第七章 第五十四話 アッセンブル
この物語は残酷な表現が含まれる事があります。ご注意ください。
駆けるマリアの背後には必ずペニーワースが追走していた。
老執事はマリアの自動車並みの走力にどういうわけか追いついていた。さすがに若くてメタアクト能力の強化があるマリアには劣るがそれでも通常の人間の走力以上の身体能力を発揮していた。
フリーランニング。
彼の動きはまさしくそれであった、跳躍、登攀、疾走。
年老いてはいたが、研ぎすまされた身体能力と技術は高く、特殊な燕尾服を着用した状態でマリアの動きについていくことができていた。
マリアは何も言わずにセントラルスクエアまで疾走する。
マリアとペニーワースは息を切らしながら周辺を見た。
「マリア様。無理はなさらず」
「ペニーワースも。……あなたも大した走りだったわ」
「いえいえ、もう年齢を感じております」
「謙遜は相変わらずね」
マリアがふと一人の人物に気がつく。
通行人の一人。
スーツと帽子を着用していたが、その挙動がどこか不自然であった。もっとその様子を正確に表現するなら人間の動きではなかった。不審に思った警官と軍人がその男に声をかける。
「止まれ!そのままこっちを向け」
男は振り返った。
ゆっくりと。
警官たちは固唾をのんでみた。
軍人は銃を構える。安全装置は双方とも外してあった。
男は振り返った。
顔が見えた。
否、それは顔とは呼べなかった。
顔に似た何かであった。
レンズ。穴の開いた虚空だ。
カメラが警官を見つめる。
男のようなものは警官を掴んだ。
否、男の姿をした機械は警官を投げ飛ばした。
「わあああああああああああああああ!?」
警官は何が起きたのかを理解できず、ただただ叫ぶしかなかった。
「敵襲!!!!」
軍人の一人が叫ぶと警官と軍人の双方が男の姿をした機械を撃った。
機関銃と拳銃のハーモニーがその場に響き、悲鳴と恐怖の声がセントラルスクウェア全体に大きく空気を震わせた。
軍人たちが薙ぎ払われ吹き飛ばされる。軍人の一人が今まさに踏みつけられそうになった時だった。
マリアが彼を救ったのは。
マリアが彼と敵の間に割って入り、ただ敵を押し上げた。
「オォォォォラァァァァ!!!!」
マリアが雄叫びと共に敵を押し上げる、その力はメタアクトで強化されていた。バランスを崩してふらふらとした敵をペニーワースが追撃する。
「借ります」
すっかり怯えきった軍人の一人から小銃を拝借したペニーワースは敵に向かって銃を撃った。
ただし、先ほどの銃撃とは正確さと敵の損害が違っていた。
銃弾は急所に向かっていた。不意をつかれて敵はバリアによる防御すらできず回避だけで精一杯だった。
ペニーワースの精密な銃撃とマリアのメタアクトを中心とした戦法によって敵の動きは完全に抑えられていた。紫電機関搭載型のドロイドが服を囮に敵の攻撃を完全に回避していた。
服を本体だと認識したマリアの攻撃とペニーワースの銃撃が布の塊を消し飛ばした。その隙に敵はマリアに攻撃を加えようとしていた。
「しま……」
マリアが思わず身構えた時だった。
敵は完全に射貫かれていた。
紫電機関を撃ち抜かれ、大柄な機械の体が完全に爆発四散する。破片がいくつも飛び散った後に銃声が響いた。
……ドゥゥン………。
電磁加速式狙撃銃の銃声が響いた。
銃声自体は火薬式の音と変わりないが、速度は完全に段違いであった。
その弾丸は遥か彼方の虚空から放たれていた。
「……彼がいると違うわね」
「ええ、我々には『狩人』がついています」
だが、それとは別に敵の襲撃がまた起きる。軍人たちと警官が吹き飛ばされ、残りも応戦するが効かない、そして、そのまま彼らは逃げる羽目になった。
それと入れ替わるようにマリアとペニーワースが応戦する。ペニーワースは気絶した軍人から小銃を拾い上げると紫電機関ドロイドに銃撃を加える。銃撃自体は効いていたが紫電機関のバリアによって威力は完全に減衰していた。それでも注意を引く効果はあった。
マリアは横に回り込んで敵に一撃を加える。
拳の直撃箇所からひび割れのように熱と衝撃が広がり、敵はガラスのように砕け散った。
倒れていた軍人がマリアたちに叫んだ。
「敵はまだ…………逃げろ……」
「オッケ。倒しとく」
「はぁ!?え!?」
呆気にとられている様子で軍人はマリアとドロイド軍団が応戦する様を唖然と眺めていた。
「メタアクトは?」
「え?」
「あなたはメタアクターですかな?」
「い、いえ……ですが援軍が……」
「SIAですかな?」
「それが……敵が多くて……」
「……老兵には堪えますな……」
堪えるとは言いつつもペニーワースが銃撃を加えた。
だが現れた敵の頭数はかなり多かった。
「これはまずいかな……」
「ですな……弾薬もいかんせん有限で……」
マリア達の顔色に焦りが見えた時だった。
唐突に女の声が響く。
「あらあら、予想通りここもメタアクターがいたわね」
「だって、ヴィクトリア市は多いじゃん」
「そうだったかしら?」
「あれ?前に言った気がしたんだけど……?どーも覚えてないわね」
「そうかしら?」
「まあいいわ。それよりお姉ちゃんこの変な機械倒しちゃわないと」
「そうね。アリア」
地面を泳ぐようにして人魚のような女がドロイドたちの足場を崩す。液状化のメタアクトによって機械たちの動きは完全に封じられていた。
「え?どちらさま?多重人格の方ですか?」
