第七章 第四十九話 ダブル
この物語は残酷な表現が含まれる事があります。ご注意ください
サワダ・タクヤ。
その男の行動原理はSIA内部でもしばしば議論の的になっていた。
いわく『偽善』を殺して回る男であると。
いわく『残虐』を体現するものであると。
いわく『破壊』の限りを尽くす者であると。
その行動原理はSIAもAGUの調査機関も他国の諜報機関も分からずじまいであった。
だが、ひとつだけ確かな事があった。
『偽善を殺すためだけに手段を選ばない』という点だ。
だが、彼の思う『偽善の定義』。それは未だに不明であった。
そんな相手にマリアが戦えていたのは健康目的とはいえ鍛え抜かれた拳闘の技術とメタアクトによる卓越した身体能力があってのものであった。マリアのそばにレオハルトがいたことも大きかった。サワダの動作をレオハルトが潰し、マリアが間髪入れずに攻撃を加える。無敵のコンビネーションである。
「ぜぇ……ぜぇ……」
サワダは息を切らしていた。
レオハルトの疾風や迅雷が如き高速剣戟戦法の回避すらかなりの苦難を強いていたが、それ以上に驚異的なのはマリアの拳闘であった。華奢な女の素人戦法だと侮っていたサワダは胴体に二三発の攻撃をもらう事になったのだった。それもかなりの破壊力の攻撃だった。ナノマシンで強化した体でなければ一撃で沈む攻撃だったのは明らかであった。
優勢。
頭数も上。
速度も上。
破壊力は抜群。
隙だけがない。
サワダは手詰まりのまま苦戦を強いられていた。
「どういうことだよクソぉぉ!!」
「たわけ。敵を侮る貴様が悪い」
「なんだとぉ――おごぉ!?」
四発目の命中。
マリアの一撃はサワダの意識を確実に削っていた。
「マリンちゃんに手を出させないわ。おとといきやがれよ」
「……くく」
「……なぜ笑う?」
「ご、はは、ちまちまやるのがよ……ばからしくなったぜぇぇええ!!」
狂ったようにサワダは叫ぶ。それに呼応するかのように天空から不吉な影があった。
「え?」
「な?」
「は?」
「!」
「!」
マリア。
双子。
レオハルト。そしてマリン。
レオハルトとマリンの反応は速かった。レオハルトは元々の明晰な頭脳とメタアクト能力の事もあって思考の速さと行動はさすがであった。
レオハルトは他の人物が踏みつぶされないように避難させた。
止まった時間の中で。
鋼鉄の黒い巨体が。
迫り来る。
レオハルトは駆けた。
青い残像と電気のような青い光を帯びて落下予測地点のあらゆる生命を避難させた。蠅の一匹すら逃さぬように避難を完了させる。背の低い建物だけが落下した巨体に砕かれて粉々になる。
マリンはそれを知っていた。それは紛れもなくマリンの知った兵器であった。
神の剣。
製造者不明の人型兵器。
アサルトフレームと良く似た部分もあるが、大きな特徴二つ。
一つ目は十四メートル級の巨体である事だ。特撮作品に出てくる巨大ヒーローや怪人のような風格が一体一体に漂う。
二つ目は再生。自動修復機能を持ったオーバーテクノロジーの塊である事だ。
それが来ると分かれば、マリンの対処は一つであった。
「クイーン、来て!」
クイーンオブキラー。マリンの『神の剣』であった。
中距離戦に優れた機体。随伴する自立兵器との同時攻撃で敵を沈めたアグレッシブな機体である。マリンはその操縦室へと飛び乗っていた。
二つの影がじりじりと鍔迫り合いにもつれ込んでいた。
クイーンが浮きながら優雅にサワダのロストアークを迎え撃つ。
女王の名に恥じない威厳ある迎撃であった。
だが、不利なのはマリンの方であった。
単体での戦闘能力や機動力はサワダのロストアークが上だった。
「……マジで?どうしてこうなったの……ぎゃぼぅぅ……」
マリアが唖然とした様子で両者の戦闘を見ていた。へんてこな言葉が彼女の口から漏れる。
「……まずい。これは……」
レオハルトは反対に状況を即座に理解していた。その意味も。
最悪の状況。マリンが殺されるリスクが大幅に上がっていた。サワダの最初の標的はマリアだったが、マリンを見つけるや否やマリンに全ての攻撃を集中していた。
事実マリンのクイーンは押されていた。
サワダの武装は近接戦に優れており、単体である程度の火力を維持できる性能を有していた。一方のマリンの機体は随伴機での戦闘を想定された機体であり、単体では本来の性能を発揮できない欠点が存在していた。
「ぐ……」
狭いコックピットの中でマリンは苦悩していた。
随伴機を出せば火力で押す事が出来るが、マリアやレオハルトや双子、そして関係ない市民を巻き添えにするリスクが起きる。マリアは前までのフリーランスの『正義の味方』ではなくSIAのエージェントとしての身分である以上周りを度外視した動きは出来なかった。
「ほらほらほらほらほら……殺してしまうぞ?偽善者のアイドル崩れさんよぉ……」
「ぐ……このままじゃ……」
そのとき、双子の雰囲気が明らかに一変した。
「おい。そこのだっせえチンピラ」
「…………あ?」
あろうことかケンは鉄巨人に乗るサワダを挑発した。
「お前だよお前!女の子をいじめる事でしかてめえの賢さを証明できねえのかぁええ!?」
ケンは怒り狂った形相でサワダの機体を睨んだ。
対照的にレンは穏やかな顔で毒を吐いた。
「おいおいおいおい、ケンはよぉ。あんなチンピラ崩れのアンチやろうに全力で罵倒するなんて優しすぎだろう……。俺だったら無言でフクロだけどな」
