第七章 第五十二話 ディナー
この物語は残酷な表現がふくまれる事があります。ご注意ください。
正規軍の軍人たちが街中を警戒していた。
それは普段のにぎやかな夜とは違う異質な光景であった。兵たちは冗談や軽口を言い合う様子も見られたが、誰も銃を手放す事はなかった。
そんな中をレオハルトとマリアが歩いていた。
「……どうしてこうなったの」
マリアが気落ちした様子で頭を垂れた。マリアは朝の騒動から、病院の死闘、サウスとの嫌な出会いと死闘、そしてサワダの恐怖。
戦い続けてばかりのマリアたちとは裏腹に街は普段通りの日常を必死に演出していた。何でもないネオンがマリアの目にはむなしく映る。
「……マリア。君らしくない」
「まあ……ね。私いままで明るかったし」
「なら、なおさら……ご飯にしよう」
「……へ?」
レオハルトの唐突な提案にマリアは完全に面食らった様子になった。
「でも、早く敵の狙いを調べないと」
「尚更だ。ご飯を食べてからだ」
「どうして?」
「いつものきみならそう言う」
「……あ……」
「ご飯は皆の活力。そう言っていたろう?今がその時だ」
そう言ってレオハルトはマリアの手を優しく引いた。
人の数は減っていたが、それでもリーマンらしき人や不良らしき若者がうろついていた。
途中でどうしようもない小悪党が帰宅するために歩く人に絡んでいたが、軍人に組み伏せられるか、レオハルトたちに目撃された後、叩きのめされていたかのどっちかの結末を辿る事になった。
マリアとレオハルトは小悪党をぐるぐる巻きに縛って警察に任せた後、食事をとれる場所へと向かった。
その位置だとレオハルトが学生時代に使っていた小さなレストランが一番近かった。
「あそこにするか」
「あそこって?」
「小さな店さ。学生とかが使うような小さな家庭料理店だ」
「へえ……そんな店が……」
「ここはあの頃と比べるとお洒落な店は増えたね」
「ええ……だけど、のびのびとした店は減っちゃったね……」
「そうだね……なんか寂しいな」
「……守らなきゃね」
「ああ……」
レオハルトとマリアがその店にたどり着いた。その店は店の主人が高齢なので続いているか不安であったが、そんな心配は無用であった。
主人は元気だった。
腰が曲がっていて、しわも白髪も増えてはいたが相変わらず料理の情熱を持ち続けた男であり続けた。
「やあ、いらっしゃい……ん!?君はまさか!」
「やあ、じいさん。僕だ。レオハルトだ」
「おお……おお!久しいな!貫禄がついたな!」
「おかげでね。それよりここでご飯を食べにきたんだ」
「国の英雄が来てくれて、箔がついたなこの店も!素晴らしい事だ」
「はは、そんな大げさな。優男が可愛い女の子を連れてきただけですよ」
「やだレオ、恥ずかしい」
「まあまあ、いい時間を」
「ああ、そうする」
「あ、注文はどうする?」
「このステーキコースをもらおう」
「あ、私も同じものにする」
「オッケーだ。少々お待ちを、おしどり夫婦さん」
そう言って主人は厨房へと消えて行った。
「今日は散々だったけどご飯を食べるとどうでも良くなるね」
「ああ、僕もマリアの料理食べるとそんな気持ちになる」
「私なんて趣味の延長だし」
マリアとレオハルトがそんな他愛ない会話を続けていると、主人がトレーに乗ったサラダを持ってやってきた。
「お、前菜もあるのね」
「そうそう、ここはそれが魅力なんだ」
主人はにっこり微笑みながらレオハルトの言葉に頷いた。
「後でスープも持ってくるよ。そうしたらメインディッシュとサラダだ。あ、お酒はいるかい?」
「いや、まだ仕事中だからやめておく」
「私もお酒は後にしたいわ」
「大変そうだね……分かった。その代わりスープにパンもつけておくよ」
「やった!」
「マリアお嬢さんに褒められたり喜ばれるとこっちも嬉しいからね」
「そうなの?」
「だってお嬢さんは料理に厳しいから……」
「そうだったかしら……」
「自分よりストイックな感じはあるね。僕は脱サラして趣味と実益を兼ねて店をやっているだけだから……」
「そんな、私はおいしいものをおいしいと言っているだけですから……」
「なら、その期待に答えるよ」
主人は気合いの入った様子で厨房へと戻って行った。煮詰めていたスープの音に混じって肉の焼ける音がするのを二人は聞き入っていた。
「楽しみね」
「ああ」
「学生相手とは言え、手を抜かない姿勢は有名だったからね」
「へえ……料理が好きだったのね」
「ああ。元々が食品関連の会社に務めていたのもあって料理が好きだったって聞いてる」
「そうなんだ。どこの会社って言ってたの?」
「さあ?主人はなんも言わないけど……」
「そっか、私と同じなんだ……」
「ん?どういうこと?」
「……私と同じ。過去が嫌いで話したくないってこと」
「……そっか。マリアも大変だな」
「うん。今日はさ、闇の料理大会に出席する羽目になっちゃって。それだけならいいけど相手チームの若い男がひどい目にあうのを見ちゃった」
「そうか……大変だったな」
「いいの。そういうの見慣れているし……」
「僕もそうだったな。残酷なものや見たくないものも見てしまうことも多い」
「そうだったね。レオもお疲れさま」
