第三章 三話 国境宙域・星間海賊遭遇戦
この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください
セントセレナの艦橋の中で、シンは訝しんでいた。
その船は暗黒の宇宙を他の船団に混じって進んでゆく。
銀の船体。白の船体。緑の船体。褐色の船体。
国籍も所属も目的も、全く違う群れをセントセレナは並進している。
黒いセントセレナの周りには十隻もの船が並んでいた。正面をアスガルドの領海警備隊所属の巡視船が進んでいる。大きさは心許ないが、いないよりかは遥かに状況は良かった。
「……」
シンの表情は暗い。
それは遠き日のトラウマのためか、それとも未来の不安か。
その訳を知る方法はバレットナインの者たちにはない。
「……よく、寝れたか?」
「どうだろうな?」
「お前は今や『社長さん』なんだぜ。少しは余裕をもって周り見ろよ」
「ジャックのいう通りです。貴方が倒れたら社員である我々も困惑します。……それにユキさんに迷惑をかけてはダメよ」
ジャックとアディの二人が忠告を述べた。
「……その点に関しては感謝する。しかし、俺に社長としての技量は期待するな……俺は元々……」
「昔がどうであれ、今はアンタの部下なんだ。しっかりしてくれなきゃ困るぜ」
「……そうか。そうだな」
暗かった表情に穏やかさと冷静さが戻る。忠告そのものより、ジャックが発した言葉の一つがシンの琴線に触れたようであった。しかし、それを察せられたのは側で見ていたユキだけである。
「……シン」
「余り暗くなるな。いいな」
「あなたが言わないで」
「そうだな。すまない」
「……いいわ。でも、無茶はしないで」
「分かってる」
シンは船外モニターの一つにふと目をやった。時が止まったかの様にシンは注視した。その瞳は鋭い。
「……アディーネ、目的地まで後どれくらいだ?」
「……ざっと6時間後かしら?」
「……ファランクスで船外に出る」
「え?」
「どうしたんだ?……ああ、マジか」
「え、ジャック。相棒の私にも分かる様に話してちょうだい」
「海賊」
「……あら」
アディは混乱している。巡視船の警戒はない。しかし、二人の男は何かに気がついていた。
ジャックは長年の経験で、シンのほうはモニター越しのカメラ。そのわずかな情報で全てを知っていた。
「……敵はやり手。来る!」
警報音。
電子的なけたたましい音が、主要なメンバー以外の船員を緊張させる。アディの叫びとともに全ての船員が臨戦態勢入った。
「……前方の巡視船に異常あり!エネルギー反応拡散!げ、撃沈しています!」
「二隻とも応答がありません!ど、どうして!?」
新しい雇われを含めたセントセレナのオペレーター達が混乱する。すぐにユキは首元の回線を接続。船の制御を戦闘モードに切り替え周辺を警戒する。巡視船はいつの間にか撃沈していた。船員の死体や瓦礫が辺りに拡散する。
「私に任せて!」
ユキは周辺全ての船にメッセージを送信。他の船も厳戒態勢に入る。
「……ユキ!敵はどこ!?」
カズが叫ぶ。
「分からない。隕石の群れに潜んでいる。それくらいしか分からない!」
「大体の方角は?」
「二時と十一時の方角」
「……回避機動!!」
「もうやってる!」
セントセレナが上下左右に勢い良く揺らぐ。アディはさらっと席について衝撃に備えたが、ジャックはその辺の機器と座席に捕まりながら身体を宙に揺らしていた。
「うぉおおお!対ショック姿勢の指示出せ!」
「うかうかしている方が悪いわ!戦闘態勢!」
「や、野郎共!戦闘態勢!」
「……しまらないわ。隊長」
ばつが悪そうな顔をしながら、何人かの元フルハウス隊の仲間とオペレーター達にジャックが警戒を呼びかけた。
閃光。モニターの一つにいくつもの光の矢が流れる。
粒子弾の光だ。船には当たらなかったが、いくつかの隕石を粉砕してゆく。
「撃って来た!」
「撃ち返すの!」
船員の報告に矢継ぎ早に返答する。
セントヘレナの対空機関砲が火を噴く。青白い光がいくつもいくつも放たれる。後方の船はいつまでも反撃する素振りすらない。逃げ出そうと反転した船もあったが、斜め後ろから撃たれる形になった。航行不能の白い船が側の小惑星に座礁する。
「……なにやってんの。あのバカ船」
「ユキ。あれはもうダメね」
格納庫モニターからシンの声がする。
「ユキ。準備完了だ。出れるぞ」
「オッケー反撃して!船がやられてる!」
「ラジャー」
セントセレナの格納庫から黒い機体が射出される。
型落ちのアサルトフレーム。警備用や工事用に普及していたかつての傑作機『ファランクス』が頭部カメラで辺りを見渡した。そのマニュピュレータにはマシンガン状の物体が装備されている。さらに機体全体には爆装が施されており、いくつもの誘導弾と投擲型の機雷が装備されていた。
「……たしかにやられてるな。あの馬鹿船は逃げようとしたのか。これじゃあ、後ろが逃げられないじゃないか」
呆れた様子でシンは索敵を続けた。電子装備と空間ソナーが辺りの物体を分析した。
「……あそこか」
隕石の裏側。大型の岩石の横に確かに居た。しかもその数は尋常ではない。
その隕石以外にも隠れた敵はいた。十隻、否、二十隻。
