第三章 五話 マフィアの影
シンの親友のカズ・リンクスは言語のプロであり、世界中に人脈があります。今回はそんな彼の一面が垣間見えると思います。
今回は戦闘ありですが、調査回でもあります。カズが少し活躍します
白昼の日差しのもとに白亜の豪邸が絢爛な出で立ちでそびえ立っている。
シン達、『バレットナイン』一行は踏み込むのに躊躇の感情を抑えきれずにいた。
「……ここで間違いないか?カズ」
「……ここで合っているはずなんだけど、すごっ……」
「……おぅ」
「ええっ…………」
「何これ……城?」
アディが言った通り豪邸と言うよりかは城と表現した方が速かった。豪邸自体を支える土地も広大だが、庭園の面積も大概な広さであった。これを上回る邸宅を挙げるなら、フランク連合に絞っていえば、上流貴族の邸宅や、フランク連合の王家宮殿に絞られる。中堅の貴族の中ではかなり大きな建物と言っても過言ではなかった。
「場所はここで間違いない。トンプトンの骨董品なんてそうそう持っている人物はいない。展示されているものや狩猟で普段から保管しているものを除くなら、もう『このクルーゾー家』しかない。
クルーゾー家は貴族の中でも比較的古い歴史をもち没落をなんとか免れている貴族家の一つであった。ただし、クルーゾー家の場合はその借金をどういう訳か。条件付きで免除されていることも大きい。そのため、フランクの上流社会では、黒い噂と言えばクルーゾー家と陰口を叩かれるほど、その不気味な復活を恐れていた。その数十年か前にフランク連合の貧民街でマフィア、ギャング、海賊、カルト宗教などの抗争が始まったことも大きかった。
『白い悪魔の宮殿』。冗談や皮肉も含め、その屋敷はそう呼ばれていた。
シンは玄関前のチャイムを鳴らすが反応はなかった。
「……留守か?」
「……居留守よ」
「よくわかったな?」
「ロプロック」
「……なるほど」
ユキの下調べは完璧だった。邸宅の上に鳥形のドローンが飛行している。
「ついでにパルドロデムで壊しちゃおうかしら?扉」
「……怖いこというなよ」
「人のこといえるの?」
「……それもそうか」
「……そんな会話をしている貴方達二人が怖いわよ」
「全くだ」
「今回は僕も同感」
サソリの女と大男、細身の青年がそろって恐怖の言葉を口にした時、二人は何気なくと二階の方を仰ぎ見た。人の視線がそこにあったが、それをごまかすかの様にカーテンが閉まる。
しばらくすると中年女性のメイドが扉を開けてくれた。やや肥満気味の体つきであったが、表情は穏やかで愛想があった。
「いらっしゃいまし、お客様。アポはございますか?」
「ああ、セントセーヌの警察かフランク連合国家憲兵から、連絡はされていないか?」
「……失礼しました。どうぞ中へ」
五人はクルーゾー家の屋敷へと招かれた。
屋敷の食事は意外と簡素であった。豪華絢爛とはいかなかったが、暖かで素敵な料理であった。
よく煮詰めた野菜スープ、こんがりと焼いたパン、魚のムニエル、そしてふんわりとした食感の卵料理の数々とまろやかな蜂蜜と果物のデザート。
とくに卵を使った料理は文字通り抜群に美味で五人の舌を存分に満足させていった。
「驚いたな……フランクの料理は美味と聞いていたが、これは美味い」
「シン。この卵料理、ほんとうに美味しいわ」
「喜んでもらってなによりです。こんな簡素な料理ですが、楽しんでいただけてなによりです」
「うん、本当に美味しいよ。この卵、その日にとれた卵?」
「ええ、そうでございます」
「さすがに、カズは舌が肥えてるな」
「うん、フランクには仕事と語学の勉強と趣味の音楽の為に何度も来ていたからね」
「……そういえば、貴方はカズ・リンクス様では?」
「久しぶりだね。ペリーヌおばさん。今日は親友と一緒なんだ」
