第二章 十一話 遠隔操作
ここまで何万字と執筆しましたが、予想以上に多くの方がお読みいただいて感謝の極みでございます。この気持ちを忘れず、今後も楽しんで創作していきたいと思います。
今回はアラクネとイェーガーが活躍する話になります。
蜘蛛型から閃光の弾丸が放たれる。
アラクネはシャドウをとっさに突き放す。二人の間を死の光が通過する。扉を貫通した光線は向かいの壁を焼いてようやく殺人的な威力を減衰させた。出力は弱いが、人間の頭蓋骨を貫けるだけの威力は備えられていた。
窓側に転がったユキは自分の右の義手を蜘蛛に突き出す。手のひらから、光が見える。
キュゥーン
機械と電子音が混ざったかのような音が突き出した義手からしたかと思うとユキの掌からも蒼い粒子弾が出る。丸い光だ。丸く蒼い光の榴弾が放たれる。彼女の掌の人工皮膚が焼け、出力装置が露出する。
機械の蜘蛛がいた場所は大穴が空いたが、機械の蜘蛛は回避していた。泣き声にも聞こえるギギっという音を響かせ、壁から壁へ跳ね回った。
ユキの黒い瞳が蜘蛛の動きを捉える。
ユキの脳が、蜘蛛の物理演算を繰り返す。
いかに誰も殺されず。いかに敵ドローンを無力化し、いかに敵の制御装置に短時間でアクセスできるか。ジーマTHX国の人造人間であるユキの強みであった。彼女は人でありながら機械の特性も兼ね備えている。見た目や肉体自体の基盤はアズマ国系の人間を模していながら、アンドロイドのような精密さをも兼ねていた。
物理演算がユキの脳内でトライアンドエラーを繰り返しながら最適解に辿り着く。殺される絶望のイメージの果てに勝機という真実に辿り着く。
「計算完了」
その一言とともにユキは反撃を開始した。彼女の黒かった瞳が蒼く光る。
アラクネは床を蹴った。宙を舞ったアラクネの身体は壁に両足をつける。そして、壁を走るような動きをしながら中央にドローンを捉え、回避と照準を同時に行う。ドローンは計算外の動きに惑わされながらも冷徹かつ効率的な判断を瞬時に行った。シャドウに照準。
「シャドウ!」
ユキが叫ぶ。
シャドウは痛みに悶えながらも光の矢を回避する。転げ回る様にして銃撃を回避した。わずか一秒でも多くの時間を稼いだ。そのことでドローンに隙が出来る。
ユキはそれを見逃さない。シャドウが作ったチャンスを攻撃に転じた。
掌の光弾が敵の砲身を捉える。砲身を破壊後は捕まえるだけだ。しかし敵の動きは機敏でどこに逃げるか分からなかった。
ユキが壁を蹴って機械に向かって跳躍する。ドローンの動作は精密である。ユキが捕まえにくい方角を観察し回避する。ユキが再度飛びかかってもドローンは背後に跳ぶ様にして回避を続ける。
その隙をシャドウは見逃さなかった。傷を抱えながらもドローンを抑えるだけの余力はあった。肩から血が流れる。人体に穴の空く激痛を抑えつつ、ドローンの動作を無理矢理抑え続けた。
ドローンの八脚が空しくばたつく。
「今だ!アラクネェエエ!!」
シャドウが体全体でつかみ取ったチャンスをユキは冷静にものにする。
ユキは首元からコードを取り出し、ドローンに接続する。
デジタル信号の海の中にユキは意識を落とし込んだ。
ドローンは自律型のものかそれとも遠隔操作か。それだけを調べるだけでも状況は変わって来る。ユキは機械のデータ一つ一つを慎重に解析する。それは爆弾の解体にも似た繊細な作業だが、同時に時間との勝負でもあった。
自律動作型のドローンでも不正なアクセスに対する反撃プログラムが備えられている可能性はある。もし遠隔操作タイプなら、接続を切られ手掛かりを失う危険がある。そして自爆の可能性も……。
この場合は後者であった。ドローンの構造やシステムは安物を再利用したものにすぎず、注意すべきはやはり自爆装置であった。プログラムを瞬時に書き換え、爆弾に関する外部のコマンドを全て受け付けないようにする。
そして、最後にやることは、操作している人物の位置を割り出すこと。
幸いにも、それほど遠くへは通信出来ない仕組みであると断定したユキは、現在の位置を元に通信できる場所を絞り込んでゆく。建物の高さ。地理的条件、人ごみを避ける場所。
場所は一つだけあった。
高層ビル。五百メートル先の建物。その屋上が通信と監視に適していた。
接続解除。
ユキは意識を現実に戻す。
ガラス窓の向こう側。高層ビルの屋上。
人影。
男であった。四、五十代の男。望遠モードのゴーグル越しにその姿を視認した。
「イェーガー!北東、五百メートルの高層ビル屋上!」
「ラジャー。お前達は窓から離れろ」
そう言ってイェーガーは階段から屋上へと駆け上がる。
屋上についたイェーガーは殺気を既に感じ取っていた。
「……あそこか」
イェーガーは侵入の際に用意したアタッシュケースを開く。
分解された銃の部品が中にしまってある。目にも留まらぬスピードで狙撃銃を組み立てたスナイパーはユキが指し示した場所を見る。
イェーガーは殺気の正体に気づく。
男もまた気づいていた。ライフルを向けていたのだ。
イェーガーは身体を大きく反らして回避をした。
階段に続く扉。そのそばの壁に着弾する。遠くから飛来した死の銃弾が壁に穴を空ける。小雨による視界の悪さにイェーガーは助けられた形となった。
イェーガーはスコープ無しの狙撃銃を構え、男の方角に狙いを定める。
「風速三メートル風は……北西か」
