や、覆面、顔を覆う暗視装置をつける事で自分の顔を隠して外に出る。外の様子は夕方から夜に変化しつつあった。
「この辺で金融屋ってこいつだけか?」
「ええ。間違いないわ。既に内部の情報もモニターしてる」
ユキ改め、アラクネは腕部の装置を何回か操作する。監視カメラのシステムを乗っとり内部の様子を確認する。柄の悪そうなスーツの男達が書類やコンピューターを操っているのがユキには見えていた。
「……ほとんど会社だな」
「実際そうだろうね。マフィアの手先だけど」
「えっと、シャドウ?何が映ると思ってた?」
「どっしりとくつろいでいるものだと、てっきり」
「…………不良の溜まり場かい。そんな訳ねえよ」
シャドウの思わぬ天然発言にジャックは驚いた仕草を示した後、カラスの男と仲間達は事務所へと足を踏み入れた。
見張り番と思われる男がこちらに近寄ってきた。
「……コスプレパーティかい?ここは会場じゃあ――ぐげっ」
カズの操る突風がチンピラの身体を軽々と吹っ飛ばす。チンピラは壁に叩きつけられ完全に伸びていた。シャドウ達はまるで最初から立ちふさがる人物はいなかったかの様にスムーズな形で建物に侵入した。
建物への侵入後は何人かのチンピラを無力化した後、社長室と記された扉が五人の目の前に存在した。そして、その広い部屋の中へと五人は乗り込んだ。彼らの前には、知的さと粗暴さが入り交じった様な男が奥で椅子に座っていた。
「おい、だれが勝手には言って良いつったんだ?ああ?」
「すまないな。マフィアの社会流のアポの取り方は分からないものでな」
「おう。何の用だてめえ?」
「……『議員射殺テロ』お前らの仕業か?」
シンの目が鋭くなる。それに続き、カズも口を挟んだ。
「ついでに、クルーゾー邸のマフィアたち。あれは何なんだ?」
「お洒落な柄のマスクの小僧。クルーゾーには先祖の代から貸しがあるんでな?ちょっと色々商売をしただけだよ?問題?」
「大問題だ。この件は知り合いの弁護士を呼んで処理に当たらせている。何せ犯罪の拠点に使ったんだ。『昼間のカフェ』のこともそうだろ?」
「……け、そこまで知ってんのかよ。お前らも『暗夜の絵画』が目的なんだな?」
「……素直で正直なのは感心だが、続きは国家憲兵の局内で話してもらおうか?」
「……はい、そうですか。と言うとでも?」
「覚悟はいいな?」
シン達の周りをバットやナイフ、拳銃で武装した十四人のマフィア達が囲む。
「覚悟すんのはてめえの方だ!」
じりじりとマフィアの男達が五人に詰め寄ろうとした時のことだ。
ぎゃあああっという男の悲鳴が上がる。大勢の敵達の顔にも動揺の色が見える。
「……今度は何だ?」
マフィアの男達の方、部屋の外側から、異様な殺気が放たれるのが全員に感じられた。
コツン、コツン、コツン。
靴音が扉の前で止まる。
ドアノブがひねられ、襲撃者の姿がシン達の前に現れる。
モヤ。真っ暗な闇。
人の形をしたナニカが部屋の中に複数入り込む。そのうちの一体、その手には大きめの斧が手にされていた。
「………………」
漆黒のモヤを纏った何者かは斧を手近にいたマフィアの男に振り下ろす。
彼はヒッと短い悲鳴をあげると、その頭部は刃の重みをこめて完全に両断された。男のスーツが深紅に染まり、肉片が辺りに飛び散った。
「う、撃て!撃て!殺せぇッ!」
拳銃を持ったマフィア達が闇人間に向かって拳銃を放つ。
しかし、拳銃の弾は闇人間達の身体を突き抜けてしまう。
闇人間達はマフィアの男達を一方的に殺していった。
ある闇人間は斧で頭を割った。頭蓋を砕き。脳を取り出し貪った。
ある闇人間は素手で人体を引き裂いた。ハラワタを抉り出し、遊び、殺す。
ある闇人間はただ殴った。殴って殴って、標的を血と肉の塊に変えた。
闇人間の一人がある人物に目をつけた。シャドウであった。
「……ち、窓から逃げろ!」
シャドウは囮役をやりながら、他の仲間に退避を呼びかけた。
「カズ!」
「ああ」
まずカズが先行する。外には敵はいない。三階の高さだったが落下の衝撃はカズの作り出した局地的上昇気流によって緩和される。ユキやアディもそれに続く。
闇人間の死の攻撃をひらりひらりと回避しながら相手の眼前に小型の閃光手榴弾をの投げつけた。強烈な閃光が社長室を包み込む。その隙にシャドウは窓の側まで逃げ出す。その際、シンは乱入者の異変に気がつく。
「ギャアアアアアアアアアア!」
闇人間が閃光に包まれた途端、甲高い声で闇人間は苦しむ。その隙を突く形で生き残りのマフィア達が攻撃を仕掛けると攻撃が通る。銃弾を浴びた闇人間は先ほどと異なり、銃撃の攻撃に苦しんでいた。着弾点を中心に亀裂が入り闇人間はモヤの伴った欠片にまで粉砕された。
「来い!」
ジャックが『社長』を抱きかかえながら割れた窓の外へ飛び出したのを見て、シャドウもそれに続いた。
「シン!早く!」
ユキが電気自動車のエンジンを起動すると建物の側に寄せた。ジャックは社長をトランクに押し込んだ後、シンと共にそのワゴン車に飛び乗った。
車は二回蛇行した後、道路を全速力で疾走した。
「……あれ」
「……なんだあれ」