「親友?もしや、その方はカズ様が前に……?」
「そうだよ。黒いスーツの人がシン。こっちのドローン飛ばしていた女の子はユキ。こっちの二人は彼の仕事仲間」
「ジャックだ」
「アディーネよ」
「まあ、貴方達がカズ様の!どうぞゆっくりしていって下さい。クルーゾー様が丁重にもてなせと言うくらいだわ」
「カズ?知り合いか」
「うん。ホームステイ先の友達だったんだ。その縁でクルーゾー君とも友達に」
「ジャックの人脈も大概だが、カズの人脈も凄いな」
「ジャンルが違う。俺の人脈はこう言ったお高くまとまった人脈はからっきしだ」
「そういわないで、ジャック仲良くしようよ」
「……縁がない方が良いさ。平和な世界で上手くやることは幸せなんだ。それを甘ったれていると勘違いする奴もいるけどな」
「ジャックは『甘い連中』とは思わないでしょ?」
「お人好しな連中だとは思うけどな?『金持ち喧嘩せず』だっけ?」
「ふー、そうはいうけどそう言う人たちも大変なんだ。いつも金持ちとは限らないしさ」
「……そうかもな」
シン達はしばらく食事を楽しんだ後、屋敷の食堂を見回した。
メイドの姿があまりみられない。その分屋敷の静寂と食堂に差し込む日差しが心地よかった。
ギィィっ……。
木材の軋む音が響いたと思うと食堂から一人の貴族らしき男が入り込んで来た。再興暦以前の中世時代の宮廷衣裳を彷彿とさせる貴族の服装だ。
フリルや装飾品のついた黒い服装が、五人とその人物のフランク連合における身分と出身の違いを如実に表しているようであった。
「カズ!カズ・リンクス!我が友人よ。久しぶりの来訪。歓迎するぞ」
彼こそが他ならぬアルベール・クルーゾーであった。だが、どこかやつれていることをシンとカズの二人は察していた。
「アルベール君。すこし痩せたね」
「そうだ。ダイエットしたんだよ」
「……シンだ。よろしく」
「君がシン・アラカワか。話は聞いてるよ。カズが辛い時に助けてくれたって」
「友を救うのは友の義務だ。当然のことをしただけだ」
「……そうか。良い友をもったな。カズ」
心なしかクルーゾーの表情は暗かった。シンとカズは少なくともそう感じざるを得なかった。
「……さて、クルーゾーさん。銃器は好きかな?」
「銃?……ああ、骨董品の銃器をいくつも持ってる」
「トンプトン81機関銃」
「!!」
「俺は職業柄銃器の勉強に余念がなくてね。銃器コレクターと聞いていたのでね。ぜひ見せていただきたい」
クルーゾーの顔に冷や汗が浮かぶ。明らかに彼は動揺していた。他の三人もその反応を見逃さなかった。
「…………ないんだ」
「……?」
「と、友達に貸しているんだ。さ、最近流行っているのかな?あ、あはは」
「……わかった。その友達は今何処にいる?」
「そ、それだけは勘弁してくれ!」
「あ、アルベール君?」
「……友達なのだろ?……困ることなのか?」
「あ、いや、それは……」
アルベールの目が泳いでいた。どうやら嘘は下手で押しの弱い人物なのだとシンは推測する。その直感を元に畳み掛ける。
「……君の自慢の銃器は犯罪に使われた可能性がある。骨董品ととは言え、部品をきちんと入れ替えて整備すれば、火薬式銃は立派な凶器になる。……後は分かるね?」
「ひぃ、ぼ、ぼ、僕は何も知らない」
「……君を犯人だとは思わない。だが、犯罪の片棒を担ぐのは嫌だろう?人が死んでるんだ。巻き添えで死んだ若いウェイターの遺族がここに来る前に見たテレビで泣いていた。彼らを救う為でもある。しかし、この事件の裏側に俺が本当に知りたいものがあるんだ。教えてくれ」
「……ああ、やってたな……テレビで……ぼ、僕は……僕は……もう終わりだぁ……」
クルーゾーは俯いて泣いている。クルーゾーは重い口を開こうとした。