「おぉい?その余裕どこから出るんだ?」
二人分の罵倒にサワダは顔を引きつらせた。
「ああ余裕?今から来るよ」
「そうだな。今から来るな」
「あ?」
サワダはとっさに機体を左に逸らした。
自立駆動した二機のAFが双子の近くに降り立った。
「やや、想定外だが。準備してよかったな。兄貴」
「だろう?こういう手合いがいる事はジョセフ氏から聞いてたろう?」
「はは、兄貴には敵わねえな」
「当然だ。物事準備が全てだ」
談笑しながら双子は各々の機体に颯爽と乗り込んだ。6メートル級、甲冑を思わせる銀の機体がエンジン音を響かせる。甲高い鉄の雄叫びであった。
「本来はマリアの警備用だったが」
「役に立ってよかったな!兄弟!」
シナガワ兄弟の機体が得意な武器を構えた。
兄レンの機体は近接戦闘用の銃剣を構える。
弟ケンの機体から爪状の武器が腕に備わる。
息ぴったりの状態で左右に攻撃が加えられた。
最初はケンだった。胴体部からアンカー状の武器が射出され、敵の動きが阻害される。そこにレンの銃撃が加わる。
「すぅ」
一息に加えられた徹甲弾がロストアークを穿つはずだった。
「舐めんなゴラぁぁ!」
ロストアークにもラインアークと同様の転送機構があり、短期間でも限定的な空間跳躍ができた。
「なら」
だが、徹甲弾がロストアークの胴体をいくらか穿った。
「……なんで分かった?」
「位置が悪い。そこに逃げますって言っているようなものだ」
「……な?」
レンは余裕の表情を浮かべながら、左右を指差していた。
もし敵が自在に跳躍出来ていたら戦いが成立するはずはなかった。
なぜなら、さくっとマリアを潰して終わったはずである。だがそれは出来ない。なぜなら、惑星全体が空間跳躍をしないように防御機構を施されている上に、座標の演算の手間もあったはずである。出鱈目なところに跳ぶのは最後の手段であると推察する上、オーバーテクノロジーの機体とは言え周辺の地理の制約は存在していた。
建造物。
建造物。
上空を飛来する星間船舶。
左右上下に存在する障害物や敵の見える場所を推察するとサワダの逃げる場所は一つだけであった。
「読まれてたのかよ……」
「まあ、立場が同じならそうするってだけだろう?」
「このぉ……」
ロストアークが攻撃を加えようとする。だが、クイーンのナイフとケンの機体に装備された腕部榴弾砲がロストアークを損傷させる。
「畜生が。邪魔しやがって」
忌々しく吠えながらロストアークはその場から消えた。
転送。
双子とマリンの脳裏にはその言葉が浮かんでいた。
レオハルトは一息をついた。双子が機体から降りた時にはSIAと正規軍の部隊が街中に展開していた。その中には見知った顔がいたが彼らへの挨拶は後だった。
「全員の勝利だ。協力に感謝する」
中将の言葉に双子が照れくさそうに微笑んだ。
「女の子の前だったからな」
「夫人と婦女の前ですから」
双子は揃って後頭部を片手で掻いた。
「まさか、君たちまでこの街に来ているとは思わなかったが、あまりにも幸運だったよ」
「え?レオ、彼ら知ってるの?」
マリアがきょとんとした顔をする。小動物のように彼女は横からレオハルトを覗き見ていた。
「仕事で何度か協力してもらってたんだ。きみこそ彼らと?」
「ええ、なんでも父と知り合いだったらしくて……」
「そうか……ジョセフさんは顔が広いからな……」
ジョセフ・キャロルの名前が出た途端に双子はげんなりとした顔をした。
「あれは……きつい……新兵時代の教官がマシに思える……」
「うう……あの人怒ると怖いんだよなあ……ううう…………」
「そうか。そんな中に協力してくれてありがとう。プロとして後でお礼をさせてほしい」
お辞儀と共にレオハルトは真摯な態度で双子をなだめる。
「すみません。いやなんせ夫人の件はよく言いつけられましたので……」
「いや、マジで割が合わねえ……料理人ってやつぁはどうして理屈が通じねえんだよ……」
「まあ、……大勢相手だからねぇ……マリア経由でそういう仕事の話を聞くけど、……軍人よりもキツいかもね」
「全く……ところで……」
「なんでしょう?」
「……サワダはどういう狙いで夫人を?」
「それについてだが、心当たりがある」
「心当たり?」
「マリアが誘われたらしい。そうだよな?」
「そうね……正直あまりいい印象はなかったけど」
「そういえば、このふざけた写真はいつ撮ったんだ?」
「その誘われたときね」
「ちなみに……誘われたと言うのは?」
「そう、あれは軍の式典があった日ね。建国記念日のパーティがあったわ。そのとき、アズマ人で変なネクタイの男がしつこく誘ったの。『新世界』にご招待するって。どんな世界か聞いたら、世界の支配者であり最高の男が作り替えた世界だって言ってたわね。そして君はその『伴侶の一人』になるって。……ここにいる『最高の男』は一途なのにね。だから断ったの」
「……平手打ちされている理由が分かったよ」
「全く。ナンパの誘い文句にしては四流だな」
双子は肩をすくめてお互いに目を見合わせた。
『新世界』。
その言葉がマリンとレオハルト中将の両者に嫌な胸騒ぎを覚えさせていた。
新世界。流星による破壊。絢爛な言葉で彩られる闇が街を揺るがす。
次回もよろしくお願いします