「すまない。君のそばにいてやれなくて」
「大丈夫だよ。私メタアクターだし。何かあれば自分の身は自分で守るわ」
「そうか……そうだな。マリアは強いからな」
「うんうん。レオハルトには敵わないけどね」
「そうだろうか。部下に助けられてばかりだ」
「レオハルトはSIAで多くの部下の支えになっているから。癖は強いけど優秀な部下の人が多いけど、その人たちが実力を発揮できているのはレオハルトのお陰だと思うわ」
「そうか……ありがとう」
「いいの。夫の良さは妻が一番知っているんだから。幼馴染だし」
「僕は幸せだ。理解のある妻に恵まれて」
「幸せなのは私のほうよ。こんな残酷な世の中でもあなたのような人がいるんだから……」
「なら、僕『たち』は幸せだ」
「だよね。そう思う」
そう言ってマリアとレオハルトは前菜やスープ、ステーキまでも平らげた。量もお腹いっぱいになりうる分量であるが、それ以上に見た目と味はマリアを満足させるものであった。
スープはトマトベース、鳥の骨からダシをとったうま味成分と素材の味、具材の肉や野菜の歯ごたえが程よい調和を生み出していた。前菜のサラダも新鮮な野菜のおいしさが表現できていたが、スープはそれ以上であった。
そしてステーキ。肉は分厚く。スパイスの分量も芸術的で肉のうま味を殺さずに味を引き立てていた。肉汁が二人の口の中でじんわりと広がる。脂と肉の繊維が素晴らしい味と歯ごたえを二人にもたらした。
「シンたちはレーションとか携帯食料かしら……なんか、申し訳ないわ」
「食べる時に食べた方がいい。その方が彼らの役に立てる」
「そうだね。なら、彼らの分も食べなきゃね」
「そうだ。それが大事だ」
「そっか。こういうことなんだ」
「そう。食べることも戦う事だ。軍で実際に戦って自覚する事がある。これだってそうだ」
「そっか。そうだね」
二人の前にデザートが出される。
ショートケーキだった。シンプルな品だが、こう言う店で出されると趣が違う。二人が口を付けるとイチゴの風味と生クリームの味が絶妙に絡まる。美食とは調和か。そんな感想を二人に改めて思わせた。
「主人にしては珍しいね。デザートなんてさ」
「そりゃ……女の子がそばにいるならね。レオ坊ちゃんが学生の時もそうだったぞ」
「そうなのか!?」
「うん?甘党だったか?」
「マリアと行く時は別の店にしてた!」
「あー……確かに失敗したな……まあ、裏メニューだし」
「そうだったのか……」
ふんわりと甘いケーキを平らげた後、二人は街の中心へと向かおうとしていた。
八時過ぎ。二人がセントラルスクエアに向おうとした時だった。
「……ォォォォ……」
どこからか咆哮が響く。獣のような、金属が軋むような雄叫びであった。
「え!?なにこの声……」
「…………土木作業用の大型ドロイドか?だが、あれに戦闘能力は……」
レオハルトがはっとした顔をする。
ユダが共和国にいる理由。
ノブヤ・ホソカワの起こした事件。そして、アイビスタンでの暗躍。
否応無しにレオハルトの頭によぎるものがあった。
流星と並ぶもう一つの切り札。その正体の候補であった。
紫電機関。
オカルト動力と揶揄されることもある特殊な動力機関だ。
その存在の関わりを若き中将は意識せざるをえなかった。
その様子を見てマリアが心配そうに彼の横顔を見つめた。
「レオ?」
「……もしかすると……」
「どうしたの?」
「マリアにお願いがある。セントラルスクエアに向かって不審な物体を片っ端から殴ってほしい」
「ええ!?なんで?」
「すぐに分かる。マリアのエネルギー入力能力で対処できるはずだ。紫電機関ならマリアなら……」
「ま、待って紫電機関って?」
「動力機関だ。耐性のある人をタカオ・アラカワに出来る装置だ」
「えええええ!?そんな滅茶苦茶な……」
「事実だ。だからこそマリアが必要だ」
「どういう……」
「エネルギーの性質だ」
「……グリーフと通常のエネルギーの違いね」
「そうだ。エネルギーは高い方から低い方へと移動する。グリーフは逆。低い方から高い方へと向かわせる。周囲からエネルギーを奪う。そして自己を保存する性質がある」
「私がそれを対処するの?」
「そうだ。前も言ったがグリーフは別のエネルギーを加える事でかき消す事は出来る。容量を超える必要があるという条件があるが、そう言った性質があるのは事実だ。グリーフの量にもよるが、最悪時間稼ぎになる。僕が来るまで持ちこたえてほしい」
「……」
「正直、今動けるのは君しかいない……こんなこと頼みたくないけど」
「気にしないでよ。私もあなたもこの街で育ったでしょ。私の生まれた街とは違うけど、私は私の出来る事をしたいわ」
「…………すまない。本当に僕は良き妻を持った」
「もう、そう言う辛気くさいのは無しでしょ?」
「そうか……そうだな」
頷くようにしてマリアの言葉をレオハルトは全面的に肯定した。
レオハルトはSIAへ。マリアは街の中心、セントラルスクエアへ。
それぞれの戦いの火蓋が切って落とされた。
マリアも突っ走る。自身と自身の大切な人が愛した街の為に。
ひと時の甘美な時間。レオハルトとマリア。二人は街を守るべく奔走する。
次回もよろしくお願いします




