第七章 第五十五話 迎撃
この物語は残酷な表現が含まれる事があります。ご注意ください
ドロイド軍団は翻弄されていた。
紫電機関による衝撃の緩和もエネルギー出力の差も意味をなしていなかった。否、シャドウはそれを考慮して戦っていたのだ。人間と重機の力の差は歴然としたものだったがシャドウことシンはそのことを逆手に取って戦った。
敵が大出力で突撃すれば地形を崩させ、敵を落下させる。
銃火器を持ち出して射撃すれば電柱の倒壊などの巻き添えにさせる。
集団で挑めば固まって動いているところで足元を崩して瓦礫の下敷きにしてからとどめを刺した。
シンはとにかく理詰めで相手を追い詰める。使えるものは使い。逃げるべき時に逃げた。無理せず立ち回り敵を翻弄する。シンはその戦法にひたすら徹し、機が熟すのを待った。
「…………」
シンはハヤタとは違う。ハヤタは人間の力を遥かに逸脱した能力を持っていた。能力と言うのは保有している人型機動兵器の戦闘力や転移の特殊能力のことも指す。だが、それを除いても言える事がある。ハヤタは訓練を受けた人間と正面から殴り合って勝つだけの身体能力も確実に持っていた。
跳躍力、筋力、走力、握力。どれをとっても一流アスリートの水準ですら遥かに逸脱していた。それに対してシンはどんなに鍛えてもアスリートの水準に並ぶ事は出来ても超える事だけは出来なかった。
この差は非常に大きかった。
その事に加えてシンは特殊な能力を持ってなかったことも不利であった。
もっと正確に表現するならシンは隠された特殊能力を感じ取る能力しかないという事であった。シンは近くにいる人物の特殊能力を感じたり、発動中の能力の姿や影響を視認できるが、それだけだった。
肉体や特殊能力の面で考えればシンが圧倒的に不利なのは言うまでもなかった。なにせ相手は紫電機関を搭載したドロイドが相手だった。
絶縁体質によってシンはグリーフ汚染の耐性があったが、有利な点はこれだけだった。グリーフによる体への汚染を気にする必要はないが、相手がグリーフによる強化を施すと肉体的能力な差が出る事が痛いところであった。
つまり、シンは訓練を受けた程度の人間の身体能力で人間の反応を上回る機械との戦闘を余儀なくされていた。敵はそれに加えて紫電機関による強化がされていた。
それにも関わらずシンは善戦していた。
シンは身体能力での戦力差を知力とヴィクトリア・シティという街への理解で補っていた。
敵と言う敵が爆発や地形の崩落に巻き込まれて動きを封じられていた。
だが、一番恐ろしいのはガス管であった。ユキが調べ、シンが罠を仕掛ける。爆発物とユキのハッキングの合わせ技によって多くのドロイドが粉砕される。
人工知能ヒューイが解析した情報をユキに転送する。送られた地理情報を改造人間であるユキがシンの端末に転送し、二人同時に攻撃が行なわれる。そのような仕組みとなっていた。
連携のとれた二人の攻撃は敵を確実に追い詰めていた。
街と言う地形を味方に付けた二人にとって敵の物量は問題にならなかった。
だが、それでも油断は出来なかった。ドロイドの規格は低性能であり、自律したものではない。ならば、それを指揮する者がいるのは明確であった。
その存在が分からない以上は無駄な消耗も慢心も許される事ではなかった。
そして敵の装着しているのは紫電機関。劣等な粗悪品ですら大型の発電施設程の出力を誇っていた。つまり、『ある種の感覚が鋭いだけの人間』のシャドウが善戦している事自体が奇跡のような状態であった。もちろんシンとユキたちの細密な戦略と卓越した練度の産物であることは言うまでもないが、逆に言えば彼らの作戦を狂わせる要素が一つ加わるだけで結果は一変する。その危うさが確実にあった。
そして、ヒューイの情報支援も限界があった。なにより使える現場の罠にも限界があった。しかも、町中に同様のドロイドが出現していた。
それはバレッドナイン側だけでなくユダ側も不利にしていた。なにせ頭数が多くバレッドナイン側が倒す数が減ればそれはユダ側の負担が増える事を意味していた。
敵の出所か敵の指揮者を潰さない限り、バレッドナイン側の戦力が潰れる未来が確実に迫っていた。
「……これだけの敵はどこから?」
敵の準備期間と資材は限られているはずなのにどういうわけか敵は物量と人数でバレッドナインとユダの連合を圧倒していた。そのことがシンの奥底で疑問として引っかかっていた。
「…………」
シャドウことシンは彼らがどうして地下から現れるかを考えた。そして答えは一つであった。
まだ、敵の根城を全て叩いた訳ではないと。
「ユキ」
「どうしたの?敵の数が」
「そこだ」
「え?」
「彼らはどこから現れる?」
「瓦礫の下から……ああ!」
「そうだ。俺たちはあの豪邸が潰れて敵の根城はもうないと思っていたが、それは思い違いだ。敵の根城は『二つある』。それもねじれた構造の」
「……そこに『ビッグフロッグ』が?」
この乱戦でビッグフロッグとライコフクローンを見失ってはいたが短時間で隠れられる場所には地の制限があった。しかも隠れられる場所が片端から瓦礫と化している以上、彼らは地下に隠れていると考えた方が賢明であった。
「ルイーザ!」
「分かっているボス!ドローンたちにフォローさせる!!」
