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蒼穹の女神 ~The man of raven~  作者: 吉田独歩
第三章 暗夜の絵画編
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第三章 一話 白昼の密談

現実の面でも忙しいことが増え、執筆の時間に思ったものが書き辛いことが悩みです。それでも出来上がった作品を推敲とともに読み直すと喜びもひとしおでございます。


お待たせして申し訳ありませんでした。『蒼穹の女神』の最新章となります。

穏やかな昼のカフェで二人の男が話をしていた。

片方は老紳士。歩行の為の杖を側においてコーヒーの味を楽しんでいた。もう一人はマスクをしている。トレンチコートに顔の下半分を覆うマスクの姿はそのフード男の身元を覆い隠している。目元の傷と声とだけがその個人のあり方を特定していると言っても過言ではない。

二人の話は終始穏やかだったが、どことなく緊張感を帯びている。楽器の源を最大に張りつめたような、ぎこちなさを感じさせるが、聞き流してしまうとそのようなわずかな違和感は無視してしまうだろう。

「……オーギュスト氏の展覧会。成功だったようです。例の件も」

「そうか。まあ、当然だろうな。アスガルドには、『蒼い疾風』の存在もある。メタアクター、一人では太刀打ちなど不可能だ」

「そうですね。……ところで『絵の件』は?」

「ん?オーギュストの絵は問題ない。傷一つあったら外交問題だ」

「もう一つの方ですよ」

「ああ、そうか……そちらも問題ない。『あの絵』は別室に保管してあることになっている」

「別室?」

「ああ、『あれ』自体もなかなか管理に苦しむものだからな。管理する職員もそれにふさわしいものにしている」

「そうですか。くれぐれも気をつけて下さい。あれの存在は国同士の関係すら変えますからね」

「ああ、分かっている」

「ええ、ところで、その場所はどっちの方です?」

「ああ、それは君のコンピューターのデータの中だ。もう忘れんじゃないぞ」

「ありがとうございます。よく確認し、万一という事がない様にします」

「くれぐれも気をつけたまえよ」

「……それではお気をつけて。ミスタージラール」

「うむ」

そう言って、フードの男は街の喧騒へと消えていった。

ジラールと呼ばれた上院議員はコーヒーに口をつけた。

穏やかな日差しの中で時間だけが過ぎてゆく。

小さな車道の側に黒い車が現れる。黒い車は六人ぐらいが乗れるワゴン型の形をしていた。

それは緩やかに動き、店の前に止まった。扉が勢い良く開かれる。


ガタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ


巨大なミシンのような音を立てて、閃光が車から放たれる。

車に搭載してあった機関銃が銃口から銃火を放ち、ガラスやコンクリートを穿ってゆく。

ジラール氏の身体からいくつもの血しぶきと肉片が辺りに飛び散る。雄叫びのような悲鳴をあげながら、彼は身体中から肉と血をまき散らしていった。

その穴だらけの身体が崩れ落ちると、机がひっくり返る。飲んでいたコーヒーのカップが割れ、黒い液が地面に散らばる。

そのすぐ横でジラールと呼ばれていた肉体が大地を赤く染めていた。

車からスーツとハットを着た四人の男が車から降りる。

そのうちの一人が持っていた機関銃をだめ押しに撃った。

男の死体に複数に連なる風穴を空けた後、撃った男は死体の頭を蹴っ飛ばした。

ジラールの死を確信した男達は車に乗り込み現場を後にする。

後には沈黙が残された。

ガラスが割れ、何人かの人が死んだ。ウエイターの一人は頭部を撃たれ脳漿を地面にまき散らしていた。

最もひどい死体はやはりジラールだ。

彼の死体は『穴あけチーズ』と揶揄される様な生易しいものではなかった。

遠くから警察の車両がやって来る。サイレンの音と周りの人間の悲鳴がその状況を如実に表していた。




その日のニュースの一面はフランク連合のニュースで持ち切りとなっていた。

「フランク連合の国民は余りの惨状にショックを受けています」

