第二章 十三話 乙女の運命
魔女と堕天使編。いよいよ完結となります。今回の話は執筆していて難しい部分もいくつかありましたが、実験的でありながら真実に迫る物語を描けたと思います。
今回も楽しんでいただければ幸いです。
ニーナは牢獄にいた。
特殊な処理をされている監獄と特殊な装置を首につけられている。それは首輪の様にも思わせるが、錠前のような厳かなシルエットと黒い色合いが厳重な封印という印象を見る者に与える。
その装置は、メタビーングやメタアクターの特殊能力の抑制効果がある。レナとフェリシアの二人があの雨の日につけていたものとほぼ同じであった。
しかし、ニーナの場合はそれ以上に厳重でレナ達と比べて装置の大きさが明らかに違うのは、抑制装置の制御が何重にもわたって接続されている事が大きい。容易には外されないように厳重に管理されていることを否が応でも知らしめる。
ニーナの対面。面会室の出来事。何重もの強化防弾ガラスを挟んだ向かいに一人の男が見える。レオハルト中将。彼の顔は険しい。
「……」
「……本当に残念だよ。この歳で大量殺人か……家族が泣くって思わなかったのか?」
「……家族は死んだわ」
「……その件はまた後で聞くよ。……シャドウに会ったね?」
「……ええ、会ったわ」
「……レナ達の証言では、シャドウとアラクネにひどくやられて、そのあと『たまたま居合わせた』レナ達に捕まった事になっているが……本当のところどうなんだ?」
「……嘘ね。実際には……」
「ああ、言わなくて良い。察しはついている……レナ達に関しては私個人で厳重注意したからな。能力の行使を抑制した以上はしばらく、単独行動は控えると言ったがな……」
「生憎ね、狙いは私なんだから……」
「……なぜあんなことを」
「あんなこと?」
「シュタイン家だ。あそこには人間がいた。子供。老人。結婚するはずの男女も……。彼らを塵と炭に変えたのは君だ。何とも思わなかったのか?」
「ええ。なんとも」
「なぜだ?」
「あのときも言ったけど、私はムカついたの。世界を守っている横で彼らは笑って遊んでいたのよ?」
「それが殺しの理由になると?」
「私はずっと仕事漬けだったの。平和を脅かす軍人たちを殺す為の」
ニーナの表情は苦虫を噛み潰したような表情をした。見方によっては悪鬼に取り憑かれたような表情と言っても差し支えはなかった。
「……彼らにも家族がいた。愛する人がいた。訳があって軍に入った者が居た。そういう事情を考えたことは?」
「ない」
「……そうか。残念だよ」
「だって平和の敵だったのよ?覚悟があって軍人になったんでしょ?」
ニーナは微笑み、嘲笑う。その表情から人間を殺しているという覚悟が欠如していた。子供が玩具を壊す感覚。虫を集めて日光で焼き殺す感覚。遊び半分で命をもてあそぶ感覚。余りにも幼稚で残虐な人物像がその嘲笑う表情からにじみ出ていた。
「なら、君の兄も死んでよかったのか?」
「…………」
兄を出された瞬間彼女は黙った。
「君のお兄さんは、平和を真剣に考えていた。しかし、つく相手を間違えた。その為に刺客として襲ってきたゲイリーに殺された。僕がそのことを知らないとでも?」
「……」
「彼らのスポンサーはハーヴェイだけじゃない。まだいるはずだ。……スポンサーが」
「……アルマー」
ニーナは堰を切ったように話を始めた。その表情に正気の色は薄れているが真実は隠れていた。
「アルマー、レイ・アルマーよ!アイツのせいで……アイツのせいで私はこんな檻の中に!くそ、くそくそぉ!」
「……」
「リセット・ソサエティ!リセット・ソサエティィィィッ!ぜ、ぜんぶアイツらのせいよ!にぃにぃが死んだのも!『カラス男』と『蜘蛛女』のコンビから牢の中にメッセージが届くのも!……わ、わたしはネットではアイドルよ……ネットじゃあ美少女革命家だって評判なの!……わ、私は悪くない!私は悪くない!私、悪くなぁぁああああぃぃいいいい!」
ニーナは駄々をこねた子供のように、その場で号泣する。レオハルトに出来ることはその様を見ることだけだった。彼女は防弾ガラスをがむしゃらに殴りつける。その様子を見た特殊刑務官が彼女の無力化装置を起動する。
電撃を受けてもなお彼女は暴れる。
「し、死刑なんてやだ!死刑なんてやだ!死刑なんて嫌アアアア!!」
ひび割れた防弾ガラスの向こう側の人物を保護するためシャッターが降りる。
レオハルトはただ哀れんでいた。彼女は加害者だが被害者でもあった。
だれも彼女を叱ってくれる者はいなかった。実の兄すらも。
レオハルト側の向こう。罪人の行く対岸。裁判にかけられ、法の下に裁かれる領域。その裁きに容姿の美醜は関係ない。
血染めの天使は『人の世の天国』を妬み『地獄』へと堕ちていった。
長い小雨が明けた頃、レオハルトは妻とともにある二人をお茶会に誘った。
レナとフェリシア。
『血染め天使』に全てを歪められた二人である。
「……うう、こういうの初めてだからなぁ」
「し、心配しなくて良いよこういうのはお茶を楽しめば良いから」
「そうは言うけど、アタシはこういう慣れてないの……警察署じゃあコーヒーぐらいのもんでさ」
「……まあ、かけなさい。そんなに緊張しなくていい」
二人の緊張した様子を見てレオハルトの妻マリアは可愛らしく微笑む。
「……あなたらしい可愛い後輩ね」
「ああ、まだ日は浅いが素質がある。失敗も多いが挑戦心にあふれた良い子たちだ」
「あ、ありがとうございます」
「こないだはすみません」
「気にするな。ただし、今後の糧にすることだ」
「……」
「……」