貨物船を違法に改造した船。軍隊の船を奪い奇抜にカラーリングした船。歪な形の推進機関を始め、狂ったような極彩色の船。
それらが、メインカメラ越しにシンアラカワの目に映った。
「……ん?」
「だが、三隻ほどの地味な船も少し離れたところに隠れている。明らかに軍籍の船だが何かがおかしかった。
「……いまはそんなこと言ってられないか。突撃!」
艦載機の群れがシンの後に続いた。
シンの機体は先陣を切ってファランクスの銃火を海賊船に浴びせた。
無音と暗黒の宇宙を紅い弾丸の群れが切り裂く。その群れは手近な獲物の胴体を鋭く抉ると、船体から黒煙と明るい色の小さなクレーターを作り出してゆく。海賊船は真空の世界に聞こえることのない軋むような悲鳴をあげ、爆散していった。
艦載機達もシンの一番槍に続く。小型戦闘艇の機関砲が青白い光の弾雨と誘導弾を浴びせると何隻かの船が同様に爆散していた。
海賊達は思わぬ反撃に右往左往しながらもAFの出撃を命じる。幹部たちは苛立った様子で部下に何かを命じる。その直後、彼らは恐ろしい光景を見る。
目だ。機械の目。
ファランクスのカメラが艦橋の眼前に現れる。艦橋に、うおおうっといった声が響いたと思うと瞬く間の間に爆炎によって焼き尽くされていった。ファランクスに装備されている火器は機関砲だが、その下部には散弾を放つ機構が装備されている。それから放たれた一撃によって奇抜で大型の海賊船は中枢を焼かれ、宇宙の塵と化した。
たまらず海賊の船は散り散りの形で逃げ惑う形となっている。いつの間にか不審な軍艦の姿も消えている。軍艦の足が速い為か。
いずれにせよもはや脅威となるものはない。艦載機達は躍起になって残党を狩りに向かっている。
シンの方は手近な四機の敵戦闘機に機関砲をお見舞いした後、セントセレナの格納庫へと収まった。
「……こんなところか。期待はずれだ」
コックピットを降りるとジャックが出迎える。おどけた様子を取り繕っているが額に冷や汗が浮かんでいる。
「クレイジーだ。ヒーローさんまた活躍だな」
「お前さんも来れば良かったのに。ジャック」
「型落ちのファランクスで爆装だぞ。ありえねぇ……死にいくようなものだ。せめてマークIIIをよこしてくれ」
「予算オーバーだ。次回に期待だな」
「……ほんとお前のくそ度胸はどうなってるんだ」
「表向きは外人部隊の普通連隊。実際は……」
「……機動空挺部隊だろ。やってられん」
「パラシュート降下と身体をかすめる対空砲火を体験すれば嫌でも度胸はつく」
「それだけじゃないだろ?アンタは」
「まあな」
軽口に軽口で応酬しながら、二人の男が艦橋にもどる。ユキのねぎらう声がシンを迎えた。
「おかえり」
「ああ、ただいま」
それを見たジャックは目を白黒させて声を反転させる。調子の狂ったジャック反論が艦橋内に響く。
「……あんなポンコツで暴れてきたんだぞ?少し怒れよ……な?」
「いつものことだから」
「そうそう、僕も注意したことあるけど、あれでも百パー帰って来る」
「……ユキとカズの『慣れ』が怖いぜ」
冷や汗をかいたジャックは隣の背の低い男を見た。シンはアルバイトから帰った学生のようなカジュアルな雰囲気すら出している。緊張の様子はまるでない。
その後並進していた船達の船長からメッセージを受け取る。
「先ほどのパイロットの鬼神の如き戦いに感謝する」
「船の安全は貴艦のパイロットによって確保された。感謝する」
「我が航空部隊の隊長が貴艦のAFのパイロットに興味を持っている」
「用心棒にならないか。金は出す」
などなど。逃げた船を除いた全ての船から感謝の言葉が送られる。
「フランクまでの道のりは?」
「『ヒューイ』の予測結果によればあと7時間かもって」
「海賊込みか。やれやれだ」
シンの言葉にユキは落ち着いた口調で答える。その様子を見て、完全に危機を脱したことをジャックとアディは察する。
「……カズ」
「へ、何か?」
「あの二人いつもあんなに落ち着いてるの?」
「海賊くらいじゃあ……」
「……はぁ、慣れすぎよ貴方達」
「何に?」
「ゴタゴタよ……」
「ごめん」
眼鏡と頭を抑えながらアディはシン達の『平常運転』に困惑の表情を浮かべた。それにたいして『ヒューイ』は二人に対して同情の言葉を音声にした。
「バレットナインセキュリティへようこそ、ミス・アディとミスター・ジャック。私は作戦立案AI『ヒューイ』だ。また、狂犬なマスターがまた大暴れしたみたいだが、まあ、心中お察し申し上げる。当AIの意見、……個人的な意見だが、君たちは慣れれば慣れるほど楽になるということを述べておこう。幸いにも君たちは優秀だと推測できる。ちなみに……俺はもう慣れた」
そう言って『ヒューイ』はスリープモードに入ってしまった。
「……どうなることやら。スリルは好きだけど」
「……今日は飲むか。……飲めるうちに」
二人が各々の部屋に帰っていった後、シンは航路の先をじっと見つめていた。
フランクの首都セントセーヌ。聖女セーヌの都でどのような敵がいるか、過去のことがどの程度関わるかをシンは考えていた。
セントセレナの船は聖女と美術の都を目指す。
まだ惑星は見えない。
今回もお読みいただきありがとうございます。次回は少しホラー色が強くなり雰囲気が変わると思います。
今後も蒼穹シリーズをよろしくお願いします。




