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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第三章 暗夜の絵画編
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第三章 二話 鴉の動揺

この物語は残酷な表現が含まれることがあります。ご注意ください

アスガルド共和国の大経済都市ヴィクトリア。

四つある地区のひとつ。フォートアルファ。この古い町並みの残る地区。小さなビルの立ち並ぶオフィス街の一角にその事務所はあった。

『バレッド9セキュリティ』。民間警備会社だ。

彼らの業務は警備コンサルタントとサイバー関連の捜査やそのセキュリティ対策業務、そして最近では星間輸送船を用いた護衛や輸送業務も請け負っている。

そのトップは二人。

シンとユキ。彼ら自身も現場に出て業務をこなしている。多忙だが平穏な日々を充実したスケジュールとともに過ごしていた。

だが、その平穏は時折、破られる。不可思議な訪問者と共に。

シン・アラカワと年老いた訪問者は向かい合う様にして座っている。

「やあ、君がシン・アラカワだね」

「はい。わたくしがそうです。今回はどのようなご用件で?」

「……調査だ」

「……失礼ですが、わたくしは探偵ではありません。よろしければ知り合いの業者を……」

「失礼、私はこういうものだ」

見知らぬ老紳士はあるものを二人に見せる。

一枚のカードであった。それには一枚の顔写真のともにある表記がされている。それはこの男が『国の人間』であることを指し示していた。

シンはその身分証を注意深く観察する。そして、ユキが直ちに身分証を拾い上げそれを識別する。人でありながら生体機械でもあるユキは、その身体の特異な機能によりそのカードの真偽が直ちに判別される。

本物。間違いなく本物であった。それだけではない。

『重要な本物』であった。


フランク連合王国王立中央特殊調査局兼フランク警察庁長官

ジャン・クリストフ・ド・ジェラール


フランク連合王国の警察機関の一つ。それも特殊な犯罪やテロを調査する機関で任務の性質上、フランク連合国家憲兵隊や正規軍と任務を共にする事も少なくない。この身分証はその機関の長を示す身分証とみて間違いはなかった。

ユキの顔に明らかな動揺が走る。

「……信じられない。照合したけど、身分証は本物よ。……でも、これって……いや、アクセスできない情報もある。偽装防止用の……これって……これって…………」

幾重にも重ねられたセキュリティ。ユキでも驚くほどの厳重かつ巧妙な仕掛け。カードに一枚に施された厳重な暗号たち。カードキーにして身分証。このアテナ銀河の電子セキュリティ技術の粋を集めたものであることがユキにだけ理解で来た。カード一枚とは言え、このようなものを持てる人物自体が非常に限定される。

「驚くのは無理もない。これはある意味、国家機密だ。君の前だから特別に人の目に晒した様なものだ。本来なら……。おっと、とにかく私が何者かは理解していただけたようだ」

「……十分です。これほどのシロモノ。私にはただのカードにしか見えませんが……。とにかく信じましょう。ユキの反応を見ればどういう仕掛けをしているかが分かりますので」

「ありがとう。では本題に入ろう」

「どうぞ」

「探し物をしてほしい。一枚の絵だ」

「それは、『暗夜の絵画』ですかな?」

「ご名答。君たちにそれを手に入れてきてほしい」

「……お断りします」

「まあ、待ちなさい。その答えを聞くのは報酬を聞いてからでも遅くはあるまい」

「報酬?」

「……『ミッシェル・バルザック』の情報」

「!!!!!」

シンは声にならない声をあげながら、クリストフの胸ぐらを両腕で掴む。シンの表情からは先ほどのような穏やかな印象は見られない。興奮した狂犬のような異様な執念を放ちながら静かな声で何かを話し始めた。

「…………誰から聞いた?」

「…………少し落ち着くと良い」

「誰から聞いた!!?」

シンは渾身の力を振るってクリストフを地に叩き付けようとした。だが止められる。

ハッカーの女に加え、秘書風の大人びた眼鏡の女性と傭兵を思わせる色黒の大男によって彼の暴力が止められる。細身の通訳らしき男もあたふたしながら、彼を落ち着かせようとしている。