レナ達は苦悩したような表情を浮かべる。
「あら?紅茶美味しくなかった?」
マリアが心配そうな表情を浮かべるが彼女達が心配していることはそれ以外にあった。
「いえ、紅茶はとても美味しかったです」
「あら、ありがとう」
「どうぞお構いなく。ところで、私たちはこれからどうなるでしょうか?」
「君たち次第だ。研究施設の中で暮らすかだ。我々と共に成すべく事をするかだ。だがこれは君たちが決めることだ。幸いにも君たちは多くの人間の日常と命のために戦っていたことを世間は証明してくれた。SIAから離れたとしてもその後の生活は保証する」
「……」
「……」
「心配することはない。君たちのプライベートも保証される。信頼の出来る人物の元で……」
「そのことですが、決めました。私たちに恩返しをさせて下さい」
「そうか」
「わたしからもお願いします。レナや私のことを気にかけて危険な復讐から遠ざけてくれたことには感謝しています。だから、私たちにせめてもの恩返しをさせて下さい」
「……恩返しだなんて。恩があるのはシャドウだろう?」
「あなたもです。あなたは『天使』の情報を」
「私はそのことには関与してはいない。君たちは『偶然そこに行き着いた』そうだろう?」
「ありがとうございます」
「……君たちはSIAに来るつもりだが、どういう覚悟で我々と共に来るつもりだ?」
「それは、この私――アタシ『レナ・シュタイン』とその永遠のパートナー『フェリシア・ピアース』と同じ存在を生み出さない為です」
「その根拠は?」
「アタシは自分自身の怒りすら制御できずに、同じ存在になるところでした。『血染め天使』と同じ存在に。それは一度ではありません。初めてあなたに助けられたときもそうでした。フェリア共々私たちは多くの人間に迷惑をかけてきました。その現実を受け止めて前向きに進もうと思います」
「……その力は『神の領域』にあるものだ。それを使うなら相応の覚悟がいるぞ?」
「……分かっています。だから『白菊』とも話をつけてきました。私やフェリアや『白菊』の力は皆のために使ってゆくと……」
「フェリシアも良いか?」
「はい。私は看護師をやめ、病院を出たときから覚悟してきました。この命はレナと共にあると」
二人の顔は凛々しく決意に満ちていた。二人はその場に立ち上がりレオハルトに敬礼する。マリアは少し驚きながらも微笑をもって、彼らの気持ちを受け入れた。長い雨の明けた日の光は何よりも暖かく。雲から見える蒼穹の空がどこまでも尊く輝いていた。
「……わかった」
得心を得た様子のレオハルトは二人の目の前にあるものを差し出した。二人分のSIAのピンバッジであった。それは日に照らされ、厳かに輝いていた。
「改めて歓迎する。SIAにようこそ」
レナとフェリシアは敬礼しながら微笑んだ。微笑みながらも二人の目から流れるものがあった。暖かな人間の証明だ。人が人たらしめる滴であった。
「こんどこそ、私はヒーローになります。フェリシアとともに」
「私もレナと一緒に前に進みます。私は誰かの役に立ちたいです」
栗色のポニーテールと銀の長髪。
二人の髪が風に撫でられ、旗のように翻る。
二人は二度生まれ、二度目に人間となった。
精神的に進歩を遂げる二人の戦乙女。
穏やかな日差しが彼らの姿をいつまでも祝福していた。
病院の一室のことであった。
ある少女が白いベットの上で窓の方を見ていた。
窓の外には色々な贈り物がある。
花。お菓子。メッセージカード。
親。かつての部活の仲間。学校の親友。
ありとあらゆる人物のメッセージカードがそこに置かれていた。
だが、彼女はそれとは別のメッセージカードに目を向ける。
黒い便せんであった。
エマ・アイヒマン殿
お体の具合はいかがでしたか?『魔装能力無力化手術』の後ですので無理だけはなさらないで下さい。
さて、わたくし自身も貴方のような年端もいかない少女と命のやり取りをすることがとても心苦しく感じました。わたくしは戦場で育ち、母と生涯最初の親友を失ったことがあります。その後も辛酸を嘗め辛い思いもたくさんしてきました。相棒のユキもそうです。偽善者と罵られ存在価値を否定されてもなお生きていくのはとてもつらかったと思います。私たちがあなたの様な若い人たちに願うことは一つです。『血染めの天使』にだけはならないで下さい。人を遊び感覚で殺したり、人が苦しむ姿を楽しむ外道にだけはならないで下さい。そうしなければ、人間は人間でいられるのです。せめて、あなたの明日の幸運を祈っております。
カラスの自警団、シャドウより
少女はある人物に話しかける。
スチェイ。全ての始まり。
「スチェイさん」
「……なんでしょう?」
「……私はまだ間に合いますか?一人の人間として生きることは出来ますか?」
スチェイはしばし沈黙した後、考えを述べた。
「償えばできます。貴方はリックを殺した仲間の一人だった。その過去は変わらない。しかし、変えることのできるものはあります」
「それは?」
「貴方の明日です」
エマはしばし黙る。しかし、毅然とした態度を作ってこう言った。
「償います。……家族や友達の為にも」
病室の窓から日が差し込む。
暖かで穏やかな光だ。白く輝く祝福の光。
それらは確かに家族と友達の思いを照らしていた。
彼女もまた『それ』に手を伸ばそうとしていた。
お読みいただきありがとうございます。次回はエピローグとなります。ここでエンディングと解釈していただいても結構ですが、シャドウの視点ではもう少しお話しが続きます。
第二章最終話および新章もよろしくお願いします。