「今朝、黒の車に乗った容疑者によって、白昼のカフェが銃撃を受けた事件で……」

「この痛ましい事件で、フランク連合のジラール上院議員を含む四名の尊い人命が失われました。警察は犯人の特定を急いでおり……」

「この事件は、反フランク連合王国の勢力または反社会勢力の犯行とみて現地警察は捜査を……」

報道は過熱し、フランク連合の全居住惑星にて警察の動きが激しくなる。準居住惑星でも捜査を進めるが手掛かりはない。

そのニュースはとうとう外国のマスコミでも報道され、多くの人たちに衝撃が走った。

アスガルド共和国でも、著名な人物が弔辞と犠牲者への哀悼を捧げていると言う。しかし、大半の市民は衝撃的なニュースとしながらも余りにも大胆な犯行内容から現実感を感じられずにいた。そもそも、外国の事件であるがためにどこか対岸の火事のような感覚を抱いている。

物事には常に例外がある。この状況に対して逆に危機感を感じる者達がいた。

アスガルド共和国の防諜機関。共和国特別情報局。略称はSIAと呼ばれている。

このSIAにて緊急の会議が開かれていた。

「……ここに来てもらったのは、他でもない。先日のフランク連合にて起きた銃乱射事件についてだ。現地警察はテロと犯罪組織の両面で捜査を行っている」

レオハルト・シュタウフェンベルグ中将がにがりきった顔つきで状況を述べる。

「……犠牲になったのはジラール議員ですか?」

「そうだ。イェーガーくん。彼はある『重大なアーティファクト』の情報に関係している。……通称『闇夜の絵画』だ」

「……ヤバいシロモノか?」

社交的でおおらかな雰囲気の男が冷や汗を垂らす。

ジョルジュ・ジョアッキーノ大尉。

「正解だよジョルジュくん。この物体はある重大な事実を守る為に、ある処理が施されている。それが問題なんだ」

「処理?」

スチュワート中尉が怪訝そうな顔をする。

「……『グリーフフォース』だ」

その場にいた人物が怪訝な顔をする。何人かの例外を除いて。

「私と古くから行動を共にしてきた者たちなら分かると思うが、この特殊なエネルギーの存在は正直、表に出してはいけないものだ。なぜなら、これは人間を化物に変異させうるものだからだ。だが、適性と耐性を持つ極わずかな人間だけは、この存在を感知し神が如き力を授かることが出来る。このエネルギーを自在に扱う人物もいるが、そうとなると人類史上でも、さらにわずかだ。しかし、君たちはその人物の一人を既に知っている。……タカオ・アラカワだ」

どよめき。会議室にいる人物全員の顔に動揺が走る。余りにも巨大すぎる偉人の名前だったからだ。

アズマの賢者。若き仙人。アズマの現人神。

彼を指し示す異名は多くある。彼の存在に匹敵する存在はアスガルドのレオハルト中将、アズマの五代目銀狼、フランク連合の鉄壁とそうそうたる英雄が並ぶ。

「それが『タカオ』ってわけか」

「ああ、そうだ」

「まさか、レオハルト中将の親友殿がこの話に出るとは……」

チャールズ・スペンサー大佐。かつてシャドウと血染め天使の襲撃事件で共闘した軍人だ。正規軍側の人間ではあるが、レオハルトの特務機関に興味をもち、副官としてレオハルトを支えている。

彼は目を白黒させる。少し前に共闘した『カラスの男』。この男が『あのタカオ』と兄弟だったという情報とあわせて目を白黒させた。

「……なぜ、弟の方は力が発現しない?素質はあるのだろ?」

「グリーフフォース自体。繊細なエネルギー生命体だ。遺伝的な素質は噛み合っても、修練前に何らかの不確定要素が合わさると反発することがある。」

「なるほど、だから『レイブンマン』はただの人なのか」

「それに、シンは『神や悪魔を徹底的に嫌悪』している。過去の経験から……な」

「とはいっても、タカオのほうも無神論者なのだろ?」

「シンは我が強い。それが主な原因なのだろう。人間に対して柔軟で、大胆かつ冷静な人間だと素質は高いようだ。心理的な安定と精神的な共感性がフリーフフォースの制御の秘訣らしい。だからタカオの適性はずば抜けて高い。ただ、そうはいってもシンのほうも通常の人間よりかはフリーフフォースへの耐性が高く感知能力がある。常人に毛が生えた程度だが」