イェーガーの集中力が高まる。
銃と一体化し風と雨、重力、そして標的。
それら以外が消えた世界がそこにあった。
イェーガーの意識は狙撃の世界に落とし込まれ。銃と標的以外にはなにもない世界がそこにあった。そこでは時間ですらゆっくりと変化を遂げる。鳥の羽ばたきですら、止まる様に遅く。人の歩行は『静止している』といっても過言ではない。落下する水滴だけはわずかに動きが見えるがそれでも遅行な現象として認識されるものにすぎない。イェーガーの世界では一秒ですら、長い時間となった。
「……ふー……」
五百メートル先の男は慌てて銃を構え直している。その時の表情、手の震え、服や茶色い髪の色。全ての姿をスコープ無しで視認する事が出来た。元々イェーガー自身が山と狩猟の世界で生きて来たこともあり、イェーガーの目は五百メートル程度の標的なら正確に視認出来る目を持っていた。
銃身の長い銃から、弾丸が放たれた。
閃光と抑えられた銃声とともに、加速された弾丸が襲撃者の男の持つ銃を捉えていた。
男がライフルから顔を離すと、ライフルが粉々に砕け散った。部品が飛び襲撃者の体格の大きな身体に傷をつける。
二発目。
今度は右足を貫いた。弾丸は骨を砕き男を歩行不能へと追い込む。
イェーガーに軍配のあがった瞬間である。そして、イェーガーは通信を試みた。シャドウでなくレオハルトに。
「……こちらイーグルよりウィンドへどうぞ」
「こちらウィンド。そちらの状況を報告せよ。どうぞ」
「正体不明の狙撃者の襲撃あり。我これを撃退。どうぞ」
「……会長は無事か?どうぞ」
「襲撃者のものと見られる遠隔ドローンの襲撃により死亡確認。シャドウとアラクネによってこれを撃退。どうぞ」
「そうか。それは残念だ。他に手掛かりはあるか?」
「会長のデスクに証拠品があるものと推定。引き続き調査を行う。どうぞ」
「ラジャー。こちらウィンド、オーバー」
イェーガーは階段をおりてシャドウとアラクネに話しかけた。
「……襲撃者――ゲイリーは無力化した」
「すまないな」
「気にするな。俺としては、お前が外人部隊にいた頃の借りの一つを返せてほっとしている」
「ああ、……ゲイリーの一件は俺に任せてくれ」
「……今回はそうさせてもらう。レオハルトには『襲撃者を撃退』と伝えておいた」
「すまないな。じゃあな」
「生かしておけよ。裁判がまだだからな」
「善処する」
シャドウとアラクネは屋上の方へと向かっていった。シャドウ同様、アラクネにも飛行手段が用意されている。それは屋上に用意してあるバックパックだ。これで飛行して、シャドウに続く。シャドウの方はウィングスーツの黒翼を展開して。いつもの様に滑空する。高度が足りない分はプロテクターに内蔵されたフックショットで調整するだろう。
「肩の傷は大丈夫か?」
「隠れながら止血した」
血は滲んでいるがスーツ越しに応急手当がされてあった。
痛み止めは飲んでいない。シンは激痛を抑えこみ襲撃者のもとに向かおうとしていた。
「気をつけろよ。相手が相手だ」
イェーガーのその言葉を尻目にシャドウ達は屋上から滑空していった。
アラクネがバックパックの装置を起動する。アフターバーナーが展開され静かに雨の街を飛行していった。
やがてSIAと警察の部隊が到着する。
「警察だ!両腕を後ろにしてその場に座れ!」
「動くな!指示に従え!」
アルベルト・イェーガーは指示に従った。彼らの背後から聞き慣れた声がする。
「撃つな!あれは味方だ!」
レオハルトの声が大きく響いた。彼はイェーガーの前に歩み寄る。安堵の表情だ。
「すみません。参考人を死なせてしまいました。天使部隊宛とみられるメモを発見しましたが……」
「まだ望みはある。証拠品があるはずだ」
「通話記録を……」
「そうだな。解析班!」
レオハルトとイェーガーは部屋中を調べ始めた。警察の突入部隊が撤収し、捜査官たちが部屋の物品を押収しはじめる。
「ん?これは?」
刑事と見られる男が何かに気がついた。レオハルトとイェーガーもそれを覗き見る。ファイル。それに挟まれた薄い帳簿だ。しかし、どこか不審な帳簿であった。
ハーヴェイグループから五百メートル。少し背の低い高層ビルの閑散とした屋上で男が身体から血を流していた。義足や銃が完全に破壊されただけでなくその破片が身体の所々に突き刺さっている。
「……ぐ、……くそがぁぁぁ……」
ゲイリーは爆弾魔でもあり、放火魔でもあり、殺人鬼でもあった。人の苦しむ姿、ビルの砕ける様。それらに魅了され戦争屋となった。常に八割の力で効率良く人を苦しめそれを眺める。ゲイリーの定番の楽しみ方であった。
しかし、ここにきて彼の運は傾く。相対した敵は狙撃屋。全力で職務を完遂する冷徹な仕事人。彼の得意な分野を発揮させたことが運の尽きであった。
先手をうてばイェーガーにも勝てる。作戦自体は盤石だった。イェーガーという相手の実力を見誤ったことを除いて。
全身の痛みに悶えるゲイリーのそばに二人の男女が舞い降りてきた。
黒翼の男と機械仕掛けの女。
シャドウとアラクネ。
少なくともシャドウの視線はどこまでも冷徹であった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。次回はゲイリーから情報を得て最終決戦に入ることを考えております。次回もよろしくお願いします。




