第七章 第五十七話 上昇
この物語は残酷な表現が含まれる事があります。ご注意ください。
機体に乗り込んだシンはクリンキットのOSを起動した。
計器モニターの一つに複数の文字列が映し出される。
全領域高機動アサルト・フレーム『クリンキット』起動シークエンス、……開始。
パーソナルデータ認証…………認証完了。
生体認証開始……………………認証完了。
シルフィード・エンジン起動中…………正常値にて稼働。
火器管制動作、自己診断プログラム作動……正常な動作を確認。
各種マニピュレーター、チェック…………正常な稼働を確認。
エナジー装甲、稼働率………………正常値にて稼働を確認。
予備動力、リミッター解除開始………………完了。
AF起動シークエンス正常に完了。システム全て正常に稼働。
計器モニターの表示が終わり、クリンキットのコックピットが明るくなる。
クリンキットの起動とほぼ同時刻にラインアークの方は大気圏外へと飛び上がる。それを追いかけるようにしてシンの機体は空へ空へと高く飛び上がった。
かくして、漆黒の凶鳥と鉄の大巨人は急上昇して惑星を飛び出した。
音の無い真空の闇の中でシンとハヤタは通信を交わす。
「ハヤタ、聞こえるか」
「聞こえるぜ。キザな声が」
「こっちも軽薄な男の声が聞こえる」
「やれやれ……大丈夫かね」
「お前次第だ」
「お前はどうなんだ」
「問題ない。機体は下手な軍用機より高性能だ」
「おいおい、そんな薄い装甲で大丈夫かよ」
「貴様こそ、性能と自動修復機能を過信して撃ち落とされるなよ?」
「ひがみか。自分の心配をしろよ」
「そうさせてもらう。自分を含めて人命がかかっているからな」
シンとハヤタは広角カメラと各種計器類を確認しながら不審な船籍の影を追った。だが、敵も巧妙でそうそう尻尾を出す事はなかった。
「…………」
「…………」
「おい、見つからんぞ」
「ステルスだ」
唐突にシャドウは呟く。
「は?」
苛立ったようにハヤタは声を出した。相手の意図を読みかねている様子だ。
「レーダーは当てにならん」
「おいおい。どう探すんだよ……」
「いや、もう見つけた」
「は?」
「あそこを見ろ」
「あそこってどこだ」
「座標を送る。12時の方角だ」
「正面じゃねえか。どこだよ」
「お前はもう少し慎重に探せ」
「うるせえよ。おまえみたいに……あ!」
「いたろ?」
「……チッ、良くも悪くも目ざとい男だよ。お前は……」
シンは周辺の宙域の小惑星などの情報を常に準備していた。その成果は全てクリンキット内のナビケーションシステムや索敵補助機能として結実していた。それは彼のみの成果ではなく人工知能ヒューイの演算処理とユキなどの多くの人員の準備によるものが大きかった。
海賊の襲撃や、船舶の遭難、敵対的なメタビーングや特殊な環境でも生存する宇宙生物の襲撃などあらゆるリスクへの備えをバレッドナインは欠かすことはなかった。
目的の艦船は巧妙に潜んでいた。
悪名高き『流星』こと『ハイパーコメット』であった。
宇宙空間用の黒い迷彩に加え、空間レーダーを乱すステルス処理、ECMなどの電子戦装備が施された船舶が通信記録の内容通り惑星の近くに潜んでいた。
「ユキに感謝だな。座標の絞り込みがこれだけ早く済んだだけでなく発見に漕ぎ着けたのは彼女のお陰だ」
「なら、ここからは俺の仕事だな!」
そう言ってハヤタは敵の艦船のそばで転移する。
「…………」
シンはハヤタの向かった方角とは別に移動する。
それと同時に、ハヤタはラインアークの大出力兵装を起動する。ラインアークを『神の剣』足らしめる最強の兵装である。
その名は『エクスカリバー』であった。
ハヤタは咆哮と共にその兵装を振りかざすと船舶は二つに溶け落ちた。
高熱と閃光の暴力的な奔流が鞘から抜いた聖剣の刃のように黒い船舶を両断したのであったのだ。ラインアークという機体は15メートル程度で、船舶は全長348メートル、全高は36メートル程度であった。それでもラインアークよりも面積も質量も大幅に異なる物体であったが、ラインアークという鉄巨人は一撃の元に艦船を無残な残骸へと変貌させた。
だが、それにも関わらずハヤタから出てきた言葉は喜びとは異なる代物であった。
「やべ!やべ!」
艦船は一隻だけではなかった。二隻存在していた。
距離をとってもう一隻が首都星の方へと艦首を向け始めていた。
ハヤタが急いで艦船を潰そうとするが、到底間に合う距離ではなかった。
艦船は光を発した。
一瞬ハヤタは絶望の表情を浮かべた。
流星特有の高速航行の光かと。
が、それは違うと言う事を彼はすぐに理解した。もう一隻の『流星』を内部から食い破るようにして、シンのクリンキットが飛び回っていた。宇宙のカラスは艦載機に追い回されながら、敵艦に執念深く爆撃と機銃掃射を行なっていた。
艦船は一部から火を噴きながら航行機能の一部を損壊させていた。
シンの奇襲の成果であった。
「だから言ったろ……」
ハヤタの通信装置からシャドウの呆れた声が響く。彼の口調はあくまで冷静そのものであった。
「とどめはくれてやる。楽だからな」
「お、おお!」
「さっさとしろ」
「やってる!」
ハヤタはもう一度、『エクスカリバー』のエネルギーチャージを始める。数十秒の時間が数分に感じられる程の緊張を二人は感じていた。
「まだか!?」
「まだだ!」
「早く!」
「できるか!うぉお!」