扉が蹴破られる音が響く。何人かの柄の悪そうな男が六人程入って来る。五人は警戒して席を立つ。
「あークルーゾーちゃん?それ以上は口を開く必要はないぜぇ」
「安心しな。汚いハエは俺らルチア・ファミリーが払ってやるぜ」
「ハエ?ドブ川の匂いのするハイエナさんが何の用かな?風呂入った?」
シンは嘲笑うかのような表情で乱入者達を挑発した。
「……あ?調子づいてんじゃねえぞチビィ!」
五名の男が懐に手を差し込んだ。しかし、左端の男の手はそれ以上動かなかった。動けなかったのだ。アディのサソリの尾がいつの間にか臀部から伸びている。サソリの針で無力化されたチンピラたちが泡を吹きながら痙攣している。
「な、この!」
チンピラたちの粒子弾式拳銃がアディを狙おうとする。しかし、今度は立っていられない突風が吹き荒れ乱入者達を壁に叩き付ける。
リーダー格を除くチンピラたちは完全に戦意を喪失したが、リーダーの男は素早く抜いた拳銃でアディの足下を狙った。
「ふ、ふざけんじゃねえ。クルーゾーの金さえあれば上納金を……」
「知るか」
シンの鋭い蹴りがマフィアの男の右腕を蹴り折った。木材が折れたかのような音が響き、男が白目になる。
「おげぇあああ!」
男の腕から拳銃が滑り落ちる。男がふらふらと崩れ落ちた瞬間、ジャックの巨体に押さえつけられる。
「……ち、ちくしょう。またムショかよ」
「おおっと、その前に一つ質問だ。……ルチア・ファミリーか。アタリア系マフィアの最大勢力は最近銃器コレクターになったかい?」
「……頭腐ったか?」
「ジャック。もう片腕も折れ」
「了解」
リーダー格の男の腕が異様な方角に曲がる。男は狂ったかのような雄叫びをあげて失禁した後、正直に白状した。
「ひぃ、ひ、そうだよ。ボスがどうしても『欲しい絵』があるって組員に呼びかけて武器を集めさせたんだ。拳銃じゃ不十分だから機関銃も集めてこいって。だけどウチのシマじゃあ。粒子式の機関銃なんてどうしても手に入んないから、アンティーク品を再利用するって思いついて……兄貴が」
「ほう、その兄貴は何処に?」
シンは拳銃の一つを拾い上げ、男に突きつける。
「ひは、ひぃ、ここから二キロほど先に金融業の事務所がある。うちらの企業舎弟だ。あそこで仕事している。あ、あ、兄貴にはいうなよ?」
「言わないさ。だから寝てろ」
アディはリーダー格の首元に針を差した。珍妙な顔をしながらぷるぷると震え男は失神した。
「今日は本当に……すまない」
「あいつらはどうして、私たちに気づいていたの?」
「……ロプロックも飛んでいるのでしょう?なら中にいたみたいね」
「潜んでいたのか」
「そうだ。僕の家は借金まみれだから、犯罪を肩代わりする代わりに、いくらか払わなくても良いって。でもあいつらエスカレートして……」
「おい、坊主」
ジャックがクルーゾーに呼びかける。
「い、は、はい!」
「後で、弁護士の知り合いをよんでやろう。だから、これ以降は犯罪から手を引いて俺たちに協力しろ。いいな」
「……はい」
「それでいい。腕利きを呼んでやるからな」
クルーゾーの表情に涙が浮かぶ。ペリーヌも同様であった。それは、これから罪を償って生きる悲しみだけではなかった。
「ありがとうね。ジャックさん」
「いいからいくぞ。カズ」
メイドのペリーヌが通報をすませてあった。
パトカーの音がどこからか聞こえて来るかもしれない。そうなる前に、五人は急いで車に乗り込んだ。
そうして、クルーゾー家を『バレットナイン』の五人は後にする。外はまだ昼だが、空の雲がどんよりと暗くなりそうな雰囲気が残っていたのであった。晴れ間が狭まり、雲が増える。そんな空模様を気にしながら五人は電気自動車を走らせた。
今回もお読みいただきありがとうございます。
次回は少しホラーな雰囲気が出ると思います。ご了承下さい。