「シン落ち着きなさい!」

「シン!ダメ!」

「……お前らしくねえよ。少し頭冷やせ」

「……グゥゥッ」

「シン!深呼吸してくれ。シン!」

「シン!呼吸よ!シン!」

カズとユキが呼吸を促す。応じるシン。

檻の中の猛犬の様な凶暴な一面が現れ、シンは制御不能となる。

だが、しばらく時間が経つにつれて、もとの穏やかな物腰へとシンは回復していった。

「…………すみません。昔の親友のことなので、取り乱しました」

「……そうか。大変だな」

「ご迷惑をおかけしました」

「……構わない。こうなるのも予想はしていた。君が幼い頃にどんな経験をし何を失ったかは知っている」

「……知られたくないな」

シンはクリストフを睨みつけた。瞬間的に猛禽類の表情に切り替わる。

「すまない。しかしこの件は無関係ではないのだ。ミッシェルの一族とその絵は非常に重要な符号がある」

「……絵の内容」

「そうだ。グリーフフォースのエネルギー障壁で守られる必要のある絵画。その内容はこの世の常識の外にある事象だ。この情報。国の威信をかけて得る必要がある」

クリストフは厳かな声で自説を示す。それに対してシンの方もいくつかの質問を投げかけた。警戒というより純粋な疑問によってであった。。

「……グリーフフォースは人体に危険なエネルギーだ。それは理学部を出てなくても分かる常識だ」

「そうだ」

「そんなモノに守られた絵画。それの捜索活動に人員を割く事自体反対意見は出たはずだ。その件についてはどう思っている」

「……そうだ。だから、この件は極秘の活動となる。つまり、正式な後方支援は受けられないということだ。参加した者は皆覚悟している」

「……なんでそんな絵画と俺の親友に関連がある?」

「その絵は元々バルザック家の所有物だが、訳あって今はフランク政府が所有し、厳重に警備している」

「訳……?」

「……危険すぎるのだ。絵を見たものの何名かが発狂する事件が起きている。その1人が、ミッシェル・バルザックの母だったのだ」

「……そうか」

「だからその絵の閲覧自体限られている。警備の者と研究者だけが今は閲覧している状況だ。だが、その人物達も何名かはカウンセリングが必要な状態となっている」

「…………何故その絵を手に入れようとする?行って見てくれば良い。お前はそれだけの権限があるのだろう?」

「今は出来ない」

「何故?」

「盗まれたのだ」

「……物好きだな」

「その絵は元々ある人物に狙われていた」

「誰に?何の為に?」

「……ルチアファミリー」

「マフィア?」

「ああ、五大国をまたにかけた犯罪組織。彼らは手段に飢えている。だがそれだけではない」

「……何がある?」

「それは私にも分からん。ただ、その絵を見たものはこの世の真実の一端を垣間みるといわれている」

「……」

「恐らくはGF能力を得るにいたる何らかの方法が示されていると考えられる。禁じられた真実と神が如き力。これらの言葉の並ぶ絵だ。下手すれば国のあり方すら変えかねない」