「なるほど、普段のシンはクールだが、冷静にならない時があるからな……」

チャールズが納得したところでレオハルトは本題へと戻っていった。

「さて、この『絵』のグリーフフォースは『魔装使い』の『穢れ』の主成分である。言い換えれば、人間の痛みだ。普通は他のエネルギーとは逆の存在だが、便宜的にエネルギーとして扱っている。いわばマイナスのエネルギーだ。物体を冷やし、モノの動きを止め、落下したものを逆に浮かせることもできる。そして人間には、圧縮したグリーフフォースは強い猛毒になる。いかに危険かがもう分かったな?」

その場にいた全員がレオハルトの方を見る。その表情はどれも緊張感を帯びている。

「だからこの場にいる人間のほとんどは調査のみに留まるだろう。しかし、中にはそれを巡って戦闘がおきる可能性があるだろう。戦闘になったときには相手の力量を十分測ること。指定された人物以外の単独行動をしないこと、そして人命を優先してくれ。そして、私が事前に指定した人物はゆめゆめ周辺の警戒を怠らない様に頼む」

「サー、イェッサー!」

全員の声が部屋中に響く。

「各自、質問は?」

レオハルトが問いかけると、若手捜査官のレナが質問をする。

「今回の事件では、どのような勢力の仕業と考えていますか?私としてはフランク国内のマフィアの犯行を考えております」

「その理由は?」

「はい。事件現場に残された痕跡から火薬式の機関銃が使用されていることが断定されています。薬莢と、死体の状況から」

「ふむ、そこまで調べてあるか。現場の近辺にて旧式の機関銃が破棄されていたの確認されてる。製造の年数は八〇年のトニーズガン。狂騒の開拓時代以降のアンティーク品。フランク国だと警察機関の手が届き辛い田舎の民間人や自警団、小さなPMCなどで幅広く使っている安価な型落ちの銃だ。マフィアが無許可で所持していてもおかしくない。だが、それに見せかけた海外勢力という線も考えられる。確証を得るまでは断定は危険だ」

次の質問はコウジ・サイトウ。アズマ人の母とアスガルド人の父を持つ元傭兵であった。彼からの質問はとても珍しい。

「グリーフフォースってことは『シャドウ』も関係するか?」

「……シン・アラカワか」

「ああ、『シャドウ』はGFとも関連がある人物だからな。彼は不要不急の殺しは控えるだろうが、可能性はゼロじゃないだろ?」

「少なくとも銃撃事件の犯人じゃない。それは確証を得ている。しかし、この件で彼が動く可能性は十分にある」

「……マジかよ。アイツが動くと『罪のない市民の命』は助かるが、その分、病院送りになる悪党と物的な被害が増えるじゃないか……」

室内に大きな笑い声がおきる。新人のフェリシアとレナ、レオハルトの腹心のイェーガーですら、ぷるぷると笑いをこらえている。

「静粛に」

スペンサー大佐がぴしゃりと注意する。

「今回の事件の背景には『重要なアーティファクト』が関わっているがこのアーティファクトと『カラスの男』には間接的にとんでもない繫がりがある可能性がある」

「間接的?それは何です」

イェーガーが口にした質問にレオハルトは答えた。

「ミッシェル・バルザック。シャドウにとってはとてつもない重要人物だとわかっている」

レオハルトの顔にいつもの穏やかな調子はなかった。彼の表情にはどこか緊張感のような張りつめたものが滲み出ていた。

さて、最初から物騒な調子で申し訳ございませんが、第三章『暗夜の絵画』編では、大国の思惑と裏社会の抗争を描いた章にしていこうと考えております。その話の性質上バイオレンスな描写が多めになると思いますがご了承くださいませ。

ここまでお読みいただきありがとうございます。次回もよろしくお願いします。

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