マリアの問いに融合体のカニング姉妹は答えた。
「やだね。エレメント商会のカニ……いた!お姉ちゃんなにすんのさ」
「この姿じゃ気味悪がられるでしょ」
「あ、そういえば融合状態だっけ。今」
「……やっぱり多重人格のお方ですね」
「ああ、ひかないでひかないで、怪しい者では……」
アリアが慌てた声を出した。一人二役で話す奇妙な人魚に対してマリアはどうにも理解が追いつかない様子であった。
「そのお姿と様子ではいかんせん……」
ペニーワースが至極当然の指摘をする。
ドン引きの二人に対してクレアの人格が答える。
「今さっきさ。暴れていたでしょう?変な人型が。『私たち』も味方よ」
「たち?」
「えっとあなた名前は?」
「マリア。それと彼はペニーワース」
「へえ、執事さんなんて初めて見たわ」
「……私も人魚さんなんて初めて見たわ。……しかも多重人格だなんて」
後半のマリアは小声であった。小声の内容に気づかず目の前の人魚は互いにちぐはぐな会話を繰り返す。
「すごいでしょ?……ごめんなさい。妹が目立ちたがりやで……もう、お姉ちゃん!私の話……だからこれは」
「……ええと……妹さんの言い分も聞きたいわね。あなたたちはなんで味方してくれるか気になるし」
「……ええ、マリア様。わたくしも」
ちぐはぐな二人羽織状態をどうにかすべくマリアとペニーワースは話題を戻した。マリアは冷静さを保つべくマトモな会話を試みる。
「えっとね。私たち地元民だから」
「…………は?」
マリアがぽかんと口を開いた。
「失礼。私たちは自分のいる土地を守りたいの。この街で生まれ育った身として愛着はあるし……それに自分のいる集団はこんな事態望んでいないわ」
「……マフィアじゃないわよね?」
「それは安心していい。私たちマフィアは嫌いだから」
「なら良かったわ。知り合いの刑事に引き渡さなくて済みそうね」
「……」
「それであなたの集団って何?」
「倶楽部よ。いわゆる女の子の会員組織ね」
「あら?私は入れるかしら?」
「それはメンバーの意見次第ね。場合によってはお断りする場合があるわ」
「へえ……『えりーと』ってやつ?」
「そんなんじゃないわ。仕事をするのにふさわしい仲間を考えるの」
「あ、フランク連合あたりのギルドみたいな感じ?」
「そういうこと」
「じゃあ私は別にいいかな。でも、街を守るのは同じだからよろしく」
マリアが満面の笑みで手を差し出す。
「良いのですか?マリア様」
「街を守る仲間なら歓迎でしょう?」
「そうですな。マリア様の良いところです」
「?」
「改めて……シュタウフェンベルグ家執事『マイク・ペニーワース』と申します。今後ともよろしくお願いいたします」
ペニーワースは深々と頭を下げた。
「い!?シュタウフェンベルグって……まさか」
「あー……肩書きとかいいからよろしくね」
「え、ええ……わ、わかりました」
マリアの前、カニング姉妹の融合体はおずおずと握手を交わす。その手は人間のものと遜色ない美しい手ではあったが水掻きのような膜と手の甲の蒼い鱗がマリアの目を引いた。それでもマリアは満面の笑みで握手を交わす。
「ありがとうございました」
「今のはどちらかな?」
マリアの悪戯っぽい笑顔によって、カニング姉妹の人格はどちらも照れるような嬉しいような不思議な気持ちになった。
「えっと……え?」
不意にカニング姉妹は耳元の端末に耳を済ませた。それはイヤホン程の大きさで相互無線通信を可能にするものであった。本来は民間の周波数しか受信できない代物に過ぎなかったがカニング姉妹のそれは改造されていた。
「はい……ええ……まだいる?……わかったわ。援軍ね」
「どうしたの?」
「いいニュースと悪いニュースがある」
「……んっと……いつもならいいニュースから」
「あら今は?」
「悪い方」
「どうして?」
「勘」
「あらあら」
「そっちがいい気がして」
「そうね。ご名答よ。まだ敵が『グリーフモーター』搭載機をたくさん持ってる」
「じゃあ、いいニュースは?」
「援軍到着」
「誰?」
「SIAと私のクラブ」
「そう言えばクラブの名前は?」
「ガールズ&エレメンツ」
金属の千切れる音が響いた。千切れた箇所から敵がマリアたちを覗く。
あるビルの一画から一斉に敵の群れが現れた。彼らは服を着たものや布を羽織ったもの、さらに機械の体があらわになったままのものもいた。
マリアたちは身構えて攻撃に備えた。
だが、攻撃は来なかった。
「……あれ?え?」
敵はどういうわけか静止していた。張り付いたように。
マリアが敵の一体にコンクリートの小さな破片を投げ付けた。投げると言っても軽く当たる程度だった。にもかかわらず敵はズルとずれるように分解される。否、彼らはみな切断されていた。
金属の崩れる音が辺りに響いた。
「……来たのね。レオハルト」
マリアがそう言って青い残像の終着点を見た。
レオハルトであった。
「皆も来るよ」
レオハルトが空を指差した。
そう言うとフロート型輸送機から何人かの人員が外へと降下した。
ジョルジョ・ジョアッキーノ宙軍中尉、コウジ・サイトウ中尉、スチュワート・メイスン大尉、レナ・シュタイン少尉、フェリシア・ピアース少尉、キャリー・カリスト特務中尉の順であった。
彼らは首元にSIAのマークのついた特殊なスーツを着用し、全員が武装していた。
収束、あるいは集結。力は街の中心へと集う。
次回もよろしくお願いします。