ルイーザが合図を送るとドローンたちがシンたちの援護射撃をした。弾雨の応酬の中二人は瓦礫のそばを探る。
「やはりな」
二人は半壊した邸宅の側にあった階段を確認し、地下へと転がり込んだ。
扉を閉めても銃撃と爆発、ドローンたちの攻撃が続くのを確認する。
二人は狭い通路を抜け、部屋を一つ一つ確認する。
「やはりな」
ビッグフロッグは死んでいた。
ライコフクローンに脳を撃たれて、床を赤く汚していた。ライコフクローンは端末を動かしドロイドたちにコマンドを送り続けていた。
クローンにシンは銃を向ける。
「操作を止めろ」
クローンはオリジナルと変わらない醜悪な笑みを浮かべていた。振り返りつつ、ただ一言だけ言った。
「聞かないのか?」
「何がだ」
シャドウはクローンに問いかける。
「そこの死体だ」
「察しはついてる。邪魔だったのだろうな」
「もう用済みだったからな。生かしておいても邪魔になる」
「……自分以外は全部モノか。サイコ野郎らしい思考だな」
「俺『たち』の思考は必要か不要かだ。それ以外はどうでもいい」
ユキは辺りを警戒する。生体反応は自分たちと彼だけだった。
「止めろ。二度も言わすな」
「くく……」
銃声。
二発目。
シンは肩と足を撃ち抜いた。
「ユキ。ハックして止めろ」
「分かったわ」
ユキが装置を停止させる。手慣れた手つきであった。
「……ぐふ……ご、ごほ……」
「動くな。今度は殺す」
「……なぜ生かした?」
「知りたい事がある。お前はなぜユキを敵視する?」
「……ユキ……その個体の事か?」
「ああ」
「……個体番号YUKI90-009。最後の生き残り」
「……お前……ジーマ人か」
「ああ……そうだとも。だからその個体は滅ぼさなければならない」
「なぜ?」
「偽物だからだ。彼女は『紛い物の女神』。価値のない個体は滅――」
銃声。
二発。三発。四発。五発。
シンは念入りにクローンの頭を撃ち抜いた。クローンの背中から拳銃が落ちる。
「……」
ユキは淡々と装置の停止に務めたが、その表情は明らかに暗かった。
「ユキ」
「何?」
「クローンは口答えの末、抵抗した。だからやむなく射殺した。そう言う事にしておけ」
「分かった」
「それと」
「?」
「命乞いの代わりに三流の挑発を行なった。そういうことにしておけ」
「………………ありがとう」
ユキが微笑む。その美しい目はわずかにうるんでいた。
「さあ、なんのことかな」
シンは気障な笑みを浮かべる。明らかにとぼけていた。
ユキはどうにか装置を停止させる。通信兵が背負うような通信装置とノート型の端末がセットで動いているような代物相手にユキはよく制御に成功した。
「……『流星』の位置も分かったわ。首都星の近くまで来てる」
「なぜ分かる?」
「通信記録。光学迷彩を施した艦から会話されていたの」
「……ヤツららしい戦術だな」
「……」
「ユキ。あまり気にするな」
「うん。ありがと」
「お前の価値は俺が知ってる。だからヒューイに要請を頼む」
「要請?……そういうことね」
最初、ユキは意味を分かりかねた。が、すぐに頷いた。
「ああ、『クリンキット』だ」
「作ってあった三号機ね」
「そうだ。狂った星を今すぐたたき落とす」
「気をつけてよ?」
「問題ない。ヤツらに何一つ達成させない。絶対に」
シンは地下室を飛び出して夜空を見上げた。漆黒の恒星のようなギラギラとした殺意の輝き、それは確かにシンの瞳に宿っていた。
「ヒューイ」
「後、数秒待て」
「数秒か。いい仕事だ」
シンはそう言って覆面越しに僅かに頷いた。自律駆動する黒と青の機体がシンのそばに降り立った。それは巨大な大ガラスを思わせるような形をした漆黒のAFであった。二つの形態をもつ機体で、戦闘機のような空戦形態をしていた。
「俺も連れてけよ」
ハヤタが挑発的な口調でシンに言う。いつの間にかそばには巨大な白亜の機体が転送されていた。ラインアークであった。
「ピクニックじゃねえからな」
「知ってる。それがどうした」
「……ついてこい。来られるならな」
首都星の近海と呼べる宙域とは言えAFで向かうにはかなりの距離があった。それ相応のAF以外はたどり着く事すら出来なかったが、ユダの『ラインアーク』とシンの『クリンキット』だけは単独での長距離移動とその後の激しい戦闘に耐えうるだけの機体性能を有していた。
ラインアークは言うまでもない。転移機能のある上に『神の剣』と称される特殊な機体だった。耐久性もエンジン出力も申し分なかった。それに追いつける『クリンキット』のエンジン性能はラインアークのそれを遥かに凌駕する代物であった。
高速戦闘能力、航続力、旋回性能。
あらゆる面で見ても異次元の代物であった。
アテナ銀河でも傑作と称される動力機関である『シルフィード核融合エンジン』に改良を重ね、機体そのものの機構にも機動性を削がない工夫が施されていた。装甲の面で言えばクリンキットはラインアークに負けていたが、機動性は遥かに上回っていた。
そして特筆すべきは火力。
方向性は違えども、どちらも甲乙つけがたい高次元の水準に到達していた。
シンとハヤタは見上げる。星空の先の敵の位置を彼らは見ていた。
凶星を撃ち落とさんと両者は意気込んでいたのであった。
両雄並び立つ。凶星を撃ち落とすべく二人は空を見る。
次回もよろしくお願いします。