ユキとカズが唖然した様子で目を合わせる。
「……ジャック『あれ』知ってる?」
「……ねえよ。シン先生は?」
シャドウは『分からない』のジェスチャーをした。
「……今は何とも言えないな。だが分かった事がある」
「へ?」
「光だ。奴らは強烈な光が弱点だ。閃光手榴弾で弱体化した」
「……メタビーングか?」
「その可能性があるが、それ以外の存在であることも否定できない」
「メタアクター能力とか?」
「分からん。確証がない。未確認の事象かも知れない」
「……いずれにせよ情報が足りないわ。接触は厳禁ね」
「……噂をすれば影……か」
「ん?」
ユキがバックミラーを見る。
手。
左手。
黒く変色した手が後部ガラスに張り付く。
ぺたり。
ぺたり。
顔に漆黒のモヤのかかった男がこちらを見ていた。
「…………ギィ、カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ」
舌を鳴らすような音を放ちながら闇人間が車内を見ていた。モヤでよく見えないが、ニタァっと笑っているようにも見える。それを見たアディから、絹を裂くような悲鳴をあげる。運転しているユキの顔も蒼白であった。ユキの口から短い悲鳴が上がる。
「う,風をォォ!」
カズの突風が闇人間を吹っ飛ばそうとするが、効く様子がない。闇人間の手はガラスに穴をあけ、生きているものに手を伸ばそうとする。暗い指がシンの方角に伸びる。
「ライトだ!電灯。ジャァァァック!」
シンが力の限り絶叫すると、ジャックは車内の助手席から非常用の懐中電灯を取り出した。シンは闇人間の手にライトを当てると、手の部分がタールのような状態で溶解していった。
「ギャアアアアアアアアアア!」
甲高い声をあげて闇人間は手を抜こうとする。だがその手はガラスに阻まれなかなか抜けない。
「とっとと、くたばれえええ!」
シンは闇人間の頭部にライトを当てながら、持っていた拳銃の引き金を引き絞る。モヤの加護を失った闇人間の頭部が拳銃によってガラスごと砕け、そのまま霧のように霧散した。黒い霧となった車内に半液体状の腕だけが残される。
シャドウはそれを足で外に何度も押し込んだ。半液体状の黒い腕はそのまま社外に投げ出され、潰れたトマトの様になった。
ホテルに到着直後の五人のうちシンを除く四人は目が死んでいた。
到着前にシンはシャドウの服装を車内で最低限着替えはしたが、さすがに周囲を警戒していた。他の四人に関してはその余裕すらなく。ただホテルに着いたことを喜んでいた。
「えー、バレットナインセキュリティご一行様。ご無事……ですか……」
「え、ええ……」
「…………ほへ」
「……ひ、……ひぐ、……ぐず……」
「……ジョニーの口癖じゃないが、『冗談きつい』ぜ」
「そこのフロントさん、車に関しては気にしないでくれ、道の途中で暴徒にやられただけだ」
「……あの警察呼ばれますか?」
「問題ない。俺たちは警察関連の仕事をしていた。だから業務上、あまり表には出さないでくれ。他のホテル客には、車上強盗の類いから逃げたとでも」
「……わ、わかりました。どうぞ中へ」
ホテルマンは明らかにベテランの人物ではあったが、ぼろぼろの車でチェックインすることは予想外であったようだ。戦場から戻ってきたような車をみてその自慢の営業スマイルも引きつっていた。
ユキは半泣きのアディをよしよし撫でながらホテル内へと入っていた。ジャックもそれに続く。
「ねえ、シン早く中入ろ、ね」
「……わかった。すぐ向かう」
シンは辺りを警戒する。敵意はない。不審な歪みも感じない。それを確認した後、ホテル内に入っていた。ロビーの光景はやや賑やかだ。客数が少ないが、部屋は明るかった。カズとユキは落ち着き、アディは泣き止んだ。ジャックとシンはリラックスした状態になった後、ひっそり話をした。
「……明日、クリストフに話を聞く」
「なぜ?」
「もしかしたら、『暗夜の絵画』が原因かもしれない。危険なシロモノって言ったからその影響かを調べるだけでも良い。アポはとっておく」
「そうだな。それに、その絵はそれ以外にも付加価値がありそうだからな。『神に至る道』そのヒントだけでも、きちんと調べないと後が恐い」
「そこは自分も賛成だ。可能な限り対策は練っておきたいな」
そう言って二人もユキ達の後に続いた。
ホテルの周辺には闇人間達が囲っていたが、そのうちの一人が踵を返すと後の者もそれに続いた。
そうしてフランクの夜に平穏が戻る。後に残るのはフラッシュライトを持ったわずかな警官と酔っぱらいの姿だけであった。
穏やかな夜の川。その水面の上には街の闇を象徴するかのような黒が『いた』。
セントセーヌのある橋の上に、ジャン・クリストフ・ド・ジェラールが立っている。
「絵のこともだが、奴の事も成果だな」
黒いコートを羽織ったクリストフがそう言って反対側に向き直ると、彼の姿は夜の街の中へと消えていった。その場所の近くに無謀な荒くれ者の死体が何体も何体も、地べたに『赤い液』を垂れ流してしていた。
本作品は『孤独なる人間』をテーマに様々な物語を展開していきます。
次回もよろしくお願いします。