しばらく簡単な返事をするに留まっていたシンが口を開いた。

「……そうだろうな」

「?」

「その力は人間を化物にするんだ。当然だろ?」

「……!」

「お前はわざと伏せていたが何人かは『グリーフ生物化』していただろう?そいつらを始末するのに、地獄を見たはずだ」

「…………」

シンの言葉にクリストフは押し黙る。シンのその目は何かを見通すかの様に鋭かった。

「……任務は引き受ける。だが、絵は俺も確認する。ふざけた内容の絵ならばその場で破壊する。いいな?」

「……いいだろう。報酬は前払いで20万アテナクレジット」

その場にいた人の表情が凍りつく。シンとクリストフを除いて

「……アテナ連邦の紙幣とはな……だが、妥当な金額だ」

シンはそう言ってクリストフのカバンの中身を確認する。

札の状態、印刷の表面や表記だけでなく、細かな模様や、印章、すかし、特殊なフィルムの反射を確認する。ユキも参加し、紙幣の真偽を精密に分析するが結論は同じだった。

「……たしかに」

「では、楽しみにしているぞ」

そう言って老紳士は事務所を後にした。

部屋の雰囲気に気まずいものが走る。

それはしばらくの間続いた。

ユキはしばらく沈黙した後、シンに問いかけた。

「今回は『どっちの顔』で出かけるつもり?」

「俺自身の方だが、カラスの姿も準備してゆく。今回の仕事は油断できない」

「……受けちゃって大丈夫だった?」

「……受ける以外の道はない」

シンの表情はどこかが、固かった。

異質な緊張と興奮。この状態のシンを見たことある人物はユキを除いて皆無だった。親友のカズですら。

「……本当に大丈夫なのか?」

カズが不安そうに声をあげる。眼鏡を触る仕草が彼自身の得体の知れない不安を指し示していた。

「心配ない。信じろ」

そう言ってシンは、準備の為に部屋の奥に籠ってしまった。

「……この案件は全員でかかった方が良いわね」

秘書風の女性――アディがそうジャックに進言する。

ジャックとしても、見過ごせない状態であると察する。

「ち、あんな取り乱した坊主は見たことねえ……これはヤバいかもな」

「ええ、全力を尽くして取りかかりましょう。何があるか分からないわ」

普段はスリルを楽しむ二人であるが、このときばかりは油断出来ず警戒を互いに呼びかけた。

「…………シン」

ユキはシンが籠った部屋の方を見る。

彼女は不安と心配、そして同情の入り交じった表情をしていた。

シンの後ろ姿からは何も察することは出来なかったが、話し方と歩きかた一つ一つに苛立ちに似た興奮の色を察することがユキには出来た。

「……ユキちゃんよ。心配ならその分準備しようや。お前さんにはお前さんの出来ることがあるはずだぜ」

「……そうね。ありがとう」

ユキはお礼を述べた後ドローンのチェックと、コンピューターの動作確認、そして装備の点検を行った。今出来るのは誰も傷つかない様に出来ることをやるだけ。そのことを噛み締めたユキは、自分の装備を最適な状態へと高めることにした。多目的飛行型ドローン『ロプロック』と地上走行型戦闘支援ドローン『パルドロデム』の装備を偵察のみならず戦闘にも耐えうる様に改造した。

「……空港の調査では引っ掛からない様にしろよ」

「別ルートで運んでもらうわ」

「ハック仲間か?」

「ええ」

「ほんとお前さんの仲間も便利だな」

「貴方の仲間も大概だけどね」

「傭兵仲間か。ジョニー以外のメンバーにも声をかけるべきだったかな?」

「ありがとう。でもいいわ。アディーネさんや貴方がいてくれるだけでも大分状況は違うから」

「嬉しいわね。あとで奢ってあげるわ」

「ふふ、ありがとう」

「さて、俺たちも準備しなくてはな。船の方もどうなっているか見ねえとな……」

「オッケー。僕も協力するよ」

「すまねえな。カズ」

事務所の慌ただしさが戻る。シンがせっせと準備する様に、他の人物もやるべき役目を黙々と行う空気が帰って来る。季節はまだ秋。ヴィクトリア・シティには冬の気配が感じられるが、それでも太陽のぬくもりはほんのりとまだ暖かい。

だが日は傾き、どこか不吉な雰囲気が夕日とともに作られているのを『バレットナインセキュリティ』の面々は感じざるを得なかった。

「……」

シンは銃の調子を見ていた。拳銃だけではなかった。

ここまで、お読みいただきありがとうございます。次回はSFの要素も入ったスリリングな戦闘も入るかもしれません。ご期待下さい。

次回もよろしくお願いします。

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