ラインアークとクリンキットは艦載機たるAFから熾烈な攻撃を受ける羽目になった。ラインアークは自慢の装甲で機銃に耐え、クリンキットは機動性の高さを駆使して誘導弾や機銃から必死に逃れていた。それでも不利である事には変わらない。二機に対して四十以上もの伏兵が存在していたからであった。
だが、二人だけが戦力ではなかった。
白銀の機体が何機か二人を援護する。粒子機銃の雨を浴びせられ二三機の敵が三回転して小惑星に激突した。生き残った敵の機体も逃げ惑うが、共和国正規軍の機体からは逃げ切れるものは皆無だった。
その隙にクリンキットは敵艦の機関部に再度攻撃を加える。航行不能になったハイパーコメットに対してとどめを刺したのはラインアークだった。
「斬れろォォォォ!!!!!」
充填完了。
力の限りハヤタは叫ぶ。
鉄巨人はなりふり構わず艦に突っ込む。
そしてマニピュレーターを振り下ろした。
敵艦は、両断された。
熱せられたナイフに切られたバターのように。
あるいは、肉塊を鋭い包丁で両断するように。
合金で出来た船は二つになった。
切断面が暖色に光る。そして爆ぜた。
「……そちらの黒と白の二機。こちらはアスガルド共和国第一艦隊第三〇三AF大隊所属の機体である。貴機の報告は受けている。軍を代表してお礼申し上げたい」
「こちらは、AGU所属の特務機関ユダ所属の『ハヤタ・コウイチ』だ。礼には及ばない。共に共通の敵を倒せて光栄に思う」
「……こちらはシャドウ。ヴィクトリアの『シャドウ』だ。貴官らの援護に感謝する。SIAのレオハルト中将にも感謝すると伝えてくれ。以上だ」
そう言ってシンの機体は首都星に向けて飛び立っていった。
「すまないね。愛想が無くて」
ラインアークのハヤタは通信にそう言って後を追いかけた。
ハヤタがシンを見かけたのはヴィクトリア・シティのアイビーズビーチ地区の一画であった。遊泳地区の砂浜と海の見える美しい場所であった。
黒い機体はいつの間にかどこかに消えていた。
「あの機体は?」
「知らなくていい」
「そうもいかないだろう……一個人の保有するべきものじゃ……」
「表の顔も裏の顔もバレッドナインとなっている。船舶の護衛業務のための認可もある。法的には問題ないはずだ」
「…………相変わらず抜け目が無いな」
「そういうお前はもう少し周りに気をつけろ。俺がいなかったら……」
「……ああ、そこは感謝している」
「ならいい。今後に期待する」
「…………」
「どうした?」
「いや、お前が俺にそういうの久々だなってさ」
「お前が多くの人を守る熱意があるのは分かった。だから過去は一度だけ目をつぶると決めた。それだけだ」
「……いいのか?」
「二度は無い」
「……やはり、怒っているのか」
「……当然だ。失望はうんざりだ」
「俺がマリンを見捨てたことに?」
「それとサワダを未だに仲間扱いする事にもだ」
「……」
「なぜだ?お前だってアイツが悪行を行なっていた事は知ってたろうが。観覧車のキャビンを乗っていた人ごと握りつぶして殺したこともあるだろうが。どうしてあんな外道を庇う?それにアイツは……」
「あいつは?」
「……昔の俺の親友の仇だ」
「!!」
「理由を聞かせろ。今度は逃げるな」
「……あいつは」
「なんだ?」
「お前と同じく『正義』をなしたいと思っている」
「アイツと同じなものか。あんな『血も涙も持たない獣』と……」
「……アイツは苦しんでいた」
「何にだ?」
「過去だ」
「……」
一息ついてからハヤタはサワダのことを語り始める。
「俺は一度聞いた事がある。アイツの本音を……」
「聞かせろ」
「アイツは全てに裏切られていた。善意、社会、民衆、経済。アイツにとって、それらは復讐の対象だと思っている。もちろん俺はアイツの復讐自体は許すつもりは無い。だが、……アイツの苦しみは救ってやりたいと思っている」
「アイツは傭兵だった。その前の過去に起因するのか?……知った事ではないがな」
「ああ……」
「……お前が人のいい正義漢だってことは知ってる」
「そうか……」
「俺はお前を否定するつもりは無い。だが、サワダは違う」
「……シン……」
「サワダは罪を犯した。……世界に見捨てられた『孤独な女の子』に残忍なとどめを刺そうとした。絶対に……許されざる大罪だ。偽善者?マリンは追い詰められていた。自分の夢にすらな。そんな彼女を偽善者だと拒絶して殺すことを正義だと言うなら。俺にそんな馬鹿げた正義は必要ない。そして正義ですら無い。彼女を、孤独に苦しむ少女一人救えない『正義もどき』なら始めから俺には不要だということだ」
「…………」
「そういうことだ。お前の覚悟と優しさと今回の件の実力だけは買ってやる。だがサワダ・タクヤは許さん。地の果てだろうと追い詰めて己の罪を後悔させる。絶対だ。誰かがヤツの罪を裁かなくてはならない。それだけだ」
シンはそう言ってユキに通信を試みた。
「俺だ」
「敵の狙いが分かった」
「……なんだ?」
「やられたわ!敵は……紫電機関を!機械の兵たちを破壊させようとしたの!私たちにわざとよ!」
「……そういうことか」
シャドウの覆面をしたシンは急いである場所へと急行した。シンのそばにパルドロデムが現れる。
鉄の獣が二輪車へと変形した後、彼はそれに跨がり高速で移動する。ハヤタを後目に『カラスの男』は目的地へと向かって行った。
地上から宇宙、宇宙から地上。街を巻き込んだ戦いは別の局面を見せる……。
次回もよろしくお願いします




